日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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高度在宅医療機器(人工呼吸器)の遠隔モニタリング
中村 昭則
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2021 年 29 巻 3 号 p. 412-415

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要旨

人工呼吸器等の医療機器は高機能・小型化され在宅利用が進んでいる.しかし,機器のアラーム発生時には迅速な対応が求められることがあるため,医療関係者や介護者家族には少なからぬ心的負担が生じている.また,災害時等に備えて代替機器,バッテリー,酸素の確保が必要である.そこで,在宅医療機器に発生したアラーム情報をネットワーク経由で介護者家族,訪問看護ステーション,医療機器管理会社や医療機関に伝送することにより可及的速やかに事態の収束を目的に,医療機器のシリアルまたはUSBポートから出力されるアラームや機器情報をデバイスゲートウェイを介して高セキュリテイー(SSL)下に置かれた専用クラウドサーバーに伝送し,多地点のPCやモバイル端末へ配信を可能とするシステムを開発した.一方,機器の外部出力情報フォーマットの公開や標準化,異常発生時のリスクマネジメントやアラーム疲労への対策も必要である.

はじめに

人工呼吸器や生体モニター機器などの医療機器は本来,病院での運用を前提としてきたが,患者家族の希望や在宅医療の推進によりこれらの医療機器を必要とする神経難病の在宅療養者が増えてきた。平成13年度の厚生労働省特定疾患呼吸不全に関する調査研究班の報告では,10,400名が在宅人工呼吸管理(Home Mechanical Ventilation: HMV)を受けており,その内2,500名が気管切開下陽圧換気療法(tracheostomy positive pressure ventilation: TPPV)を受けていた1.ところが平成27年の厚生労働省難治性疾患克服研究事業班の報告ではHMVは16,800名(TPPVは5,461名)と明らかに増加している2。人工呼吸器に発生するトラブルの中でアラームの誤動作,換気不良及び停止,各種機能の異常については独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)へ随時報告されているが,機器の異常ではない回路外れやアラーム音の聞き逃しなどのトラブルについての集計の報告は見当たらない.実際,在宅での人工呼吸器の運用・管理は家族介護者にまかされており,患者や機器の異常によるアラーム発生時には介護者家族が初期対応しなければならない。しかし,アラームの意味やその対応方法の理解は容易ではなく,さらにベッドから離れた環境に居る場合には聞こえないこともあり,家族介護者や療養支援者は常に不安やストレスを抱えている。また,異常の発見の遅れにより重大事故につながってしまった例も散見される.災害時の救助方法や電源,バッテリー,酸素の確保についても常に備えが必要である.そこで,我々は在宅利用の生体モニタリング機器と人工呼吸器の機器・アラーム情報をネットワーク経由により介護者家族,訪問看護ステーション,医療機器メンテナンス会社,医療機関に配信し,可及的速やかに事態の収束を図ることにより,救命率向上に寄与するシステムを開発している.

生体モニタリング機器の遠隔モニタリング

在宅療養中の患者の生体情報として体温,血圧,脈拍数,経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2),血糖値,心電図などが収集されることが多い.これらのデータはワンポイントよりも経時的に観察できることが好ましく,それを医師が診療所や病院などの遠隔から確認・評価することができれば,異常時の迅速かつ適切な対応が可能になると思われる.さらに,重症化の前に気づくことができることで入院回避につながる可能性も広がる.

そこで,市販のパルスオキシメータ―,血圧計,及びベッドサイドモニターのデータをBluetoothによりスマートフォンなどのモバイル端末に伝送して表示するとともにサーバーにも蓄積して経時的に閲覧できるシステム3,および機器にデバイスゲートウェイを接続してインターネット回線を介してモバイル端末に伝送するシステムを開発した(図14

