日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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肺非結核性抗酸菌症の診断と治療
北田 清悟
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2020 年 29 巻 2 号 p. 234-236

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要旨

肺非結核性抗酸菌(NTM)症は近年増加しており,呼吸ケアに携わるものにとって疾患の理解は必須となってきている.NTMは150種類以上あるがMycobacterium avium complex(MAC),M. abscessusM. kansasiiの3菌種が肺感染症を起こす重要な菌種である.臨床経過は一律ではなく,長期的に安定している症例もある一方,比較的短期間に増悪し慢性呼吸不全に至る症例もある.診断は臨床および細菌学的基準からなる学会策定の診断基準を用い,一定の条件を満たした場合に確定診断となる.MAC症に対しては,血清抗体を測定する補助診断があり有用である.多剤併用化学療法が治療に用いられるがM. kansasii感染症を除き効果は限定的であり,外科的切除を行う必要がある場合もある.未解明な問題も多く,今後さらなる臨床的および基礎的研究の発展が必要である.

緒言

肺非結核性抗酸菌(NTM)症は人から人への感染もなく,患者数も少なかったことから,これまで医師や研究者から注目されてこなかった病気である.しかし,近年,患者数の増加とともに関心が高まり,研究が進められ次第にその実態が明らかとなってきた.肺NTM症の病状進行には個人差があり長期的に安定した経過をとる症例が存在する一方で,呼吸不全に至り呼吸ケアやリハビリテーションが必要となる症例も少なからず存在する. 呼吸ケアに携わるものにとって肺非結核性抗酸症の理解は必須となってきている.本稿では,本邦に多い菌種による肺NTM症の診断と治療について概説する.

肺非結核性抗酸菌症の疫学

NTMは150種類以上あるが,そのうち人に感染を起こす菌種は約20種類程度とされている.しかし,技術的な進歩からこの10年間で50種類以上の新種が同定され,今後,人に感染を起こす菌種も増加していくことが予想される1.NTM症,特に肺NTM症は近年増加している2,3.結核とは異なり正確な統計がなく実態が明らかではなかったため,2014年に厚生労働科学研究委託費研究(AMED)として全国規模のアンケート調査が行われた.この調査結果から,肺NTM症の推定罹患率は14.7人/10万人年と2007年と比較し新規患者が急増していることが明らかとなった.

菌種別ではMycobacterium avium complex(MAC)症が88.8%と最も多く,次いでM. kansasii症4.3%,M. abscessus症3.3%であった.すなわち,これら3菌種が本邦では重要であり,なかでもMAC症が最も重要ということになる.罹患率上昇の要因は明らかでないが,検査感度の上昇,疾患認識の普及,生活様式の変化などが推定されている.NTMは結核とは異なり,完全に治癒することが稀な疾患であるため,有病率は罹患率の数倍から10数倍であると推定される.患者数増加に対応することが必要である.

肺非結核性抗酸菌症の診断

肺NTM症に特異的な臨床症状や画像所見はなく,さらにNTMは土壌,水などの環境に常在するため,診断基準を用いて確定診断する4.本邦では,2008年に日本結核病学会と日本呼吸器学会が合同で肺NTM症診断基準を発表している12.この基準は原則,MAC,M. kansasiiM. abscessusに対して適応となり,他の稀な菌種での肺感染症に対する基準は現在のところない.現行の診断基準は臨床的基準と細菌学的基準からなり,両者を満たすことで確定診断となる.

画像診断によって,中葉舌区に多発する小粒状陰影と気管支拡張所見を呈する結節気管支拡張型(NB型),主に上葉に空洞を呈する線維空洞型(FC型)の2病型に大別される4.前者は肺基礎疾患のない非喫煙,痩身の中高年女性に,後者は既存肺疾患を有する,喫煙,飲酒習慣のある中高年男性に多いとされる.また,NB型は緩徐な経過をとる症例が多い.

肺MAC症の新しい補助診断・キャピリア® MAC抗体ELISA

細菌学的基準は,過去の基準に比べ要件は大幅に緩和されているものの,複数回の培養確認に時間を要するなどの問題点がある.2011年に,最も頻度の高いMAC感染症に対する補助診断である血清診断(キャピリア®MAC抗体ELISA)が保険収載され,普及しつつある5,6.MAC抗体はMAC壁抗原[glycopeptidolipid(GPL)-core]に対する患者血清中のIgA抗体をELISA法で測定するキットである.GPLはMAC以外にもM. scrofulaceumM. abscessusM. fortuitumM. chelonaeM. smegmatisといった菌種に存在するが,主要な肺感染起因菌であるM. tuberculosisM. kansasiiには存在しない.

開発時の多施設共同研究においては,感度84.3%,特異度100%との成績が得られた6.Shibataらは,16の研究報告を選択し1,098例の肺MAC症と2,270例の対照例を対象に系統的レビュー,メタ解析を実施した7.市販後のMAC抗体キットを用いた14研究に限定すれば,診断オッズ比は23.1(95%信頼区間 10.7–50.1, I2=7.2%),ROC曲線下面積は0.874(95%信頼区間0.834-0.913)であり,カットオフ値を 0.7 U/mLに設定すると推定感度69.6%(95%信頼区間 62.1–76.1%)特異度90.6%(95%信頼区間 83.6–95.1%) 陽性尤度比7.4(95%信頼区間 4.1–13.8)陰性尤度比0.34(95%信頼区間 0.26–0.43)であった.MAC抗体の診断精度は概して良好であり,特に陽性値をとった場合に肺MAC症と診断できる(rule in)価値が高い.臨床的にMAC症を疑った場合の陽性適中率は良好であり,特徴的な画像所見を呈する患者において血清診断陽性であればMAC感染症である可能性が高く,非侵襲的な診断に有用である.

