日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
Online ISSN : 2189-4760
Print ISSN : 1881-7319
ISSN-L : 1881-7319
会長講演
非侵襲的および簡便に生体情報を得る機器の開発を目指して
藤本 圭作
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2020 年 29 巻 1 号 p. 1-6

詳細
要旨

健康状態をモニタリングするための非侵襲的ウェアラブルの開発を産官学連携で行ってきた.脈波には多くの生体情報が含まれており,不整脈,呼吸数,自律神経活動の評価,循環不全の予兆,活動量の評価,ストレス管理,睡眠呼吸障害のスクリーニングなどの応用が報告されている.我々は,①脈波に重畳している呼吸成分から胸腔内圧変化を測定し,スパイロメータと組み合わせ,動肺コンプライアンスの測定,②脈波のゆらぎから自律神経活動を評価し,睡眠時無呼吸低呼吸の判定,睡眠の質の評価および睡眠構築の判定,③Fiber Bragg Grating(FBG)センサを用いた血圧,血糖値測定の試みについて解説する.また,膜型感圧センサを敷き詰めたシート型の機器を用いて,④無拘束タイプの睡眠時無呼吸症候群スクリーニング機器の開発および同機器を改良した在宅見守りシステムの開発を行ってきたので解説する.最後に医療者間のコミュニケーションツールについて紹介する.

緒言

超高齢化社会が進む中で高齢者の多くは様々な病気を抱えており,健康状態のモニタリングの需要が高まっている.国の政策は地域包括ケアシステムの構築であり,限られた医療資源の中,在宅患者の健康状態をモニタリングして医療者側に情報を伝える遠隔医療,さらに一般の住民の健康維持のために自身の健康状態を知り,フィードバックさせ健康を維持するシステムが必要となる.そのためには非侵襲的,且つ簡便,低コストの生体信号検出機器とIT,IoTとを連結させた遠隔モニタリングシステムの構築が必要となる.会長講演では,これまでに非侵襲的および簡便に生体情報を得る機器の開発を目指して産官学連携でおこなってきた仕事を中心に解説する.尚,動的肺過膨張の部分はランチョンセミナーで詳述する.

脈波から得られる生体情報を応用した医療機器の開発

脈波は心臓から血液が全身に送り出されるときの衝撃脈が動脈の血管壁を振動させ伝搬してくるもので,前進波と反射波が合成されたものである.この脈波波形には様々な情報が含まれている.中国医学において「脈診」と言う診断の方法論は,代表的な診断法の一つになっている.脈波の波形の中には,心機能,血管機能などの循環器疾患に関する情報等だけではなく,原理的には閉鎖空間で血液を満たしていることから循環血液量も反映していることになり,腎機能を診断することもできる.また,液体としての血液の粘性から肝機能などの情報も含まれ,更に血管の緊張度などを支配する自律神経機能も反映されているので,精神的緊張などの中枢機能も鋭敏に情報が得られることになる.

血管内の容積変化(実際は酸素化ヘモグロビン量)を表す容積脈波から得られる情報およびその応用として,脈波のピークの間隔から脈拍数,脈拍リズムが,ピーク間隔のゆらぎから自律神経活動,呼吸数が,呼吸に伴う脈波の容積変動から呼吸数,胸腔内圧が,脈波の基線の揺らぎから血圧異常の予兆が検出できる.これらの生理学的所見からの応用展開として,運動量,消費カロリー,活動量の予測,ストレス管理・メンタルヘルス,睡眠段階あるいは睡眠の質の判定,睡眠時無呼吸の判定,血圧の推定,不整脈,動脈硬化,循環不全,肺コンプライアンス,奇脈の診断の検知などに応用できる可能性が報告されている1図1).