図1

生体モニタリング機器の遠隔モニタリング

Bluetoothを介した遠隔モニタリングと,小型デバイスゲートウェイを介した遠隔モニタリング

人工呼吸器の機器・アラーム情報の遠隔モニタリング

人工呼吸器を装着した患者の院内および在宅療養では,機器のトラブルやアラーム発生時の迅速な安全確保が求められる.しかし,生命維持装置である人工呼吸器のアラームは音響と光のみの通報になっており,離れた場所に居る家族介護者や医療関係者に伝わらなかった結果,不幸の転帰をとってしまった例が後を絶たない.そこで,国内外各社の人工呼吸器にLANポートの増設またはRS-232シリアルやUSBポートにデバイスゲートウェイを接続して,高セキュリテイー(SSL)下に置かれた専用クラウドサーバーに伝送し,多地点にあるPCやモバイル端末へ配信するシステムを開発した(図25,6,7

図2

人工呼吸器の遠隔モニタリング

人工呼吸器にLANポートの増設またはUSBまたはRS232シリアルポートにデバイスゲートウェイを接続してクラウドサーバーを介して関係各者にアラーム情報と機器稼働情報を配信

さらに,我々が在宅向けに開発してきたシステムは,院内利用の人工呼吸器に対しても応用が可能である.ごく一部の医療機関では人工呼吸器がナースコール回線と接続されており,ナースステーションへの通報が可能となっているが,ナースコールの一般利用との差別化が行われていないために一般には普及していない.そこで,当院の指定療養介護病床に入所中の神経難病患者に装着された人工呼吸器に対して,(1)アラーム信号をナースコール回線を介してナースステーションに設置されたセントラルモニター(呼吸器からのアラーム通報は一般利用とは分けて表示している)および看護師携帯のPHSに伝送,(2)動作情報・アラーム情報をマイクロプロセッサ(Rapsberry Pi)を用いて病棟内無線LAN回線を介したマルチモニタリング表示を行った.その結果,ナースコールを介した人工呼吸器からのアラーム信号はナースステーションに設置されたセントラルモニターと看護師携帯のPHSへの伝送が確実に行えた上,ナースコール回線の異常やアラーム疲労などの問題は生じなかった8.また,人工呼吸器のモニタリング情報をパネル上にリアルタイムに表示しアラーム発生時に機器異常を表示することが可能であった8.アラームは発生する音に加えて,PHSへの通報,マルチモニターでの表示・確認が可能となり,アラーム通報の二重化に成功した(図3).

図3

院内利用人工呼吸器の遠隔モニタリング

デバイスゲートウェイと院内無線LANを用いたモニタリングとナースコール回線を用いたセントラルモニターおよびPHSの伝送

MV:分時換気量,TV:1回換気量,RR:分時呼吸回数

高度医療機器の遠隔モニタリングの利点と課題

1) 生体モニタリングデータの遠隔伝送の利点

在宅医療を担う診療所や病院医師の月1~2回程度の往診では,在宅療養患者の日々の状態を把握することは難しい.そこで,日々の体調変化,血圧,脈拍数,SpO2などの生体モニタリング情報をリアルタイムかつ経時的に閲覧することができれば,必要な検査や治療を適時的確に行うことが可能となる9.経時的な生体モニタリング情報に加え,診療,看護,介護情報を電子情報として集約・統合することができれば,在宅に居ながらにしてより安全・安心な療養環境を提供でき,診断治療の迅速化,検査費用の削減,診療時間の短縮(業務効率)の改善にも寄与することが期待される.

2) 情報伝送のためのフォーマットの公開と標準化

今回のシステムの開発にあたり,生体モニタリング機器や医療機器からの外部出力に関する国際標準規格は存在しているものの,ほとんどの機器メーカーは採用していない上,各社独自仕様で開発され,公開も十分には行われていないことが分かった.さらに,在宅利用を想定しての人工呼吸器のアラーム信号外部伝送に関する規格化もまだ不十分である.そこで,日本遠隔医療学会において「在宅生体モニタリング機器情報遠隔伝送のためのガイドライン分科会」を設立し,開発及び運用ガイドライン策定を進めてきた.これと並行して,国立研究開発法人産業総合研究所および日本医療研究開発機構(AMED)との共同で「平成29年度未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業」の一環として,在宅医療機器(人工呼吸器)の開発ガイドライン(手引き)策定を行った10

3) 異常発生時のリスクマネジメント

前述のようにアラームの遠隔伝送には利点はあるものの,発生したアラームの重要性に対する介護者家族の認識の希薄化や対応すべき関係者の確認や対応の遅れが生ずる可能性がある.また,利用時の通信エラー・回線の断線・誤伝送などに対する対応策として,運用上の取り決めや機器・システム取り扱い者に対する教育が必要である.さらに,システム側の工夫として多地点通報,多重アラームチェック機能,複数の生体モニタリング機器の統合化,即ちIoT(Internet of Things; IoT)化も必要になると考えている.

