日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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教育講演
骨格筋のバイオロジーからみた身体活動性の重要性
浅井 一久西村 美沙子中濵 賢治吉井 直子
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2021 年 30 巻 1 号 p. 1-7

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要旨

Pedersenらは,運動時および運動後に血中interleukin-6(IL-6)濃度の増加が起こることを発見し,骨格筋の分泌臓器としての働きを初めて提唱した.ヒト筋芽細胞由来の培養骨格筋のセクレトーム解析から,IL-6のみならず300を超える分泌蛋白質が検出されており,オートクライン・パラクラインあるいはホルモンとして遠隔標的臓器に作用する蛋白質として,総称してマイオカイン(ミオカイン)と称されることとなったが,その機能についてはまだ解明の途上にある.

慢性閉塞性肺疾患(COPD)では,労作時呼吸困難などを避ける生活様式から身体活動性の低下が生じる.COPDでは身体活動性の低下は重要な生命予後因子であり,また種々の合併症の原因となる.本稿では,骨格筋のバイオロジーからマイオカインを介した全身への影響の知見を概説し,身体活動性の重要性について共有する.

骨格筋のバイオロジー

骨格筋は骨格に対して関節をまたぐように配置されており,腱を介して骨に結合している.骨格筋は,両端の腱と中央部の筋腹からなっている.筋腹には筋外膜に包まれて,筋周膜でひとまとまりの束なっている筋繊維が配されている.個々の筋繊維には,Z-lineで区切られた収縮の最小単位であるサルコメアと呼ばれる構造が存在し,収縮方向に直列に連なっている.サルコメアには太い繊維(ミオシンフィラメント)と細い繊維(アクチンフィラメントにトロポニンとトロポミオシンが会合)が交互に配列されており,カルシウムの流入によりこの両フィラメントが滑ることにより筋肉の収縮が起こっている.また,これらのフィラメントの縞模様が規則正しく認められるため,骨格筋は横紋筋と言われている.

運動中の筋収縮にはアデノシン三リン酸(Adenosine Tri-Phosphate: ATP)が使用される.ATPから1つのリン酸が離れアデノシン二リン酸(Adenosine Di-Phosphate: ADP)に分解されるときに生じるエネルギーを利用し,筋収縮が行われている.筋内に貯蔵されているATPの量はごく限られているため,運動を続けるにはATPの再合成や産生が必要となる.ATPを再合成あるいは産生する経路は大きく3つ存在し,それぞれ「クレアチンリン酸系」,「解糖系(無酸素系)」そして「有酸素系」と呼ばれる.これら3つの系にはそれぞれ特徴があり,運動時間や強度によって貢献度が変化する.運動時にまず,クレアチンリン酸系が迅速に反応する.筋肉内のクレアチンがリン酸と結合してクレアチンリン酸となり,ADPにリン酸を与えてATPを再合成するという働きを担っている.しかし,クレアチンリン酸の貯蔵量が限られており,その持続時間は最大30秒程度である.引き続いて反応するのが,解糖系(無酸素系)で,1~2分程度最大限の筋収縮が可能であると言われている.筋内に貯蔵されているグリコ―ゲンはピルビン酸に分解され,ミトコンドリアで代謝されるが,運動時など急激にグリコーゲンが分解される場合,ピルビン酸は一時,嫌気的に乳酸へと還元され,この際に発生するエネルギーがATPの産生に用いられる.この反応系では酸素を必要としないため,無酸素系とも呼ばれる.無酸素系では乳酸が産生されるため,蓄積した乳酸による筋疲労などの弊害が起こる.また,単位あたりのグルコースで産生されるATP産生効率が低い.無酸素系に引き続いて反応するのが,有酸素系である.この系では,ピルビン酸や,脂肪が分解し遊離脂肪酸から生成されたアセチルCoAがミトコンドリア内でトリカルボン酸(Tricarboxylic acid: TCA)回路に取り込まれ,複雑な過程を経て処理され,その後,電子伝達系に入り,そこで多くのATPが再合成される.この系は大変複雑であり,先に挙げた2つのエネルギー供給系と異なり瞬間的なエネルギー供給には不向きであるが,エネルギーの供給量は大きいため,長時間の運動が可能となる.本代謝の過程で酸素を必要とするため有酸素系と呼ばれ,主要なATP産生系となっている.

