2019 年 28 巻 2 号 p. 320-323
【目的】気管切開および人工呼吸器を装着している筋萎縮性側索硬化症(以下ALS)患者に対し,蘇生バックを用いた Lung Volume Recruitment(以下 LVR)トレーニングを行い,呼吸機能に与える短期累積効果を検討した.
【方法】対象は気管切開および人工呼吸器管理を必要とするALS患者8名.LVRトレーニングは,2週間継続して行った.一回換気量,最高気道内圧,動的肺コンプライアンス,動的肺コンプライアンスの変化量,Lung Insufflation Capacity(以下 LIC)を,初日(初日LVR施行前),1週間後(1週目の最終日LVR施行前),2週間後(2週目の最終日LVR施行前)に測定し,各変数について比較・検討した.
【結果】LICは初日:1,250.0±212.5 ml,1週間後:1,291.3±279.2 ml,2週間後:1,353.8±252.9 mlであり,初日と2週間後の間に有意なLICの増加が認められた(p<0.05).その他の呼吸機能において,測定時期による有意な差は認められなかった.LVRトレーニング実施期間における気胸などの合併症はみられなかった.
【結語】LVRトレーニング施行により,LICは改善することが示唆された.
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis:以下 ALS)では,筋力低下に伴う活動性の低下により四肢の関節拘縮をきたすように,肺胸郭も十分な深吸気を行っていないとコンプライアンスの低下をきたすとされ,その予防や改善のためには強制吸気などにより他動的に肺胸郭を最大伸張させることが効果的とされている1).近年では,蘇生バックを利用してコンプライアンスの維持向上を含めた呼吸機能維持改善のため,Lung Volume Recruitment(以下 LVR)トレーニングを実施した研究が報告されている2,3).ALSの気管切開下人工呼吸器装着例においても,蘇生バックに一方向弁を装着することで他動的に最大吸気位まで深吸気を行わせ,肺・胸郭のコンプライアンスを維持向上させるLVRトレーニングが行われつつある4,5). 私たちも既に,LVRトレーニングの即時的な効果を報告している6).しかし,LVRトレーニングの肺コンプライアンスに対する累積効果の検討は行われていない.そこで本研究では2週間のLVRトレーニング実施が呼吸機能に及ぼす累積効果について検討した.
対象は当院入院中のALS患者で気管切開および人工呼吸器管理を必要とする男性4例,女性4例とした.平均年齢は68.5±6.1歳,罹病期間は中央値71.0ヵ月(41~90ヵ月),人工呼吸器装着期間は中央値34.5ヵ月(25~63ヵ月),厚生労働省におけるALSの臨床調査個人票重症度分類では8人全員が最重症の5度であった(表1).対象の8名全員は以前にLVRを実施したことが無く,機械的排痰補助装置等の深吸気を促す手技は行われておらず,侵襲的呼吸療法を行う以前に非侵襲的人工呼吸療法を行っているという記載もみあたらなかった.不快感等の訴えを把握するために,Yes/Noレベル以上でコミュニケーションが可能なものを抽出した.なお,対象者には,研究の目的や方法,倫理的配慮について十分な説明を行い,同意を得てコンピュータ断層撮影にて間質性肺炎,肺気腫,ブラやブレブが無いことを確認し測定を行った.
性別 | 年齢 | 罹病期間 | 人工呼吸器 | 重症度 | |
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(歳) | (月) | 装着期間(月) | (度) | ||
症例1 | 女 | 76 | 82 | 41 | 5 |
症例2 | 女 | 65 | 90 | 62 | 5 |
症例3 | 男 | 76 | 83 | 63 | 5 |
症例4 | 男 | 68 | 41 | 28 | 5 |
症例5 | 女 | 63 | 41 | 26 | 5 |
症例6 | 男 | 63 | 60 | 25 | 5 |
症例7 | 女 | 81 | 168 | 107 | 5 |
症例8 | 男 | 73 | 109 | 78 | 5 |
重症度;厚生労働省における筋萎縮性側索硬化症の臨床調査個人票重症度分類
LVRトレーニングは,以前の報告と同様に,バックバルブマスクを用いて他動的に最大吸気位まで加圧し,約2秒間の空気の溜めこみを行った後に排気する方法で実施した6).例えば,吸気,吸気,吸気,保持,呼気となるよう,蘇生バックと一方向弁を利用して,最大吸気位までの加圧と空気のため込みを補助している7).本研究における最大吸気位は肺損傷を考慮してマノメーターで圧を管理し,気道内圧は 40 cmH2Oまで,また患者が「きつく感じない程度」までとした.LVRトレーニングは1セットあたり3~5回,1日1セットで週3~5セット,2週間継続して行った.詳細な方法は,以前の研究6)と同様である.
