2020 年 29 巻 2 号 p. 228-233
結核の中蔓延国である本邦が低蔓延国を目指すためには,結核の早期診断と確実な治療の実践が必要となる.
結核発病診断の基本は細菌学的検査であり,耐性菌による治療失敗のリスクを回避するためにも薬剤感受性試験の実施が必須である.一方,潜在性結核感染症診断の基本はインターフェロンγ遊離試験(IGRA)であるが,偽陽性と偽陰性というIGRAの問題点を臨床的に正しく判断する総合力が必要となる.現在の結核標準治療は,結核病学会治療委員会の『「結核医療の基準」の改訂―2018年』に準じて実施される.この指針ではピラジナミド(PZA)を含めた4剤併用療法が唯一の標準治療法と示され,従来使用されたPZAを含まない3剤併用療法を安易に選択することは控えなければならない.
本稿では,呼吸ケア,呼吸リハビリテーションに関わるすべてのメディカルスタッフを対象に,結核の診断と治療に関する基本的事項を中心に概説する.
結核発病診断の手順を図1に示す.医療機関受診理由としては,自覚症状,健康診断における異常所見,結核発病者との接触歴などが挙げられ,その中でも自覚症状が発見動機としては最も多い1).しかしながら,結核の全身症状は,発熱,盗汗,全身倦怠感,体重減少など,決して結核に特異的な所見ではない.肺結核は咳嗽,喀痰,血痰・喀血,呼吸困難感など,他の呼吸器疾患と鑑別が困難であり,また肺外結核も侵される臓器により様々な症状を呈する.そのため,結核の中蔓延国である本邦では,どのような症状の患者であっても,常に結核を疑うことが結核発病診断の第一歩となる.
結核発病診断の手順
結核,特に肺結核を疑った場合,次に行うのが胸部X線やCTなどの画像検査である.肺結核の好発部位は,肺尖部(S1,S2,S1+2)と肺下葉上区(S6)で,気道に沿った小粒状影,結節影,浸潤影,空洞影などがみられる.典型例(図2A, B)であれば画像検査のみで十分推測できるが,非典型例(図2C, D)も少なからず存在する.そのため,高齢者や免疫抑制宿主など結核発病リスクが高い肺炎患者の場合には,肺結核を常に鑑別に挙げる必要がある.
A,B:79歳男性.全身倦怠感で来院.塗抹陽性肺結核.C,D:92歳女性.肺炎として治療していたが,入院時の喀痰抗酸菌検査で肺結核と診断.
結核発病診断において最も重要となるのが,細菌学的検査である.喀痰,誘発痰,胃液などを用いて抗酸菌塗抹法,培養法,結核菌核酸増幅検査法を実施する.菌を検出することで薬剤感受性検査が可能となるため,喀痰が得られない場合には気管支鏡検査の実施も考慮し,適切な検体を得る努力が必要となる.適切な検体が得られたら,まずは抗酸菌塗抹検査を実施する.排菌の程度を推定できる塗抹検査法は,患者管理上重要な検査である.ただし,塗抹結果のみでは,結核を否定することや,非結核性抗酸菌症との区別ができないことから,必ず培養検査も同時に実施する必要がある.結核菌核酸増幅検査法は,特異度が高いことから菌種同定法にも使用される重要な検査である.しかしながら,死菌でも陽性になるため治療効果判定に用いてはならないこと,培養法と比較すると検出感度が低く,核酸増幅検査法で陰性であっても結核発病を否定できない点に注意する必要がある.培養検査法で陽性が得られ結核菌が初めて同定された場合には,適切な結核治療を完遂するために薬剤感受性検査の実施が必須となる.また,多剤耐性結核の割合が高い国からの外国人結核患者や結核既治療患者など,治療開始時に多剤耐性結核が疑われた場合には,リファンピシン耐性遺伝子(rpoB)を短時間で検出するXpert®MTB/RIFが使用できるが,その結果の解釈と治療方針の決定は専門医への相談が必要である2).
2. 結核の感染診断とは?結核の感染診断法には,ツベルクリン反応検査(Tuberculin Skin Test: TST)とインターフェロン-γ遊離試験(Interferon Gamma Release Assay: IGRA)の2種類が存在する.ただし,TSTに用いられる精製ツベルクリン(Purified Protein Derivative: PPD)は,BCGや非結核性抗酸菌症に対して交差反応を引き起こすため,結核の感染診断法としては特異度の低さが問題であった.一方,IGRAはPPDや非結核性抗酸菌症の主要な原因菌種であるMycobacterium(M.)aviumやM. intracellulareの影響を受けないため,BCG接種者が殆どを占め,また非結核性抗酸菌症の有病率が増加している本邦においては,IGRAが潜在性結核感染症(Latent tuberculosis infection: LTBI)を含む結核感染診断の基本となる3).日本結核病学会は,結核発病の相対危険度が4以上となる患者(HIV/AIDS,臓器移植後の免疫抑制剤使用,珪肺,血液透析,最近2年以内の結核感染,未治療の陳旧性結核病変,生物学的製剤使用)に対してはIGRAを積極的に適用し,LTBIと診断し治療するように推奨している3).
