2020 年 29 巻 2 号 p. 186-190
慢性呼吸器疾患患者における身体活動は予後に影響するため,いかにして身体活動を維持・改善させるかは重要な臨床課題である.我々は,身体活動量と運動耐容能,30秒椅子立ち上がりテスト(CS-30テスト)には相互的な関係性が成立すると考え,運動耐容能に見合った身体活動量推定の可能性について検討した.結果,3つの因子にはそれぞれ関連があり,椅子1つあれば簡便に評価可能なCS-30テストから身体活動量が推定できる重回帰式(2.760-1.387×mMRC息切れスケール+288×CS-30テスト)が得られた.次に心機能に着目し,慢性閉塞性肺疾患患者(COPD)患者の運動耐容能と左室拡張障害,右室収縮期圧との関連性を検討した.結果,左室拡張障害の有無で運動耐容能に有意差は認めなかったが,心負荷を示唆する所見とは有意差を認めた.また,右室収縮期圧の上昇は,労作時酸素飽和度の減少,心拍数の上昇を惹起し,運動耐容能に関連する可能性が示唆された.
慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)をはじめとする慢性呼吸器疾患患者における身体活動は予後に影響する因子であり1,2),いかにして身体活動を維持・改善させていくかは重要な臨床課題である.しかしながら効果的な指導法について明確な指針はなく,対象者毎に個別対応せざるを得ないのが現状である.一方で健常者を対象とした場合,1日1万歩の歩数を推奨する報告書も見受けられるが3),普段から呼吸困難を呈し,運動耐容能の低下した慢性呼吸器疾患患者にその歩数をそのまま適応させるのは困難である.そこで我々は,身体活動量と運動耐容能,30秒椅子立ち上がりテスト(chair-stand 30 test: CS-30テスト)にはそれぞれ相互的な関係性が成立するのではないかと考え(図1),椅子1つあれば簡便に評価可能なCS-30テストにより慢性呼吸器疾患の運動耐容能を評価し,その運動耐容能に見合った歩数による身体活動量推定の可能性について検討を行った.
身体活動量,運動耐容能,CS-30テストの関係性の予測図
3つの因子には相互的な関係性が成立すると考えた.
次に我々は心機能に着目した.COPDに心血管疾患が併存しやすいことは周知の通りであり,TORCH study4)では全COPDのうち死亡原因の第2位は心血管疾患であった.またIncalziら5)は高齢COPD患者の約25%は心不全を合併していると報告している.これらは,呼吸器疾患の問題が肺だけに限局していないことを示唆している.そのため,身体活動の基盤となる運動耐容能と心機能の関連性について検討することは,延いては身体活動量を維持・改善させるうえで必要と考えた.そこでCOPDを対象とし,心臓超音波検査による心機能指標と運動耐容能の関連性について検討を行った.以下に,これまで我々が実施してきた研究成果について概説する.
まず身体活動量と運動耐容能の関連について検討した.入院中に呼吸リハビリテーションを行った慢性呼吸器疾患患者19例(年齢; 68.4±11.4歳,vital capacity(VC); 2.2±1.1 L,forced expiratory volume in 1 second(FEV1); 1.3±0.6 L)の退院後の身体活動量をライフコーダEX(スズケン社製)を用いて調査し,退院前評価として測定した6分間歩行距離(6-minute walk distance; 6MWD),肺機能検査(フクダ電子社製FUDAC70),膝伸展筋力(OG技研社製GT-360)との関連性を相関分析および重回帰分析にて検討した.結果,身体活動量と6MWD(r=0.86),VC(r=0.76),FEV1(r=0.73),膝伸展筋力(r=0.54)には有意な相関を認め,重回帰分析による退院後の身体活動量に影響を及ぼす因子の検討では6MWDが抽出された(R2=0.55).
次に運動耐容能とCS-30テストの関連について検討した.対象は椅子からの立ち上がりを含めた基本動作が自立し,自力歩行が可能な慢性呼吸器疾患患者24例(年齢; 69.5±10.6歳,VC; 2.3±0.9 L,FEV1; 1.4±0.5 L)である.中谷ら8)の方法に準拠し,30秒間での立ち上がり回数を測定し,肺機能検査,膝伸展筋力,6MWDとの関連を相関分析および重回帰分析にて検討した.結果,CS-30テストと6MWD(r=0.88),体重(r=0.43),VC(r=0.61),FEV1(r=0.44)には有意な相関が認められ,重回帰分析ではCS-30テストに影響を及ぼす因子として,6MWDが抽出された(R2=0.75).
