2021 年 30 巻 1 号 p. 71-76
私達日本呼吸ケア・リハビリテーション学会保険報酬適正化委員会は平成30年度の診療報酬改訂に際して,集中治療における早期リハビリテーションの保険適応を申請した.そして特定集中治療室に対する室料加算の形で「早期離床・リハビリテーション加算」を得ることができた.この加算は従来のリハビリテーションの枠組みとは異なり医師・看護師および理学療法士または作業療法士によるチームの取り組みに対する加算であり,リハの実施頻度や実施者を問わないところに大きな特徴がある.集中治療における早期リハビリテーションは重篤な筋力低下やせん妄など集中治療に関連した重篤な合併症を予防・軽減し,人工呼吸管理期間を短縮することが既に証明されている.また集中治療室在室日数を短縮する可能性も示されている.この加算が認められたことを契機に我が国で集中治療室における早期リハビリテーションが普及していくことを私達は期待している.
日本呼吸ケア・リハビリテーション学会診療報酬適正化委員会では平成30年度の診療報酬改訂ににおいて,特定集中治療室(厚生労働省省令で定められた施設基準を満たす集中治療室)の室料加算としての「早期離床・リハビリテーション加算」を得ることができた.そこでこの加算を実際に運用していくための一助となるよう,この加算の特徴,加算獲得の意義,そして実際の運用方法についてここに解説する.
表1に早期離床・リハビリテーション加算の内容を示した.
算定対象 |
・特定集中治療室に入室後早期から離床等の必要な取組が行われた場合には,14 日を限度として所定点数(特定集中治療室管理料)に加算する(500点) ・特定集中治療室での早期離床・リハビリテーションに関する多職種からなるチームを設置し,患者の診療を担う医師・看護師・理学療法士等がチームと連携して患者の早期離床・リハビリテーション実施に係る計画を作成し実施した場合に算定する |
施設基準 |
・特定集中治療室内に以下から構成される早期離床・リハビリテーションに係るチームを設置すること ・集中治療の経験を5年以上有する医師 ・集中治療に関する適切な研修を修了した看護師 ・十分な経験を有する理学療法士または作業療法士 ・特定集中治療室における早期離床・リハビリテーションに関するプロトコルを整備し,定期的に見直すこと ・心大血管疾患リハビリテーション料,脳血管疾患等リハビリテーション料又は呼吸器リハビリテーション料に係る届出を行っている保険医療機関であること |
この加算には従来のリハビリテーションの枠組とは異なる重要な特徴がある.
第一にこの加算は従来のリハビリテーション算定枠組みとは異なり,集中治療室の室料に対する加算である.これは集中治療室における早期リハビリテーションは集中治療におけるスタンダードケアとして提供されるべきものである,という理念を示したものであり,病名・病態の制限は一切なく,集中治療室入室者全員が加算の対象となり得る.
第二にこの加算はチーム医療加算の性質も持っている.この加算ではリハビリテーションは多職種からなるチームによって計画され実践されることが求められている.集中治療は本質的にチーム医療であり,医師,看護師,薬剤師,臨床工学技士など多職種の共同作業によって成り立つもので早期リハビリテーションも例外ではない.今回制定された加算はそうしたチーム医療の理念を明確に示したものである.
またこの加算の大きな特徴のひとつにリハビリテーションの実施者の職種を限定しなかったことがある.リハビリテーションの実施は理学療法士/作業療法士に限る必要はない.またチームメンバーはプランナー兼コーディネーターであり,リハビリテーションの実施者である必要は無い.
この加算ではリハビリテーション医は必須チームメンバーではない.それは第一にこの加算が集中治療におけるチーム医療加算である以上,その中心メンバーは全員集中治療室スタッフであるべきだと考えられたからである.また現状我が国の多くの病院でリハビリテーションの専従医はおらず整形外科など他科の医師が兼務しており,その状況下でリハビリテーション医をチームの必須メンバーとすることはむしろ早期リハビリテーションの円滑な実施の妨げとなることが懸念されたためでもある.しかしこれは決してリハビリテーション医を集中治療室から排除するものではない.集中治療の経験を5年以上,という医師の資格は,対象を集中治療医に限定するものではない.
