肺移植後の嚥下障害に対するリハビリテーションの報告はほとんどない.今回,肺移植後に重度嚥下障害を呈した患者に嚥下動態に着目したリハビリテーションを行ったところ,嚥下機能は改善し,経口摂取が可能となったので報告する.患者は54歳,男性.骨髄移植術後肺障害による慢性呼吸不全に対し,右片肺移植術を施行された.術後,再挿管され人工呼吸器管理となり,気管切開術を施行された.人工呼吸器離脱後,嚥下評価において不顕性誤嚥を認め,重度嚥下障害と診断された.呼吸・嚥下リハビリテーションを行い,胃瘻造設を経て経口摂取訓練を開始した.約6ケ月の経過で嚥下機能は改善し,経口摂取が可能となり,日常生活動作は自立し退院した.本患者の嚥下障害は,嚥下関連筋群の著しい筋力低下や咽喉頭・気管の感覚低下などにより生じ,嚥下動態に応じた長期的なリハビリテーションが機能改善に寄与したと考えられた.
肺移植の術後には嚥下障害が高率に生じる1).嚥下障害に対するリハビリテーションの効果は多数報告されているが2,3),肺移植後の嚥下障害に対するリハビリテーションの報告はほとんどない1).今回,肺移植後に重度嚥下障害を呈した患者に,嚥下動態に着目したリハビリテーションを行ったところ,約6ケ月の経過で機能障害は改善し経口摂取が可能となったので,その経過を報告する.なお,本研究は,東京大学医学部倫理委員会の承認を得て行った(倫理番号:2373-(2)).
【患者】54歳,男性.
【既往歴】44歳時,急性骨髄性白血病に対し同種造血幹細胞移植施行.46歳時,RSウイルス肺炎.47歳時,縦隔気腫.
【喫煙歴】10-15本/日×24年(44歳から禁煙).
【術前所見】身長:166.5 cm 体重:48.1 kg BMI:17.4 kg/m2.血液検査:WBC 7,000/μl,CRP 1.03 mg/dl.血液ガス分析:PaCO2 65.0 Torr,PaO2 90.8 Torr(酸素投与鼻カニュラ2 L/分).修正 MRC 息切れスケール:Grade 4.日常生活動作:自立.普通食を摂取しており,食事・飲料いずれでもむせはなかった.
【術後経過】X年7月,骨髄移植術後肺障害の進行による慢性呼吸不全に対し,脳死右片肺移植術を施行された.術後2日目に抜管,術後4日目に肺水腫による呼吸状態悪化のため再挿管され人工呼吸器管理となり,術後10日目に気管切開術を施行された.
【リハビリテーション経過】術後10日目から197日目までのリハビリテーションの経過を,第一期から第三期に分けて示す(図1).
治療およびリハビリテーションの経過
PASスコア:Penetration-aspiration Scaleスコア
術後10日目に理学療法士(PT)による呼吸リハビリテーションを開始した.開始時,意識清明.血圧100/70 mmHg,脈拍90回/分,体温37.0°C.人工呼吸器装着(自発換気モード,FiO2: 0.30,PS:10 cmH2O,PEEP:5 cmH2O).コミュニケーションは筆談.関節可動域に制限はなく,筋力は徒手筋力テスト(MMT)上肢・下肢ともに4相当であった.起居動作は端座位や立位が軽介助で可能であった.呼吸機能と日常生活活動(ADL)改善を目的に,腹式呼吸,胸郭可動域訓練,動作と呼吸の同調訓練,咳嗽訓練,全身の筋力強化訓練,座位,立位,室内歩行などのリハビリテーションを一日1回,20-40分,週5日実施した(図1).
術後12日目に看護師が行った改訂水飲みテストで嚥下障害は疑われず,担当医の判断で術後16日目に流動食を開始し,18日目に全粥食へ変更,19日目に人工呼吸器離脱,22日目に普通食を開始した.人工呼吸器離脱後は動作時の頻呼吸を認めた.また喀痰が多量であり,気管カニューレによる刺激がその一因となっている可能性を考慮し,術後23日目に気管カニューレは抜去された.
術後27日目に気管支鏡検査において気管支内に食渣を認めたため,術後34日目に耳鼻咽喉科医師が喉頭内視鏡検査(LF)を実施した.両側声帯運動は正常,喉頭感覚低下と唾液の気管流入を認めた.さらに,術後39日目の嚥下造影検査(VF)4)では,口腔から咽頭への食塊の送り込み,嚥下反射惹起,咽頭収縮,喉頭挙上,食道入口部の開大に障害を認め,中間のとろみ5)つき造影剤(低浸透圧性非イオン性ヨード系造影剤:オムニパーク®)3 mlを嚥下中および嚥下後に不顕性誤嚥した.検査者が随意的な咳を促したが,喀出力が弱く誤嚥物を喀出できなかったため(Penetration-aspiration Scale6)スコア:8),検査後に吸引により誤嚥物を除去した.以上より,摂食・嚥下能力のグレード7)は2(基礎的嚥下訓練のみの適応あり:重症)であり,絶飲食を継続した.
