日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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症例報告
重症筋無力症における拡大胸腺摘出術後の最長発声持続時間の推移:症例報告
垣内 優芳大政 貢
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2021 年 30 巻 1 号 p. 125-127

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要旨

重症筋無力症(MG)はしばしば胸腺腫を合併するが,MG合併胸腺腫に対する胸腺摘出後はMG急性増悪(クリーゼ)により重篤な呼吸不全を発症することがあり,術後クリーゼの早期発見・治療が重要である.今回,MG合併胸腺腫に対する胸腺摘出術で入院した67歳女性を担当し,周術期における最長発声持続時間の経時的推移をMGに対する標準的検査とともに測定した.最長発声持続時間は術後1日に低下後は改善して術後6日に術前値まで回復したが,術後7日に再低下しクリーゼと診断された.ステロイドパルス療法後から再度改善し,MG重症度スケールのMG-ADL(MG Activities of Daily Living)も同様に変動した.最長発声持続時間は,嚥下・発声・呼吸・咳嗽機能を総合的に評価している可能性が示唆され,手術前後の定期的測定は,クリーゼを簡便かつ迅速に検出できる手段として有効であると思われた.

緒言

重症筋無力症(MG: Myasthenia Gravis)合併胸腺腫に対する胸腺摘出術後はMG急性増悪(クリーゼ)による急速な呼吸不全が出現する可能性があるため,術後は呼吸や球症状の観察によるクリーゼの早期発見・治療が必要である1,2.一方,MGの定量的な重症度スコアのQMG(Quantitative MG)scoreやMG-ADL(MG Activities of Daily Living)scaleが使用されるが,QMG scoreでは測定の簡便さに欠け,MG-ADL scaleは自己申告である点と点数の重み付けに対する配慮が不十分である点が指摘されている1,2.現在,クリーゼを早期に発見する簡便な指標は存在しない.音声や随意的咳嗽力を評価する際,簡便に測定可能な指標として最長発声持続時間(MPT: Maximum Phonation Time)3,4,5,咳嗽時最大呼気流量3などが報告されているが,これらがMG合併胸腺腫の手術前後にどのように推移し,またクリーゼを早期発見できるのかは明らかでない.

今回,MG合併胸腺腫患者の周術期において,測定時の飛沫量が咳嗽よりも少なく6,また特定の測定器具を用いることなく誰でも測定可能なMPTの推移を標準的検査の1つであるMG-ADL scaleとともに評価した.

症例

症例

症例は67歳女性,Body Mass Indexは 19 kg/m2,既往歴は甲状腺機能低下症,卵巣癌術後,左乳癌術後であった.眼瞼下垂,易疲労感を自覚して前医を受診され,MG合併胸腺腫の診断,その約3か月後に胸腺摘出術目的で当院に入院された.抗アセチルコリンレセプター(AChR)抗体は術前に29.6から 25.6 nmol/Lで推移,反復刺激試験はWaning陽性,MG症状のクラス分類であるMGFA(Myasthenia Gravis Foundation of America)分類はClassIIIa,Osserman分類はIIA,胸腺腫は正岡分類III期であった.QMG scoreはMG診断から入院1か月前までに9~13点で変動,服薬はコリンエステラーゼ阻害薬を 60 mg,プレドニゾロンの服用量は5,10,20 mgの順で増量していた.術前肺機能検査の結果は表1に示した.

表1 手術前後の呼吸機能,嚥下機能,身体機能
術前退院時
(肺機能は術後13日目)
肺活量(L)2.341.77
%肺活量(%)94.374.3
努力性肺活量(L)2.251.67
%努力性肺活量(%)96.574.5
1秒量(L)1.781.37
%1秒量(%)95.176.1
1秒率(%)79.1182.03
RSST(回)56
改訂水飲みテスト55
EAT-10(点)00
咳嗽時最大呼気流量(L/min)240-
QMG score(点)9~136
握力:右/左(kgf)19.4/19.920.8/18.0
MMT:両股関節周囲筋力44
MMT:両膝・足関節周囲筋力55
10 m歩行テスト(秒)7.98.8
SPPB(点)1212

RSST: Repetitive Saliva Swallowing Test

QMG: Quantitative Myasthenia Gravis

MMT: Manual Muscle Testing

SPPB: Short Physical Performance Battery

術前理学療法

入院後の術前から開始し,術前評価,深呼吸練習,咳嗽練習,胸骨正中切開術後の離床を想定した体幹回旋を避けた起き上がり練習を実施した.術前のMPTは6.9秒と低値であったが,RSST(Repetitive Saliva Swallowing Test)が5回であり,嚥下能力に問題はなかった.MG-ADL scale は5点,筋力は握力(右/左)が 19.4/19.9 kgfであった(表1).

手術

入院7日目に胸骨正中切開による拡大胸腺摘出術(左上葉部分切除,心膜合併切除,横隔神経温存)が施行された.

