日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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症例報告
リハビリテーションによって特発性脊柱側弯症に伴う無気肺が改善した症例
阿部 夏音関川 則子江上 真由子仲本 宏関川 清一奥道 恒夫
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2020 年 29 巻 1 号 p. 154-157

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要旨

脊柱側弯症は脊椎の側屈および回旋によって引き起こされる脊柱の変形であり,まれに気管支閉塞による無気肺を生じる場合がある.外科的治療によって圧迫が解消され,無気肺が改善した症例はいくつか報告されている.一方,保存的治療によって改善された報告はない.本症例では,右中間気管支の閉塞により生じた無気肺の改善を目的に,胸郭可動域練習や呼吸練習等の呼吸リハビリテーションを実施した.呼吸リハビリテーションを実施する際,脊柱側弯症患者に対して広く用いられているシュロス法を参考に肢位を工夫した.その結果,無気肺の改善,呼吸困難感や疼痛等の自覚症状の軽減が認められた.特発性脊柱側弯症に伴う無気肺に対して,呼吸リハビリテーションに脊柱側弯症による運動機能制限に対するアプローチを併用することが有用であると示唆された.

緒言

脊柱側弯症とはCobb角が10°以上の脊柱の変形と定義されている1.側弯に伴い胸郭変形が生じ,労作時呼吸困難や肺胞低換気等の呼吸器合併症を来すことがあり2,胸椎や縦隔構造による直接的な圧迫,気管支の捻れ・歪み等により近位気管支が閉塞することによって,無気肺が生じる場合がある3.脊椎固定術や気管支ステント術等の外科的治療により,近位気管支閉塞が改善することにより無気肺が改善されたとする報告があるが3,4,保存的治療について報告はない.今回,特発性脊柱側弯症に伴う右中間気管支の圧迫により無気肺が生じている症例に対し,外来にて,脊柱および胸郭の機能制限を考慮した呼吸リハビリテーションを継続したところ無気肺の改善を認め,外科的治療を回避できた1症例を経験したため報告する.

症例

1. 倫理的配慮

症例を報告するにあたり,匿名性の保障,自由意志であること,不利益を生じさせないこと,個人情報の厳重な管理を行うことを対象者に説明し同意を得た.

2. 症例

【基本情報】40歳代前半女性,無職,身長:165 cm,体重:38 kg,BMI: 14.0.

【診断名】特発性脊柱側弯症(Cobb角:67°),右下葉無気肺,右胸膜炎.

【現病歴】中学校の健康診断にて側弯を指摘され,他院整形外科を受診し,特発性脊柱側弯症(Cobb角:56°)と診断された.当時,外科的治療を勧められたが希望されず,20歳まで装具療法を行った.

X年9月,右胸痛・慢性的な咳嗽が出現したため,かかりつけの整形外科を受診した.右下葉無気肺・胸水貯留あり当院呼吸器センター紹介となった.X年11月,レボフロキサシンを5日間内服するも,無気肺および胸水は残存していた.同月,無気肺の改善を目的に外来通院による呼吸リハビリテーション開始となった.

【病前の生活】:ADLは自立(FIM:126点)していたが,ほとんど外出しない生活であった.また,背部痛のために長時間の座位保持は困難であった.

【画像所見】当院初診時(X年11月),右凸の側弯変形を認め,頂椎は第9胸椎であった(図1A).また,右中間気管支および右下葉気管支・右中葉気管支が胸椎椎体により圧迫され,ほぼ閉塞している所見を認め(図1B),右下葉無気肺および右側胸水を認めた(図1C).

【肺機能所見】VC: 1.26 L,%VC: 37%,FEV1: 1.15 L,FEV1/FVC: 91%.

図1

画像所見(当院初診時・X年11月)

A:胸部レントゲン B:胸部CT(第9胸椎レベル) C:胸部CT(第12胸椎レベル)

3. リハビリテーション評価(X年11月)

【主訴】「右胸痛と慢性的な咳がつらい」.「長時間の座位や短距離の歩行にて背部痛と呼吸困難感が増強するため,仕事に就くことができない」.

【身体所見】呼吸数:17回/分,1回換気量:344 mL,安静時SpO2:98%(室内空気下).視診:安静呼吸において呼吸補助筋の収縮あり.聴診:右下肺野の呼吸音減弱.触診:胸式呼吸優位.体幹部回旋変形あり(上部胸郭:左回旋,下部胸郭:右回旋,骨盤:軽度左回旋).胸郭拡張差(深呼吸時):腋窩:2.0 cm,剣状突起:1.5 cm,第10肋骨:1.0 cmであり,深吸気時に右胸部痛および背部痛が増強.

