団塊の世代が75歳以上となる2025年を目前に,嚥下障害がCommon Diseaseとなった.医療者は,嚥下障害の対応から避けて通れない状況にある.
嚥下機能が低下すると,液体や食物を誤嚥して肺に入り,嚥下性肺炎を発症する.唾液を誤嚥する場合や,胃の内容物が逆流しても肺炎を発症する.呼吸機能と体力が,嚥下機能に相関することも報告されている.高齢者の肺炎の特徴は,症状が乏しいので発見が遅れ気味となり,また繰り返しやすく,完治は難しい.しかしながら嚥下機能を正しく評価し,嚥下訓練と食事形態の変更を行えば,経口摂取を続けられる症例を経験する.嚥下機能低下例において,嚥下機能を正しく評価しないまま経口摂取を続ければ,誤嚥性肺炎を発症する.
日本耳鼻咽喉科学会ガイドラインにて,嚥下内視鏡(VE)による兵頭スコアが提示された.兵頭スコアを使用すれば,嚥下機能に対応した食形態を指導することができる.
日本では団塊の世代が75歳以上となる2025年を目前に,嚥下障害がCommon Diseaseとなった.75歳以上の約3割に誤嚥を認めた1)という報告があり,加齢変化で嚥下機能は必ず低下する.厚生労働省は医療費削減目的に病床数を減らし,「ほぼ在宅,時々入院」を目指し,地域包括ケアを導入した.そのため医療者は,嚥下障害の対応から避けて通れない状況にある.
“水”に代表される液体は,咽頭を通過するスピードが速いので一番誤嚥を起こし易く,嚥下機能が低下すると,液体や食物を誤嚥して肺に入り,誤嚥(嚥下)性肺炎を発症する.寝ている間に口腔内の“唾液”を誤嚥する場合や,“胃の内容物が逆流”して誤嚥して肺炎を発症する場合もある.餅などの食物を詰まらせる窒息事故も生じる.認知症があると,口腔内に貯め込み,丸呑みをするため,誤嚥や窒息を起しやすくなるので,家族に事前に十分に説明しておく必要がある.高齢者の誤嚥性肺炎の特徴は,症状が乏しいので発見が遅れ気味となり,また繰り返しやすく,完治は難しい.しかしながら正しい嚥下指導や嚥下訓練や食事形態の変更を行えば,口から食べることが続けられる症例を経験する2).嚥下機能低下例において,嚥下機能を正しく評価しないまま経口摂取を続けると,誤嚥性肺炎を発症する危険がある.
適切な治療には,正しい病態診断が欠かせない.さらに嚥下障害の対応には,全身的な予後予測も必要である.日本耳鼻咽喉科学会ガイドラインにおいて,嚥下内視鏡(VE)による兵頭スコア3)(表1)が提示された.兵頭スコアを使用すると,嚥下障害例を早期に診断することが可能となり,嚥下機能に対応した食形態も指導することが可能になる.
評価項目 | 正常← スコア →高度障害 |
---|---|
唾液貯留 | 0 ・ 1 ・ 2 ・ 3 |
喉頭知覚 | 0 ・ 1 ・ 2 ・ 3 |
嚥下反射の惹起性 | 0 ・ 1 ・ 2 ・ 3 |
咽頭クリアランス | 0 ・ 1 ・ 2 ・ 3 |
誤嚥 | なし・軽度・高度 |
随伴所見 | 声帯麻痺・( ) |
座位:液体 3 mlを命令嚥下が原則 |
誤嚥により肺炎を発症するが,その原因は大きく分けて,食物誤嚥と唾液誤嚥と逆流誤嚥4)がある.
①食物誤嚥性肺炎:食物を誤嚥することが原因で肺炎を発症する.禁食で肺炎は改善するが,根本的な治療法ではない.食形態の変更や,リハビリテーションが有効である.
②唾液誤嚥性肺炎:夜間睡眠中に無意識に唾液を誤嚥して肺炎を発症する.体力が低下すると昼間でも起きる.治療として禁食は無効で,体力を低下させる原疾患の改善が有効である.口腔ケアはある程度は有効だが,限界がある.
③胃食道逆流性肺炎:夜間睡眠中などに胃内にある食物等が逆流して誤嚥し肺炎を発症する場合である.胃食道逆流症(GERD)による肺炎である.診断が難しく,基本的な症状は“胸やけ”,“胃の上の方がつかえる”,“胃酸が戻ってくる(呑酸)”などの自覚症状である.
