日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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共同企画
肺がん患者の緩和ケアとアドバンス・ケア・プランニング
松田 能宣
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2020 年 29 巻 1 号 p. 75-77

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要旨

肺がんを含むがん医療において,アドバンス・ケア・プランニング(ACP)は終末期の化学療法などの侵襲的な医学的処置を減少させ,ホスピスを含む緩和ケアの利用を増やすなど重要な役割を担う.非小細胞肺がん患者において早期緩和ケアが通常ケアに比べて生存期間を延長することを示したランダム化比較試験において,緩和ケアの内容にはACPの要素が含まれており,肺がん患者にACPを実践するにあたって緩和ケアの果たす役割は大きいと考えられる.また,治療の進歩や患者・医師の防衛機制などACPを困難にしうる要因についても知っておくことで,より適切なタイミングでACPを実施することが可能になるだろう.最後に,ACPの有効性については文化差がある可能性もあるため,日本人肺がん患者におけるACPの有効性を検討した研究の結果が待たれる.

緒言

近年,アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の重要性が世界的に注目されている.本稿では,一部がん全体のエビデンスを引用しながら,肺がん診療におけるACPについて述べる.なお,ACPについての詳細については,他稿をご覧頂きたい.

がん患者におけるACPの有効性

Wrightらは進行がん患者において,主治医とエンドオフライフディスカッションを行うことが死亡前の侵襲的な医療処置の減少と関連するかを調べるために,前向き観察研究を行った1.エンドオフライフディスカッションは死亡前7日間の人工呼吸器の使用の減少,心肺蘇生の実施の減少,ICU入室の減少,より早期のホスピス利用の増加と関連していた.また,MackらはステージIV期の肺がんもしくは大腸直腸がんにおいて,どのようなエンドオブライフディスカッションが死亡前の侵襲的的な医療処置に関連するかを調べるために,前向き観察研究を行った2.主治医と死亡30日前にエンドオブライフディスカッションをした患者では,死亡前14日の化学療法,死亡前30日間の急性期治療,死亡前30日間のICUケアが減少し,ホスピスケアが有意に増加した.以上のようにがん患者において,ACPを行っていると,終末期の侵襲的な医療処置が減少し,ホスピスの利用が増加することが報告されている.

肺がん診療においてACPを困難にしている要因

上述のようにがん診療においてACPが有用であることが示されているが,肺がん診療においてACPを困難にしている要因についても述べる.この10年,肺がんの化学療法は分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場によって進歩し,特に非小細胞肺がんにおいては以前に比べて長期生存が得られる患者も増加している.このため,医療者も予後予測を正確に行うことが困難になってきている.さらに患者・家族の化学療法に対する期待も高いため,ACPのタイミングを逸してしまうことも多い.また,特定の分子標的治療薬の有効性が期待できる遺伝子の検出が可能ながん遺伝子パネル検査の登場によって,標準的な化学療法を終了した後でも,がん遺伝子パネル検査の結果次第では再び化学療法を検討するという患者が増えてくれば,ACPのタイミングがより終末期に近づいてしまう可能性もある.その結果,終末期に化学療法が行われる可能性があるが,終末期の化学療法にはどのような問題点があるだろうか.Wrightらは終末期がん患者に対する化学療法の実施が侵襲的な医療処置や死亡場所に関連するかを調べるために,前向き観察研究の副次解析を行った3.この研究では死亡前数カ月の化学療法の実施は,心肺蘇生実施の増加,人工呼吸器使用の増加,ICUでの死亡の増加と関連していた.

日常臨床でも,病状が悪化し予後も限られている患者に化学療法が行われているのを目にすることがしばしばある.このような背景には,患者・家族の防衛機制が関わっていることがある.防衛機制とは「無意識的な反応であり,危機的な状況下で生まれる受け入れがたい感情や体験を,ありのままに感じたり直面することを避けることで,心の安定や意識の連続性を維持し,外傷的な外的現実から自己を守ろうとする働き」である4.医療現場でよく知られている代表的な防衛機制として,否認が挙げられるだろう.否認とは「他の人には明らかと思われるような外的現実または主観的体験の苦痛な側面を認めることを無意識的に拒否することによって,情緒的葛藤や内的・外的ストレス因子に対処する防衛機制」である.がん患者において否認を認める頻度は4~47%と言われ,日常的に認められる防衛機制と言える5.否認の内容については,Moritaらは日本人のがん患者に以下のような否認が認められることを報告している6.オピオイド(医療用麻薬)を拒否(57%),非現実的な生命維持治療を希望(49%),民間療法に熱心に参加(35%),非現実的な抗腫瘍治療を希望(33%),水分・栄養の補給の中止もしくは保留に対して躊躇(18%).