現在本邦において使用可能なIGRAは, Tスポット. TB®(T-SPOT)と近年承認されたクォンティフェロン®TBゴールドプラス(QFT-Plus)が挙げられる.T-SPOT4,5,6)とQFT-Plus7,8)は,どちらも優れた感度と特異度を持ち,特にQFT-Plusは末梢血CD4陽性T細胞のみならずCD8陽性T細胞の免疫応答シグナルも利用しているため,免疫能が低下した患者に対しての有用性も期待されている.しかしながら,これらの臨床研究で示されたIGRAの優れた診断特性は4,5,6,7,8),結核発病患者で得られた感度であり,感染リスクが低い集団から得られた特異度である.そのため,診断基準のないLTBIに対する真の感度と特異度は不確定であり,IGRAを実地臨床で用いる際には,偽陽性と偽陰性という問題点が存在する.
3. IGRA偽陽性とは?IGRAの陽性的中率(陽性と判定された場合に,実際に結核に感染している確率)と陰性的中率(陰性と判定された場合に,実際に結核に感染していない確率)は,検査前確率,つまり結核既感染率に影響を受ける.例えばIGRAの感度を90%,特異度を98%と仮定すると,結核既感染率が1%(本邦での推計で20歳に相当)と低い集団の場合は,陽性的中率31.3%,陰性的中率99.9%となる(図3).この結果は,結核既感染率が低い比較的若年層にIGRAを適用した場合,陰性であれば結核感染をほぼ間違いなく否定できるが,陽性の結果が出ても高い確率で偽陽性であることを意味する.これに関連して,結核低蔓延国(10万人対4~9)である米国の医療従事者を対象としたIGRA使用に関する大規模研究が報告されている9).その中で,TST,QFT,T-SPOTの間には高い確率で結果の不一致が存在し,不一致症例の多くが偽陽性であると指摘している9).つまり,結核罹患率が低い地域において,LTBI診断におけるIGRAは正確性に欠く可能性があり,感染危険のない陽性は再検すべきと結論付けている9).そのため,近年結核罹患率が低下している本邦においても,最近の感染が疑われない状況下で定期検査としてIGRAを網羅的に実施すること,そして陽性者を安易にLTBIと診断し治療することは控えなければならない.ただし,結核感染リスクの高い医療従事者において,ベースラインを知るために,入職時のIGRA実施は有用と考える.なぜならば,IGRA陽性の結果のみでは過去と最近の感染を区別できないが,例えば院内感染時にIGRAを実施し,ベースライン陰性の対象者が陽転化していれば,それは最近の感染である可能性が高く,LTBI治療を積極的に考慮することができる.
結核既感染率(検査前確率)とIGRAの関係
結核既感染率が50%(本邦での推計で70歳に相当)と高い集団の場合は,陽性的中率97.8%,陰性的中率90.7%となる(図3).この結果は,結核既感染率が高い比較的高齢層にIGRAを適用する場合,陽性はほぼ間違いなく過去または最近の結核感染であるが,陰性の結果が出ても少なからず偽陰性の可能性があることを意味する.我々は実地臨床における活動性結核56例に対するT-SPOTの有用性を報告した10).その結果,感度は71.4%と低く,活動性結核に対するT-SPOTは既知の報告よりも偽陰性が多く存在する可能性を示した10).この報告の中では偽陰性に影響を及ぼした因子を指摘できなかったが10),T-SPOTの優れた診断特性を証明した過去の報告と比較すると本報告の対象者は明らかに高齢者が多く(図4)4,5,6,10),そのことが本報告で偽陰性が多く存在した一因かもしれない.その他,IGRAはLTBI治療が必要となる免疫抑制状態の患者ほど偽陰性となりうる.そのため,IGRAの結果のみでLTBIと診断するのではなく,結核発病患者との接触状況および結核既往歴,家族歴などの詳細な問診,結核発病リスク3),以上を総合的に判断してLTBIを診断する必要がある.
年齢とT-SPOTの関係
結核治療の目標は,結核菌を撲滅すること,耐性結核の発育を阻止すること,そして治療終了後の再発を防止することである.その目標達成のために,①治療開始時は薬剤感受性が確認されるまで原則4剤以上,最低3剤以上を併用する(LTBI治療の場合は1剤),②治療中は患者が確実に服用することを確認する,③副作用を早期に発見し適切な処置を行う,以上の3つが原則となる11).その上で,結核病学会治療委員会の『「結核医療の基準」の改訂―2018年』に準拠した結核標準治療法を実践する必要がある11).