身体活動量と運動耐容能は関連し,運動耐容能はCS-30テストと関連を認めた.最後にCS-30テストと身体活動量の関連性について検討した.対象は椅子からの立ち上がりを含めた基本動作が自立し,自力歩行が可能な慢性呼吸器疾患患者33例(年齢;70.9±7.0歳,VC; 2.5±0.9 L,FEV1; 1.6±0.6 L)である.CS-30テスト,mMRC(modified Medical Research Council)息切れスケール,肺機能検査,膝伸展筋力,身体活動量(ライフコーダEX)を評価し,身体活動量に関連する因子を相関分析,および重回帰分析にて検討した.結果,相関分析ではmMRC息切れスケール(r=-0.84),CS-30テスト(r=0.77),体格指数(r=0.38),膝伸展筋力(r=0.37),FEV1(r=0.58)と相関を認め,重回帰分析ではmMRC息切れスケール,CS-30テストが影響因子として抽出され,多重共線性に問題のない,中等度以上の予測精度を認める重回帰式(2.760-1.387×mMRC息切れスケール+288×CS-30テスト)が得られた(R2=0.67)(図2).
身体活動量とCS-30テストとの関連
歩行は高齢者にとって最も実践しやすい余暇活動であり,日常生活の中で最も共通したエクササイズである10).これまでの研究から,身体活動量,運動耐容能,CS-30テストには相互的な関係性を認めることが明らかとなり,高価な機器や大きなスペースを必要とせず椅子1つあれば簡便に評価可能なCS-30テストから身体活動量を推定する重回帰式を得ることができた.ここで仮にCS-30テストを13回/30秒,mMRC息切れスケールを2とし,計算してみよう.前述した重回帰式に2つの因子を投入すると,2760-1387×2+288×13となり,2760-2774+3744=3730と計算される.つまりこの場合,「あなたの目標歩数はおおよそ4000歩です」という指導が可能となる.
これまでの研究の限界として,この重回帰式はあくまでも到達可能な身体活動量を推定するものであり,その歩数が適量であるかが判断できないことである.また,CS-30テストで推定した身体活動量を基に行った運動処方が,実生活での身体活動量増加に貢献し得るかも検討が必要であろう.
前述の結果を勘案し,さらに呼吸器疾患の併存症として頻度の多い心疾患に着目し,心機能と運動耐容能の関連性について検討した.対象は臨床的安定期にあるCOPD患者50例(年齢;74.3±7.7歳,VC; 3.0±0.8 L,FEV1; 1.7±0.6 L)である.心臓超音波検査(シーメンス社製Acusson Sequoia C256)による拡張早期左室流入血流速度/拡張早期僧房弁運動速度(E/E’)をヨーロッパ心臓学会の基準12)に準拠し,拡張障害なし群(E/E’<15),拡張障害あり群((E/E’>15)の2群に分割し,心機能検査,肺機能検査,血液生化学検査,画像所見,6MWDをMann-WhitneyのU検定もしくは対応のないt検定を用いた2群間比較を行った.結果,拡張障害あり群は13例(26%),拡張障害なし群は37例(74%)に分割され,拡張障害あり群は,なし群に比較し脳性ナトリウム利尿ペプチド(p=0.005),左房径(p=0.004),心胸郭比(p=0.023)が有意に高値であった.その他の項目において2群間で有意差は認めなかった(表1).これらの結果は,COPDにおける左室拡張障害の有無は運動耐容能と有意差は認めないものの,心負荷を示唆する所見とは有意差を認めており,将来的な心不全の発症に関連する可能性を示唆している.
拡張障害あり群(n=13) | 拡張障害なし群(n=37) | p value | |
---|---|---|---|
年齢(years) | 77.8±7.6 | 73.1±7.5 | 0.061 |
身長(cm) | 161.6±5.7 | 163.8±5.8 | 0.251 |
体重(kg) | 57.1±12.6 | 56.3±7.8 | 0.691 |
%VC(%) | 86.9±18.5 | 96.8±22.8 | 0.154 |
%FEV1(%) | 70.4±25.0 | 78.6±26.5 | 0.465 |
FEV1/FVC(%) | 54.5±11.3 | 56.4±12.0 | 0.603 |
LAD(㎜) | 42.9±6.8 | 37.0±7.0 | 0.004** |
LVDd(mm) | 47.8±5.8 | 46.1±4.8 | 0.364 |
LVDs(mm) | 31.4±5.0 | 30.2±4.4 | 0.407 |
LVEF(%) | 62.3±8.6 | 63.6±7.0 | 0.774 |
Cre(mg/dl) | 1.0±0.3 | 0.9±0.4 | 0.748 |
eGFR(ml/min/1.73 m2) | 66.2±19.6 | 68.7±18.1 | 0.701 |
BNP(pg/ml) | 171.2±146.1 | 77.3±87.3 | 0.005** |
Hb(g/dl) | 13.7±1.2 | 13.2±1.6 | 0.364 |
CTR(%) | 49.1±6.9 | 44.6±5.2 | 0.023* |
6MWD(m) | 343.8±89.5 | 359.1±91.9 | 0.618 |
測定値:平均±標準偏差(mean±SD) **p<0.01, *p<0.05
