要旨
慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease; COPD)は単なる呼吸器疾患ではなく,多くの併存症を有する全身性疾患として捉えられており,中でも骨格筋機能障害は身体機能だけでなく生命予後にも関わる問題であると考えられている.
COPDではタイプI線維(遅筋線維)が減少し,タイプII線維(速筋線維)が増加するという筋線維タイプの変化が生じることが分かっているが,高齢者が多い本邦のCOPD患者ではタイプI線維,タイプII線維ともに筋萎縮が著明となっているため筋力トレーニングが重要となる.しかし高齢で呼吸困難が強い重度のCOPD患者に対し,特にタイプII線維を強化するための高負荷でのトレーニングは困難である場合が多い.
神経筋電気刺激(NMES)は,筋を収縮させる際に脳からの指令を介さずに直接運動神経を刺激することで,他動的に筋収縮を誘発させるものであり,近年,重症COPD患者に対するNMESの効果に関する多くの研究が報告されている.
緒言
COPD定義1)では,「タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することなどで生ずる肺疾患であり呼吸機能検査で気流閉塞を示す.」とされており,長期の喫煙歴がある中・高年に発症するため,喫煙や加齢に伴う併存症が多くみられる.またCOPD自体が肺以外にも全身への影響をもたらし併存症を誘発すると考えられていることから,COPDは全身性疾患として捉えられている.併存症には栄養障害,骨格筋機能障害,心・血管疾患,骨粗鬆症,不安・抑うつ,メタボリックシンドローム・糖尿病,胃食道逆流症,睡眠時無呼吸症候群などが挙げられており1),中でも筋量の減少や筋力低下などの骨格筋機能障害は生命予後にも影響することが明らかになっている2)ため,それらの改善は呼吸リハビリテーションにおける重要な課題となっている.
COPDの骨格筋機能障害
COPDに対する治療のガイドラインであるGlobal Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease(GOLD)3)では,COPDに対する呼吸リハビリテーションの有効性について,運動耐容能の改善や呼吸困難の軽減,不安や抑うつなど症状の軽減などのエビデンスが示されている.また呼吸リハビリテーションプログラムの内容については,持久力トレーニング,インターバルトレーニング,上肢・下肢のレジスタンストレーニング,さらに歩行練習や吸気筋トレーニング,神経筋電気刺激などが含まれることが望ましい3)としている.この中で特に下肢筋力(レジスタンス)トレーニングは身の回り動作や移動能力に直接影響するため非常に重要となる.COPD患者では労作時の呼吸困難による不活動だけでなく,炎症や酸化ストレス,低酸素血症,高二酸化炭素血症,ステロイド,飢餓,低栄養などにより筋タンパクの分解が促進されることによって筋萎縮が起こっており4),COPDを中心とした慢性呼吸不全患者では単なる筋力低下だけでなく,骨格筋機能障害が生じていることが指摘されている5,6).下肢を中心とした骨格筋機能障害はCOPDにおける主要な全身症状であり,死亡率の増加,生活の質(QOL)の低下などに関連していることなどが,アメリカ胸部学会(ATS)と欧州呼吸器学会(ERS)が合同で発表したステートメントに詳細に記されている6).そしてここにはCOPD患者の大腿四頭筋の筋力は同年代の健常者に比べ低下し大腿部の筋萎縮が顕著であること,またミトコンドリアの機能不全や筋における酸化能力の低下,筋線維タイプの変化などが示されている.
筋線維にはタイプI線維(遅筋線維)とタイプII線維(速筋線維)とがあり,タイプI線維は好気性代謝の酵素が多く,ミトコンドリアの容量も多いことから,疲労に対して強いという特性がある.一方で,タイプII線維はタイプI線維と比較してミトコンドリアの容量が少なく,疲労しやすい特性を持っている.特に進行したCOPDにおいては,大腿四頭筋における筋線維タイプの割合がタイプI線維からタイプII線維に変化していくという典型的な特徴が認められ,これは通常の加齢による変化とは異なっている7,8).よってタイプII線維の増加は筋肉の持久的能力が低下し,運動耐容能の低下につながる.またタイプI線維の比率は1秒率と正の相関関係にあり,重症なCOPD患者ほどタイプI線維が減少していること7)や,サルコペニアを有するCOPD患者はタイプI線維の割合は低いことも明らかとなっている9).このような筋線維タイプの変化は,大腿四頭筋や前脛骨筋などの下肢筋においては確認されている10)ものの,三角筋などの上肢筋では観察されていない11)ところは非常に興味深い.筋力および持久力トレーニングによって骨格筋機能(ミトコンドリア数の増加,筋毛細血管の増加,筋酸化酵素活性の改善,筋線維タイプの変化など)が改善することが明らかになっている12,13)ことから,積極的な筋力トレーニングによって運動能力や日常生活動作能力を高め,更には健康関連QOLの向上をもたらすことが可能となる.