4) アラーム疲労や機器取り扱いに対する介護者家族の負担軽減

昨今,病院ではアラームフラッドによるアラーム疲労が大きな問題になっている.病棟内はナースコール,ナースステーションに設置されているセントラルモニター,ベッドサイドモニター類,人工呼吸器から発生するアラームなどの音で溢れかえっている.このため,生命に関わる真のアラームを見逃してしまう可能性があるが,在宅でも生体モニタリング機器の導入が進めば同様の問題が生じうる.一般に,介護者家族は,生体モニタリング機器や医療機器の扱いに不慣れであり,アラームに対する不安感が強く,迅速かつ適切な対応は容易ではない.そこにアラームフラッドの状態になれば,介護者家族のアラーム疲労は深刻化する.そこで,生体モニタリング機器が発するアラームは,ソフトウェア等により個々のアラームレベルの自動判別を行って適切に通報するシステムが必要と考えている11.このためには,前述したように各社各様になっている在宅医療機器の外部出力フォーマットの公開・統一規格化と機器のIoT化が必要である.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
  • 1)  木村謙太郎:在宅呼吸ケアの現状,肺気腫における喫煙と呼吸機能.厚生労働省科学研究費補助金特定疾患対策研究事業,「呼吸不全に関する調査研究」平成13年度総括研究報告書,2002,108-114.
  • 2)  宮地隆史,溝口功一,小森哲夫,他:在宅人工呼吸器装着者都道府県別全国調査第3報:調査の課題.厚生労働省科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業(難治性疾患政策研究事業),「難病患者への支援体制に関する研究」平成27年度総括研究報告書,2016,127-129.
  • 3)  滝沢正臣,中村昭則,武井洋一,他:在宅難病患者家族への総合在宅遠隔医療システムの開発.日遠隔医療会誌 9: 74-78, 2013.
  • 4)  吉川健太郎,滝沢正臣:在宅医療総合支援システムの構築に向けたリアルタイム多地点遠隔生体モニタリングシステムの開発.日遠隔医療会誌 11: 129-131, 2015.
  • 5)  中村昭則,滝沢正臣,宮崎大吾:在宅医療のための人工呼吸器の遠隔監視の試み.日遠隔医療会誌 10: 163-165, 2014.
  • 6)  中村昭則,滝沢正臣,宮崎大吾,他:在宅人工呼吸器の遠隔監視,アラーム通報の試み.日遠隔医療会誌 11: 142-145, 2015.
  • 7)  中村昭則,滝沢正臣,宮崎大吾,他:人工呼吸器のアラーム伝送の試み(第3報).日遠隔医療会誌 12: 90-93, 2015.
  • 8)  中村昭則,吉川健太郎,滝沢正臣:院内利用の汎用人工呼吸器のアラーム複数伝送の試み.医療 72: 499-504, 2018.
  • 9)  中村昭則,滝沢正臣:難病患者に対するモバイル電子端末を用いたチームケアシステムの効果.日遠隔医療会誌 11: 106-108, 2012.
  • 10)  国立研究開発法人産業技術総合研究所 在宅医療機器 人工呼吸器 開発ワーキンググループ:平成29年度未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業(医療機器等に関する開発ガイドライン(手引き)策定事業)平成29年度国立研究開発法人日本医療研究開発機構委託事業,「在宅医療機器人工呼吸器開発WG」報告書.https://www.aist.go.jp/pdf/aist_j/iryoukiki/2017/techrep_ventilators_fy2017.pdf. Accessed: 12 October 2020.
  • 11)  中村昭則:遠隔モニタリングのためのシステムと運用.本格化する遠隔診療の最前線 オンライン診療など新しいスタイルへの期待と普及への課題.IT VISIONインナービジョン 38: 54–55, 2018.
 
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