倫理的配慮

対象者には紙面および口頭で本報告の趣旨と目的等の説明を行い,本人の自由意思による同意を文書で取得した.

経過

手術前後におけるMPTとMG-ADL scaleの推移は図1,その他の評価結果は表1に示した.術後は集中治療室に入室してバストバンド装着,酸素投与,術後当日から深呼吸練習,ベッドアップ,四肢自動運動,排痰援助を実施した.術後1日目の午前中に座位練習,午後のドレーン抜去後に立位練習,術後2日目には歩行練習を開始した後に集中治療室を退室した.術後3日目以降は立位・歩行練習を継続,術後4日目にroom air,術後6日目に連続歩行が 240 mまで可能になっていた.

図1

手術前後の最長発声持続時間(MPT)とMG-ADL scaleの推移

MG-ADL scale: Myasthenia Gravis Activities of Daily Living scale

MPT: Maximum Phonation Time

MPTは術後1日目に2.5秒まで低下してから徐々に術前レベルまで改善傾向であったが,術後7日目,4.9秒に再低下した.同時に起床後から歩行可能であったが,倦怠感,嚥下困難感の出現,四肢筋力低下,MG-ADL scaleも6~9点に悪化した(図1).MG症状増悪を医師,看護師に報告,クリーゼと診断されステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン 1,000 mg,3日間)開始後,症状は軽快した.クリーゼ発症前,白血球やC反応性蛋白は術後改善傾向であり,感染症の併発や不眠,身体活動量の急増など明らかな誘因は不明であった.術後8日目には両下肢自動運動や立位練習,術後9日目は歩行練習を再開した.また,術後14日目からはゴムチューブを使用した下肢レジスタンストレーニングも追加した.

RSSTは術後1日目1回,2日目6回,7日目4回,17日目6回で推移していた.術後14~17日目,各測定項目はMPT 7.9秒,QMG score 6点,MG-ADL scale 2点,握力(右/左)20.8/18.0 kgfと術前同様,または術前よりも改善し,術後20日目に自宅退院となった.なお,MPTの測定肢位は座位,測定時間帯は午前中に統一した.

考察

MPTは術後に低下するも徐々に改善傾向を示したが,クリーゼに伴い低下,ステロイドパルス療法の開始後から再度改善傾向に転じた.

MG合併胸腺腫は術後クリーゼを発症し,急速に重篤な呼吸不全に至ることがある.人工呼吸器管理を要するクリーゼの発生率は10%前後と重篤な合併症であるが,その予測は難しい1.今回も年齢や血中抗AChR抗体価高値,肺合併切除などがクリーゼのリスク因子であったと推測され1,術後はMG症状の観察が重要であった.しかしながら,標準的検査であるQMG scoreは測定に20分程度を要し,MG-ADL scaleは簡便であるも自己申告による検査であると同時に数日間の総合判断を要すため2,周術期のクリーゼが出現した状況下において測定の簡便性,迅速性,客観性に欠ける.MPTは簡便かつ迅速に測定可能であり,今回,クリーゼ出現時にはMG-ADL scaleや嚥下・身体機能の変化に伴ってMPTも同様に変動した.MPTは従来の発声能力や咳嗽時最大呼気流量だけでなく4,5,近年,嚥下機能との関係が報告されており7,8,9,MPTの結果は,MG患者の嚥下・発声・呼吸・咳嗽機能などを総合的に評価している可能性が示唆された.また,クリーゼは,ほとんどの症例が術直後から術後数日以内に発症するが,今回のように術後感染などの誘因なく遅発性に発症する例もあるため10,MPTの術後回復過程における再低下は注意すべき所見である可能性が高い.

本症例のMPTは,術後1日目には術前値の50%未満に低下し,その後改善傾向を示し,術後3日目から6日目には術前値まで回復している.一方,開胸下肺葉切除や区域切除などの術前後MPTの推移を検討した先行研究では,術後1 日目のMPT は術前値の62.5%まで低下,術後5日目は78.7%で100%には回復していないと報告されている3.よって,本症例における術後数日のMPT低下は胸腔ドレーンや術後創部痛などの影響が大きく,胸腺摘出術と同時に行われた左上葉部分切除による肺機能低下の影響は軽微であったと推察する.

術後にクリーゼのリスクがある場合,可能な限り速やかにMG症状の増悪を評価し,医師,看護師と情報共有が重要である.今後,MG患者に対するMPT測定の臨床的価値を見極めるためにも更なる症例集積が必要である.今回,MG合併胸腺腫患者の周術期におけるMPTの推移を標準的検査の1つであるMG-ADL scaleともに測定した.MPTの手術前後における定期的な測定は,術直後を除く,術後数日以降のクリーゼを簡便かつ迅速に検出できる1つの手段として有効であると思われた.

謝辞

本報告に際し,ご協力を賜りました神戸市立西神戸医療センター 言語聴覚士の白井裕美子先生に感謝いたします.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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