経口摂取は概ね問題無く行えるが,時にムセを認める症例や,ムセを自覚しなくても食後に痰が増える症例である.このような症例は,嚥下指導2)が中心となる.テレビを観ながらのながら食い,早食い,丸飲みは止めさせ,食事に集中して意識して飲む,下部頚椎から曲げる頸部前屈嚥下(図1),一口量は少なめに,複数回嚥下,ムセたら十分に咳をして出すことを指導する.喉頭挙上訓練として,シャキア法,嚥下おでこ体操(図2),頸部等尺性収縮手技(顎持ち上げ体操)(図3)等を指導する.呼吸排痰訓練として,吹き戻し,ハフィング,発声訓練,歌唱,カラオケを推奨し,全身の運動として散歩等を推奨する.義歯不適合は歯科医に依頼する.
頸部前屈嚥下
嚥下おでこ体操
頸部等尺性収縮手技
経口摂取はある程度は可能だが,誤嚥のリスクがあり,食事内容の制限,肺炎や気管支炎に対する気道管理,補助栄養法などが必要な症例である.前記の軽症例に対する嚥下指導に以下の項目を追加する.個々の症例に合った誤嚥のリスクを減らせる食事形態5)を指示する.液体にはトロミ剤(増粘剤)を使用して,薄いトロミ濃度か,中間のトロミ濃度にすることを指示する.嚥下機能に適合した食事形態の指示は,嚥下食ピラミッド6)(図4)か,学会分類2013を参考にする.ゼリーL0が一番食べ易い誤嚥し難い食事内容で,L5が食べ難い普通食となる.全粥の離水で誤嚥する場合は,酵素粥(L3:ソフトアップ粥®・スベラカーゼ粥®)を推奨する.可能であれば食事形態の指導も含め,栄養士に相談する.米飯を食べて肺炎を発症している症例は,全粥かミキサー食に変更すれば,経口摂取を続けることができる可能性がある.ミキサー食を経口摂取できれば,経管栄養を回避することができる.痰が多い場合には,去痰薬や気管支拡張薬の投与と,発熱や咳や膿性痰がある場合には抗菌薬の投与も考慮する.嚥下指導として,“息こらえ嚥下”,“複数回嚥下”,咽頭残留がある場合には“交互嚥下”を指導し,全身状態が落ち着いていれば,シャキア法,嚥下おでこ体操,頸部等尺性収縮手技を指導する.言語聴覚士(ST)や看護師にも嚥下指導と,メンデルソン法や息こらえ嚥下等を依頼する.また誤嚥のリスクを減らす食事姿勢として,頸部前屈,頸部回旋,リクライニング45~60度(体幹角度調整)等も検討する.さらに必要に応じて食事前後の口腔ケアを歯科衛生士に依頼する.呼吸機能と体力は嚥下機能に相関する(図5)ので7),呼吸排痰訓練(図6)を理学療法士(PT)に依頼し,体重減少を認める場合には栄養管理を栄養士に相談する.
食形態と兵頭スコアの関係
嚥下機能と握力(体力)・呼気流量(呼吸機能)の関係
口すぼめ呼吸6)
経口摂取は困難か不可な症例である.重症例は,肺炎と栄養障害で生命の危機に瀕している.原疾患の治療は必須であるが,誤嚥性肺炎の管理を最優先し,抗菌薬と去痰薬を投与し,食物誤嚥に対して禁食する場合には入院が必要であるが,食事形態や姿勢調整で経口摂取を続けることができる症例もある.
飲み込みの機能を良くする一番のリハビリテーション法は,『飲み込みの運動を繰り返す事』,『呼吸筋と,飲み込みに関連する筋肉の筋トレ』である.嚥下障害例の多くは,咽頭期の障害であり,口腔期だけのリハビリでは限界がある.咀嚼運動と嚥下運動は,関連はするが別な運動である.咀嚼訓練をしても,嚥下機能が改善するとは限らない.
嚥下障害は全身症候の中の一症候であり,その治療には全身管理が必要で,誤嚥性肺炎の管理が最大の問題となる.
嚥下機能は,呼吸機能と体力に相関する7).日頃から体力を落とさないように,三食食べて十分な栄養を摂ること,よく歩き,よく喋り,規則正しい生活を心がけさせることが大切である.
嚥下障害は全身疾患の進行による合併症の一つであり,肺炎や栄養管理の治療は必須であり,胃瘻の適応などについても医師が中心となるチームで対応すべきであろう.もちろん嚥下障害の対応は多岐にわたるので医療職と介護職が連携し,それぞれの専門領域で十分に力を発揮し助け合う正しいバランスの良いアプローチが必要である8,9).また個々の嚥下障害例の嚥下機能評価と病態を正確に診断し,個々の症例に対応した治療を行うことで,無駄な医療を排除し医療費の削減にもつながる10).
西山耕一郎;報酬(飛鳥新社)