日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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シンポジウム
健康寿命の延伸を目指して:歴史からみた呼吸リハビリテーション
高橋 仁美塩谷 隆信
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2021 年 30 巻 1 号 p. 8-12

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要旨

日本への呼吸リハビリテーション導入のきっかけは,スウェーデンに留学した島尾忠男氏がストックホルム市立結核病院で理学療法に遭遇したことによる.彼は1956年にスウェーデンで発行された“Sjukgymnastik vid lungtuberkulos”を翻訳し,1957年に「肺機能訓練療法」と題して刊行した.これは,日本初の理学療法士・作業療法士養成校の開校(1963年)以前の出来事である.またこの養成校開校の頃には,九州労災病院内科の津田稔氏らにより,慢性肺気腫に対して今で言う運動療法や作業療法プログラムが実施されていた.そして,2006年に診療報酬で「呼吸器リハビリテーション料」が新設されて,呼吸リハビリテーションは充実していくことになる.我々には,COPDなどの病気を持った高齢者一人ひとりの価値観を尊重しながら,介護予防の視点をもって,生活の場にリハビリテーション医療を提供していくことが求められる.呼吸リハビリテーションの実践そのものが,健康寿命の延伸に繋がると考える.

日本における呼吸リハビリテーションの嚆矢

日本における呼吸リハビリテーションの軌跡は結核の治療に始まる.1953年1月,結核のため秩父宮殿下が薨去された.当時結核は,「国民病」「亡国病」とされ,大気・安静・栄養以外に打つ手はなかった.秩父宮妃殿下は,結核予防会の総裁のほかに日本スウェーデン協会の名誉総裁もしておられたことから,奨学資金を作りスウェーデンに留学させることが決まった.そのような縁から島尾忠男氏はスウェーデンへの最初の留学生となった1

島尾氏は留学先で結核患者に対して手術後の後療法として行われていた理学療法に遭遇することになる(図1).この留学が,日本へ呼吸理学療法や呼吸リハビリテーションが導入されるきっかけとなった.彼は帰国直前の1956年にスウェーデンの結核予防会から発行された“Sjukgymnastik vid lungtuberkulos”を翻訳し,1957年に「肺機能訓練療法」と題して刊行した2.この書には,胸膜炎の体位療法,下部胸式や腹式の呼吸練習,排痰介助,胸部成形術後の理学療法,術前後の運動療法などが写真入りで詳細に掲載されている.当時行われていたこれらの肺機能訓練療法は,現在の呼吸理学療法と遜色のない内容である.島尾氏は「呼吸器疾患を診療する際の理学療法の導入は,スウェーデン留学の大きなお土産の一つである.」と述べている1.肺機能訓練療法は保生園(現結核予防会新山手病院)において実践され,1958年にはその記録内容は映画「再起への道」に刻まれ,1959年には完成試写会が秩父宮妃殿下のご臨席のもとに結核予防会講堂で開催されている1

図1

結核患者に対して手術後に行われていた理学療法

文献1)より引用

日本初の理学療法士・作業療法士養成校(国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院)が開校されたのは1963年で,そして1965年に「理学療法士及び作業療法士法」が施行されることになる.つまり,日本においては肺結核に対する今で言う呼吸リハビリテーションの実践が理学療法士・作業療法士が誕生する以前から始まっていたことになる.

日本における呼吸リハビリテーションの発展

日本初の理学療法士・作業療法士養成校の開校の頃には,九州労災病院内科の津田稔氏らにより,慢性肺気腫に対しても,今で言う運動療法や作業療法などのプログラムが理療師と職能師と言われていた職種によって既に実施されており,職業復帰や社会復帰を目指して先駆的な取り組みが始まっていた3.「日本のリハビリテーションの陽は西から昇る」4と言われるが,整形外科分野を中心とした運動器に対するリハビリテーションのみならず,現在のCOPDに対する呼吸リハビリテーションに通じることが既に行われていたことは,先見の明があったと言える.

その後1985年には在宅酸素療法(Home Oxygen Therapy: HOT),1990年には在宅人工呼吸療法(HMV: Home Mechanical Ventilation)がそれぞれ医療保険適応となり,呼吸不全患者がリハビリテーション医療の対象として徐々に増加していった.そして,1996年に日本呼吸器学会,日本胸部外科学会,日本麻酔科学会の3学会合同の呼吸療法認定士制度が発足し,呼吸療法や呼吸リハビリテーション分野の関心が高まっていくことになる.さらに,2001年には日本呼吸器学会と日本呼吸管理学会(現日本呼吸ケア・リハビリテーション学会)によって呼吸リハビリテーションに関するステートメントが発表され,2003年には日本呼吸管理学会,日本呼吸器学会,日本理学療法士協会による『呼吸リハビリテーションマニュアル─運動療法─』が発刊され,呼吸リハビリテーションに関したエビデンスについての報告が多くされるようになっていった.