表1に示すように骨格筋の筋繊維には大きく分けると2つの繊維が存在する.速筋(白筋)繊維と遅筋(赤筋)繊維である.遅筋はI型繊維とも呼ばれ,ミトコンドリアを多く含むため有酸素系代謝が得意であり,ゆっくり収縮する筋肉で,強い力を発揮することが出来ないが,一定の力を長時間発揮する持久力があり疲れにくい筋肉である.ミオグロビンの含有量も多く,毛細血管密度も高いため色調は赤みがかっており,赤筋とも呼ばれる.これはちょうど長距離を回遊する魚のマグロやカツオの身が赤身なのと一致する.一方,速筋はII型繊維とも呼ばれ,ミトコンドリアやミオグロビン含有量が少なく,このためATP産生系も無酸素系が主体であるとともに,色調は白色調で,白筋とも呼ばれる.すばやく収縮する事ができ,瞬発力を発揮するときに使われるが,大きな力を発揮する反面,無酸素系が主体であるため持久力がなく疲れやすい.これはちょうど近海で泳ぐタイやヒラメの身が白身なのと一致する.筋肉は,いずれか一方の筋繊維で成り立っておらず,速筋,遅筋の両者がモザイク状に分布している.両者の筋肉内にしめる比率は,生まれたときから遺伝的に決まっており,トレーニングによって比率を大きく変えることはできないと考えられているが,それぞれの筋繊維を太く強くすることはできるためトレーニング効果が得られる.一方,加齢や疾病により筋繊維の割合が変化することも知られており,加齢減少による筋肉のやせは遅筋の減少によると言われている一方,サルコペニアでは速筋の減少が知られている1.また,慢性閉塞性肺疾患(COPD)の骨格筋合併症では,加齢減少と同様に遅筋線維の減少が知られている2

表1 各骨格筋線維の特徴
遅筋(赤筋)←→速筋(白筋)
SO線維(I)FOG線維(IIa)FG線維(IIb)
エネルギー代謝有酸素系無・有酸素系無酸素系
ミトコンドリア量多量中間少量
ミオグロビン量多量中間~多量非常に少量
毛細血管密度中間
エネルギー基質脂質糖質・脂質糖質
色調ピンク色

SO: Slow Oxidative, FOG: Fast Oxidative-glycolytic, FG: Fast Glycolytic

古典的な筋肉が伸びたり縮んだりすることで体を動かす運動機能,骨や関節,内蔵を守る保護機能に加えて,熱産生で体温を維持する体温調整機能も重要である.熱産生機能はカロリー消費による代謝調節機能も兼ねている.また,下肢では筋肉の収縮で血液を心臓へ送り返すポンプ作用も担っている.今日注目を集めているのが,マイオカインと呼ばれる骨格筋由来のメディエーターを分泌する内分泌機能である.

マイオカイン

骨格筋は全身を総合すると重量ベースでは全体重の約40%を占める最大の臓器とも捉えることが可能であり,古典的な内分泌器官に及ばないまでも,内分泌能を有している3.その代表がマイオカイン(「myo=筋」+「kine=作動物質」)と言われるメディエーターの一群である.マイオカインの定義が明確になされている訳ではないが,一般的に「骨格筋から分泌され,骨格筋自身や遠隔の臓器・組織に作用する生理活性物質の総称」とされている3

運動をすることで血中のさまざまなサイトカインが増加する4,5が,Interleukin-6(IL-6)は最も早く,最も多量に血中に動員されるため6,運動との関連で多くの研究がなされた.当初は運動後の末梢血中のIL-6の上昇は激しい運動によって引き起こされた炎症に起因するものと考えられていたが,Pedersenらが運動の際に収縮する骨格筋からIL-6が産生・分泌され,炎症性サイトカインであるtumor necrosis factor(TNF)-αが上昇することなく血中に動員されることを証明し5,骨格筋が内分泌器官としての役割を持つという事実を初めて示したのである.

マイオカインには筋収縮などの刺激がなくても常時少量分泌される構成性マイオカインと筋肉収縮により分泌が促進される調節性マイオカインが存在すると考えられおり,後者は運動による全身の健康効果の一部を説明できるものとして注目されている.マイオカインは現在までANGPTL4,Apelin,BDNF,CCL2,CX3CL1,FGF21,IL-6,IL-7,IL-8,IL-15,Irisin,LIF,Metrnl,Myostatin,SPARCなど30種類以上報告されており7,さらに研究が進んでいる.

マイオカインの研究が一般に注目されるようになったのは,2012年にSpiegelmanらによってIrisin(アイリシン)と名付けられたマイオカインが発見され,作用機序が明らかにされたことによる8.アイリシンは,peroxisome proliferator-activated receptor gamma coactivator-1α(PGC-1α)を骨格筋特異的に過剰発現させたマウスの解析過程で発見された.骨格筋ではPGC-1α依存性に細胞膜タンパク質であるfibronectin type lll domain containing protein 5(FNDC5)の発現が亢進し,その細胞外断片である12kDのペプチドであるアイリシンが循環血液中に分泌される.アイリシンは,白色脂肪細胞に作用して褐色化を誘導し,エネルギー消費や熱産生を促進させ,体重の減少やグルコース代謝改善に寄与することが示唆されている9図19図210にアイリシンを含むマイオカインの健康効果の例を示す10.ヒトやマウスを長期的に運動させると血中アイリシン濃度が上昇し11,白色脂肪細胞へ働きかけ,褐色脂肪細胞化して熱産生亢進を促して抗メタボリック症候群効果を示したり,筋肉自身にautocrine的に作用して筋肉の糖代謝・酸化改善を促したり12,海馬のBrain derived neurotrophic factor(BDNF)の発現を促し,間接的に認知機能を改善したりすることが知られているなど13,全身への健康効果が示唆されている.