図1

光電式容積脈波センサから得られる生体情報とその応用

a. 容積脈波の呼吸性変動から胸腔内圧変化を推定し,動肺コンプライアンスを測定

肺コンプライアンスは肺気腫や肺線維症の患者において,肺の柔らかさや硬さを表す指標となっており,気腫性病変や線維化病変の進行や治療効果判定に有用と考えられる.しかし,測定には食道バルーンを鼻から食道に挿入して食道内圧を胸腔内圧の代用として測定する必要があることと,測定には高価な機器が必要であるため,日常診療においてはほとんど測定されない.我々は,容積脈波の呼吸に伴う“ゆらぎ”に注目した.吸気に伴う胸腔内圧の低下によって静脈環流量は増加する.その結果,右心室容量が増加し,心室中隔の左室側への偏移,肺血管抵抗の上昇を来たす.結果,左心室容量および心拍出量が減少し,呼吸に伴う容積脈波の揺らぎが生じる.この揺らぎは胸腔内圧変化を反映する2.呼吸に伴う胸腔内圧変化は,容積脈波の基線揺らぎと脈波振幅変動の両方の影響を受ける心臓収縮期の脈波包絡線に最も顕著に現れ,位相も一致する(図23.この容積脈波の揺らぎは吸光度の変化であるため,吸気抵抗負荷を加えた時の口腔内圧で吸光度変化から圧変化に変換した.この脈波の揺らぎから推定した胸腔内圧変化と同時測定した食道内圧との間に極めて良好な相関が得られた(r=0.89).スパイロメーターにより同時に肺気量変化を測定すれば動肺コンプライアンスが推定できる.従来の方法で測定した動肺コンプライアンスとの間にも良好な相関が得られた(r=0.63).また,肺線維症では肺の硬化に応じて低値を示した.問題点は測定のばらつきが大きいため製品化には至らなかった.

図2

指尖容積脈波の呼吸に伴う揺らぎから胸腔内圧変化を推定する方法

b. 自律神経機能の評価とその応用

光電式容積脈波装置を用いて脈波を捉え,脈波と脈波の間隔の周波数は,0.04~0.15 Hzの低周波数領域(LF)と 0.15~0.40 Hzの高周波数領域(HF)に分けられ,HFは副交感神経活動の指標として,LF/HF比は交感神経活動の指標として用いられる(図34

図3

容積脈波を検出する腕時計型の光電式容積脈波(photoplethysmograph, PPG).

PPI, peak to peak interval; LF, low frequency; HF, high frequency.

1) 閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)のスクリーニング機器

OSAでは,上気道閉塞(いびきの停止)による無呼吸によって,胸腔内圧は顕著な陰圧となり,心臓血管系の圧受容器を介して副交感神経が緊張し,徐脈となる.無呼吸に伴う低酸素血症の進展により,次第に交感神経が緊張し,頻脈となり脳幹網様体賦活系が刺激されることにより覚醒し,呼吸が再開する5.この生理学的な変化は,周波数が 0.1 Hz以下のLFと 0.04 Hz以下のVLFの領域に一致し,これを応用して閉塞性無呼吸を検知する機器が開発されている6

2) 睡眠の質評価

睡眠にはnon-REM睡眠と,脳が活動し夢を見ていることが多いREM睡眠に分けられる.さらにNon-REM睡眠は,入眠期の浅い睡眠であるN1,N2と,徐波睡眠と呼ばれる深い睡眠のN3とに分けられ,non-REM睡眠とこれに引き続くREM睡眠が約90分周期で繰り返すのが正常の睡眠構築である.N3は最も脳が休まる睡眠で,副交感神経活動が最も高い.睡眠中のHFおよびLF/HF比を調べることによって自律神経活動が評価できる7.また何らかの原因で目覚めはしないが,脳波上の一過性の覚醒反応(睡眠段階が浅くなる)が多くなると副交感神経活動の乱れ(不安定性)が見られる.この副交感神経活動が安定しているとHF領域の周波数ピークは単一となるが,不安定になるとピークがいくつにも分裂する8.このHFの安定性をみることによって睡眠の質を評価することができる(図49,10

図4

脈波のピーク間隔の周波数解析

HF領域の詳細な解析により,副交感神経活動が安定している時はメインピークが単一でみられるが,不安定な時はピークが分散して単一のピークが見られない.

