2020 年 29 巻 2 号 p. 264-269
誤嚥に引き続いて起こる肺の障害には,
・「口腔内や上気道に定着している微生物の誤嚥によって生じる細菌性肺炎」である誤嚥性肺炎(aspiration pneumonia)
・「逆流した胃内容物の誤嚥によって生じる化学性肺臓炎」である誤嚥性肺臓炎(aspiration pneumonitis)
・「異物を繰り返し誤嚥することにより引き起こされた細気管支の慢性炎症性反応」であるびまん性嚥下性細気管支炎(diffuse aspiration bronchiolitis: DAB)
がある.
これらはオーバーラップすることもあるが異なるものであり,経過や治療方針,再発予防に大きな違いがある.しかし,これらはしばしば混同される.
誤嚥性肺炎,摂食嚥下障害を正しく学んだ多職種による連携が,さらなる治療・予防の質向上に寄与するであろう.
超高齢社会へと突入した現代の日本において,高齢者の肺炎は最も頻繁に遭遇する疾患の一つである.高齢になるに従い,受療率・罹患率とともに肺炎の死亡率は上昇する.年齢階級別死亡者数では,全体の95%以上を65歳以上の高齢者が占めている.
そして高齢者の肺炎は,その多くが誤嚥性肺炎とされている.
本稿では,呼吸器内科医の立場から誤嚥性肺炎について概説する.
肺は空気中から得た酸素を体内に取り込み,老廃物である二酸化炭素を空気中に排出する(=呼吸)役割を持つ,生体の最も重要な臓器の一つである.
鼻から喉頭,気管を経て左右の気管支に吸入された空気は,計23回の分岐を繰り返しながら末梢部まで到達し,ガス交換を行う.
その末梢部は,肺胞上皮と含気空間とからなる肺胞腔(=肺実質)と,毛細血管や支持組織からなる間質で形成されている.
そして,一般に
・肺胞腔に炎症の主体があるものを「肺炎(pneumonia)」
・間質に炎症の主体があるものを「肺臓炎(pneumonitis)」
と称する.
肺胞腔に炎症が強く惹起される病態は,ほとんどが病原微生物によるもので,急性に発病する.すなわち,肺炎とは,病原微生物による肺の急性・炎症性疾患と定義される.
日本呼吸器学会『成人肺炎診療ガイドライン2017』1)では,肺炎を「肺実質の,急性の,感染性の,炎症」と定義しているが,ほぼ同義である.
「誤嚥は,口腔咽頭または胃の内容物が喉頭および下気道へ吸引されることであり,吸引物の量や性状,頻度,そして吸引物に対する宿主の反応によって様々な病態が引き起こされる.」
この定義は,2001年に発表された有名なMarik PEの総説2)からの引用である.
この総説では,誤嚥に引き続いて起こる肺の障害には「口腔内や上気道に定着している微生物(常在菌・定着菌)の誤嚥によって生じる細菌性肺炎」である誤嚥性肺炎(aspiration pneumonia)と,「逆流した胃内容物の誤嚥によって生じる化学性肺臓炎」である誤嚥性肺臓炎(aspiration pneumonitis)があり,この両者がしばしば混同されていることを強調している.
この両者は,経過や治療方針に大きな違いがある.
誤嚥性肺炎(aspiration pneumonia) | 誤嚥性肺臓炎(aspiration pneumonitis) | |
---|---|---|
機序 | 口腔内常在菌の誤嚥 | 胃内容物の誤嚥 |
病態 | 細菌に対する炎症応答 細菌性肺炎(bacterial pneumonia) | 胃酸や胃内容物による肺傷害 化学性肺臓炎(chemical pneumonitis) |
微生物学的所見 | グラム陽性球菌,グラム陰性桿菌, 嫌気性菌 | 直後は無菌 |
主なリスク要因 | 嚥下障害 | 意識障害 |
年齢 | 高齢者 | あらゆる世代 |
誤嚥イベント | はっきりしない | はっきりしている |
典型的な病歴 | 嚥下障害のある患者で 気管支肺胞領域の浸潤影と 呼吸器症状が出現 | 意識障害のある患者で 肺の浸潤影と 呼吸器症状が出現 |
臨床的特徴 | 頻呼吸・咳など 通常の肺炎と同様 | 誤嚥の2-5時間後に生じる 頻呼吸・咳・喀痰・気管支攣縮 |
(文献2)より引用一部改変)
誤嚥性肺炎(aspiration pneumonia) | 誤嚥性肺臓炎(aspiration pneumonitis) |
---|---|
脳血管障害(急性,陳旧性) | 意識障害,てんかん発作 |
神経疾患(パーキンソン病,運動ニューロン疾患など) | 全身麻酔 |
筋疾患 | 胃切除後,食道癌術後 |
認知症(特にレビー小体型認知症) | 消化管機能障害・閉塞(胃食道逆流症, |
口腔・咽喉頭手術後 | アカラシア,イレウスなど) |
反回神経麻痺 | 薬剤(抗精神病薬など) |
気管切開後,気管カニューレ留置 | |
口腔内不衛生 | |
寝たきり | |
薬剤(抗精神病薬など) |
表1では,誤嚥性肺炎の微生物学的所見として嫌気性菌が挙げられている.これは1970~80年代に行われた多くの検討で,誤嚥性肺炎患者から高頻度に嫌気性菌が分離されたことによる.しかし,これらの研究は対象患者の多くがアルコール依存症患者であったことや,肺化膿症などの侵襲性感染症から多くの検体を得ている点を問題視する意見がある.