2006年には疾患別リハビリテーションによる診療報酬体系となり,待望の「呼吸器リハビリテーション料」が新設され,呼吸リハビリテーションの実践と普及活動がより一層充実していくことになる.その後も,2007年の日本呼吸管理学会,日本呼吸器学会,日本理学療士協会による『呼吸リハビリテーションマニュアル─患者教育の考え方と実践』の発行,2010年の診療報酬「呼吸ケアチーム加算」の新設,同年の理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,臨床工学技士による「吸引行為」の法的許可,2012年の『呼吸リハビリテーションマニュアル─運動療法改訂 第2版』の発行,同年の診療報酬「時間内歩行試験」の新設,2013年の日本呼吸ケア・リハビリテーション学会による呼吸ケア指導士制度の発足,2016年の低栄養にある慢性呼吸器疾患患者に対する栄養食事指導料の算定認可,2018年の特定集中治療室管理料等の見直しでの「早期離床・リハビリテーション加算」の新設,同年の「呼吸リハビリテーションに関するステートメント」改訂公開と続き,今日に至っている.表1に以上の日本における呼吸リハビリテーションの歴史をまとめておく.

表1 日本における呼吸リハビリテーションの歴史
1957年島尾忠男が「肺機能訓練療法」を刊行
1963年日本初の理学療法士・作業療法士の養成校開校
1963年頃津田稔らが肺気腫などに対するプログラムを実施
1965年「理学療法士及び作業療法士法」が施行
1985年在宅酸素療法が医療保険適応
1990年在宅人工呼吸療法が医療保険適応
1996年日本呼吸器学会,日本胸部外科学会,日本麻酔科学会の3学会合同の呼吸療法認定士制度が発足
2001年日本呼吸器学会と日本呼吸管理学会(現日本呼吸ケア・リハビリテーション学会)が呼吸リハビリテーションに関するステートメントを発表
2003年日本呼吸管理学会,日本呼吸器学会,日本理学療法士協会が『呼吸リハビリテーションマニュアル─運動療法─』を発刊
2006年疾患別リハビリテーションによる診療報酬体系となり「呼吸器リハビリテーション料」が新設
2007年日本呼吸管理学会,日本呼吸器学会,日本理学療法士協会が『呼吸リハビリテーションマニュアル─患者教育の考え方と実践』を発行
2010年診療報酬「呼吸ケアチーム加算」の新設
同 年理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,臨床工学技士による「吸引行為」の法的許可
2012年『呼吸リハビリテーションマニュアル─運動療法改訂 第2版』の発行
同 年診療報酬「時間内歩行試験」の新設
2013年日本呼吸ケア・リハビリテーション学会による呼吸ケア指導士制度の発足
2016年低栄養にある慢性呼吸器疾患患者に対する栄養食事指導料の算定認可
2018年特定集中治療室管理料等の見直しでの「早期離床・リハビリテーション加算」の新設
同 年「呼吸リハビリテーションに関するステートメント」改訂公開

リハビリテーションと理学療法

このような歴史の中で,臨床現場においては先に述べた2006年度の診療報酬改定において疾患別評価体系が導入され,呼吸器リハビリテーション料が新設されたことは,呼吸リハビリテーションの発展にとって特筆すべき事項と考える.しかしながら,疾患別リハビリテーションの体系は,捉え方によっては臓器別的な意味合いを持っており,本質的なリハビリテーション医療から少し逸脱して,専門化していった可能性もあるのではないかと私自身は考えている.我が国は超高齢社会を迎え,様々な合併症や重複障害を持つ患者も増えていることもあり,疾患自体が持つ特性を考慮することはもちろん必要であるが,本来のリハビリテーションの意義とは,「人をみる総合的な医療を提供することである」ということを忘れないようにしなければならないと,自分自身を見つめ直しているところである.

「リハビリを行う」,「リハビリを実施する」,「リハビリ中である」などの表現は,マスメディアはもちろん,臨床現場でも一般的に使われている現状がある.疾患別リハビリテーションが導入されてからは,「リハビリを行う」などの表現が普通に使われることに拍車がかかったように思われる.実際,理学療法士が患者さんに説明する時に「こんなリハビリを行います」と言ったり,病棟の看護師さんは「今,リハビリ中です」などと言ったりすることは日常的となっている.このように理学療法とリハビリは同義語のように使用されているが,「理学療法=リハビリテーション」ではないことは言うまでもない.