神経筋電気刺激(Neuro-muscular Electrical Muscle Stimulation; NMSE)による筋力トレーニング
既に説明したように,COPD患者の骨格筋は筋線維タイプのシフトが生じることや,タイプI線維だけでなく加齢に伴うタイプII線維の萎縮も著明であることが指摘されているため,それらの改善が必要である.しかし筋力に強く関連するタイプII線維の動員は,随意運動では高強度負荷を必要とすることから,リスクの高い高齢かつ重症COPDや増悪直後の患者に対してはタイプII線維に対する積極的なトレーニングは困難であると考えられる.そのため近年ではNMESを用いた筋力トレーニングが導入されるようになった14).NMESとは,電気刺激によって運動神経を介して脱分極を起こし,筋収縮を誘発するものである.表面電極を介して目的とする骨格筋に電気パルスを送ることによって筋収縮を誘発するため,筋収縮に自発的な努力を必要としない.通常四肢の筋肉を随意収縮により動かす際には,大脳からの指令が必要となるが,NMESは大脳を介さず筋収縮が可能であり,自己の努力なしに筋肉を収縮させることができるため,重度のCOPD患者であっても呼吸困難を感じることなく筋力トレーニングが可能となる.実際にNMES実施による呼吸循環反応への影響は少ないことも示されており15,16),疾病を有する患者や高齢者に対する安全性・有効性についても多くの研究で確立されつつある.
NMESによる筋収縮の特徴は,随意収縮と運動単位の動員様式が異なっているところである.先述した筋線維を神経の軸索直径の大小で分類すると,タイプI線維は軸索直径の細い神経に支配され,タイプII線維は軸索直径の太い神経に支配される特徴がある.随意運動では『サイズの原理』に従い,細い神経に支配されるタイプI線維から順次動員されていくが17,18),NMESは『逆サイズの原理』の動員様式をとり19),太い神経線維で支配されるタイプII線維も非選択的に動員される20,21).つまり筋肉を肥大させるのに必要なタイプII線維の動員は随意収縮では高強度負荷を必要とするが,NMESの非選択的動員によって,低強度でもタイプII線維の動員が可能になるという利点がある.
COPD患者に対するNMESを用いた筋力トレーニングの効果
COPD患者に対するNMESの効果については,これまでに数多くの報告がなされている.進行性疾患患者の筋力低下に対するNMESについてのCochrane Review22)では,COPD患者の筋力低下に対して効果的な治療法であると結論づけられており,具体的な効果としてエビデンスレベルは高くないものの大腿四頭筋の筋力を改善すること,大腿部の筋横断面積を増加させること,6分間歩行距離を改善させること,安全に実施できることなどが示されている.また重症COPD患者に対する持久力トレーニング群とNMESを用いたトレーニング群の効果を比較した研究23)では,両群とも歩行距離や運動耐容時間が有意に延長し,健康関連QOLや不安などの改善が認められ,両群における効果の差は認められなかったと報告されており,NMESは重症COPD患者に対する呼吸リハビリテーションの末梢の筋力トレーニングとして効果的な治療戦略であると結論づけられている.同様に重症COPD患者を対象としてNMES群とプラセボ群を比較した二重盲検ランダム化比較試験24)においても,NMES群は6週間後において6分間歩行距離,大腿四頭筋の随意的最大収縮力,さらに大腿直筋横断面積の有意な改善が認められており,NMESの有用性が示されている.さらにCOPD患者に対するリハビリテーションにおいて対象者を持久力トレーニング(ET)とレジスタンストレーニング(RT)を実施する群と,ETとRTにNMESを加える群にランダムに振り分けで72回のセッションを実施した結果,ETとRTに加えNMESを実施した群の方が6分間歩行距離やバランス機能が有意に改善し,さらに筋力の改善度が有意に高かったことが報告25)されている.
我々も重度のCOPD患者に対し,6週間のリハビリテーション介入の効果を標準的な筋力および持久力トレーニングを実施する群と大腿部および下腿の全面に対してNMESを実施する群に分けて比較した結果,外側広筋および下腿三頭筋の筋厚はNMES群で有意に増加し,膝伸展筋力,6分間歩行距離,日常生活動作能力は両群とも有意に改善したが,改善度はNMES群で高かったことを報告した26).
以上のように,COPD患者に対するNMESの効果について多くの研究で有効性が示されており,リハビリテーションにおける治療戦略の1つとして用いることが可能であると考えられる.
おわりに
COPD患者に対するNMESは,運動によって呼吸困難が生じてくる中等症から最重症患者に対する筋力トレーニング法の1つとして有用であり,4週間から8週間の実施よって下肢筋力(筋厚),6分間歩行距離,健康関連QOLなどの改善が得られると考えられる.ただし,大規模で質の高い研究成果はまだ報告されていないため,今後の課題であろう.
著者のCOI(conflicts of interest)開示
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.
文献
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