American Thoracic Society(ATS)とInfectious Diseases Society of America(IDSA)が2019年に発表した成人市中肺炎ガイドライン3)では,「肺化膿症や膿胸が疑われる状況でなければ,誤嚥性肺炎を疑う場合であっても嫌気性菌カバーをルーティーンに加えない」ことが推奨されている.
もう一つ,誤嚥に引き続いて起こる肺の障害で知っておくべき病態がある.
それが「びまん性嚥下性細気管支炎(diffuse aspiration bronchiolitis: DAB)」である.
誤嚥に引き続いて起こる肺の障害の中には,誤嚥性肺炎や誤嚥性肺臓炎と異なり,細気管支病変を主体とする症例がしばしば観察される.
山中らは,その中で病理所見がびまん性汎細気管支炎(diffuse panbronchiolitis: DPB)と極めて類似したものを誤嚥性DPBと記載した4).
福地らは,更に臨床的,病理学的検討を加えてその疾患をびまん性嚥下性細気管支炎(diffuse aspiration bronchiolitis: DAB)と呼ぶことを提唱した5).
びまん性嚥下性細気管支炎はその認知度の低さから,しばしば見逃されている.
画像上明らかな肺炎を示唆する陰影を欠いているにもかかわらず「『臨床的に』誤嚥性肺炎と診断」されたり,喘鳴や呼吸困難を認めるケースは「高齢発症の気管支喘息と診断」されたりしている.
ここで改めて,誤嚥に引き続いて起こる肺の障害を整理し,表3に示す.
1.誤嚥性肺炎(aspiration pneumonia) |
口腔内や上気道に定着している微生物(常在菌・定着菌)の誤嚥によって生じる細菌性肺炎 |
2.誤嚥性肺臓炎(aspiration pneumonitis) |
逆流した胃内容物の誤嚥によって生じる化学性肺臓炎 |
3.びまん性嚥下性細気管支炎(diffuse aspiration bronchiolitis: DAB) |
異物を繰り返し誤嚥することにより引き起こされた細気管支の慢性炎症性反応 |
前述のMarik PEの総説にはびまん性嚥下性細気管支炎についての記載はなかったが,その後2011年に発表されたMarik PEの新たな総説6)では,誤嚥性肺炎,誤嚥性肺臓炎とともにびまん性嚥下性細気管支炎が取り上げられている.
これらはオーバーラップすることもあるが異なるものであり,経過や治療方針に大きな違いがある.ところが,これらは区別されることなく「誤嚥性肺炎」とひとくくりにされ,画一的な対応が行われているのが現状である.
誤嚥に引き続いて起こる肺の障害が区別されることなく画一的な対応が行われることで,大きな問題となる点が二つある.
一つは「誤嚥性肺臓炎に対する不要な抗菌薬の投与」である.
不要な抗菌薬を投与した結果,不幸な転帰を辿った症例7)が報告されているが,非常に示唆に富んでいる.
症 例:50歳男性
既往歴:症候性てんかん
現病歴:てんかん発作とその後の誤嚥性肺炎で入院.人工呼吸器管理と抗菌薬投与が施行された.順調に経過し,10日後に退院.しかしその1週間後に偽膜性腸炎で再入院し,第18病日に死亡.
本症例は,当初から誤嚥性肺臓炎と診断されていたにも関わらず抗菌薬が投与され,速やかに改善した後も念のため(“Just-In-Case”)に抗菌薬の投与が継続されていた.
ここでは「本症例は誤嚥性肺臓炎であり,抗菌薬の投与は不要であった.抗菌薬投与をより短期間で終了していれば,偽膜性腸炎による死亡を避けることができたかもしれない.念のための抗菌薬投与は有害である」と考察されている.
そしてもう一つの問題は「誤嚥性肺臓炎患者に対する不必要な食事制限」である.
