日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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スキルアップセミナー
高齢呼吸器疾患患者の呼吸ケア
―認知機能障害に対する対応―
岡島 聡前田 和成東本 有司本田 憲胤白石 匡杉谷 竜司岸本 英樹西山 理福田 寛二東田 有智
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2021 年 29 巻 3 号 p. 365-368

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要旨

高齢慢性呼吸器疾患患者の日常生活訓練を実施する際,指導を正しく理解できないこと,自身の動作に固執することをしばしば経験する.高齢慢性呼吸器疾患患者の呼吸ケアを行う際に必要な高次脳機能障害及び認知機能障害に対する対処法を概説する.慢性閉塞性肺疾患や間質性肺炎などの慢性呼吸器疾患を有する患者は,呼吸器疾患の既往がない高齢者に比べて,認知機能が低下している. 慢性呼吸器疾患患者で認知機能が低下する原因はまだ明らかにされていないが,慢性的な低酸素血症や全身性炎症が関連していると考えられている.また,その対策としては,運動療法や適切な酸素療法が有効であり,患者教育を行うためには行動変容を行うことが最も重要であると報告されている.

緒言

認知症は,正常意識下で認知機能が後天的に持続性に低下し,それにより日常生活・社会生活の障害をきたす疾患と捉えられている1.近年,世界的な高齢化の進展に伴い認知症罹患率が増加している.その多くがアルツハイマー型認知症で占めており,有効な治療法が確立していない.最近では認知症の治療や予防介入の成果が報告されるようになり,認知症の前駆状態を意味する軽度認知機能障害(Mild cognitive impairment; MCI)がより注目されるようになっている1

高齢の慢性呼吸器疾患患者では,多弁であること,理解が十分でなく自身の動作に固執するなど,生活指導が十分に反映されないことを臨床場面でよく経験する2

これらの背景を踏まえ,慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease; COPD),間質性肺炎(Interstitial Pneumonia; IP)を中心とした慢性呼吸器疾患患者における認知機能障害の病態,特徴とその対策を概説する.

認知機能とは

認知とは理解・判断・論理などの知的機能を指し,精神医学的には知能に類似した意味であり,心理学的には知覚・判断・想像・推論・決定・記憶・言語理解といった様々な要素が含まれ,これらを包括して認知と呼ばれている3

認知症では疾患ごとの機能低下部位を反映し,複数の認知機能に障害が認められる.認知症で障害される主な認知機能としては,注意,遂行機能,記憶,言語,視空間認知,行為,社会的認知などがあげられる.神経診察の一環として,神経心理学的検査を行うことで,特徴的な認知機能障害を捉えることができる1

COPDにおける認知機能

COPD患者の特徴として,何回指導してもすぐに忘れてしまう,酸素の取り扱い方や吸入薬の使用方法をなかなか理解できない,易刺激性があり抑制が取れて多弁であること,記憶・注意障害・軽度の覚醒障害などの認知機能障害を呈し,これらの症状が治療やリハビリテーションの効率化やその維持に問題となることが多いと報告されている4

COPDでは記憶・注意・遂行機能障害といった一定のパターンの認知機能障害をきたすことが知られている5.慢性に低酸素血症をきたしているCOPD患者は同年代の健常者と比較して認知機能が低下しており,なかでも言語性記憶が低下していると報告されている4.我々の集計でも,Frontal Assessment Battery(以下FAB)を用いた前頭葉機能が,コントロール群と比較し,COPD群で有意に低値であった(図1a6.特に,類似性・語の流暢性・GO/NO-GOの項目で機能の低下がみられた(図1b).

図1

慢性閉塞性肺疾患(COPD)群(n=48)と間質性肺炎(IP)群(n=20)とコントロール群(n=12)の前頭葉機能:Frontal Assessment Battery(FAB)計測値の比較

(a)FAB合計点数(b)FAB項目別点数.3群の比較には一元配置分散分析,各群の比較はTukeyの多重比較検定を使用.平均±標準偏差,*: p<0.01,**: p<0.05

COPD患者の認知機能は健常者と比較して低下していたが,機能レベルはアルツハイマー型認知症患者よりも良好であるとされている7.また,認知症の重症度は呼吸機能や酸素化を指標としたCOPDの重症度と相関していると報告されている.しかし,ほとんどの研究が重症のCOPD患者での集計であり,軽症から中等症における認知機能についての検討はされていない7

COPDとMCI

MCIの概念は,本人や家族から認知機能低下の訴えがある,認知機能は正常とは言えないが認知症の診断基準も満たさない,複雑な日常生活動作に最低限の障害はあっても,基本的な日常生活には支障がない状態と言われている.記憶障害を主体とする健忘型MCI,それ以外の遂行,注意,言語,視空間認知という部分の機能障害を規定する非健忘型MCIに分類される1

MCIを検出するためにはMini Mental State Examination(以下MMSE)では十分ではないため,Montreal Cognitive Assessment-Japanese version(以下MoCA-J)が推奨される.MMSE単独ではなく,文章の記憶などやや複雑な記憶検査を加えると健忘型MCIを診断しやすい1

大規模研究では明らかな認知機能低下のない1,425名を,中央値で5.1年間前向きに観察し,COPDと認知機能の関係を検討し,そのうち171名がCOPDと診断された.COPDは非健忘型MCIのリスク上昇と関連し,またCOPD罹患期間とMCIのリスク,特に非健忘型MCIとの間に相関関係があった.したがってCOPD患者では,非健忘型MCIは遅延させるため早期介入が必要であると報告されている8

間質性肺炎における認知機能

先行研究では重症の特発性肺線維症(Idiopathic Pulmonary Fibrosis; IPF)患者の認知機能は,軽症IPF患者や健常者と比べて低下していた9.我々の集計でも,FABで評価した前頭葉機能はコントロール群と比較し,IP群で有意に低値であり,COPD患者とIP患者の前頭葉機能のパターンは類似していた(図1a2.しかし,COPDと比べるとIPの認知機能に関する報告は少ない.

