2020 年 29 巻 2 号 p. 341-345
【目的】高齢者における肺炎治療後の自宅退院と非自宅退院に関与する因子を明らかにする.
【方法】対象は急性期病院から当院へ転院してリハビリテーションを行った肺炎治療後の70歳以上の症例で,前医で非誤嚥性肺炎あるいは誤嚥性肺炎として治療された患者をそれぞれ誤嚥リスクなしあるいは誤嚥リスクあり群とした.転帰を誤嚥リスクの有無および誤嚥性肺炎生存例を自宅退院と非自宅退院群に分けて,患者背景,検査所見,入院期間,Barthel Index(BI),栄養投与方法,肺炎再燃の有無を後方視的に調査した.
【結果】対象症例は25例.誤嚥リスクなし群の5例は全例生存退院したが,誤嚥リスクあり群の20例は4例が死亡退院し,死亡例は生存例に比べて肺炎再燃率が有意に高かった.誤嚥リスクあり群の生存例16例のうち自宅退院した9例では非自宅退院の7例に比べ有意にBIが高値で経腸栄養実施率が低く入院期間が短かった.
【結論】誤嚥性肺炎治療後の患者ではBI,経腸栄養の有無,入院期間が自宅退院の可否に関与する可能性が示唆された.
我が国では,急速な高齢化に伴い肺炎による死亡率も上昇傾向にある.2017年の厚生労働省の人口動態統計によると,肺炎による死亡のうち97.9%は65歳以上の高齢者であった1).また,寺本らの報告によると70歳以上の肺炎のうち8割以上を誤嚥性肺炎が占めており2),我が国の高齢化率は今後も上昇傾向が続くと推計されていることを踏まえると,誤嚥性肺炎の罹患率や死亡率もさらに増加すると見込まれる.一方で肺炎患者の1回の入院にかかる平均医療費は約70万円3),さらに70歳以上の誤嚥性肺炎患者の年間総入院費用は4,450億円と推定されている4).また,DPCデータを用いた肺炎入院診療の分析によると,誤嚥性肺炎では市中肺炎と比較して在院日数がより長く,特にリハビリテーション(リハ)費用がより高額であったことが報告されており,肺炎が軽快しても退院に難渋する誤嚥性肺炎診療の実情を反映していると考えられている5).
少子高齢化社会の進展に伴う社会保障費の増大に対する我が国の国策の一つとして在宅医療・介護の推進が掲げられており,高齢者が要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けることができるよう住まい,医療,介護,予防,生活支援が一体的に提供される体制(地域包括ケアシステム)の構築が進められている6).当院では2014年から地域包括ケア病床を開設し,高齢患者の退院を多職種でサポートしている.高齢患者におけるリハ後の自宅退院を妨げる主な因子として,入院時の日常生活動作(activities of daily living: ADL)が不良,認知症,高齢などが挙げられているが7),これらは主として脳卒中や運動器疾患の患者を対象としており,肺炎についての報告は少ない.そこで今回我々は,肺炎治療後の高齢者に対してリハを実施後の転帰に影響する因子を明らかにする目的で検討を行った.
2015年1月から2018年12月までに,急性期病院から当院の地域包括ケア病床へ依頼があり内科へ転院してリハを行った患者168名のうち,肺炎治療後で70歳以上の患者25例(男性12名,平均年齢84.2歳)を対象とした.前医で非誤嚥性肺炎あるいは誤嚥性肺炎として治療された患者をそれぞれ誤嚥リスクなしあるいは誤嚥リスクあり群とした.本研究は,国家公務員共済組合連合会九段坂病院倫理委員会の承認を受け,対象者へ研究の目的と内容を書面で説明し同意を得た上で実施した(承認番号:第2018-8号,2018年).また誤嚥リスクあり群のうち生存例において,自宅あるいは自宅以外の退院例に分けて検討した.ただし,自宅に退院したものを自宅群,有料老人ホーム,介護老人保健施設,療養型病院へ退院したものを非自宅群とした.