呼吸機能に関する変数は,人工呼吸器(Trilogy 100,PHILIPS社,東京)の表示パネルの数値を用いて測定・算出した.換気モードsynchronized intermittent mandatory ventilation(SIMV)において,人工呼吸器の表示パネルから強制換気時の一回換気量(tidal volume: TV),最高気道内圧(peak inspiratory pressure: PIP)および呼気終末陽圧(positive end expiratory pressure: PEEP)を読み取り,動的肺コンプライアンス(dynamic lung compliance: Cdyn)は,Cdyn=TV/(PIP-PEEP)の計算式に各項目の値を代入して算出した.測定はLVRトレーニングの実施前後に行った.測定時には強制吸気時に口腔からの空気漏れが無いことを確認した.また,過度なベッド角度の上昇は肺胸郭コンプライアンスに影響を与える8)ため,測定肢位はベッド角度が0~30度で任意の姿勢とし,再測定時に同一の姿勢になるようにした.
2週間の累積効果を検討するにあたって,上記測定項目の他に,lung insufflation capacity(LIC)を測定した.LICはLVRトレーニング実施時に最大吸気位まで加圧した後,排出される呼気量を手動式診断用スパイロメータ(ハロースケール・ライト・レスピロメーター,アイ・エム・アイ株式会社,東京)で測定した.LICの測定はLVRトレーニング実施時に3回測定し,最大値を代表値とした.TV,PIPおよびCdynは3回の計測の平均値を代表値とした.2週間のLVRトレーニング実施期間中の人工呼吸器設定の変更はなかった.
検討は,まず以前の検討6)と同様に,LVRトレーニングによる即時効果を検討するために,トレーニング初日の実施前後のTVおよびPIP,Cdynの変化を対応のあるt検定を用いて比較した.次に2週間実施後の短期累積効果を検討するために,LIC,TV,PIP,Cdyn,およびトレーニング実施前後のCdyn変化量(実施後Cdyn-実施前Cdyn)を,初日(初日LVR施行前),1週間後(1週目の最終日LVR施行前),2週間後(2週目の最終日LVR施行前)間で比較した.解析は,統計ソフト(FreeJSTAT version 13.0,佐藤真人)を用い,一元配置分散分析反復測定法およびBonferroniの多重比較を行った.
実施期間中のLVRトレーニングは,患者から“きつい”という訴えがなく,全ての施行において,マノメーターで 40 cmH2Oの圧力を目視で確認しながら行った.
初日の即時的な変化は,TVはLVRトレーニング実施前 429.3±54.8 ml,実施後 430.8±54.0 mlで有意な変化がみられなかった.PIPはLVRトレーニング実施前 19.1±2.2 cmH2O,実施後 17.7±2.1 cmH2Oで,実施後に有意な低下を示した.CdynはLVRトレーニング実施前 28.8±4.1 ml/cmH2O,実施後 31.8±4.1 ml/cmH2Oで,実施後に有意な上昇が認められた(表2).
(n=8) | |||
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LVRトレーニング | LVRトレーニング | p値 | |
実施前 | 実施後 | ||
TV (ml) | 429.3±54.8 | 430.8±54.0 | 0.71 |
PIP (cmH2O) | 19.1±2.2 | 17.7±2.1 | <0.0001 |
Cdyn (ml/cmH2O) | 28.8±4.1 | 31.8±4.1 | <0.0001 |
平均±標準偏差
LVR; Lung Volume Recruitment
TV;一回換気量
PIP;最高気道内圧
Cdyn;動的肺コンプライアンス
LVRトレーニングにて即時的に,人工呼吸器からのTVは変わらないものの,PIPの低下とCdynの上昇を認めた.
2週間のLVRトレーニングによる累積的な変化は,TVは初日:429.3±54.8 ml,1週間後:432.1±65.4 ml,2週間後:436.1±59.3 ml,PIPは初日:19.1±2.2 cmH2O,1週間後:19.0±2.8 cmH2O,2週間後:19.0±2.6 cmH2O,Cdynは初日baseline:28.8±4.1 ml/cmH2O,1週間後:29.0±4.1 ml/cmH2O,2週間後:29.4±4.7 ml/cmH2O,LVR前後のCdyn変化量は施行前:3.0±1.1 ml/cmH2O,1週間後:3.6±1.9 ml/cmH2O,2週間後:3.1±2.3 ml/cmH2Oであった.反復測定一元配置分散分析の結果,TV,Cdyn,Cdyn変化量についてLVRトレーニング実施期間による主効果は認められなかった(表3).
(n=8) | ||||
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初日 | 1 週間後 | 2 週間後 | p値 | |
TV(ml) | 429.3±54.8 | 429.3±54.8 | 436.1±59.3 | 0.99 |
PIP(cmH2O) | 19.1±2.2 | 19.0±2.8 | 19.0±2.6 | 0.96 |
Cdyn(ml/cmH2O) | 28.8±4.1 | 29.0±4.1 | 29.4±4.7 | 0.73 |
ΔCdyn(ml/cmH2O) | 3.0±1.1 | 3.6±1.9 | 3.1±2.3 | 0.69 |
LIC(ml) | 1,250.0±212.5 | 1,291.3±279.2 | 1,353.8±252.9 | <0.05 |
平均±標準偏差
TV;一回換気量
PIP;最高気道内圧
Cdyn;動的肺コンプライアンス
ΔCdyn;トレーニング実施前後のCdyn変化量(実施後Cdyn-実施前Cdyn)
LIC;Lung Insufflation Capacity
LICは初日:1,250.0±212.5 ml,1週間後:1,291.3±279.2 ml,2週間後:1,353.8±252.9 mlとなり,反復測定一元配置分散分析の結果,LVRトレーニング実施期間による主効果が認められた.またBonferroniの多重比較の結果,初日と2週間後の間に有意なLICの増加が認められた(図1).