図1

アイリシンの褐色脂肪細胞化と抗糖尿病効果

図2

マイオカインの健康効果

COPDにおける身体活動性の重要性とマイオカイン

COPDガイドラインでは,COPDの管理目標として,I.現状の改善として「運動耐容能と身体活動性の向上および維持」が掲げられている14.実際,COPD患者ではあらゆる強度で,あらゆる病期においても身体活動性が低下している15図315.そして,身体活動性はCOPD患者における最大の予後因子であることが示されている16図416.そこで,我々はCOPD患者の身体活動性とアイリシンの関連や,アイリシンのCOPD病態との関連を検討した.図517に示すように,身体活動レベルをI~IVの4段階に分けると,それぞれのカテゴリーでCOPD患者では年齢をマッチした健常人に比べて末梢血アイリシン濃度は有意に低値であった.また,アイリシン濃度は身体活動性と有意に相関していた17.また,COPDの病理変化である胸部CTでの気腫化(%LAA:全肺野に占める気腫化の割合)とアイリシンの相関を検討したところ,図518に示すように有意な逆相関を認めた18.すなわち,COPD患者における低身体活動性による低アイリシン血症は気腫化のリスクファクターであることが示唆された.しかし,逆に気腫化が強いために低身体活動性に陥っている可能性もあるため,引き続きCOPDモデルマウスを用いて検討した.12週間の喫煙曝露によりC57BL/6マウスに好中球性炎症と肺気腫をきたすモデルを用い,1日1時間,週5回のトレッドミル運動負荷を加えたところ,末梢血アイリシン濃度は有意に上昇し,気管支肺胞洗浄液中の好中球性炎症は有意に抑制された.また,気腫化については図619に示すように,気腫化のパラメーターである平均肺胞径(Mean liner intercept(MLI))が有意に,かつ非喫煙マウスレベルまで抑制され,運動(身体活動性)が気腫化を抑制することを示した19

図3

COPD患者の身体活動性は低下している

図4

COPD患者の身体活動性が低いと予後不良

PAL: Physical Activity Level

図5

COPD患者におけるアイリシン

図6

運動は肺気腫を抑制する

また,COPD患者にみられる骨格筋合併症である遅筋線維の減少は,運動時の有酸素系代謝の低下に伴う乳酸産生に関与し,筋肉疲労,筋肉痛の原因となり身体活動性低下の原因となりうる.予防策としてリハビリテーションが有効であるが,付加的治療が希求される.漢方である人参養栄湯は,いわゆる補剤で,病中・病後の体力低下,疲労倦怠,食欲不振などに有効で,食欲増進やそれに伴った体重増加,筋力増加が報告されている.そこで我々は,前述のCOPDモデルマウスに人参養栄湯を混餌し,COPD骨格筋合併症への効果を検討した.12週間の喫煙は,筋肉量の減少,遅筋線維の減少などヒトCOPDで見られる骨格筋合併症を再現しており,さらに人参養栄湯混餌はCOPD骨格筋合併症を有意に改善した20図720

図7

人参養栄湯はCOPD骨格筋合併症を緩和する

まとめ

COPDは長期の喫煙により気腫化を代表とする病理学的変化を来たし,咳・痰・呼吸困難を主な症状とする疾患である.呼吸困難は運動耐容能を低下させ,身体活動性を低下させ,COPDの最大の予後因子となっている.運動は,呼吸器のみでなく,心循環器,骨格筋の協働作業である.身体活動性の低下は筋肉量の低下を招き,筋肉量の低下と身体活動性の低下があいまって血中アイリシン低下をきたす9,17,19.血中アイリシン低下は抗酸化転写因子であるNrf2(Nuclear factor-erythroid 2-related factor 2)の低下を介してCOPD気腫化の進行をもたらし18図8に示すCOPDの悪循環を形成する.しっかりとした気管支拡張剤による身体活動性向上の取り組みだけでなく,骨格筋からのマイオカインの肺保護作用,COPD骨格筋合併症を念頭に,薬物,非薬物療法を統合してCOPD治療にあたって頂きたい.

図8

COPDにおける悪循環

著者のCOI(conflicts of interest)開示

浅井一久;講演料(日本ベーリンガーインゲルハイム,アストラゼネカ,ノバルティスファーマ,杏林製薬)

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