2. 方法調査項目は,年齢,性別,体格指数(body mass index: BMI),アルブミン(albumin: Alb[g/dL]),ヘモグロビン(hemoglobin: Hb[g/dL]),C反応性蛋白(C reactive protein: CRP[mg/dL]),併存症,当院の入院期間,当院入院時および退院時のBarthel Index(BI),経腸栄養の有無,中心静脈栄養の有無,絶食期間,肺炎再燃の有無,同居家族の有無,転帰について診療録から後方視的に抽出した.リハは,関節可動域訓練,筋力増強訓練,座位訓練,起居動作訓練,歩行訓練などの理学療法2単位を基本として,主治医およびリハ科医師が必要と判断した場合には言語聴覚士による嚥下訓練2単位を追加した.肺炎再燃の定義は,主治医が肺炎と診断し抗菌薬を投与したものとした.
3. 統計処理2群間の比較では,ノンパラメトリックデータはMann-Whitney U検定,カテゴリーデータはFisherの正確確率検定を用いて評価した.各群のBI改善度はpaired-t検定を用いて評価した.データは中央値(25-75%四分位値)または症例数(%)で表した.統計解析にはGraphPad® Prism Version 5を使用し,いずれの解析においても有意水準は5%とした.
対象症例25例のうち誤嚥リスクなし群は5例,誤嚥リスクあり群は20例で,誤嚥リスクあり群の1例を除く24例に何らかの基礎疾患を認め,その内訳は神経疾患12例(陳旧性脳梗塞4例,認知症7例[うち1例は陳旧性脳梗塞と重複],パーキンソン症候群2例),慢性心疾患7例(心不全5例,心房細動3例[うち1例は心不全と重複]),慢性呼吸器疾患5例(慢性閉塞性肺疾患3例,間質性肺炎1例,非結核性抗酸菌症1例),糖尿病4例,筋骨格系疾患4例(骨折2例,脊椎疾患2例),悪性腫瘍3例(前立腺癌2例,腎癌1例),慢性腎臓病3例,慢性肝疾患2例(慢性肝炎1例,肝硬変1例),関節リウマチ1例であった.誤嚥リスクなし群と誤嚥リスクあり群で基礎疾患を有する患者の割合に有意差は認められなかった(5例[100%] vs. 19例[95%],p=1.0).誤嚥リスクなし群に比べ誤嚥リスクあり群では入院時BI(75[35-92.5] vs. 30[5-55],p=0.04),退院時BI(95[50-100] vs. 45[5-75],p=0.03)がともに有意に低値であった.誤嚥リスクあり群20例のうち,改定水飲みテストおよびフードテストでいずれも4点未満に相当した13例と両スクリーニングテストで4点以上ではあったが家族が希望した1例の計14例(70%)に嚥下訓練が実施されていた.
1. 転帰誤嚥リスクなし群では全例生存退院し,自宅群は3例(60%),非自宅群は2例(40%)であった.誤嚥リスクあり群では4例が死亡,16例が生存退院していた.死亡例では生存例に比べBMIが低い傾向にあった(15.6[13.5-15.6] vs. 17.9[15.9-21.0],p=0.06).死亡例は生存例に比べ当院入院中の肺炎再燃率が有意に高く(4例[100%])vs. 5例[31%],p=0.03),また中心静脈栄養実施率が高い傾向にあった(2例[50%] vs. 1例[6%],p=0.09).ただし,死亡例と生存例で性別,Alb,Hb,入院時BIに有意差はなかった.
2. 誤嚥性肺炎後症例における自宅群と非自宅群の比較誤嚥リスクあり群の生存例16例のうち,自宅群は9例(56%),非自宅群は7例(44%)であった.自宅群と非自宅群における患者背景を表1に示す.年齢,性別,BMI,転院時のAlb,Hb,CRP,脳梗塞の既往,認知症の併存に2群間で有意差を認めなかった.一方,入院期間は自宅群で有意に短かった(p=0.04).入院時のBIは自宅群で有意に高く(p=0.04),また退院時のBIも自宅群で有意に高かった(p=0.01)(表2).さらに自宅群では入院時と比較し退院時のBIが有意に改善していた(p=0.03)(図1A)が,非自宅群では有意な改善を認めなかった(p=0.16)(図1B).
