2020 年 29 巻 1 号 p. 97-103
目的:社会心理学において,人が行動に至るまでの段階を説明するモデルである計画行動理論がある.この計画的行動理論を基に看護師がAdvance Care Planning:ACP行動に至るまでの心理的段階である「ACPの行動意図」と,それに影響する要因を明らかにすることとした.
方法:対象は慢性呼吸器疾患看護認定看護師220名と呼吸器疾患に係わる看護師1100名の計1320名とした.調査方法は無記名自記式質問紙調査法とした.
結果:同意の得られた324名のうち321名を有効回答として分析を行った.「ACPの行動意図」を従属変数としステップワイズ法による重回帰分析を行ったところ,影響要因として呼吸器看護の経験年数,ACPへの思い,ACP行動に対する周囲からの期待,ACPの抑制要因である【難しさ】が抽出された.下位項目の周囲からの期待「患者・家族との話し合いの自信の無さ」や,【難しさ】「在宅療養への移行の援助」,「呼吸困難のアセスメントと緩和の介入」などが強い影響要因になっていた.
2017年のWorld Health Organization: WHOの「WHOファクトシート」1)によると呼吸器疾患の代表である慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease: COPD)は,2015年では世界の死亡原因の第4位であった.呼吸器疾患における呼吸困難・苦痛・不安は,がんに匹敵するとされていながら,がんと比較すると鎮痛・鎮静薬などが十分に投与されていないことが指摘されている2).がんは比較的経過の推定が容易であり予後予測ツールも複数存在する3).一方,呼吸器疾患は病状の悪化が急性増悪か人生の最終段階かを判断することが難しい2).また,患者を診療している医師の半数以上が患者の予後を診断することが出来なかった4)ことが明らかにされている.2018年のCOPDガイドライン5)では,患者は病気が死に向かうものであることを十分に認識していない可能性があると報告されている.COPDは,医療者がいつから人生の最終段階と考えるのかが難しいこと,患者・家族とのコミュニケーション不足があることから,医師から患者への病状や予後に関するインフォームドコンセントが十分にされていない6)現状が明らかにされた.一方,患者は今後の治療の選択,望むこと・望まないこと等を繰り返し医療者と話し合う,アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning: ACP)を望んでいる7,8)と報告されている.つまり,患者がACPを望んでいるにも関わらず呼吸器疾患は死期の予測が難しいことからか,医療の現場では患者が望むほどACPは実施されていない現状がある.これに対し,医療者のうち患者の最も傍にいる看護師が,患者の価値観や思いを把握したうえで医師に伝えられるよう支援して,医師からの説明を理解しているのかを確認し,思いを傾聴することで患者は価値観や役割などを踏まえた意思決定をすることができる9)と報告されている.したがって,医師のみではなく看護師もACPを実施することが重要であると考える.ACPの先行研究は,国内外で,がん分野が多く散見される.一方,非がん分野は少ないのが現状である.米国においてAjzen10)による計画的行動理論に基づき,がん分野の上級実践看護師(Advanced Practice Nurse: APN)におけるACPの知識・態度・行動の尺度が構築され信頼性と妥当性が検証されている11).計画的行動理論を基に看護師のACP行動に至る過程を考えると,ACP実施に必要な知識や技術を得ることでACPに対する思いが強まると共に,周囲からもACP実施について期待されているという認識がACPをやってみようという行動意図に繋がる過程となる.また,ACP行動を促したり妨げたりする促進・抑制要因もACP行動に関係する.この行動心理論は,日本の看護師のACP行動に至るまでの過程を理解することにも応用できると考えた.この理論を基に,看護師がACP行動に至るまでの心理的段階である「ACPの行動意図」とそれに影響する要因として,看護師の「ACPへの思い」,「ACP行動に対する周囲からの期待」,「ACPの促進要因【知識】・抑制要因【難しさ】」をあげ,その関連性を明らかにすることを目的とした.
日本看護協会のホームページに公開されている「慢性呼吸器疾患看護認定看護師(認定看護師)」220名のうち同意の得られた認定看護師とした.加えて同意の得られた認定看護師が選定した呼吸器疾患に係わる看護師5名で同意が得られた者1100名を対象とし,認定看護師と合わせて合計1320名を対象とした.
2. 調査方法無記名自記式質問紙調査法とし,施設の施設長または看護部の責任者に研究の主旨・方法を文書で説明し協力を依頼した.また認定看護師および認定看護師が選定する看護師に書面にて研究の概要を説明し返信をもって同意を得ることとした.