またIPでは,COPDと同様に,動作指導の際,理解が乏しい,自身の動作に固執する,指導内容が反映されないという臨床症状があり,これらは思考の柔軟性の低下や概念の転換障害を生じることで発想や視点の転換が困難,一つの考えや視点にこだわり柔軟な思考ができなくなる影響であると報告されている2

呼吸器疾患患者でなぜ,認知機能障害がおこりやすいのか?

COPDでは全身性炎症疾患を合併するため,血管内皮障害をきたし,脳血管の動脈硬化が促進される可能性がある5.全身性炎症は,アテローム性硬化といった血管障害を招くことでさらに脳局所における低酸素が助長される.低酸素血症は酸素依存性酵素の活性低下を介してアセチルコリンなどの神経伝達物質の機能を低下させるとされている.また外的因子としてタバコの煙や重金属,ニコチンによる影響により脳神経障害や機能不全により認知機能障害が起こると報告されている5

認知機能障害に関連する因子としては,低酸素血症,高炭酸ガス血症,肺機能障害に関する報告があるが一定の見解が得られていないのが現状である5

認知機能検査で明らかに障害が認められた症例でも,頭部MRI所見に異常がみられない症例も多く,認知機能検査の結果と頭部MRI所見との間に明らかな関連はない4.COPD患者の低酸素血症を伴う患者と伴わない患者を比較すると,前頭葉の皮質および皮質下領域の血流量低下が認められる10,11ことが報告されており, COPDの認知機能障害の要因として最も関連が強いのは低酸素血症であると考えられている5.我々の集計でも,日常生活の中で低酸素状態にさらされる時間が長い程,認知機能が低いという結果であった12.COPD患者において24時間SpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)を計測し,SpO2が90%未満に低下する時間を測定した.認知機能はN-Back Taskの正答率で評価した.N-Back Taskの正答率は安静時PaO2(動脈血酸素分圧)と有意な相関がみられなかったが,SpO2が90%未満に低下する時間と負の相関を認めた12.つまり,安静時の酸素化よりも,日常生活における低酸素血症が認知機能に影響していると考えられる.

その他,認知機能低下の危険因子として,加齢,遺伝的危険因子,血管性危険因子(高血圧,糖尿病,脂質異常症),生活習慣関連因子(喫煙など),関連する疾患(メタボリック症候群,睡眠時無呼吸症候群,うつ病と双極性障害)があげられる.その中でも修正可能な危険因子として(中年期)高血圧,糖尿病,(中年期)肥満,脂質異常症,喫煙,身体活動,うつ病があげられる1.特に喫煙は認知症,血管性認知症,アルツハイマー型認知症を悪化させることが報告されており,喫煙経験のある人が禁煙を行うことですべての認知症においてリスクが軽減したとの報告もある13

うつ病と認知症に関するシステマティックレビューでは,うつ病の既往が老年期における認知症の発症リスクの増加と関連していると報告されており,うつ症状自体が認知症の初期症状の可能性があるという指摘がある14.早発型うつ病と高齢期の認知症発症との関連性,うつ病相の頻度と認知症発症の関連性が報告されており,うつ病は認知症の危険因子であると報告されている14

認知機能障害に対する対策

患者教育においては,最終的な患者の行動がより良い方向に向かうように誘導すること,すなわち行動変容が最も重要である15.患者自身の行動変容を誘導するためには,実際の動作や環境の変化のなかで楽にできたという成功体験を用いて自己効力感を高めること,実際の動作を数値化して本人へわかりやすくフィードバックすること,本人だけでなく家族や周りの支援者にも直接連携を行うことが重要である.患者自身の概念を柔軟に変換できるように働き掛け,自ら得た動機付けのなかから行動変容が行えるような関わりを行うことが重要である2

定期的な身体活動は認知症やアルツハイマー型認知症の発症率を低下させることが知られている.認知症のない高齢者や軽度認知障害を呈する高齢者に対する身体活動の介入試験では,認知機能低下を抑制したという報告があり,運動を積極的に取り入れることが推奨される16

呼吸リハビリテーションがCOPD患者の認知機能を有意に改善したとの報告がある17.COPD患者の認知機能は運動療法の介入により運動能力の改善とともに注意・計算機能,および短期記憶の改善が認められ,運動療法の有効性が示唆された報告もある18

COPD患者において,非酸素療法実施群は長期酸素療法実施群と比較して,認知機能が有意に低下していたとの報告もある.非酸素療法実施患者の認知機能は低酸素血症により悪影響を受け,長期酸素療法実施がCOPDの管理に考慮されるべきであることを示唆している19

おわりに

COPDとIPは,ともに認知機能障害のリスクになり,長期にわたる低酸素血症や高炭酸ガス血症が認知機能障害のリスクとなる可能性が示唆されている.運動習慣や適切な酸素療法が認知機能障害の予防になると考えられている.

これらの対処法は,病態を理解し,正しい運動や生活活動を行うために,患者が理解できるような動機付けや自己効力感を高め,患者自身の概念を柔軟に変換させるような関りを持つことが行動変容を行ううえで重要と考える.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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