2021 年 29 巻 3 号 p. 381-385
運動療法は,呼吸リハビリテーションの中心となるプログラムであり,運動そのものを治療手段として適用することである.運動療法における評価は,①(最大)運動能力ならびに運動時身体反応の特徴の把握,②運動制限因子の推定,③運動負荷におけるリスクの特定,④運動処方を主な目的とする.評価にあたっては,各項目の結果がこれらのどの目的に寄与するかを考える必要があり,安全で効果的なプログラムを提供する上で常に意識する.また,運動処方の修正と運動療法効果の確認のためには,特に呼吸困難,運動能力,日常生活活動能力を中心に定期的に評価を行う必要がある.
運動療法は,呼吸リハビリテーションの中心となるプログラムである.その効果を十分に引き出すとともに,安全に進めるためには「評価」が必要不可欠である.本稿では,慢性呼吸器疾患患者に対する運動療法のための評価の基本的ポイントについて解説する.
運動療法の実施にあたっては,対象となる慢性呼吸器疾患患者の障害像の特徴について把握する必要がある(図1).その理解によって,評価項目の選択やその統合と解釈を行う上で有用となる.
慢性呼吸器疾患の障害像
多くの慢性呼吸器疾患患者が労作時の呼吸困難を自覚し,個人の呼吸および運動機能のレベルによって活動が制限される.本患者は運動麻痺といった運動器の機能障害によって活動が制限されるのではなく,呼吸機能(換気やガス交換)の障害,特に換気の制限に起因する「身体活動を持続する機能の障害」であると言える.したがって,換気需要の増大を伴う(負担の大きな)身体活動が最初に制限され,疾患の進行や加齢による身体機能の低下に伴って次第に日常生活動作(activities of daily living, ADL)も制限を受ける.
2. 身体活動量の低下によって,呼吸困難はさらに進行する呼吸困難によって患者は負担のかかる活動を避けるようになり,身体活動量が低下する.これは運動不足の状態(deconditioning)となって末梢骨格筋機能障害,特に好気的代謝能力の低下をもたらし,呼吸困難増悪の主要な原因となる(図1).このような身体活動量低下によって生じた二次的な運動機能障害はそれ自体も活動を制限し,さらなる呼吸困難の要因となって患者の運動を制限する.
3. 基礎疾患と機能障害が共存している慢性呼吸器疾患の障害の特徴は,「基礎疾患と共存した機能障害」である.身体障害の多くが,基礎疾患によってもたらされた「後遺症」であることとは対照的である.「基礎疾患と共存した機能障害」は基礎疾患の状態に大きく依存し,疾患の状態が良く(増悪すれば)なれば障害も軽減(重症化)する.特に疾患の急性増悪は予後にも影響するのみでなく,機能障害にも大きく影響する.慢性呼吸器疾患では疾患の管理が特に重要となる根拠であり,呼吸リハビリテーションの重要な目標にもなる.
4. 多くの併存症を有している慢性呼吸器疾患患者は高齢者が多くを占めており,加齢に伴う多くの併存症を有していることも特徴である.特に慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease, COPD)患者では,長期間の喫煙の影響もあり,心血管疾患や悪性腫瘍ほか,喫煙に関連した併存症が多い.こうした併存症は,患者個人の障害像を複雑にするのみならず,運動療法の実施にあたっての配慮や安全管理を必要とする.特に運動器や心血管系の併存症は運動療法の効果の出現にも影響する.
運動療法は,運動そのものを治療手段として適用することであり,慢性呼吸器疾患では,前述の呼吸機能障害に起因する二次障害としての運動機能障害への介入手段であると位置づけられる.特にdeconditioningによる呼吸困難と身体活動量低下の進行と悪循環を断ち切る手段として,運動療法は最も効果的であることが証明されている.
運動療法によって呼吸機能は改善しないが,労作時呼吸困難の軽減,運動耐容能とADLの改善,それに伴って健康関連生活の質の改善が得られる.これらは質の高いエビデンスによってその有効性が証明されている.その機序は,十分な強度の運動療法によって骨格筋の好気的代謝能力(すなわち酸素抽出能力)が改善し,それによって労作時の乳酸産生の亢進を抑制するとともに,換気需要が軽減することで,同じ運動量における換気量が減少,それに伴って呼吸困難の軽減が生じて運動耐容能が改善することである.
運動療法における評価の目的は,①(最大)運動能力ならびに運動時身体反応の特徴を把握,②運動制限因子の推定,③運動負荷におけるリスクの特定,④運動処方,⑤効果判定とその解釈,⑥運動時低酸素血症の評価と酸素投与の処方に集約できる.後述する評価項目は,これらのどの目的に該当するかを十分に考える必要があり,安全で効果的(患者個人の運動能力を最大限に引き出す)な運動療法を提供する上で常に意識する必要がある.