【運動耐容能】独歩可能だが背部痛強く,6分間歩行テストの実施を拒否された.連続歩行距離は 70 mであり,歩行後SpO2は93%であった.

4. リハビリテーションプログラム

次の6項目を立案した.①胸郭可動域練習および②呼吸介助は,図2Aに示した肢位にて実施した.③呼吸練習(横隔膜呼吸練習・胸郭拡張練習)は,図2Bおよび図2Cの肢位にて行った.④インセンティブ・スパイロメトリーはコーチ2を用い,座位にて実施した.⑤背部筋(特に凹側の短縮している筋)の伸長性運動,椎間関節および肋椎関節のモビライゼーション,⑥体幹の回旋や側屈を伴う姿勢を控える等の姿勢指導を行った.

図2

脊柱変形に対する肢位の工夫(文献10より)

A:変形修正を目的にタオルを3か所設置(背臥位) B:修正肢位(背臥位)C:修正肢位(側臥位)

破線;本症例における脊柱変形(模式表示)

矢印;被験者による伸長性運動の方向

外来での呼吸リハビリテーションは2回/週から開始し,来院日以外は自主練習(呼吸練習,インセンティブ・スパイロメトリー)を可能な限り毎日実施するよう指導した.

5. リハビリテーション経過

表1にリハビリテーション経過を示す.画像所見によると,経過とともに右下葉の無気肺の改善を認めた.肺活量,胸郭拡張差,右胸部痛および背部痛の改善を認めた.疼痛が大幅に軽減したために長時間の座位保持が可能となり,X+1年2月から青年期より服用し続けていた鎮痛剤の服用は不要となった.胸式優位の呼吸から横隔膜呼吸の習得を認めた.

表1 リハビリテーション経過

X+1年4月において,6MWDは 400 mであり,自転車エルゴメーターを使用した持久性運動を追加した.

呼吸リハビリテーションの介入前後でCobb角は67°から66°,頂椎である第9胸椎の回旋角度は79°から79°と脊柱変形の変化を認めなかった.しかし,慢性咳嗽や労作時呼吸困難感等の自覚症状が軽減し,無気肺が改善したため,X+1年5月に呼吸リハビリテーション終了となった.

考察

脊柱側弯症は胸腰椎の側屈および回旋によって引き起こされ,肋骨の動きを妨げるために胸郭可動性の低下を引き起こす2,5.本症例においても呼吸リハビリテーション開始時に胸郭可動性の低下を認めていた.胸郭可動域練習は胸郭柔軟性の改善を目的に行われる手技であり,肋椎関節可動域拡大や換気量の改善,胸郭周囲筋の筋緊張抑制等の効果が期待できる6.特発性脊柱側弯症患者において,他動的な胸郭可動域練習は胸郭拡張差を改善させると報告がある7.また,脊柱の弯曲と捻れを修正する目的で,脊柱側弯症患者に対して従来から用いられるエクササイズとしてシュロス法があり8,その有効性が示されている9.この方法は体幹の回旋を修正する方向に用具を配置することで胸腰椎の回旋を減少させることができるため10,本症例では図2Aに示すように背部にタオルを配置して,胸郭可動域練習および呼吸介助を行った.

脊柱側弯症による胸郭変形は,肋間筋等の呼吸筋の活動を機械的に不利にさせるため,呼吸仕事量の増加や呼吸筋力の低下を招く2.側弯修正肢位でエクササイズを行うことにより,凹側の収縮した筋および凸側の過伸張した筋でほぼ生理的な予備伸張を獲得することができる11.骨格筋における張力と筋長の関係から12,側弯修正肢位では呼吸筋の機能性が高まることが期待できると考え,側弯修正肢位(図2B図2C)にて呼吸練習を実施した.

呼吸リハビリテーション開始時は深吸気時に右胸部痛および背部痛が生じていたが,介入後には疼痛が大幅に軽減した.シュロス法によるエクササイズは疼痛軽減の効果もあるため13,本症例においてシュロス法を活用した呼吸リハビリテーションが疼痛の改善に功を奏したことが示唆される.

以上より,胸郭可動性の改善,疼痛の軽減および呼吸筋の機能性向上によって肺活量が向上し,6か月の呼吸リハビリテーション介入が無気肺や呼吸困難感等の自覚症状の改善に繋がったと推察される.本症例から,特発性脊柱側弯症に伴う無気肺に対して,呼吸機能の改善を目的に行われる呼吸リハビリテーションに脊柱側弯症による運動機能制限に対するアプローチを併用することが有用であると示唆された.

備考

本論文の要旨は,第28回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2018年11月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
 
© 2020 一般社団法人日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
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