誤嚥性肺臓炎は逆流嘔吐が原因で生じる場合が多く,必ずしも嚥下障害を認めるものではない.嚥下障害を認めなければ,食事制限は必要ない.
嚥下障害を認めないあるいは嚥下障害が軽度な誤嚥性肺臓炎患者に対する不必要な食事制限は,生活の質(Quality of Life: QOL)を低下させるだけでなく,日常生活活動度(Activities of Daily Living: ADL)の低下や栄養障害を招くことがある.
自験例を提示する.
症 例:79歳男性
既往歴:胃癌(胃全摘術後)
現病歴:数年の間に肺炎で計4回入院(他院).誤嚥性肺炎と診断され,食事に関する厳密な指導を受けた.食事中のテレビ禁止,会話禁止と指示されたことで,それまで楽しみだった食事をすることが苦痛となり,体重減少が出現.かかりつけの歯科医より精査目的に当院紹介となった.
嚥下障害を来すような既往歴はなく,胃切除後嚥下性肺炎を念頭に嚥下の再評価を行ったところ,嚥下内視鏡検査では明らかな異常は認めなかった.食事に関するこれまでの制限は全て解除し,新たにいくつかの指導(就寝時の頭部挙上,食後2時間程度の臥床禁止,就寝前2時間程度は摂食を控える,食べ過ぎないなど)を行い,経過観察とした.
その後,肺炎は再発していない.
胃切除後嚥下性肺炎(Postgastrectomy Aspiration Pneumonia)は1995年にMarumoらが報告した疾患概念8)である.逆流した(胃)内容物の誤嚥によって生じる化学性肺臓炎であり,誤嚥性肺臓炎に分類されるが,意識障害に必ずしも起因しない点が通常の誤嚥性肺臓炎とは異なる.Marumoらは,胃全摘術の既往がある186名のうち,61人(32.8%)が嚥下性肺炎を発症し,そのうちの16人(8.6%)は反復性であったとしている.
Marumoらの報告は胃全摘後のみだが,噴門側胃切除後や食道癌術後でも同様の病態を引き起こす.さらに,高齢者の食道裂孔ヘルニアや胃食道逆流でも十分起こりうる病態である.
経過や治療方針の異なる誤嚥性肺炎・誤嚥性肺臓炎・びまん性嚥下性細気管支炎をそれぞれ分けて解説する.
1. 誤嚥性肺炎「口腔内や上気道に定着している微生物(常在菌・定着菌)の誤嚥によって生じる細菌性肺炎」である誤嚥性肺炎について,再発予防に有用と報告されている薬剤を以下に示す.
アンギオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme: ACE)阻害薬
ACE阻害薬の副作用として乾性咳嗽がよく知られているが,脳血管障害のために咳反射が低下した高齢者にACE阻害薬を投与すると咳反射が改善する.そこで脳血管障害を有する高齢高血圧患者にACE阻害薬を投与したところ,肺炎発症率を有意に低下させた9).
アマンタジン
嚥下反射の低下した脳血管障害患者にL-DOPAを投与したところ,嚥下反射が改善した.そこでドーパミン遊離促進剤である本剤を投与したところ,脳血管障害を有する高齢患者における肺炎発症率を有意に低下させた10).
シロスタゾール
脳血管障害を有する患者における肺炎発症率を有意に低下させた10).嚥下反射の改善効果によると推定されている.
半夏厚朴湯
嚥下反射時間を短縮させることによって,長期療養型病院入院中の患者の肺炎発症を有意に抑制したとの報告がある11).
葉酸
葉酸欠乏は高齢者において嚥下機能を低下させることが言われており,葉酸の補充が肺炎の発症を抑止し得ると報告されている12).
大脳基底核を含む深部皮質で脳血管障害があると,黒質線条体で合成されるドーパミンが低下し,舌咽神経や迷走神経の神経節で合成されるサブスタンスPが低下する.サブスタンスPの低下は咳嗽反射の低下及び嚥下反射の低下を招き,誤嚥性肺炎発症の誘引となる.
上記の薬剤の多くは咽頭でのサブスタンスPの分泌促進やサブスタンスPの濃度を高める効果があり,咳嗽反射・嚥下反射を改善させると言われている.
この薬物療法は,その簡便性から嚥下障害患者に多く用いられている.
しかし,高齢者はもともと多くの薬剤を内服していることが多く,そこにさらに薬剤を追加することは本来望ましいことではない.投与薬剤数が多くなると,有害事象の発生率が上昇するリスクがある13)ことは周知のことであろう.
「アマンタジンには重篤な副作用を呈する可能性があり,誤嚥性肺炎の予防目的にルーティーンで使用することは推奨しない」,「シロスタゾールには出血の危険性があり,誤嚥性肺炎の予防目的には使用すべきではない」というシステマチックレビューもある14).
