日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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研究報告
医療・介護関連肺炎患者における最長発声持続時間の有用性の検討
菊谷 大樹大森 政美長神 康雄加藤 達治
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2021 年 30 巻 1 号 p. 134-139

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要旨

【背景と目的】医療・介護関連肺炎の多くは高齢者の誤嚥性肺炎であり,嚥下機能,咳嗽機能が低下している例が多い.咳嗽力の測定には咳嗽時最大呼気流速が用いられることが多いが,認知機能が低下した患者では実施困難である.今回,医療・介護関連肺炎患者に対し,より簡便な最長発声持続時間を用いて咳嗽力評価としての有用性と日常生活動作,嚥下機能との関連性について検討した.

【対象と方法】2018年12月~2019年6月に戸畑共立病院に入院した患者で,医療・介護関連肺炎患者61例を対象とした.最長発声持続時間3秒未満群と3秒以上群に分類した.

【結果】最長発声持続時間3秒未満群において自己排痰が困難である例が多く,日常生活動作能力と嚥下機能が有意に低値であった.

【結語】医療・介護関連肺炎患者において,最長発声持続時間は咳嗽力評価として有用であり,日常生活動作能力・嚥下機能とも強い関連性があると考えられた.

緒言

医療・介護関連肺炎(Nursing and Healthcare-Associated Pneumonia:以下NHCAP)は,栄養状態を反映する血清アルブミン低値とともに入院による介護度悪化の危険因子である1

NHCAPの主な発生機序としては①誤嚥性肺炎,②インフルエンザ後の二次性細菌性肺炎,③透析などの血管内治療に関連した耐性菌性肺炎,④免疫抑制薬や抗癌剤などによる治療中に発症した日和見感染症としての肺炎が挙げられるが,多くは高齢者の誤嚥性肺炎である2

NHCAPの主な病因に嚥下機能の低下がある2.嚥下機能が低下した例では,摂食機能低下とともに気道防御機構としての咳嗽機能低下も認めることが多い2,3

咳嗽は気道内分泌物や異物を除去する生体防御機構であり,肺炎などの呼吸器感染症,痰の貯留による無気肺や気道閉塞などの改善や予防のために重要な役割を担っている4,5.咳嗽の発生には,迷走神経を求心路とする不随意的な咳嗽反射と大脳が関与する随意的な咳嗽反応が複雑に関与しており,咳の発現には生理学的に①反射的咳嗽,②随意的咳嗽,③気道への何らかの刺激によるイガイガ感に続いて咳衝動が生じ,その結果発生する咳嗽の3つの機序がある4.高齢者では口腔内・咽頭から喉頭に分布している神経が加齢に伴いその数が減少し,機能も低下することから潜在的に咳嗽機能が低下しており4,加齢に伴う脳機能の低下に伴って嚥下反射障害が起こり,咳嗽反応の低下が高度の場合には誤嚥物による過剰な刺激に対しても咳嗽は発生せず不顕性誤嚥によって誤嚥性肺炎を引き起こすとされている2.随意的咳嗽力を検討した先行研究では栄養状態や摂食・嚥下機能,呼吸機能,呼吸筋力,日常生活動作(Activities of Daily Living:以下ADL)能力などとの関連性が報告されており,咳嗽力の低下によって痰の喀出が困難になることが明らかになっている6,7,8

反射的咳嗽の評価はクエン酸を吸入し反射を確認するといったテストが主であり4,5,9,NHCAPなど高齢者が多い臨床現場では評価が行いにくい状況がある.

一方で随意的咳嗽力を反映する客観的な指標としては,Bachらによって示された咳嗽時最大呼気流速(Cough Peak Flow:以下CPF)がある10.CPFはピークフローメータもしくは電子式診断用スパイロメータを使用して測定する.しかし,測定にはフェイスマスクをしっかりと密着させた上で,最大吸気位からの随意的咳嗽を全力で行わなければならない.このため,指示理解可能な認知機能が保たれている必要があり,高齢で認知機能が低下した指示理解が困難な患者では測定が困難である.