第二期(術後38-137日目):呼吸・嚥下リハビリテーション(間接訓練)術後38日目に言語聴覚士(ST)による嚥下リハビリテーションを開始した.開始時,安静時呼吸数42回/分,SpO2 95%(室内気).喀痰が多く,唾液嚥下も困難であり,患者本人が頻繁に口腔内吸引をしていた.経鼻胃管より濃厚流動食 2,000 kcal/日を投与するも,体重 39.5 kg,BMI 14.3,Alb 2.9 g/dlと低栄養であった.口腔から咽頭への食塊の送り込み,咽頭収縮,喉頭挙上,食道入口部の開大不全改善を目的に,嚥下関連筋群の筋力強化訓練(ペコぱんだ®を用いた舌圧トレーニング,舌前方保持嚥下,努力嚥下,開口訓練,嚥下おでこ体操,頭部挙上訓練)8)を,また嚥下反射惹起遅延および不顕性誤嚥の改善を目的に,咽喉頭の感覚促通(のどのアイスマッサージ,カプサイシン含有フィルム9)の摂取)を一日1回,20-40分,週5日実施し(図1),また患者自身が自主トレーニングを一日2回行った.間接訓練の合間には深呼吸を適宜行い,呼吸を整えながら実施した.術後40日目に呼吸状態が悪化したためカフ付単管気管カニューレが再挿入された.その後も嚥下機能に改善はみられず,術後50日目に胃瘻造設術を施行された.PTでは引き続き呼吸訓練および上下肢の筋力強化訓練を行いつつ,病棟内の移動自立と活動範囲の拡大を図った.術後100日目頃までは,SpO2の低下は無いものの,労作時の呼吸困難,頻呼吸,頻脈が顕著であった.術後137日目のVFでは,リクライニング角度45度,かつ頸部屈曲位で,3 mlのバリウムゼリーを複数回嚥下すれば,ゼリーは誤嚥なく食道へと通過し,LFでは喉頭感覚は良好であった.
第三期(術後138-197日目):呼吸・嚥下リハビリテーション(直接訓練)術後138日目より,間接訓練に加えて,上記の条件でゼリーを用いた直接訓練を開始した.その後も嚥下評価を定期的に行い,その結果に基づいて摂食条件を緩和しながら,うすいとろみ付き水分や嚥下調整食5)を用いて直接訓練を継続した(図1).PTでは段階的に階段昇降練習やエルゴメーター駆動練習などを行い,呼吸状態は徐々に改善し歩行耐久性も向上した.PT,STの療法内容は週1回の多職種カンファレンスでも共有し,活動範囲や食事形態,摂取方法等を検討した.術後181日目のVFでは,咽頭収縮,喉頭挙上,食道入口部の開大,嚥下反射惹起の障害は軽減し,とろみなし造影剤やビスケットの咀嚼嚥下でも喉頭侵入・誤嚥はなかった.摂食・嚥下能力のグレードは9(常食の摂取可能.臨床観察と指導を要する)となった.そこで,間接訓練および水分のとろみ付けを終了し,食事形態を普通食へと変更した.術後190日目に気管カニューレが,また194日目に胃瘻が抜去され,日常生活動作は自立し,術後197日目に退院となった.
肺移植術後の嚥下動態に関する報告は乏しく,喉頭侵入や誤嚥が生じるメカニズムは明らかではない.本患者では,第一に,嚥下時の喉頭閉鎖に必要な喉頭挙上が障害され,また食物を食道へと駆出するための咽頭収縮や食道入口部の開大も制限されており,結果として喉頭侵入や誤嚥,咽頭残留を生じた.喉頭挙上筋群や咽頭収縮筋の著しい筋力低下の要因としては,術前からの低栄養や術後約2週間の絶飲食による廃用等が考えられた10).第二に,本患者では誤嚥に対する咳反射が消失していた.肺移植患者では術中の迷走神経損傷により咳反射が消失することが多く,その改善には6-12か月を要するとされる11,12).また,気管カニューレの留置は気道内膜の感覚低下や咳反射減弱をまねくことがあり13),本患者においても不顕性誤嚥の要因となった可能性がある.これらの嚥下動態に応じて,嚥下関連筋群の筋力強化や咽喉頭の感覚促通等の間接訓練を継続し,また誤嚥抑制に有効な姿勢や代償嚥下法を用いて適切な食物形態で直接訓練を行ったことで,口腔から咽頭,食道への食塊移送や喉頭防御能が向上したと考えられる.
本患者のリハビリテーションにおける問題点としては,第一に,術後の経口摂取開始をスクリーニング検査で判断したために重度嚥下障害の存在を把握できず,結果として気管カニューレの抜去や普通食の提供といった対応がなされたことである.肺移植術後患者の約7割が喉頭侵入や誤嚥を呈し,かつその8割以上は不顕性であることから14,15),今後は全ての肺移植患者の経口摂取開始時にSTによる介入やVE・VFを用いた詳細な嚥下機能評価を考慮する必要がある.第二に,術後廃用による嚥下機能の低下を予防するための介入を欠いたことである.肺移植術後の嚥下障害に対する早期介入は誤嚥性肺炎を抑制するといわれ16),経口摂取再開前からの間接訓練が望まれる.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.