集中治療における早期リハビリテーションは日本集中治療医学会から出されたエキスパートコンセンサス1)において,「集中治療早期(病状安定から3日以内)から開始されるリハビリテーションで,早期モビライゼーション(四肢の他動.自動運動,骨格筋に対する電気刺激,座位・立位・歩行などの離床トレーニングを含む)を中心とし,呼吸に関連したケア,口腔のケア,せん妄の評価と認知機能改善を目標としたケアなどを含む総合的なケアのアプローチであり,理学療法士を中心として,医師,看護師,臨床工学士などを含む多職種チームによって提供されるもの」と定義されている.
実際に含むべき内容については表2に示した.その内容は多岐にわたり,医師,看護師,理学療法士・作業療法士の他,言語聴覚士,歯科衛生士,臨床心理士など状況に応じて多くの職種の参画を必要とする.
早期モビライゼーション 呼吸理学療法 ・人工呼吸管理のサポート(ポジショニング,リクルートメントなどを用いた酸素化,換気効率の最適化,呼吸器合併症の防止) ・人工呼吸器離脱のためのサポート(自発呼吸トライアル,早期モビライゼーションの実践) ・安全な抜管のためのサポート(カフリークテスト,咳嗽力のチェック,自発呼吸トライアルなどの実践) ・抜管後のサポート(状態観察,去痰介助,NPPVやCPAP使用の提言,退室前評価) 作業療法 ・上肢機能のトレーニング,生活動作能力の再獲得 ・認知機能改善のためのアプローチ 嚥下および高次脳機能へのアプローチ ・嚥下機能の評価とトレーニング,高次脳機能の評価と回復支援 口腔ケア ICU後の継続的なサポート |
集中治療における早期リハビリテーションの意義が国際的に広く認識されるようになったのは2009年以降の事で,その背景には集中治療後遺症候群(Post-intensive care syndrome, PICS)の概念2)の確立がある.
従来集中治療の第一の目的は救命であった.しかし救命率が上がるにつれて集中治療中にしばしば重篤な合併症が生じ,後遺障害として残り,それが患者の長期予後を悪化させ,また社会復帰を妨げることが認識されるようになってきた.その代表的なものが集中治療に関連する筋力低下(ICU-acquired weakness, ICU-AW)とせん妄(ICU-acquired delirium, ICU-AD)である.
・ICU-AWICU-AWは「患者が重篤な病状にある間に発生し,かつ重篤な病状そのもの以外には妥当な原因のない四肢の筋力低下を呈する症候群」と定義されている3).ICU-AWは決して廃用ではなく筋タンパクの喪失などの組織学的変化を伴い,7日以上呼吸管理された症例の25-58%,敗血症および多臓器不全の患者の50-100%4)と高頻度に発生することが報告されている.実地臨床においてはMRC筋力スケールを用いた徒手筋力テストを用いて判定され,平均スコアが<4(トータルスコア<48)であった場合にICU-AWとする報告が多い3).ICU-AWの発生機序は単純ではなく,発症と進展には全身的な侵襲,身体の不活動性,高血糖,副腎ステロイドや神経筋遮断薬の使用など複数の因子が関与していると考えられている4).Herridgeらは109名のICU-AWを有するICU生存者を最長5年までフォローし,6分間歩行距離が5年目でも正常の70%前後,またSF-36のphysical componentも5年を経ても正常範囲に入らないことを示し5),身体能力およびQOLの障害が長期に残る事を示している.
