日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
Online ISSN : 2189-4760
Print ISSN : 1881-7319
ISSN-L : 1881-7319
ワークショップ
認知症の人びとの不安
―声なき声をキャッチするためには―
桑田 美代子
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2020 年 29 巻 1 号 p. 34-37

詳細
要旨

認知症とは,「一度正常なレベルまで達した精神機能が,何らかの脳障害により,回復不可能な形で損なわれた状態」をいう.認知症の症状には記憶障害や実行機能障害からなる中核症状と,中核症状に伴って生活上支障をもたらす認知症の心理症状・行動障害がある.認知症の人達は,周りを困らせたいわけではなく,中核症状により心身の辛さ,不安に対し,それを他者に理解してもらえない苦悩の中にいる.その認知症の人の不安に注目し,行動を紐解く能力がケアする側に求められる.認知症の人達の不安をキャッチするためには,認知症に関する知識を身に付ける必要がある.また,認知症ケアは,一人のスペシャリストが存在すれば質の高いケアが提供できるかといえば,そうではない.“自分だったら…”と相手の立場を考えるケアリングを基盤とした態度や日常倫理が大切になる.

はじめに

わが国は他国が未だ経験したことがない長寿国となった.高齢化率は上昇を続け,2065年には38.4%,国民の約2.6人に一人が65歳以上の高齢者となる社会が到来する1.そして,それに伴い認知症高齢者も増加する.しかし,「認知症」に対し負のイメージを持ち「何もできない人」「意思疎通が困難な人」と思われている現状がある.このような思いや考えが「認知症高齢者」を理解する上で,ケアする側のバリア(障壁)になっているように感じている.

認知症の人達は,周りを困らせたいわけではない.心身の辛さ,不安に対し,それを他者に理解してもらえない苦悩の中にいる.つまり,認知症に対する知識不足からケアを提供する側もストレスを感じ,ケアを受ける認知症高齢者も苦痛が増している.ケアする側の認知症に対する知識・理解不足が,ケアに大きな影響を与えるのである.認知症高齢者の不安に注目し,行動を紐解く能力がケアする側に求められる.

そこで今回は,認知症の中でもアルツハイマー型認知症の中核症状に焦点を当て,認知症の人が抱える不安についてお伝えしたい.

認知症とは

認知症とは,「一度正常なレベルまで達した精神機能が,何らかの脳障害により,回復不可能な形で損なわれた状態」を言う2.通常の社会生活を営めていたにも関わらず,何らかの脳障害により回復不可能な状態のことである.

認知症の原因疾患として多いものは,アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s type dementia:AD),血管性認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭型認知症であり,これらは四大認知症とも言われている.

ADの経過を図1に示した3.ADは緩やかなスロープを下るように進行し,発症後平均10年で死に至る疾患と言われている4.近時記憶の低下から始まり,時間の見当識障害,実行機能障害,生活機能障害が進行し,歩けなくなり,食べられなくなり,家族の顔も忘れ死に至る病である.

図1

アルツハイマー型認知症の経過

ADの中核症状による不安を紐解く

ADの症状には,記憶障害や実行機能障害からなる中核症状と中核症状に伴って生活上支障をもたらす認知症の心理症状・行動障害(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)がある(図25.AD以外の認知症においても中核症状はあるが,症状が異なる.

図2

アルツハイマー型認知症の中核症状とBPSD

1) 中核症状:

ADの中核症状として,記憶障害のほか,実行機能の障害,失行,失認,失語,理解力・判断力の障害がある.ADの経過を先に述べたが,認知症の重症度により症状の内容や程度が異なる.そのため,認知症=「わからない人」ではなく,認知症の進行状況を確認しておく必要がある.

認知症=「物忘れ」というイメージも強いが,記憶障害は,近時記憶とエピソード記憶が障害される.近時記憶とは,今,生じている状況を数分程度しか記憶していられない.つまりは,近い記憶を保持できない.「さっき説明しましたよね」「何回説明しても忘れる」,このような状況は近時記憶から障害されるADには,当然のことである.近い記憶を忘れるのではなく,記憶の壷に保持することが難しくなる.だからこそ,誰もが,同じことを何回でも,本人のわかる言葉で安心感を与えるように伝えることが必要になる.また,エピソード記憶は個人の体験に基づく記憶である.一方で遠隔記憶(昔の記憶)や手続き記憶(身体で覚えた記憶)は,認知症が進行して保持されている記憶とされる.これらの残された記憶を大切にするためにも,認知症高齢者のこれまでの生活や暮らしに目を向けて欲しい.そして,残された記憶を活用し,生活環境を整える必要がある.

実行機能障害とは,目標の設定や計画を立案すること,計画に基づき手順や方法を考えて行動するといった一連の活動を行なうことが難しくなることである.近時記憶が障害されることにより,今,自分はどうしてここに居るのか,これから何をしようとしていたのか,自分はどうしたら良いのか,状況を判断することが難しくなる.そのことにより,「時間」や「場所」「人」がわからなくなることの不安を想像して欲しい.

失行は,運動器官に異常がないにもかかわらず,目的に沿って運動を遂行できない状態である.「食事ですよ」とお膳を置いても,箸の使い方がわからない.「ズボンをはいてください」と声をかけても,はき方がわからない状態である.

失認は,視覚的なものや人の正確な位置関係の情報を処理する能力が障害,目の前のものを認識できないなどの障害である.私達は無意識に椅子に座り,テーブルに物を置いている.空間の位置関係がわからなくなることで,物の置き場所ばかりではなく,段差に気づかなくなることや道に迷うこともある.鏡に映る自分の姿を自分と認識できなくなる.