そもそもこれらの再発予防に有用と報告されている薬剤の追加投与は,その効果を臨床的に実感する機会はそれほど多くない.
一方,鎮静作用や筋弛緩作用のある薬剤(睡眠薬や抗不安薬など),ドーパミン遮断作用のある薬剤(向精神薬や制吐薬など)などを減量・中止することで嚥下機能が明らかに改善するケースはしばしば経験する.
これは,再発予防に有用と考えられる薬剤を追加投与する「足し算」の薬物療法に対して「引き算」の薬物療法とでもいうべきアプローチだが,是非検討していただきたい.
薬物療法以外に,口腔ケア,摂食嚥下リハビリテーション,食事・栄養療法,ワクチン接種,禁煙,体位の工夫,食形態の調整などが再発予防に有効と言われている.
2. 誤嚥性肺臓炎「逆流した胃内容物の誤嚥によって生じる化学性肺臓炎」である誤嚥性肺臓炎の代表的な病態は,メンデルソン症候群15)として知られるものである.これは胃内容物の嘔吐に伴う誤嚥による急性の化学性肺臓炎であり,てんかん発作,薬物過剰摂取,全身麻酔や重度の脳血管障害などに起因する意識障害を呈する患者に主に発症する.
意識障害の原因がてんかん発作,薬物過剰摂取や全身麻酔であれば,その再発予防対策は比較的容易である.誤嚥性肺炎と同様,向精神薬,睡眠薬,麻酔薬などを中止・減量することで改善するケースも少なくない.
しかし,重度の脳血管障害などに起因する遷延性の意識障害はその多くが回復困難であり,逆流・嘔吐の誘引を可能な限り究明し,その原因に対してアプローチをしていくことが重要となる.
経皮内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous Endoscopic Gastrostomy: PEG)施行患者においてクエン酸モサプリドの食前投与が肺炎発症を有意に抑制したとの報告16)がある.これは本薬剤の薬効から,胃排出能が低下したPEG施行患者の逆流誤嚥による肺臓炎発症を抑制したと考えるべきであろう.
胃排出能低下を改善する効果は六君子湯や大建中湯でも多くの報告がなされている.また半固形経腸栄養剤は胃嬬動運動の促進効果や胃食道逆流の予防効果が言われている.
以上のような対応を行っても繰り返し逆流が起こる場合には,腸内に栄養剤を直接投与する経腸栄養法(空腸瘻など)を選択する場合もある.
薬物療法以外では,1回の食事量の制限,食後の坐位,夜間就寝中の頭部挙上なども有用である.
3. びまん性嚥下性細気管支炎「異物を繰り返し誤嚥することにより引き起こされた細気管支の慢性炎症性反応」であるびまん性嚥下性細気管支炎は,誤嚥対策が最も重要である.誤嚥性肺炎への対策と同様に,嚥下機能に影響を与える薬剤の減量・中止を検討すべきである.
先に述べた誤嚥性肺炎の再発予防に有用と報告されている薬剤の投与が検討されるが,これらの薬剤のびまん性嚥下性細気管支炎への効果は定かではない.
慢性期における増悪予防にマクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシン)が有効であったという報告17)があり,筆者も経験した症例の多くで投与している.
マクロライド系抗菌薬は,抗菌作用以外に免疫調整作用・抗炎症作用が注目されている.その一方で耐性菌の増加が懸念されており,漫然と処方することは避けるべきである.適正な投与期間や投与量について,エビデンスの集積が待たれる.
最後に「呼吸器科医と非呼吸器科医の間で治療された高齢者肺炎患者における予後の違い」を評価した報告18)を紹介する.
ここでは「高齢者肺炎の予後は,呼吸器科医による治療によって必ずしも改善するとは限らず,宿主因子の方がより関連している」と述べられている.
慢性閉塞性肺疾患や気管支喘息が,呼吸器科医が診ることで予後が改善する疾患といわれている19)こととは,一見対極の結論のように思われる.
この報告は「高齢者肺炎は誰が診ても変わらない」と言いたいのだろうか?
いや,そうではない.
本文の最後には,以下のように書かれている.
「この研究は,各臨床医(each clinical physician)との協力の重要性が増していることを示している.」
高齢者肺炎・誤嚥性肺炎は,複数科の共同や,ときには抗菌薬適正使用支援チーム(Antimicrobial Stewardship Team: AST)や栄養サポートチーム(Nutrition Support Team: NST)などの医療チームも加わり治療・予防を行うことで,予後の改善が期待できる.
そして,これは医師にとどまるものではなく,誤嚥性肺炎,摂食嚥下障害を正しく学んだ多職種による連携が,さらなる治療・予防の質向上に寄与するであろう.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.