2週間の Lung Volume RecruitmentトレーニングによるLICの変化
薄い線は対象者8名ごとの変化,黒線は8名の平均値を示す.2週間の Lung Volume Recruitmentトレーニングにより,対象の7名がLICの上昇,1名が下降した.一元配置分散分析およびボンフェローニの多重比較の結果,初日と2週間後の間に有意なLICの上昇を認めた(*p<0.05).
なお,このLVRトレーニング実施期間における気胸などの合併症および重篤な循環器の症状はみられなかった.
Kangら9)は気管切開前の30人の神経筋疾患の患者に対し,蘇生バックを用いた深吸気訓練を6ヵ月行い70%の症例がMaximum insufflation capacity(以下,MIC)の増加が得たと報告している.しかしALSの患者においては,延髄支配神経筋不全による声門閉鎖不全により息溜め(air stacking)が不十分であるため,蘇生バックの使用のみでは限界がある.
Kimら5)は,息止めが難しくなった後も深吸気が可能になるように人工的な声門として一方向弁を使用しLICを測定する方法を報告し,また本邦からもMatsumuraら10)が6名の気管切開後の神経筋疾患に対してPEEPバルブを使用した深吸気訓練を4カ月行い,PEEP lung insufflation capacity(PIC)が1.8倍程度増加したことを報告している.今回使用した方法は一方向弁を使用したLVRトレーニングであるが,上記先行研究5,9,10)の目的と同様であり,患者の深吸気を促し,肺・胸郭コンプライアンスを維持することにある.
肺・胸郭コンプライアンスを指標にして,LVRトレーニングの即時効果は我々が以前に検討しており6),2017年にはMolgat-Seonら2)によりデュシェンヌ型筋ジストロフィーを中心とした深刻な呼吸筋弱化症例12名に対して,LVRトレーニング後2時間までのコンプライアンスを検討し,即時的なコンプライアンス向上の報告がされている.しかしながら,本報告のようなLVRトレーニングの累積効果を検討した報告はない.侵襲的人工呼吸管理を伴うALSにおけるLVRトレーニングは2週で有意なLICの上昇がみられた.肺胸郭の可動性柔軟性は四肢の拘縮と同様に考えられており,随意的な肺活量の経過とともに低下すると考えられている9).侵襲的人工呼吸管理となったALSの検討では,罹病期間や人工呼吸器装着期間が長期になるほど,肺胸郭の柔軟性が低下するとされている11).しかし,私たちの研究からいえることは長期で人工呼吸を受けている症例にとって,40 cmH2OのLVRトレーニングによりLICは改善していくことが分かった.今回の研究において気胸などの合併症および重篤な循環器の症状は起こらなかった.しかし,ブラや間質性肺炎,肺気腫などの気胸のリスクがある患者では注意が必要であり,近年の,側弯症を伴った患者における深吸気に伴う気胸の症例報告12)から考えると,より緩徐に加圧し,一定時間他動的な吸気位維持できるように気道内圧の負荷を調節する必要があるかもしれない.
PIPおよびCdynはトレーニング実施直後に有意な変化があるものの,トレーニング期間による有意な変化は認められなかった.PIPおよびCdynは人工呼吸器からより読み取られる情報で算出されており,人工呼吸器で換気される 430 ml程度の一回換気量では柔軟性に影響されないことが考えられた.人工呼吸器から算出されるプラトー圧の変化は死亡率と関係すると言われており,25 cmH2O以上の高い気道内圧であると 1 cmH2Oの気道内圧上昇に伴い3%の死亡率が上昇するといわれている13).通常の人工呼吸器による換気量では肺の柔軟性や気道内圧を変化させることはできないが,LICでは2週群に有意なLICの向上がみられており,2週間の継続するLVRトレーニングにおいて強制的に換気できる範囲の向上が認められると考えられる.これらのことより2週間の短期の介入においては,強制的に換気される最大容量は増加するが,通常の換気量における柔軟性には寄与しないことがわかった.
本研究では長期人工呼吸器を装着したALS患者において,呼吸リハビリテーションとして蘇生バックに一方向弁を装着しLVRトレーニングを行った.LVRトレーニングの結果,即時的な肺胸郭コンプライアンスの改善と短期累積的にLICが改善する結果を得た.今後は長期に気道内圧の変化を追い,Cdynの変化を調査するとともに,トレーニング効果の個人差や最適な方法,LICの向上に伴う肺合併症の予防効果とリスクを明らかにする必要がある.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.