肺MAC症の治療

肺MAC症に対する治療開始基準は定まっていない.すなわち確定診断がついても,直ちに治療開始するとは限らない.その理由は,十分強力な化学療法がなく早期治療が必ずしも有用でないこと,病状進行が一律でなく無治療でも長期的に安定な症例があることなどが挙げられる.現状では,病型,経過,年齢などを個々の症例毎に勘案し,総合的に治療適否を判断することになる.治療の目標は生涯にわたっての病勢,症状のコントロール,呼吸不全への進展防止となる.

治療薬選択は,原則「肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解」に基づく8.2017年現在,MACの保険適応薬剤はクラリスロマイシン(CAM),リファブチン(RFB),リファンピシン(RFP),エタンブトール(EB)およびストレプトマイシン(SM)である.臨床現場で使用されることのあるアジスロマイシン(AZM),カナマイシン(KM),アミカシン(AMK),ニューキノロン系抗生物質は保険未収載である(2018時点,AMK,AZMについては2019.2と2020.2にそれぞれ保険適応となっている).マクロライドを含む多剤併用化学療法の排菌陰性化に対する有効性は約60-90%であり,その約半数は再排菌する.再排菌は再感染も含まれるが,12ヶ月以上排菌が陰性化した後の再排菌は再発ではなく再感染であることが多いとの報告から9,12ヶ月以上の排菌陰性持続が治療終了の目安にされている.有空洞症例ではより長期の化学療法を推奨する意見もあり,適切な化学療法期間の決定は今後の課題である.

近年,RFP,EB,CAMのレジメとEB,CAMのレジメを比較した研究が行われ,有効性には差がなく,忍容性は2剤レジメのほうが優れていたことが示された10.播種性MAC症での検討において,リファマイシンはCAMの耐性誘導の期間を延長し,生命予後を改善したことが示されている11.しかし,単剤での有効性を認めないだけでなく,CAMの血中濃度を下げることで化学療法の有効性にマイナスに作用する懸念があった.今回の研究だけでは結論づけることは難しいが,リファマイシンに対して忍容性が低い患者に対してはCAMとEBの2剤併用療法でも代替可能であると考えられる.またエリスロマイシン(EM)を単独で使用することがMAC症悪化防止につながり,その後化学療法の有効性に影響をあたえないことも報告されている12.症状の緩和や,軽症症例に対して用いられていることが多いが,有効性については今後検討していくべき課題である.

気管支拡張や空洞性病変などの破壊性病変が比較的限局している場合,外科切除を考慮する.病勢コントロールが目的となるため,必ずしも完全に切除できなくても外科切除の適応外とはならない.喀血,血痰を繰り返す,アスペルギルス症の合併があるなどの状況があり,全身状態が耐術可能と評価できれば積極的に外科切除を検討する.ただし,実際の手術適応を決定するのは容易ではなく,長期的に肺機能を温存するという観点から個々の症例で慎重に適応を検討すべきである.

M. abscessus症の治療

M. abscessusは迅速発育菌であり,近年,M. abscessus subsp. abscessusM. abscessus subsp. massilienseM. abscessus subsp. bolletii の亜種にわかれることが報告された13M. abscessus subsp. abscessusM. abscessus subsp. bolletiiはerm41遺伝子を有し,マクロライドを使用することによってマクロライドの誘導耐性を生じる.一方で,M. abscessus subsp. massilienseは,erm 41を有さず,誘導耐性を生じない.そのため,M. abscessus subsp. abscessusM. abscessus subsp. bolletiiによる肺感染症はM. abscessus subsp. massilienseに比べ化学療法の有効性が低くより難治性である.

使用薬剤はMAC症とは若干異なり,IPM/CS,AMK,CAM,AZM,ニューキノロン系抗生物質等の中から薬剤感受性検査も参考にして薬剤選択することとなる.化学療法の効果は限定的であり,耐術能がある症例はより積極的に外科的切除を検討することが推奨されている.

M.kansasii症の治療

M.kansasii症は前述の2菌種よりも明らかに化学療法の有効性が高い4.RFPを含む化学療法を排菌陰性化後12ヶ月間施行することにより治癒することがほとんどであり,再発率も低い.

おわりに

肺NTM症は化学療法のみで完治する症例が少なく,今後もますます患者数が増加していくことは間違いないと考えられる.多くの肺NTM症は化学療法だけでは完治困難であり,適切な治療法,管理の方法が模索されている.外科的切除や,呼吸ケア,呼吸リハビリテーションが疾患の予後や経過にどのように影響するのかなどまだ未解明な問題も多い.今後,基礎研究および臨床研究によって治療法確立に取り組んでいく必要がある.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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© 2020 一般社団法人日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
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