・ICU-ADせん妄は,「短期間に生じ,変動する注意力および意識の障害で,認知能力の変化を伴う.この障害は既に生じた,あるいは生じつつある神経認知機能の障害,あるいは損傷によっては完全に説明されず,病態や中毒性物質,薬物の使用あるいは複数の原因によってひきおこされたという証拠がある」と定義される7).ICU-ADはCAM-ICUなどの評価ツールを用いて診断が行われる8).ICU-ADは集中治療環境に対する一過性の適応障害と理解されがちであるが,実際にはコリン作動性活性の低下,ドーパミン作動性活性の上昇,セロトニン活性の変動などの器質的変化を伴う中枢神経障害である9).ICU-ADはICU入室患者の45-87%に生じることが報告されている.その発生には患者側の因子,病状,加療の内容などが複雑に絡みあっていると考えられるが,挿管人工呼吸管理中であると60-80%と発生頻度が著しく高まる9).PandharipandeらはICU-ADを呈した患者について12ヶ月後の認知能力を年齢調整Repeatable Battery for the Assessment of Neuropsychological Status(RBANS)Global Cognition Scoreで評価し,患者の認知能力が長期に障害され,また認知能力の障害はせん妄の日数が長いほど高度であることを報告している10).
・PICSPICSは「重篤な侵襲の後に新たに生じ,あるいは増悪し,また急性期入院の時期を超えて持続する身体的,認知的,あるいは心理的な障害」として提示され,ICU-AWとICU-ADを中心にPTSDなどの心の障害を含め(PICS),また患者家族の心の障害(PICS-F)をも含むものとして提案された2)(図1).
PICSの概念図
PICSは集中治療に関連した筋力低下(ICU-AW),せん妄(ICU-AD)を中心として心の障害をも含み,また家族の心の障害までをも含む概念である.文献2より一部改変.
PICSの発生を防止し,また発生したPICSを改善するためには人工呼吸器からの早期離脱を含めた早期からの総合的なアプローチが必要であり,VasilevskisらはこれをABCDEバンドルと名付けたチームアプローチとして提案している11)(表3).ABCDEバンドルには人工呼吸器からの離脱プロトコールである覚醒トライアル(A)と自発呼吸トライアル(B)に加え,鎮静鎮痛コントロール(C),せん妄のモニタリング(D)がその内容として含まれ,さらにPICSの防止と改善のkey factorとして早期モビライゼーション(E)が加えられている.
A: Awaken the patient daily 毎日の鎮静の一時中止と覚醒トライアル B: Breathing 毎日の自発呼吸トライアル C: Coordination of daily sedation and ventilator weaning trials(+Choice of sedative and analgesic exposure) 毎日の覚醒と毎日の自発呼吸トライアルを同時に(+鎮静,疼痛のコントロールのための適切な薬物選択) D: Delirium monitoring and management ICDSCやCAM-ICUなどのチェックリストを用いた日々の評価と管理 E: Exercise 早期モビライゼーション |
Schweickertらは無作為比較試験において毎日の鎮静の中断と理学療法および作業療法を組み合わせた早期リハビリテーションが内科的集中治療室において呼吸管理された患者の退院時のADL自立回復の比率を高め,入院当初から28日間のICU在室日数を減少させ,せん妄の期間を短縮し,人工呼吸期間を短縮することを2009年に発表した12).これが早期リハビリテーションの有効性を広く世界に知らしめる契機となった.
集中治療における早期リハビリテーションの中心となる手技は早期モビライゼーションである.早期モビライゼーションとは,集中治療室入室早期から実施される四肢の受動・自動運動および座位,立位,歩行などの離床トレーニングの総称で,その実施方法についてはMorrisらが提唱した4段階の方法論が広く利用されている13)(図2).実施手技そのものはシンプルであるが,ハイリスクの患者に対して実施するため実施に際して細心の注意が必要で,このため日本集中治療医学会のエキスパートコンセンサスでは早期モビライゼーションの禁忌,開始基準および中止基準が明示されている1).
早期モビライゼーションの進め方
Morrisらが急性呼吸不全のICUにおける早期リハビリテーションとして提唱したLevel I-IVの段階に沿った進め方が広く定着している.文献13より一部改変(原図にあるPhysical Therapy, Mobilization Teamの役割の区別は本図では省略した).
私達の施設では,2007年より集中治療室に常駐の理学療法士を置き,早期からの積極的なリハビリテーションを行ってきた.ベッドサイドカンファレンスは多職種で週日の朝夕に行われ,患者の状態やリハビリテーションの実施内容について討論を行っている.リハビリテーションに際してはリスクを軽減するため理学療法士は原則ペアで行動し,また必要に応じて看護師,臨床工学技士とも共同して実施している.