3. 調査用紙の作成過程Zhou et al.11)の尺度を基に調査票原案を作成した後,修士課程レベルや呼吸器疾患に精通している看護師約100名に協力を得て計3回のプレテストを行った.その上で各要因の因子分析を行い,図1の調査票の構成とした.
計画的行動理論を基に構成した調査内容
1)個人属性
年齢,看護師経験年数,呼吸器看護経験年数,呼吸ケアの資格保有状況.
2)「ACPの行動意図」:ACP行動を実際に起こそうと思う意図とした.ACP行動は,吉岡12)の看取りケア尺度を使用した.この尺度は患者の看取りの際に必要なケアについて6因子22項目で質問するもので,ACP行動にも通ずるケア項目で構成されていると判断した.例えば,第1因子【悔いのない死へのケア】では「患者と家族のコミュニケーションの促進」があり,第2因子【癒やしと魂のケア】では「死について患者や家族と話し合う」などがある.4段階リッカート法で回答を得た.また,点数が高いほど行動意図が高いとみなした.
3)「ACPへの思い」:患者・家族のニーズなど6因子計17項目とし,4段階リッカート法で回答を得た.また,点数が高いほどACPに対する肯定的な思いが高いとみなした.
4)「ACP行動に対する周囲からの期待」:「ACPの行動をとるべきだという期待に応えようと思う」,「ACPにおけるコミュニケーションがうまく図れると思われている」など6項目とし,4段階リッカート法で回答を得た.また,点数が高いほど周囲の期待に応えようとする思いが高いとみなした.
5)「ACPの促進要因【知識】」:知識が問える10項目とした.各問はACPに関する知識について正解・不正解が問える項目とし,正解率を算出した.
6)「ACPの抑制要因【難しさ】」:ACPの行動意図を妨げる要因として,ACP行動を行うにあたり,どの程度難しいと思うかを問うた.項目は「ACPの行動意図」と同じ内容の看取りケア尺度の項目とした.つまり,「行動意図」についてはどれくらい行うかという設問に対し,「難しさ」ではその行動を行うことがどの程度難しいと思うかという設問にした.5因子22項目を4段階リッカート法とし,点数が高いほど難しく感じる程度が高いとみなした.
5. 分析方法統計ソフトIBM SPSS Ver. 23.0 for Windowsを使用し有意水準を5%とした.
ACPの行動意図を従属変数とし,個人属性とACPへの思い,ACP行動に対する周囲からの期待,ACPの促進要因【知識】・抑制要因【難しさ】を独立変数とした重回帰分析(ステップワイズ法)を行った.
6. 倫理的配慮対象者に参加の自由意志,匿名性の遵守等を紙面にて説明し,回答をもって同意を得たとした.なお,福井大学医学部倫理審査委員会で承認を得て実施した(承認番号20170118).
調査票配布数220に対し認定看護師76名(34.5%)より回答が得られた.認定看護師が選定した1100名の看護師に対し245名(22.2%)より回答が得られた.合計324名(回収率24.5%)のうち321名(24.3%)を有効回答とした.対象者の呼吸器看護経験年数は平均7.8±5.6年であった.認定看護師は76名(34.5%),認定看護師以外で呼吸ケアの資格ありは31名(9.7%),資格なしは214名(66.6%)であった(表1).
年齢 | 平均 | 37.2±8.6歳 |
看護師経験年数 | 平均 | 14.7±8.7年 |
呼吸器看護経験年数 | 平均 | 7.8±5.6年 |
呼吸ケアの資格 | 資格なし | 214名 |
認定看護師 | 76名 | |
上記以外の資格有 | 31名 |
行動意図が高かったのは,第I因子【悔いのない死へのケア】の「医師からの説明の理解を確認」,「家族中心に迎えられる配慮」,第V因子【有効なケアの調整】の「家族が医師と話し合える調整」で,「いつもやろうと思う」と回答した者は30%以上を占めた.一方,行動意図が低かったのは,第II因子【癒しと魂のケア】の「自然や芸術に触れる機会の提供」,「リラクゼーションのケア」で,「全くやろうと思わない」と回答した者は40%以上であった.次いで「家族の悲嘆のプロセスを促す」が30%以上,「死について患者や家族と話し合う」は17.2%であった.また,第IV因子【情報提供と意思決定のケア】の,「治療,蘇生,看取りの場所を話し合うよう促す」は「全くやろうと思わない」と回答した者が6.6%,「少しやろうと思う」者は52.2%,「患者の思いを家族に伝える」は,「全くやろうと思わない」者が6%,「少しやろうと思う」者は55.8%で,リラクゼーションのケアや患者と家族へのコミュニケーションの行動意図は低いという結果であった(表2).