近年,随意的咳嗽力のスクリーニング検査として測定がより簡便な最長発声持続時間(Maximum Phonation Time:以下MPT)が有用であったとの報告がある11,12.咳嗽機能のメカニズムは,第1相(誘発),第2相(吸気),第3相(圧縮),第4相(呼出)に区分され,第2~4相の随意的咳嗽力の程度はCPFを指標に評価することが多く9,13,MPTは咳嗽メカニズムの第3相に求められる声門閉鎖の指標になると報告されている12,14,15,16.声門閉鎖能力は咳嗽機能,嚥下機能ともに重要な要素である.

垣内らは声門閉鎖機能を反映するMPTはCPFと相関関係を認め,咳嗽メカニズムの第3相に関与すると報告している14.またZhouらも急性期脳卒中患者において随意的に行う咳嗽はMPTと相関することを報告しており11,MPTは咳嗽力に必要な声門閉鎖機能の評価を簡便にできる指標になり得る可能性がある.

またNHCAPに多くみられるいわゆる誤嚥性肺炎発症のメカニズムとして,咳嗽力低下とともに咳嗽反射や嚥下機能低下の関与が報告されているが2,4,7,14,17,NHCAP患者においてどちらがより強く関与しているかは明らかでない.臨床的にはNHCAPを予防・予測するために嚥下・咳嗽力を測定し定量化する事は極めて重要である.

本研究の目的はNHCAP患者に対し,咳嗽力評価法としてのMPTの有用性の評価およびにMPTとADL能力・嚥下機能との関係について検討することである.

対象と方法

1. 対象

対象は2018年12月から2019年6月までの間に当院に入院した患者で,日本呼吸器学会成人肺炎診療ガイドライン2017のNHCAPの定義を満たし2,呼吸器疾患リハビリテーション及び摂食機能療法の指示があった症例65例のうち,指示理解が困難でMPTの測定ができなかった4例を除外した61例である.

2. 方法

MPTの測定肢位は随意的咳嗽力の指標であるCPFが臥位で低値を示し,45°座位,端座位の順に高くなると報告されているため18,可能な限り端座位姿勢で測定し,端座位姿勢保持が困難な症例についてはリクライニング45°座位で測定を行った.測定方法は標準ディサースリア検査を参考に19,対象者に最大吸気をさせ,楽な高さ・楽な強さの声で「アー」を息の続く限り持続発声させ,その時間をストップウォッチで測定した.測定回数は3回とし,最長値を採用した.

ADL能力についてはBarthel Index(以下BI),嚥下機能についてはThe Mann Assessment of Swallowing Ability(以下MASA)20で評価した.MASAは2002年にアメリカで開発された脳卒中患者の摂食嚥下機能評価法であるが,高齢者肺炎患者の摂食嚥下機能評価としても有用であると我々は報告している21.MPTの測定とMASAの評価については言語聴覚士,BIの評価については理学療法士又は作業療法士が入院日より3日以内に行った.

MPTを随意的咳嗽力・排痰能力の指標として検討するため,MPTによる群分けを行った.垣内らは排痰能力とMPTの関係について検討しており,Food Intake LEVELが10未満の入院患者を自己排痰可能群と不可能群に分類して比較した結果,可能群の平均MPT 8.8秒に対し不可能群は3.3秒と有意に低下していたと報告している12.MPTの短い症例では排痰能力低下による介護度悪化を招きやすいと予測し,MPT 3秒未満群とMPT 3秒以上群に分類し,BI,MASA,血清アルブミン値,在院日数,吸引行為の有無,退院先を比較した.なお退院先については,入院前住居が自宅で退院先が自宅,又は入院前住居が施設で退院先が同じ施設の場合に在宅復帰可能群とし,その他を在宅復帰不可群として分類した.