加算算定の条件として早期リハビリテーションの計画書の作成がある.計画書の形式について公的に明示されたものはないが,私達は図3に示した内容の計画書を多職種で共同作成し,これが作成された時点で加算請求を行っている.私達はICU-AW評価のためのMRC筋力スケール14),動作能力の指標であるfunctional status score for the ICU(FSS-ICU)15),鎮静の深さを評価するRichmond Agitation-Sedation Scale(RASS)16),痛みの評価の指標であるBehavioral Pain Scale(BPS)17),重症度の指標であるSepsis-Related Organ Failure Assessment(SOFA)スコア18)による状態評価および各職種による総合評価と介入計画をこのシート上で共有し,また退室時評価も同じシート上に記録している.
私達の施設で作成している早期リハビリテーション実施計画書
医師,理学療法士,看護師それぞれが評価と介入計画を立て,これを共有している.また退室時評価もここに載せている.
私達のこれまでのリハビリテーションの実施状況を表4に示した.2007年4月から2018年3月までの11年間に7,409名の患者(ICU入室者のおよそ75%)に早期リハビリテーションを実施した.患者内訳では外科系患者が90%近くを占めた.リハビリテーション実施期間は平均5.2日,在室日数は平均6.1日で,殆どの症例が入室当日ないし翌日からリハビリテーションが開始されていた.人工呼吸管理症例は2,610名,そのうち1,273名が48時間以上の長期人工呼吸管理症例で,人工呼吸管理期間は平均約2週間であった.死亡は240名,3.2%であり,大半の症例が歩行可能な状態で集中治療室を退室していた.
総実施数:7,409名 ・ 外科系 6,645(89.7%) – 腹部外科 3,457,心臓血管外科 1,558,呼吸器外科 1,157,脳神経外科 209,整形外科 61 ・ 内科系 764(10.3%) – 循環器内科 435,呼吸器内科 101,糖尿病腎臓内科 41,小児科 116 実施期間:5.2±9.1日(1-182日,中央値2日) ・ 在室日数:6.1±7.0日(1-183日,中央値2日) 人工呼吸管理:2,610名(35.2%) ・ 経口挿管 2,431,気管切開 117,NPPV 62 ・ 48時間以上の長期呼吸管理 1,273(人工呼吸管理期間13.8±15.8日) 転帰:退室 7,169名(96.8%),死亡 240名(3.2%) |
集中治療における早期リハビリテーションは新しい技術であり,まだ検証すべき課題は多いが,多数例にこれを実施した経験からは多くの命を救い,また多くの人々を社会復帰へと導く画期的な技術であることは間違いないと思われる.
集中治療における早期リハビリテーションはチームアプローチが絶対に必要である.従って加算もチームアプローチが算定の必須の条件である.このためには集中治療室における意識改革も重要である.また早期リハビリテーション=早期モビライゼーションと解釈されがちであるが,この考えは正しくない.早期リハビリテーションは集中治療におけるスタンダードケアとして包括的な内容をもっており,そうした部分は常に大切にしなければならない.
早期リハビリテーションの内容は四肢運動と離床を中心とした基本的にシンプルなものであるが,多くの場合重篤な患者を扱い,また人工呼吸管理中の患者にも積極的なアプローチを行うことから技術的には非常に高度なスキルが要求される.このため技術の標準化,スキル獲得のためのシステム作りなど制度的に整備すべき課題はまだ多い.
現在日本集中治療医学会を中心として集中治療における早期リハビリテーションに対するエビデンスベースドガイドラインの作成が進んでいる.また,現在コロナ禍で中断を余儀なくされてはいるが,同学会が主体となって講習会および実技講習会も定期に開催されており,本技術の標準化および普及への努力が行われている.
この算定獲得に際して,当時の日本集中治療医学会理事長 西村匡司先生にご多忙な中ご面会頂き,また集中治療医学会としてのご支援をご手配いただきました.ここに心より感謝致します.また,一地方病院からの申請に対してこれを真摯に受け止めていただき,またよりよい制度作りを目指しての建設的な議論をともに積み重ねていただいた厚生労働省の担当者の方々にも心より御礼申し上げます.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.