第I因子~第V因子構造 全22項目 | 1 全くやろうと思わない | 2 少しやろうと思う | 3 かなりやろうと思う | 4 いつもやろうと思う | |
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項 目 | 人数(%) | 人数(%) | 人数(%) | 人数(%) | 無回答 |
第I因子 (6項目) 【悔いのない死へのケア】 | |||||
患者と家族間のコミュニケーションを促進する. | 7(2.2) | 122(38.2) | 132(41.4) | 58(18.1) | 2 |
臨終の時は家族中心に静かに迎えられるよう配慮する. | 10(3.1) | 59(18.5) | 135(42.3) | 115(35.8) | 2 |
疼痛コントロールのための鎮痛剤や麻薬の使用などについて,医師に働きかける. | 11(3.4) | 73(22.8) | 133(41.6) | 103(32.2) | 1 |
家族が患者のそばにいることの意義を家族に伝える. | 10(3.1) | 66(10.8) | 136(42.8) | 106(33.0) | 3 |
希望があれば,在宅療養への移行のための準備ができるよう援助する. | 13(4.1) | 124(38.9) | 112(35.1) | 70(21.9) | 2 |
患者と家族が医師からの説明が理解できているか確認し,必要であれば補足する. | 6(1.9) | 68(21.3) | 123(38.4) | 123(38.4) | 1 |
第II因子 (5項目) 【癒しと魂のケア】 | |||||
患者が自然と触れ合う機会や,音楽や絵画などの芸術に触れる機会を提供する. | 157(49.1) | 127(39.7) | 27(8.4) | 9(2.8) | 1 |
患者にアロマテラピーやマッサージなどリラクゼーションのためのケアを提供する. | 131(41.2) | 154(48.4) | 27(8.5) | 6(1.9) | 3 |
ライフレビュー(回想)や家族の思い出作りを行うなど家族全体の悲嘆のプロセスを促す. | 112(35.6) | 143(45.4) | 47(14.9) | 13(4.1) | 6 |
家族の発達段階,個々の家族員の役割,関係性を知るための十分なアセスメントを行う. | 23(7.2) | 162(50.8) | 105(32.9) | 29(9.1) | 2 |
状況に応じて死について患者や家族と話し合う. | 55(17.2) | 172(53.8) | 65(20.3) | 28(8.8) | 1 |
第III因子 (4項目) 【苦痛緩和ケアの保証】 | |||||
患者の悪心/嘔吐をアセスメントし,緩和するための介入をする. | 13(4.1) | 97(30.4) | 134(42.0) | 75(23.5) | 2 |
患者の安楽が確保されているかどうかアセスメントし,患者に確認する. | 5(1.6) | 62(19.4) | 170(53.3) | 82(25.7) | 2 |
患者の呼吸困難をアセスメントし,緩和するための介入をする. | 7(2.2) | 109(34.2) | 130(40.8) | 73(22.9) | 2 |
苦痛の緩和に対処するため,患者の状態の変化に迅速に対応する. | 4(1.3) | 76(23.8) | 166(51.9) | 74(23.1) | 1 |
第IV因子 (4項目) 【情報提供と意思決定のケア】 | |||||
積極的治療,蘇生,看取りの場所について患者と家族で話し合うよう促す. | 21(6.6) | 176(52.2) | 100(31.3) | 22(6.9) | 2 |
状態の悪化に伴う患者の身体的,心理的変化について家族に説明する. | 7(2.2) | 100(31.3) | 138(43.3) | 74(23.2) | 2 |
直接家族に伝えられない患者の思いを家族に伝える. | 19(6.0) | 178(55.8) | 91(28.5) | 31(9.7) | 2 |
治療や薬物の使用日的,副作用についての情報を患者と家族に十分に提供する. | 6(1.9) | 126(39.5) | 139(43.6) | 48(15.0) | 2 |
第V因子(3項目)【有効なケアの調整】 | |||||
家族が医師と話し合えるよう調整する. | 5(1.6) | 49(15.3) | 156(48.8) | 110(34.4) | 1 |
患者と家族が最期の時を過ごすための場所と時間を確保する. | 14(4.4) | 101(31.8) | 141(44.3) | 62(19.5) | 3 |
患者や家族の希望(外出,外泊など)が取り入れられるよう調整する. | 15(4.7) | 122(38.1) | 135(42.2) | 48(15.0) | 1 |
肯定的な思いが高かったのは,第III因子【患者・家族との話し合いの大切さ】の2項目で,「とても思う」と回答した者が70%以上を占めた.一方,否定的な思いが高かったのは,第II因子【患者・家族へのコミュニケーション】の「コミュニケーションの技術がある」であり,「全く思わない」と回答した者が30%以上であった.ACPにおいてコミュニケーションは重要という認識はあるが,その技術には自信がないという結果であった(表3).