自宅群(n=9) | 非自宅群(n=7) | p value | |
---|---|---|---|
年齢(歳) | 83(76-91) | 85(75-86) | 0.96 |
性別,男性:女性 | 3:6 | 5:2 | 0.31 |
BMI | 19.1(16.5-22.4) | 16.9(15.2-21.1) | 0.39 |
Alb(g/dL) | 3.4(2.9-3.7) | 3.1(3.1-3.6) | 1.0 |
Hb(g/dL) | 10.6(9.8-11.4) | 11.5(11.2-13.1) | 0.11 |
CRP(mg/dL) | 0.44(0.13-0.88) | 0.59(0.19-0.82) | 0.56 |
脳梗塞の既往 | 3(33%) | 0 | 0.21 |
認知症の併存 | 3(33%) | 3(43%) | 1.0 |
入院期間(日) | 42(34-46) | 62(51.5-70) | 0.04 |
中央値(25%-75%四分位値)または症例数(%). BMI: body mass index, Alb: albumin, Hb: hemoglobin, CRP: C-reactive protein.
自宅群(n=9) | 非自宅群(n=7) | p value | |
---|---|---|---|
入院時 | 50(25-75) | 10(5-25) | 0.04 |
退院時 | 75(52.5-87.5) | 20(5-45) | 0.01 |
中央値(25%-75%四分位値).BI: Barthel Index.
Barthel Indexの改善度
自宅群(A)と非自宅群(B)それぞれにおける,入院時と退院時のBarthel Indexをpaired-t検定を用いて比較した.
言語聴覚士による嚥下訓練を実施した症例は自宅群で5例(56%),非自宅群で5例(71%)で,2群間に有意差を認めなかった.経腸栄養を実施した症例は自宅群で2例(22%),非自宅群で6例(86%)と自宅群で有意に少なかった(p=0.04)(図2).一方で中心静脈栄養実施率には2群間で有意差を認めなかった.なお生存例では全例で直接訓練を含む経口摂取を並行していたが,退院時に経口のみで栄養摂取が可能であった7例では入院初日から経口摂取を開始していたのに対し,経腸栄養または中心静脈栄養を実施した9例中7例では入院後の絶食期間が存在し,その中央値は17日であった.自宅群では非自宅群に比べ入院後の絶食期間(日)が短い傾向にあった(0[0-1.5] vs. 8[0-18],p=0.06)(図3).
経腸栄養実施の割合
自宅群と非自宅群の経腸栄養を実施した症例の割合について,Fisherの正確確率検定を用いて比較した.
入院後の絶食期間
自宅群と非自宅群の入院後の絶食期間について,Mann-Whitney U検定を用いて比較した.
入院中の肺炎再燃率は自宅群で2例(22%),非自宅群で3例(43%)と有意差を認めず,また退院後に肺炎再燃のため当院へ再入院した症例は非自宅群の1例のみであった.
同居家族についての検討では前医入院前に家族と同居していた患者は自宅群で7例(78%),非自宅群で5例(71%)であり,またこの中で子と同居していた症例に限ると自宅群で2例(22%),非自宅群で2例(29%)であった.いずれも2群間で有意差を認めなかった.
本研究では,誤嚥性肺炎治療後の患者において入院期間,入院時・退院時のADLとADLの改善度,および経腸栄養の有無が自宅退院の可否に影響を与える可能性を示した.田村らによれば高齢肺炎患者の入院期間と入院時ADLには相関があり,早期のリハ介入により回復が良好となり入院期間が有意に短縮したことが示されている8).また急性期病院へ入院し肺炎治療と並行してリハを施行された誤嚥性肺炎患者について検討した本邦の先行研究では,退院先に有意に影響を与えた因子として入院時・退院時のADLや経腸栄養の実施が抽出されており9,10),本研究でも同様の結果が得られた.本研究では誤嚥性肺炎後の患者において入院中の肺炎再燃は死亡退院につながりやすいことも示唆された.スペインにおける多施設共同研究でも嚥下障害を有する高齢者の予後予測因子として肺炎が挙げられており11),矛盾しない結果が得られた.また過去の報告では誤嚥性肺炎の予後予測因子として男性,BMI低値,Alb低値,Hb低値,末梢血リンパ球数低値などが挙げられている12,13).本研究では患者背景や検査値に関して死亡に関連する統計上有意な因子は見出せなかったが,生存例に比べ死亡例でBMIが低い傾向にあった.