失語は,他人の話すことは理解できるが,自分の思っていることを言語に表現できない状態である.運動性失語の場合,言葉は理解できるが発語が難しい.「みかん」を「みんち」等と発語してしまう.感覚性失語は,発語は問題ないが言葉の理解が難しい.つまり,発語は流暢だが,相手の言っていることが理解できない.そのため会話が成立しない状態である.看護師は発語が流暢なため,認知機能の低下は無いと判断してしまう傾向が強い.言葉を発していても,相手の言葉が理解できているか否かを,さりげないコミュニケーションで確認できる技術を向上して欲しい.

ADの人達は,これらの中核症状があるために,生活に支障をきたす「生活障害」を抱えている.その不安を紐解き,その苦痛に寄り添って欲しい.その役割が,看護師にはある.

2) 認知症の行動・心理症状

BPSDは「認知症患者の頻繁に見られる知覚,思考内容,気分,行動の障害の症候」と定義される.中核症状により様々な不安を抱えている状況に加え,身体不調,不安感,不快感,苦痛やストレス,点滴・安静など行動を制限される治療薬物の副作用などが影響しBPSDを発症する.

また,看護師の不適切なケアもBPSDの発生要因になる.多くの看護師は自分の対応が原因とは考えないであろう.「大変なことをしているのは患者」と思うであろう.しかし,是非一度,自らが認知症高齢者のBPSDにどのようなイメージを持っているのかを考えてほしい.それがケアに反映するからである.認知症高齢者と看護師との間に起こる悪循環を,正の循環に変化させる必要がある.中核症状から派生する認知症高齢者の不安,呼吸が苦しい,倦怠感,痛み,身体の変調・苦痛・不快感等,疾患から生じる辛さもBPSDを発生する重要な原因である.自分の言葉でその苦痛を伝えられない.だから,大声を発する,ケアを拒否するのである.BPSDを「不穏」「問題行動」と表現しないでほしい.なぜならば,認知症の人のスピリチュアルペインだからである.

ケアする側が認知症の人の心身の苦痛,声なき声をキャッチできる存在になってほしい.それを通訳する役割が,ケアする側にはある.

認知症高齢者の行動を肯定的に観る

看護師は問題解決思考で基礎教育を受けている.そのためか,高齢者の“できない”点に着目することは得意である.しかし,高齢者や認知症高齢者の場合,生活の質(QOL)を向上させるためのケアは,「認知症患者の行動を肯定的に観る」ことである(図36.見方を変え“できる”ことに目を向けてほしい.高齢者の行動を肯定的に見ると能力に気づける.そのことで豊かな関わりもできる.高齢者も心地よさを感じ,高齢者が本来の能力を発揮し,高齢者や家族が感謝を表現する.そのことでケアの効果も実感できる.つまり,見方が変わるとスタッフが変わる.そして,認知症高齢者も変わるのである.認知症の中核症状による不安・不快を理解すると,「問題」と思っていたことは「スタッフ側の問題」ということもある.是非,高齢者の残された能力に目を向ける視点を身につけて頂きたい.

図3

認知症患者の行動を肯定的に観る

倫理的感受性を磨く

認知症高齢者の対応について,疑問に感じる場面に遭遇したことはないだろうか.“子ども扱いされる”“声をかけているのにスタッフから無視をされる”ことはないだろうか.“自分ならばあのような対応をされたくない”と思うことは無いだろうか.ケアの開始・終了時に声をかけ,心地よさを確認しているだろうか.ケアする側には悪気はないかもしれない.しかし,“自分だったら”“自分の親であったら”と,立場を変えて考えてみてほしい.

最近は「認知症の人の意思決定支援」に注目がされるようになった.その反面,医療行為の選択の意思決定支援だけに焦点が当てられていないかと気にかかる.これまで,認知症の人たちは生活の不自由さを感じていることを述べてきた.つまり,日々の生活に不安や苦痛を感じている.それを伝えられない苦悩がある.その日々のケアにおける意思の尊重が,軽視されているようにも感じるのだ.日々のケアの中での意思に目が向かず,医療行為の選択に関する意思決定支援が行なえるのだろうか.だからこそ,ケアにおける倫理的感受性を磨いてほしい.「おかしい」と思うこと,「モヤモヤ」したことを語り合ってほしい.語り合うことで倫理的感受性が磨かれる.倫理的感受性を磨くことは,認知症高齢者の擁護者としての役割を果たすためにも重要なことだ.認知症ケアは高度な実践能力が求められると考えている.

終わりに

本シンポジウムのテーマは「スペシャリストNsが行なう看護の技」である.しかし,認知症に関して言えば,一人のスペシャリストが居れば質の高いケアが提供できるかと言えば,そうではない.自分がして欲しいケアを提供する.“自分だったら…”と相手の立場を考えるケアリングを基盤とした態度や日常倫理を大切にして欲しい.リハビリテーションの語源は「基本的人権の復権」である.認知症の基本的知識を身に付け,皆に認知症ケアのスペシャリストになってほしいと願っている.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
  • 1)  内閣府:平成29年度版高齢社会白書,2017,2-12.
  • 2)  小川朝生:あなたの患者さん,認知症かもしれません,医学書院,東京,2017,3-4.
  • 3)  東京都福祉保健局高齢社会対策本部:看護師認知症対応力向上研修テキスト,東京,2013,99-101.
  • 4)  平原佐斗司:医療と看護の質を向上させる認知症ステージアプローチ入門,中央法規,東京,2013,13-30.
  • 5)  前掲書3),10-12.
  • 6)  桑田美代子,湯浅美千代編:死を見据えたケア管理技術,中央法規,東京,2016,59.
 
© 2020 一般社団法人日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
feedback
Top