第I因子~VI因子構造 全17項目 | 1 全く思わない | 2 少し思う | 3 そう思う | 4 とても思う | |
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項 目 | 人数(%) | 人数(%) | 人数(%) | 人数(%) | 無回答 |
第I因子 6項目 【患者と家族のニーズ】 | |||||
ACPは終末期における意思決定の難しさを和らげると思う. | 0(0) | 48(15.0) | 177(55.1) | 96(29.9) | 0 |
ACPは患者中心のケアのひとつだと思う. | 2(0.6) | 18(5.6) | 161(50.2) | 140(43.6) | 0 |
ACPは患者の意思決定の過程をスムーズにできると思う. | 5(1.6) | 71(22.1) | 167(52.1) | 77(24.0) | 1 |
ACPは終末期における患者の満足度を向上させると思う. | 5(1.6) | 66(20.6) | 193(60.1) | 56(17.4) | 1 |
ACPは終末期における家族の満足度を向上させると思う. | 3(0.9) | 63(19.6) | 194(60.4) | 61(19.1) | 0 |
ACPは終末期医療における不必要な治療を減らせると思う. | 8(2.5) | 62(19.3) | 160(49.8) | 91(28.4) | 0 |
第II因子 3項目 【患者・家族へのコミュニケーション】 | |||||
終末期患者とACPについて抵抗なく話すことができると思う. | 67(20.9) | 192(59.8) | 49(15.3) | 10(3.1) | 3 |
終末期患者の家族とACPについて抵抗なく話すことができると思う. | 54(16.8) | 176(54.8) | 79(24.6) | 12(3.8) | 0 |
私はACPにおける基本的なコミュニケーションの技術があると思う. | 124(38.6) | 140(43.6) | 46(14.3) | 9(2.9) | 2 |
第III因子 2項目 【患者・家族との話し合いの大切さ】 | |||||
患者とACPの話し合いは大切だと思う. | 0(0) | 8(2.5) | 80(24.9) | 233(72.6) | 0 |
家族とACPの話し合いは大切だと思う. | 0(0) | 8(2.5) | 73(22.7) | 240(74.8) | 0 |
第IV因子 2項目 【看護師の役割】 | |||||
患者とACPについて話し合うことは看護師の役割だと思う. | 10(3.1) | 101(31.5) | 162(50.5) | 47(14.6) | 1 |
家族とACPについて話し合うことは看護師の役割だと思う. | 8(2.5) | 103(32.1) | 164(51.1) | 46(14.3) | 0 |
第V因子 2項目 【家族の役割】 | |||||
終末期患者とその家族は意思決定者としての役割を担うべきである. | 8(2.5) | 108(33.6) | 174(54.2) | 31(9.7) | 0 |
家族は終末期患者が残された人生を最良に過ごせるように関わるべきである. | 5(1.6) | 70(21.8) | 169(52.6) | 76(23.7) | 1 |
第VI因子 2項目 【医師の役割】 | |||||
ACPは医師の責任だと思う. | 4(1.2) | 37(11.5) | 178(55.5) | 102(31.8) | 0 |
ACPにおいて患者は看護師より医師との話し合いを希望すると思う. | 30(9.3) | 128(39.9) | 132(41.1) | 31(9.7) | 0 |
周囲の期待に応えようとする思いが高かったのは「ACP行動をとるべきだという期待に応えようと思う」であり,「とても思う」者が16.6%,「そう思う」者が45.1%であった.次いで「ACP行動をとるべきだと思われている」で,「とても思う」者が12.6%,「そう思う」者が42.5%,「ACP行動は患者の満足度を向上させると思われている」は「とても思う」者が4.7%,「そう思う」者が26%であった.一方,周囲の期待に応えようとする思いが低かったのは,「コミュニケーションがうまく図れると思われている」,「患者・家族と抵抗なく話せると思われている」であり「全く思わない」者が30%以上を占めた.全体的にみると,看護師は他者からACP行動をとるべきだという周囲の期待に応えようという思いは高いにも関わらず,他者からコミュニケーションのスキルは期待されていないと自覚していることが明らかとなった.
5. 「ACPの促進要因【知識】」の実態知識を問う質問の平均正解率は77.2±12.4%と高い点数であった.そのうち,法律に関する問いのみ正解率は約半数と低かった.