3. 統計解析

BI,MASA,血清アルブミン値,在院日数の比較にはMann-Whitney U検定,吸引行為の有無,退院後の転帰はχ2検定で比較した.有意水準は5%とした.統計学的処理にはソフトウェアEZRver.1.38を使用した.

4. 倫理的配慮

本研究は戸畑共立病院倫理審査委員会の承認(第15-15)を得ており,個人を特定できない形式でデータの管理を行い,慎重に分析・検討を行った.インフォームドコンセントはホームページ上で臨床研究を公開し被験者に拒否の機会を設けるオプトアウト法を用いた.

結果

対象者の基本属性を表1に示す.対象は66~101歳の61名であり,MPT 3秒未満群は27名,MPT 3秒以上群は34名であった.

表1 対象者の基本情報
全体(n=61)MPT<3秒(n=27)MPT≧3秒(n=34)p値
年齢(歳)85.0±7.686.1±7.384.0±7.9n.s
男性/女性30/3111/1619/15n.s
Body Mass Index(kg/m219.5±3.419.2±2.919.8±3.8n.s
血清Alb値(g/dl)3.1±0.63.0±0.73.2±0.4n.s
認知症43(70%)20(74%)23(68%)n.s
脳血管障害26(43%)17(63%)9(27%)<0.01
脊椎骨折20(33%)11(40%)9(27%)n.s
心疾患39(64%)16(59%)23(68%)n.s
COPD9(15%)2(8%)7(21%)n.s

BIについてはMPT 3秒未満群が入院時の平均が4.0(0-50)点,退院時の平均が13.4点(0-50)点で,MPT 3秒以上群の入院時の平均21.2(0-85)点,退院時の平均43.0点(0-95)点に比べ有意に低値であった(図1A).MASAについてはMPT 3秒未満群が平均114.1(66-179)点で,MPT 3秒以上群の平均168.6(111-192)点に比べ有意に低値であった(図1B).血清アルブミン値については,入院時はMPT 3秒未満群の平均が3.0(1.5-4.3)g/dl,MPT 3秒以上群の平均が3.2(2.3-3.9)g/dlで有意差を認めなかったが,退院時はMPT 3秒未満群の平均が2.5(1.2-3.4)g/dlでMPT 3秒以上群の平均2.9(2.3-3.6)g/dlに比べ有意に低値であった(図1C).在院日数についてはMPT 3秒未満群の平均が26.0(8-52)日で,MPT 3秒以上群の平均20.7(3-76)日に比べ有意に長かった(図1D).吸引行為の有無については,MPT 3秒未満群が吸引行為あり18名(66.7%)で,MPT 3秒以上群の5名(14.7%)に比べ有意に多かった.退院後の転帰先については,MPT 3秒未満群が在宅復帰可能15名(55.6%),MPT 3秒以上群の21名(61.8%)で,有意差は認めなかった(表2).

図1

MPT 3秒未満群と3秒以上群における各項目の比較

A:入院時BI(左)・退院時BI(右)  B:入院時M A S A

C:入院時Alb(左)・退院時Alb(右) D:在院日数

表2 MPT3秒未満群と3秒以上群における吸引行為及び退院後転機先の比較(退院時)
吸引行為MPT<3秒MPT≧3秒
あり18
(66.7%)
5
(14.7%)
p<0.01
なし9
(33.3%)
29
(85.3%)
在宅復帰可能15
(55.6%)
21
(61.8%)
n.s
在宅復帰不可12
(44.4%)
13
(38.2%)

誤嚥リスクのカットオフ値であるMASA 170点以下はMPT 3秒未満群26例(96.3%),3秒以上群16例(47.1%)であり,MASA 170点以下の対象者で比較するとMPT 3秒以上群の退院時BIが有意に高くなっていた(図2).

図2

MASAとMPTの散布図

誤嚥リスクのカットオフ値であるMASA 170点以下の対象者で比較すると,MPT 3秒以上群の退院時BIが有意に高くなっていた(p<0.05).