御子神らの報告では,嚥下障害を有する高齢者においてリハによるADLの改善と摂食嚥下機能の改善には相関があったことが示されている14).また三谷らによればADLと摂食嚥下機能の低下はともに医療介護関連肺炎発症の要因として重要な因子であると報告されている15).若尾らによればADLの要素の中でも特に座位能力の獲得は摂食嚥下機能の改善に重要であり,体幹の安定性が頭頸部の安定性につながることで,咀嚼・嚥下に必要な筋活動が得られると考えられている16).一方で松尾らは高齢者において摂食嚥下障害は入院中のADL改善不良と関連していたことを示している17).このようにADLと摂食嚥下機能は相互に影響しているため,誤嚥性肺炎治療後の高齢者に対するリハでは口腔,咽頭を中心とした嚥下訓練と,四肢,体幹の筋力強化訓練がともに重要と考えられる.嚥下障害を有する高齢者が経口摂取のみで必要なエネルギーを確保できない場合,栄養状態改善の手段として実臨床ではしばしば経腸栄養が考慮されるが,経腸栄養は誤嚥性肺炎の予防にはなり得ずリスクを高める可能性も指摘されている18,19).また高齢者に対して経腸栄養を導入することによる延命効果も示されていない20).さらに本研究では誤嚥性肺炎治療後の高齢者に対する経腸栄養は自宅退院への妨げになる可能性も示唆された.嚥下障害を有する高齢者に対する経腸栄養の導入に当たっては,これらのリスクを考慮したうえで患者家族とよく相談しながら決定していくことが重要であろう.また本研究では絶食期間が長い方が自宅退院しにくい可能性も示唆された.誤嚥性肺炎急性期の患者において経口摂取の早期再開がアウトカムを改善すると言われていることと同様に21,22),誤嚥性肺炎治療後にリハ目的で転院してきた患者に対しても,自宅退院を目指すに当たって安易な絶食は避け,理学療法士,言語聴覚士,管理栄養士,看護師と連携して経口摂取の可能性を探っていくことが重要と考える.なお,丸田らの報告では誤嚥性肺炎患者において入院時のAlb値と自宅退院に有意な関連を認めたことが示されているが10),本研究では自宅群と非自宅群で入院時のAlb値に有意差は認められなかった.その理由の一つとして丸田らの報告では誤嚥性肺炎急性期の患者を対象としていたのに対し,本研究では急性期治療後にさらに継続してリハが望ましいと判断された患者を対象としており総じて低栄養状態にあったのではないかと推測した.
高齢者の退院先の決定に関しては,同居家族の有無や同居家族の心身状態といった社会的要因も重要とされる23,24).本研究においても同居家族の有無とその内訳を調査したが,自宅群と非自宅群で独居の割合や家族構成に有意差は認めなかった.ただし中には退院時BIが5点と低値であったにも関わらず,家族の介護力が高く自宅退院に至った例もあり,介護者の有無が自宅退院の可否に与える影響は無視できないと考えられた.
本研究の限界としては,単一施設における少数例の検討であること,急性期病院へ入院する前のADLや入院時の肺炎重症度について詳細な情報が得られなかったこと,当院退院時の栄養状態について検討できていないことが挙げられる.誤嚥性肺炎治療後の患者において複数の項目が自宅退院の可否に影響を与える因子として抽出されたが,これらの交絡の有無についてはさらなる検討が必要である.地域包括ケア病床に適した患者の選定についても症例を集積し検討を重ねていく必要がある.検索しえた限りでは肺炎の急性期治療後,いわゆるpost acuteの段階において自宅退院の可否に影響を与える因子を検討した報告は他に無く,在宅復帰率70%以上を目指すことが求められる地域包括ケア病床において肺炎後,特に誤嚥性肺炎後の患者を診療する際には摂食嚥下機能のみならずADLの改善を図ること,経口摂取を維持していくための方法について検討を重ねること等が自宅退院を目指すための戦略となりうると考える.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.