FVC; forced vital capacity, VC; vital capacity, FEV1; forced expiratory volume in 1 second, LAD; left atria dimension, LVDd; left ventricular end-diastolic dimension, LVDs; left ventricular end-systolic dimension, LVEF; left ventricular ejection fraction, Cre; Creatinine, eGFR; estimate glomerular filtration rate, BNP; brain natriuretic peptide, Hb; hemoglobin, CTR; cardio-thoracic ratio, 6MWD; 6-minutes walk distance
次に右室収縮期圧(right ventricular systolic pressure; RVSP)に注目した.RVSPは右室圧の異常を非侵襲的に評価するものであり,肺動脈収縮期圧の推定値として捉えることが可能である.対象は臨床的安定期にあるCOPD患者59例(年齢;74.2±8.1歳,VC; 2.8±0.8 L,FEV1; 1.5±0.6 L)である.心臓超音波検査による心機能検査に加え,肺機能検査,血液生化学検査,6MWDを調査し重回帰分析による多変量解析を行った.なお,6MWD時の経皮的酸素飽和度(pulse-oxymetric oxygen saturation; SpO2),心拍数(heart rate; HR)の変化率および変化量(Δ値)はPearsonの相関係数でr<0.9であり,多重共線性の影響を考慮し,変化率値とΔ値の説明変数を同時に同じモデルに含めず,目的変数(RVSP)に対し2通りのモデルを立て解析を行った.結果,変化率投入モデルでは,SpO2変化率(p<0.001),FVC(p=0.005),HR変化率(p<0.001),%FEV1(p=0.016),6MWD(p=0.032)が抽出され,Δ値投入モデルでは,ΔSpO2(p=0.07),FVC(p=0.002),ΔHR(p=0.037)が抽出された(表2).これらの結果は,RVSPの上昇は,労作時のSpO2の減少,HRの上昇を惹起し,運動耐容能に関連する可能性を示唆している.
モデル1(変化率投入モデル) | ||||||
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非標準化係数 B | 標準化係数 β | 有意確率 p value | 分散インフレ係数 VIF | 95%信頼区間 | ||
下限 | 上限 | |||||
SpO2変化率 | -72.4 | -0.3 | 0.001 | 1.25 | -121.3 | -23.6 |
FVC | -7.2 | -0.6 | 0.005 | 2.47 | -10.5 | -3.9 |
HR変化率 | 32.6 | 0.5 | 0.001 | 1.2 | 19.1 | 46.1 |
%FEV1 | 0.1 | 0.3 | 0.016 | 1.98 | 0.02 | 0.2 |
6MWD | -0.03 | -0.3 | 0.032 | 1.76 | -0.05 | -0.002 |
モデル2(Δ値投入モデル) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
非標準化係数 B | 標準化係数 β | 有意確率 p value | 分散インフレ係数 VIF | 95%信頼区間 | ||
下限 | 上限 | |||||
ΔSpO2 | 0.6 | 0.2 | 0.07 | 1.38 | -0.05 | 1.3 |
FVC | -4.7 | -0.4 | 0.002 | 1.22 | -7.6 | -1.9 |
ΔHR | 0.2 | 0.3 | 0.037 | 1.24 | 0.02 | 0.46 |
SpO2; pulse-oxymetric oxygen saturation; FVC; forced vital capacity; HR; heart rate; FEV1; forced expiratory volume in 1 second; 6MWD; 6-minutes walk distance
これらを踏まえると,RVSPを評価することで,呼吸リハビリテーションの中核を担う運動療法の実施や日常生活活動において,その労作制限となる因子が下肢筋力低下や肺機能低下だけでなく,肺動脈圧上昇による影響が推測可能となる.一方で左室拡張障害は運動耐容能との関連性は低いが,心負荷を予測するうえで重要であり,将来的な心不全のリスクは身体活動の制限因子となり得る.慢性呼吸器疾患において,肺機能と心機能は個々に独立したものとしてとらえるのではなく,呼吸器・循環器について複合的に評価し,リスクを想定したうえで,身体活動量増加という最終目標に繋げていく必要があると考えられた.
この度は2019年度日本呼吸ケア・リハビリテーション学会,学会奨励賞にご選出頂き,心より感謝申し上げます.
これまで呼吸リハビリテーションに携わり,様々な患者を通していろいろな経験をさせて頂きました.その中で生じた臨床疑問に対し,今まで臨床研究に取り組んでまいりましたが,多くの方の理解と支えなしでは,到底なし得ないことでした.これまで研究に関わり,ご指導を賜りました先生方にこの場を借りて心より感謝申し上げます.また,滋賀医科大学医学部附属病院リハビリテーション部スタッフの皆様,研究に参加頂いた皆様にも,謹んでお礼申し上げます.今回の研究成果が,臨床に携わる多くの先生方の一助になれば幸甚です.
最後になりますが,今後も呼吸リハビリテーションの普及と本学会の更なる発展に微力ながら貢献させて頂きたいと思っております.引き続き変わらぬご指導のほど,よろしくお願い申し上げます.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.