2. 使用可能な抗結核薬とは?本邦で現在使用可能な抗結核薬を表1に示す11).First line drugs(a)の4剤は,最も強力な抗菌作用を有し,結核標準治療の中心的役割を担う.ただし,リファブチン(RBT)はリファンピシン(RFP)が副作用や薬物相互作用で使用できないときに選択され,RBTとRFPの併用はできない.First line drugs(b)には,ストレプトマイシン(SM)とエタンブトール(EB)の2種類があり,First line drugs(a)との併用で効果が期待される薬剤である.抗菌力ではSMが勝るが11),SMはEBよりも薬剤耐性率が高く11),注射剤であることから,結核標準治療ではEBが優先されることが多い.Second line drugsの6剤は,薬剤耐性や薬剤の副作用のために標準治療が行えない場合に重要となる.特にレボフロキサシン(LVFX)は,多剤耐性肺結核のみに使用されるデラマニド(DLM)やベダキリン(BDQ)とともに,本邦の多剤耐性結核治療の中心薬に位置付けられている2).そのため,LVFXの予期せぬ耐性化を生じさせないために,肺炎治療においてLVFXを使用する際には結核を必ず否定することが重要である.
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日本結核病学会治療委員会:「結核医療の基準」の改訂―2018年.結核,93:61-68,2018.より引用改変
『「結核医療の基準」の改訂―2018』で示された標準治療法を表2に示す11).つまり,イソニアジド(INH),RFP,ピラジナミド(PZA)に,EBまたはSMの4剤で初期強化期2か月間,その後,RFPとINHを維持期として4か月間継続し,全治療期間6ヵ月(180日)とする.ただし,以下に示す場合には維持期を3か月間延長し,全治療期間9カ月(270日)とする.①治療開始2ヶ月を超えて3ヶ月目以降も培養陽性,②治療開始時重症の結核である(粟粒結核,中枢神経系の結核,広範空洞型や厚壁空洞がある場合),③再治療例,④免疫低下が疑われる時(HIV感染,糖尿病,塵肺,関節リウマチなどの自己免疫疾患,副腎皮質ステロイド薬やその他の免疫抑制作用がある薬剤の使用時など).以上示した項目が複数あっても延長期間は原則3か月でよいとしている11).
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日本結核病学会治療委員会:「結核医療の基準」の改訂―2018年.結核,93:61-68,2018.より引用改変
以前の結核標準治療法は,『「結核医療の基準」の見直し―2014年』に示されたINH,RFP,PZAに,EBまたはSMの4剤を使用した標準治療(A)法とPZAを除いた3剤の標準治療(B)法の2通りであった12).その中では,PZAの使用について慎重に検討すべき状況として,肝障害や妊娠中などの特殊な条件の患者に加え,80歳以上の高齢者と記載されていた12).また,「80歳以上であっても臓器障害がない場合には,短期治療の観点からPZAを使用することもよい選択肢である」と追記され12),80歳以上の高齢者では基本的にPZAを使用しない(B)法が優先されるとも読める内容であった.しかしながら,WHOを含む国際的な結核標準治療は,年齢制限なくPZAを含めた4剤併用療法のみであり13,14,15),米国ガイドラインにおいても,「75歳以上の場合にはPZAを含まない治療も選択肢である」との記載はあるが,標準治療としてではなく,あくまでも専門家意見としての容認である16).高齢者においてPZAの使用が躊躇される理由は肝障害であるが,高齢と肝障害の出現頻度の関係には,今のところ一定の見解は得られていない17,18).一方で,PZAを含めた(A)法がPZAを含めない(B)法よりも治癒・治療完了割合が高いとする報告がある19).また,本邦ではINHの初回耐性が少なからず存在するため20),3剤併用療法では最も重要なRFPの耐性化を招く可能性がある.そのため.今回発表された『「結核医療の基準」の改訂―2018』では,PZAを含まない(B)法は標準治療法からは削除され,PZAを用いない治療法は「80歳以上では肝障害の危険から,PZAを使用せず,INH,RFP,SMもしくはEBを含んだ9ヶ月治療を勧める意見もある.」と消極的な内容へ変更された11).つまり,本邦においては,PZAを含めた4剤併用療法(表2)が唯一の標準治療法であり,高齢であるという理由だけでPZAを用いない消極的な治療を実施することは避けなければならない.
本稿に記載した内容を以下にまとめる.「結核の診断」に関しては,①結核発病診断の基本は細菌学的検査,②薬剤感受性検査は確実に実施,③治療開始時にRFP耐性が予想される際にはXpert®MTB/RIFを実施,④結核感染診断の基本はIGRA,⑤IGRAは偽陽性と偽陰性を総合的に判断して使用.「結核の治療」に関しては,①『「結核医療の基準」の改訂―2018年』に準じた治療の実践,②唯一の標準治療法はPZAを含めた4剤併用療法,③PZAを含めない3剤併用療法を安易に選択しない.以上が,本稿のまとめとなる.
呼吸ケア,呼吸リハビリテーションに関わるすべてのメディカルスタッフは,結核患者に身近な存在となりうるため,今後結核医療に介入・支援する機会はさらに増えていくと予想される.そのため,結核医療に関する基本的知識を得る必要があり,本稿がその一助になれば幸いである.
本稿の内容に関してご指導頂きました国立病院機構茨城東病院院長の齋藤武文先生,国立病院機構茨城東病院呼吸器内科部長の大石修司先生,そして第27回学術集会ワークショップ4で発表の機会を頂きました同学術集会会長で東京医科大学八王子医療センター呼吸器内科教授の一和多俊男先生に深謝致します.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.