6. 「ACPの抑制要因【難しさ】」の実態最も難しいと認識していたのは第II因子【癒しと魂のケア】の「死について患者や家族と話し合う」であり,平均値は74点であった.
難しいと認識しているにも関わらず行動意図が高かったのは,呼吸困難のアセスメントと緩和の介入,在宅療養への援助などであった(図2).
「ACPの抑制要因【難しさ】」と「ACPの行動意図」の平均値の差 n=321
行動意図に影響していた因子の中で最も影響の強かったのは「ACP行動に対する周囲からの期待」(標準化β=.251, p=.0001)であった.次に影響の強かったのは「呼吸器看護の経験年数」(標準化β=.199, p=.002)であり,次いで「ACPへの思い」(標準化β=.144, p=.019)であった.一方,負に影響していたのは「ACPの抑制要因【難しさ】」(標準化β=-.178, p=.002)であった.調整済みR2乗は.237(p=.0001)であり,行動意図の約2割がこれら4因子で説明できた.「ACPの促進要因【知識】」は影響要因として抽出されなかった(表4).
標準化β | P | VIF | R | R2乗 | 調整済みR2乗 | |
---|---|---|---|---|---|---|
ACP行動に対する周囲からの期待 | .251 | .0001 | 1.213 | .498 | .248 | .237 |
呼吸器看護の経験年数 | .199 | .002 | 1.11 | |||
ACPの抑制要因【難しさ】 | -.178 | .002 | 1.043 | |||
ACPへの思い | .144 | .019 | 1.121 |
ACPの行動意図に対して最も強い影響力があったのは,ACP行動に対する周囲の期待であった.看護師のコミュニケーションがうまく図れていない認識が行動に影響していた.看護師には患者・家族を動揺させたくない思いや話し合いの技量の不足があること11)が報告されている.これには,患者・家族と信頼を築いて意思を表出させるコミュニケーションスキルが重要であり,そのスキルの修得で,看護師の戸惑いは軽減し自信にも繋がることが明らかにされている13).したがって,コミュニケーションスキルを高める看護教育によって,ACPの行動意図が高まると考える.次いで,行動意図に影響力の強い要因として抽出されたのは呼吸器看護の経験年数であった.その理由として,様々な豊富な経験を積むことで,より良い看護に繋げていこうという意識が高まったと考えられる.加えて,ACPの抑制要因【難しさ】が行動意図に影響のある要因として抽出された.「死について患者・家族と話し合う」は,難しさの認識が高く行動意図に繋がっていなかった.呼吸器疾患のケアにおいて,患者の人生の最終段階をいつからかと捉える時に,患者・家族と医療者とのコミュニケーション不足が発生していると報告されている14).この現状は,死の話し合いに対する看護師の抵抗感の要因にもなっていると考える.患者・家族が人生のどの段階にいるかを自覚し,意思表明できるよう,看護師は患者に寄り添い,患者の思いを引き出し,患者・家族と医療者の効果的な意思疎通への支援が重要であると考える.
難しさの認識が高いにも関わらず行動意図が高かったのは呼吸困難のアセスメントと緩和の介入や在宅療養への援助であった.呼吸器疾患の人生の最終段階に最も苦慮する症状は呼吸困難で,その緩和は難しいと報告されている14).したがって,医師との連携や他の専門職とのチーム医療を図ること,呼吸困難の緩和や在宅療養の看護教育を強化することで,より行動意図が高まると考える.
ACPの促進要因【知識】について,重回帰分析において影響因子として抽出がされなかった.これは対象者の多くは経験年数が長く呼吸ケアの有資格者であっため,全体的にACPの知識が高く,ばらつきがみられなかったことが要因と考える.
調査用紙の回収率は24.5%と少なく,予測率が高いとはいえないため一般化には限界がある.また,ACPの知識を問う項目については回答にばらつきがみられなかったため,信頼性と妥当性のある項目の検討が課題である.本研究の調査項目は,呼吸器疾患以外の疾患でも使用可能な構成にした.今後は,他の疾患でも応用して調査しACPの推進に繋げたい.
呼吸器疾患のACPの推進に向けて,コミュニケーションスキルを高めることで周囲からの期待に応えられるという意識が高まると考える.また,呼吸器看護の経験が長い看護師を活用した専門的知識・技術の看護教育がACPの推進に繋がると考える.
本研究のためにご協力いただきました皆様に心から感謝いたします.
なお本論文は,福井大学医学系研究科(看護学)に提出した修士論文の一部を修正したものである.また,本研究は科学研究費基盤(C)(16K11940:代表者・長谷川智子)の助成を受け実施した研究の一部である.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.