進行非小細胞肺がん患者を対象にした早期緩和ケアのランダム化比較試験において,実際は根治不能であるが,「私のがんは根治できる」と答えた患者が約3割存在した7.また,ステージIV期の肺がん,大腸がんを対象にした前向き観察研究において,約7割の肺がん患者が化学療法ががんを根治しないことを理解していなかった8.これらの結果には,「がんが根治しない」という事実に対する患者の否認が影響している可能性もある.一方で,医師の防衛機制の関与についても考えておく必要がある.113人の腫瘍医を対象に15分間の医療面接を録画した研究では,腫瘍医は15分の間に平均16回の防衛機制を使用していた9.医師が多用する防衛機制として合理化と知性化が挙げられる.合理化とは「受け入れがたい現実を歪めた形で解釈して理論化し自分を納得させる防衛機制」である.例えば,医療スタッフが「患者さん,最近体がしどくて,ほとんどベッド上で過ごしています.化学療法は無理じゃないですか?」と医師に相談をする.医師の中に「患者に化学療法ができないと伝える」という医師にとって受け入れがたい現実があると,「患者が治療をしたいと言ってるから治療をするんだよ」と,もっともらしい理由をつけて,そのつらさを避けてしまう訳である.続いて,知性化とは「受け入れがたい現実を知識や知的な言葉で理屈づけてコントロールする防衛機制」である.例えば,先ほどと同じ状況で,「20XX年のYという医学雑誌の肺がんの臨床試験では,現在使用している化学療法のレジメは従来治療にくらべて生存期間を2ヵ月延長したんだよ.それに,最近は新しい化学療法の臨床試験も行われていて…」と次々と難しい医学的知識を並べて自分の方針を理由づけようとする.以上のように,病状の悪い,予後の限られた患者に積極的治療の中止を提案できないことに医師の防衛機制が関与し,ACPが遅れ,終末期の化学療法の実施につながっているのかもしれない.

肺がんのACPにおける緩和ケアの役割

Temelらは非小細胞肺がん患者を対象としたランダム化比較試験において,早期緩和ケアが標準ケアに比べて生存期間を延長することを報告した10.この試験からはその後複数の研究が報告されている.早期緩和ケアを受けた患者では標準ケアを受けた患者に比べて,「がんは根治不能であるという事実を最初から正確に理解し,その後もそのように理解したままである」患者の割合,および「最初は正確に理解していなかったがその後にそのように理解できるようになった」患者の割合が高かった7.さらに,標準ケアを受けた患者では予後を正確に理解していても終末期の化学療法の実施割合は減少しなかったが,早期緩和ケアを受けた患者では予後を正確に理解していると終末期の化学療法の実施割合が減少していた.また,早期緩和ケアの内容については,心肺蘇生の実施やホスピスの利用といった終末期の計画,意思決定支援を含むがん治療についての話し合いが中期から後期にかけて増加していた11.そして,早期緩和ケアに含まれる,腫瘍学的なケアと緩和ケアの中で,がん治療の効果と意思決定支援,心肺蘇生,ホスピスといった終末期の計画といったACPに関わる要素が緩和ケア側の要素に含まれていた.このように肺がん患者のACPにおいて緩和ケアは重要な役割を果たすと考えられる.

日本の肺がん診療におけるACP

国や地域によってコミュニケーションには特徴があるため,ACPの有効性についても文化差がある可能性がある.緩和ケア病棟の遺族調査において,亡くなる3ヵ月以上前から終末期の話し合いを始めていた患者は33%しかいなかった12.また,根治的切除不能/転移・再発固形がん患者を対象にした研究で,1次治療後の増悪のタイミングで主治医と終末期の療養について話し合いを行っている患者は15%であった13.このように日本においてもがん患者のACPが十分に行われているとは言い難い.日本人がん患者におけるACPの効果としては,緩和ケア病棟の遺族調査において終末期の話合いがなされていると,遺族の抑うつが減少し,複雑性悲嘆が減少し,患者の死亡前のQOLが上昇することが報告されている12.現在,殺細胞性抗がん剤治療を含む一次治療が増悪した,根治不能非小細胞肺がん患者を対象に,ACPの有効性を検討する前向き観察研究が行われている14.この研究では,一次治療増悪後の登録時に終末期の過ごし方に関しての話し合いの有無,QOL尺度,抑うつ尺度など,その3ヵ月後にQOL尺度や抑うつ尺度など,死亡時に終末期の療養の場,緩和ケア受療の有無,終末期化学療法の有無などが評価される.この研究によって日本人非小細胞肺がん患者においてACPの実施の有無によって,患者が希望した療養場所と実際の死亡場所の一致割合に差があるのか,など多くの臨床疑問に対する結果が明らかになることが期待される.

まとめ

肺がん患者の緩和ケアとACPについて概説した.今後,肺がん患者を含むがん患者のリハビリテーションが拡大していくことが予想される.呼吸ケアやリハビリテーションは肺がん患者の身体症状や身体機能への自覚と深く関わるため,ACPのきっかけとなる可能性も十分ありうる.本稿が呼吸ケア・リハビリテーションに関わる方々の今後の診療の一助になれば幸いである.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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