3) 睡眠構築判定機器

3軸加速度計が内蔵された腕時計型光電式容積脈波計を用いて,覚醒,浅睡眠,深睡眠,REM睡眠の判定が可能である11.前述の睡眠周期を前提に,覚醒時には交感神経活動が優位であり,脈拍数,体動が多い.入眠と共に脈拍数は減少するが,この最も減少した脈拍数を基準に,Otsuの分析法12に準じて脈拍数の閾値を定め,体動のRMSD(root mean square deviation)を併せて睡眠と覚醒を区別する.次に,睡眠ステージの分別であるが,non-REM睡眠とREM睡眠との区別には自律神経活動の時間領域解析を用いて,隣接するPPIの差の根平均2乗のRMSSD-PPI(root mean square differences of successive pulse-to-pulse intervals)を,PPIの標準偏差であるSD-PPI(standard deviation of PPIs)で除した値(R/S比)が低いとREM睡眠,以外をnon-REM睡眠として区別できる.さらにPPIの分散を表すtotal power(TP)がある閾値以下でR/S比がある閾値以上を満たせば深睡眠と判定できる.このように覚醒・nonREM睡眠の浅睡眠と深睡眠,REM睡眠の4段階を分けることができ,PSGとの一致率は68.5%であった.

c. 脈波信号から推定する血圧および血糖値

我々は信州大学繊維学部との共同研究で,FBG(fiber bragg grating)センサを用いて橈骨動脈拍動によるひずみを検知し,この脈波波形の解析により脈拍数,呼吸数,血圧,血糖値,動脈硬化,ストレス等を推定することが可能であることを報告した(図513,14.得られる脈波波形は,年齢および動脈硬化の影響を受け,7つのタイプに分類される.各々のタイプにおける解析アルゴリズムを用いて,血圧および血糖値が推定され,マンシェットによる血圧測定値および自己血糖測定器による血糖値と極めて良好な相関が得られている15.今後はFBGセンサのスマートテキスタイル化をおこない,絹糸でカバーされたFBGセンサを編地へ導入し,リストバンド型などのテキスタイルにすることを考えている.FBGセンサ以外にも,指尖容積脈波計を用いて,その脈波波形の解析から血圧および血糖値を推定することは可能である.

図5

Fiber Bragg Grating(FBG)センサを用いた脈波解析から得られるバイタルサイン.

シート型圧力センサシートを用いた無拘束タイプの医療機器の開発

我々は株式会社デンソーとの共同開発により,無拘束タイプの睡眠時無呼吸症候群スクリーニング機器(スリープアイ®)の開発をおこなった(図616.厚さ数ミリの膜型感圧センサを敷き詰めたシートタイプであり,呼吸に伴う体圧変化を呼吸波形に変換する機器である.これを就寝時に敷布や毛布の下に敷いて寝るだけで,周期的な無呼吸低呼吸が検知できる.さらにこのシートに付属の経皮的酸素飽和度(SpO2)測定機器を接続し,解析アルゴリズムを構築し,在床,離床,体位,呼吸数,体動,SpO2のモニターが可能な無拘束タイプの在宅見守り機器の開発をおこなっている.本試作機器では,夜間の中途離床,日中の在床時間に加えて,無呼吸・低呼吸および低換気イベント,低酸素状態,激しい体動を捉えることが可能であり,特に慢性呼吸器疾患患者の在宅見守り機器として有用である17

図6

睡眠時無呼吸症候群スクリーニング機器

医療者間のコミュニケーションツール

医師の間での情報交換は以前から進んではいるが,包括的ケアシステムにおいては,在宅の患者と最も接する時間が長いのは訪問看護師やヘルパーである.しかし,これらの職種と主治医,病院の看護師,薬剤師,理学・作業療法士,栄養士などの職種との間のコミュニケーションはとても希薄となっている.患者にとって,患者を取り巻く全ての職種間の医療連携,チーム医療がとても重要である.我々は信州呼吸ケア研究会を中心として,既存のソフトウェアを使い,セキュリティーに関する規約および運用(信州リンク)を独自に定め,各施設に合った使い方で医療者間のコミュニケーションを図っている(図7).このツールを使うことによって在宅患者の入院が減少し,医療費が抑制できる可能性があることを示した.

図7

パソコン,スマートフォン,タブレットを用いて情報の閲覧や登録を行い,多職種間で情報共有を図るためのコミュニケーションツール

多職種間のコミュニケーションを活性化することでケアの質向上を目指す.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

藤本圭作;講演料(帝人在宅医療),研究費・助成金(村田製作所,デンソー,コガネイ)

文献
 
© 2020 一般社団法人日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
feedback
Top