2. 運動療法における評価の考え方呼吸リハビリテーションにおける運動療法の目標は運動耐容能の改善であるが,突き詰めると,対象者にとって最も重要なアウトカムである呼吸困難の軽減を図ることである.そのため,運動療法の実施とその評価にあたっては,対象者の労作時呼吸困難とその特徴を把握する必要がある.COPDをはじめとする慢性呼吸器疾患では,軽度の労作時においても呼吸困難が生じてADLや身体活動が制限されている.このような呼吸困難は主として,①換気能力の低下とそれを制限する因子(気道閉塞による気流制限,動的肺過膨張,胸郭・肺コンプライアンスの低下,気道抵抗の増大などによる呼吸仕事量の異常亢進)と,②換気を病的に亢進させる因子(死腔率の増大による換気効率の低下,低酸素血症,骨格筋機能異常によるアシドーシスなど)の相反する2つの因子の相互作用によって生じるものと考えられている.したがって,呼吸困難の軽減のためには,換気仕事量ならびに換気需要の軽減が必要であり,運動療法は後者に対するアプローチである.すなわち,運動療法のための評価は狭義的には,運動時に換気を異常に亢進させる因子の特定であるとも言うことができる.
3. 評価のポイント運動療法導入時の評価は,上記の①から④を明らかにするために行うが,特に④運動処方と⑤運動療法効果の確認のために,定期的に評価を行う必要がある.運動療法では通常,開始8から12週後(導入プログラム終了時),そしてその後は3から6か月毎(維持プログラム)で評価を繰り返す.評価項目としては,呼吸機能や併存症などのほか,呼吸困難と運動能力の評価は必須である.何らかの運動負荷テストは必ず行う必要があり,一般的には後述するフィールド歩行テストが簡便である.また,自転車エルゴメーターを用いて最大負荷量を測定する方法もある.いずれにしても対象者の最大運動能力を示す評価指標が必要であり,これをもとに運動処方を行う.さらに運動療法の効果として,運動能力の変化に加えてADLや健康関連生活の質にもどのように影響を及ぼしたのかを評価する.
以下,運動療法の実践にあたって必要となる評価内容とその概要について解説する.
(1) 呼吸機能運動の遂行に必要な換気能力を把握する.これには後述の理由から特に,呼吸機能検査の肺活量(vital capacity, VC)と1秒量(forced expiratory volume in one second, FEV1)を評価する.FEV1/FVC(forced VC)が70%を下回り,かつFEV1の予測値に対する割合(%FEV1)はCOPD患者の換気能力を直接反映して重症度判定の基準となる.
最大換気量(maximal voluntary ventilation, MVV)は,対象者が12秒間(または15秒間)できるだけ大きく速い呼吸を行ったときの換気量を1分間値に換算したもので,120-180L/minが健常成人の平均である.MVVは気道系が正常な場合,VCに比例し,その約30-35倍となる.また,気流制限がある場合にはFEV1に比例し,その約35-40倍となる.したがって,VCとFEV1を測定することによって患者の最大換気能力を把握することが可能である.つまり,換気能力は40または35×FEV1で推定できる.
呼吸筋力,特に吸気筋力の評価は必須ではないが,可能であれば加える.吸気筋力低下を伴う場合にはそのトレーニングを運動療法に併用することでより大きな効果が得られることもあり,運動制限因子を推定する上で有用となる可能性がある.
(2) 併存症COPDでは多くの併存症が知られており,高血圧,冠動脈疾患,脂質異常,前立腺肥大,胃食道逆流,骨粗鬆症,栄養障害などを高頻度に認める.先に述べたごとく,併存症は運動療法実施上の制限あるいは危険因子となることもあり,その把握と治療およびコントロールの良悪に関する情報を収集することで,安全管理につながる.
多くの慢性呼吸器疾患患者は低栄養状態にあることが少なくなく,運動療法実施上の重要な制限因子となる.栄養状態の評価では食欲の状態,体重(body mass indexもあわせて)とその変化,食事摂取量やカロリーの把握は必須である.状況に応じて,各種栄養スクリーニングなども行い,栄養状態を評価する.
間質性肺疾患では経口ステロイド薬を服用している患者も少なくない.同薬剤による副作用としての血糖コントロールの問題,骨粗鬆症,免疫機能低下,骨格筋力低下3)に関しても評価が必要である.
(3) 呼吸困難対象者の呼吸困難の特徴を詳細に聴取する.どのような活動で,どの程度の呼吸困難が生じ,持続するか,回復にどのくらいの時間を要するか,日常生活への影響など,具体的かつ慎重に聴取し,その情報を整理,対象者個別の特徴を把握する.後述するADLの状況と関連して評価することで,より対象者の生活に即した呼吸困難の理解や把握が可能になる.呼吸困難の評価は,間接的評価と直接的評価に大別でき,それぞれの利点を活かして対象者の呼吸困難を評価する.
(4) ADL運動療法実施にあたってのADL評価の目的は,運動療法による治療効果への評価とともに,呼吸困難によって制限されているADL動作の特定である.前述の通り,慢性呼吸器疾患では,換気量の増大を伴う動作や活動(歩行や登坂,階段昇段など)ほど早期から,かつ強く障害されるが,挙上を中心とした上肢運動や体幹の前屈を伴うADL動作(洗髪や洗体,家事動作,靴下の着脱など)でも呼吸困難によって制限されやすい.運動療法の実施にあたっては,このような活動制限のある動作と同じ活動や同じ筋群をトレーニングすることが有用であり,制限されているADLの具体的な内容を明らかにする.可能であれば,あわせて24時間の経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)モニタリングを行い,SpO2低下とADL動作の関連性も評価し,問題となる活動を特定する.