考察

本研究ではMPT 3秒以上群は3秒未満群に比べ,ADL評価であるBI,嚥下機能評価であるMASAが有意に高値であった.すなわち,MPT 3秒以上の群は入院時の平均BIが21.2点と低いものの,嚥下機能は比較的保たれていると考えられた.さらにADL能力については,本研究対象者全例にリハビリテーションが施行されたが,MPT 3秒未満群のB I改善点は低く,MPT 3秒以上群において改善が大きく認められた.在院日数においてもMPT 3秒以上群の方が有意に短く,退院先は元の住居に戻る割合が高い傾向にあったことから,ADL能力低下が少なかったと考えられる.退院時アルブミン値においてもMPT 3秒以上群が有意に高値であり,MPT 3秒未満群は嚥下機能が低い例が多く栄養状態が改善しにくかったと考えられる.吸引行為についてはMPT 3秒未満群において吸引を必要とする対象が有意に多く,MPT 3秒未満では自己排痰が困難である例が多かった.垣内らの報告では自己排痰不可群の平均MPTは3.3秒で12,本研究結果も近い結果となっていた.

MPTは生理学的にはCPFと別の咳嗽の相を評価していると考えられるが,咳嗽力の指標であるCPFもCPFが高値であるほどADL,嚥下機能が良好であり,MPTも今回の検討では同様の結果が得られた6,7,11,17,22,23.臨床的には,CPF測定困難なケースが多いNHCAPにおいてMPTはCPFの代用が可能であることが示唆された.

また,MPT 3秒未満群の嚥下機能は3秒以上群に比べて有意に低下していた.声門閉鎖能力低下が嚥下機能低下に関係していた可能性があり,MPT 3秒未満群は声門閉鎖能力を含む嚥下関連筋の筋力低下が大きいと予測される.我々はNHCAP症例における嚥下障害の評価を行い,脳卒中患者の嚥下機能の評価であるMASAが嚥下機能の評価ならびにNHCAPの予後予測に有用であることを報告した21,24.しかし,嚥下機能が低下しているにも関わらずMPTが比較的高値である症例がある(図2).今回の症例の中にMPT 3秒以上群においてもMASAカットオフ値170点未満の症例を34例中16例(47.1%)認めた.一方でMASA 170点未満に絞ってMPT 3秒未満群と3秒以上群を比較すると,MPT 3秒以上群の退院時BIが有意に高く,嚥下機能が低下しているもののADL能力は改善しやすい傾向にあった.すなわち,嚥下機能と咳嗽力はNHCAP症例へのリハビリ介入の効果を予測する指標となる可能性が示唆された.また宮城島らは,高齢者肺炎入院患者における予後規定因子として,NHCAPが退院後の介護度悪化因子であることを明らかにしており,高齢者肺炎は予防が重要であり,入院治療に際しては患者のADL低下を極力防ぐべく集学的な治療戦略が求められると報告している1.NHCAP患者に対して嚥下機能,咳嗽力の面からもリハビリ介入の必要性を検討することは,ADL低下を予防する上で重要であると考える.

最後に,垣内らの研究を参考に暫定的にカットオフ値をMPT 3秒と設定したが,本研究の課題は随意的咳嗽力の指標としてMPTのカットオフ値が導き出せていないことである12.今後症例数を重ねて検討を加えることで感度や特異度からカットオフ値を導き,NHCAP患者における簡易的な咳嗽力評価指標としてのMPTの有用性をさらに検証していきたい.

結語

本研究の対象者は平均年齢85.0歳と高齢であり70%が認知症を発症していたが,MPTを測定することができ,MPTが高齢NHCAP患者に対し随意的咳嗽力・排痰能力の指標として有用であることが示唆された.またMPTは嚥下機能とともにADL能力の低下の判断指標となる可能性が示唆された.

備考

本論文の要旨は,第29回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2019年11月,愛知)で発表し,学会長より優秀演題として表彰された.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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