(5) 運動能力 1) 骨格筋力の評価四肢の筋力評価には徒手筋力検査,重錘による評価,把持筋力計(ハンドヘルドダイナモメータ),等速性筋力測定器(トルクマシーン)などがある.基本的に何らかの測定機器による評価が必要であり,臨床現場では把持筋力計を用いた客観的評価が頻用されている.特に1回反復最大負荷(1 Repetition Maximum)を評価し,筋力トレーニングの処方に利用する.
また,柔軟性の評価として四肢とともに,頸部・体幹の可動性をスクリーニングし,必要に応じて関節可動域を測定する.
2) 運動耐容能の評価全身持久力の評価であり,運動制限の程度や特徴(下肢疲労や低酸素血症の併存など)を把握する.また,運動耐容能の評価結果は,持久力トレーニングの処方,特に運動強度の決定に利用することができる.その評価には,心肺運動負荷テストとフィールド歩行テストがある.臨床現場では後者を用いることが多く,6分間歩行テスト(6 min walk test, 6MWT)と漸増シャトルウォーキング試験(incremental shuttle walking test, ISWT)が代表である.
6MWTは,平坦な屋内の片道30m程度の歩行路を6分間でどのくらい歩行できるかを評価するため,自立歩行が可能なほとんどの患者で実施でき,簡便で有用性の高い検査である.できるだけ遠くまで患者に歩行させ,6分間での総歩行距離(6 min walk distance,6MWD)をもって評価する.あわせて修正Borgスケールを用いて歩行前後の呼吸困難や下肢疲労,SpO2の変化も評価する.実施にあたっては,標準的プロトコルに従う4).十分な努力のもとでの運動負荷は,定常負荷の最大運動耐容能に近いレベル(80-90%)に達するとされ,6MWDの平均歩行速度80-90%の速度は,しばしば運動処方に適用される.日本の地域在住高齢者の6MWDの平均値を表1に示した.
男性 | 女性 | ||||
---|---|---|---|---|---|
年齢層(n) | 平均値 | 標準偏差 | 年齢層(n) | 平均値 | 標準偏差 |
65-69歳(829) | 620.19 | 91.73 | 65-69歳(833) | 590.32 | 72.00 |
70-74歳(846) | 605.11 | 86.74 | 70-74歳(818) | 565.59 | 75.21 |
75-79歳(840) | 579.19 | 86.06 | 75-79歳(807) | 530.97 | 81.83 |
スポーツ庁:平成27年度体力・運動能力調査結果の概要及び報告書
ISWTは室内の平坦なスペースに9m離して置いたコーン(目印)の間を,一定間隔で発する信号音にあわせて対象者に往復歩行させ,発信音の時間間隔を次第に短くすることで歩行速度を徐々に上げていく漸増運動負荷テストである.歩行距離から最高酸素摂取量(peak
日本人のISWTによる歩行距離の予測式5)は以下の通りである.
4.894-4.107×年齢(歳)+131.115×性別*+4.895×身長(cm)(性別*:男性の場合1,女性の場合0)
3) 運動時低酸素血症の評価前述の評価の目的⑥のために,運動耐容能の評価に際しては,SpO2を連続測定し,その低下の程度(exercise induced desaturation, EID)を評価する.EIDの程度は運動強度に比例して増強する.運動負荷テスト中あるいは終了後のSpO2が90%未満,あるいは運動負荷開始前の安静時からの低下度が4%以上をもって有意なEIDであるとみなし,運動時の酸素投与を検討する.EIDと呼吸困難の程度は必ずしも関連しない.特に「EIDは顕著であるが,呼吸困難は軽度」の症例を特定することが重要である.このような症例では,酸素投与量の調整,インターバルトレーニグの適用,在宅などでの自己練習の際の中止基準の設定,ADLトレーニングによる動作要領の指導などによるセルフマネージメント支援も必要である.
運動療法の効果判定として,フィールド歩行テストの歩行距離の変化に加えて,EIDの評価(程度と回復までの時間など)を加えてもよい.
運動療法の目的は対象者の運動耐容能を増大し,呼吸困難を軽減させ,より活動的で充実した生活を取り戻すための「手段」である.したがって,運動療法には具体的で現実的な目標設定が不可欠であり,対象者とともに設定,共有し,修正を図ることが求められる.運動療法の実施そのものが「目的」とならないよう,医療スタッフと対象者は「何のための運動療法か」を常に意識すべきである.運動療法の評価や実施にあたっての注意点を表2にまとめた.
・呼吸困難が生じるADL動作を明確にする. ・対象者の希望,ニーズを確実に把握する. ・対象者とともに具体的かつ現実的な短期的,長期的目標を立て,共有する. ・運動強度,時間,頻度の目標を明確にし,その管理を徹底する. ・自宅での応用性の高い運動を処方する. |
神津 玲;講演料(帝人ヘルスケア)