1965年の厚生白書5によれば「リハビリテーションとは,心身に障害のある者が社会人として生活できるようにすることである.実際には,心身に障害がある人の社会復帰-職場への復帰,家庭への復帰,あるいは,学校への復帰-を促進することにより,身体的,精神的,社会的,職業的にその能力を最大限発揮させ,最も充実した生活が出来るようにすることを目的としている.」とされている.さらに,1981年には,「リハビリテーションとは障害者が一人の人間として,その障害にも関わらず人間らしく生きることができるようにするための技術および社会的,政策的対応の総合体系である.単に運動障害の機能回復訓練分野だけをいうのではない.」と改定されている6.リハビリテーションとはこのように総合的で広範囲な分野を受け持っていていることは,頭では分かっているつもりであるが,呼吸リハビリテーションを実践するにあたっては,こうしたリハビリテーションの理念を再確認する必要があると思っている.

「リハビリテーション」に関連する用語の整理

リハビリテーションには,医学的リハビリテーション,職業的リハビリテーション,教育的リハビリテーション,社会的リハビリテーションの4つの分野がある(図2).このようにリハビリテーションは,医療の一部に限局されたものではなく,広い範囲にわたって総合的に提供されることで障害者の権利回復を目指している.

図2

リハビリテーションの各分野

医学的リハビリテーションの一部には,リハビリテーション医学やリハビリテーション医療がある.しかし,リハビリテーション医学,リハビリテーション医療,医学的リハビリテーションは混同されることが多いようだ.簡単にこれらの用語を整理しておくと,障害を対象とする医学分野を「リハビリテーション医学」と言い,このリハビリテーション医学を基に実践することが「リハビリテーション医療」で,この医療・医学のもとでリハビリテーションの目的へ近づけていくプロセスを医学的リハビリテーションである(図3).ちなみに,リハビリテーション医療に固有な治療には,理学療法,作業療法,言語聴覚療法がある.

図3

リハビリテーションに関連する用語

全人的医療を目指して

理学療法は,リハビリテーションの理念を支えるためには必要不可欠である.理学療法によって障害が改善されることは,リハビリテーションの自立や復権へと繋がることになる.現在,理学療法の対象は多様化するとともに,その中でも専門細分化が進んでおり,理学療法士は専門的な知識や技術を研鑽し,医療技術者としての能力をより高めるように努めなければならない.理学療法には,身体面の特定の部位や疾患に限定せず,既往歴,現病歴,生活環境,社会的背景などに加えて心理的面をも含め,総合的に分析し,個々人に合った予防や評価・治療を行う,いわば全人間的医療の実践が求められてきている.つまり,患者さんの疾病や障害のみを捉えるばかりではなく,生活している「人」として捉えることが今後ますます重要になると考える.

リハビリテーションはチーム医療で完結される.リハビリテーションに携わるチームの構成員としては医師,看護師,作業療法士,言語聴覚士,臨床工学技士など多くの専門職種がある.この専門職種間の協調した連携によって,チームアプローチが成立する.チーム全体の方針と対象者のニーズが同じ方向を向いて,複数専門職種の協調性を持って,ひとつの共通する目標に向かっていることが重要となる.このような同じ方向性を持つためには,定期的なカンファレンスはもちろんであるが,普段からのスムースな意志疎通が重要となる.

呼吸リハビリテーションと健康寿命の延伸

2018年に日本呼吸ケア・リハビリテーション学会,日本呼吸理学療法学会,日本呼吸器学会によって,「呼吸リハビリテーションとは,呼吸器に関連した病気を持つ患者が,可能な限り疾患の進行を予防あるいは健康状態を回復・維持するため,医療者と協働的なパートナーシップのもとに疾患を自分で管理して,自立できるように生涯にわたり継続して支援していくための個別化された包括的介入である」と新しく定義された7.この定義からは,呼吸リハビリテーションでは,医療者は患者と協働的なパートナシップを組むこと,COPDなどの疾患のセルフマネジメントを促し,健康状態を回復・維持させ社会における自立を目指して生涯にわたり支援していく包括的介入であること,の重要性が述べられており,このことは地域包括ケアシステムの実現から健康寿命の延伸にも繋がっていると考えている.

健康寿命とは,2000年にWHO(世界保健機構)が提唱した概念であり,厚生労働省では「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義しており8,病気やけがなどで完全な健康状態に満たない年数を考慮した平均年数とされている.つまり,COPDなどの病気になった後も病気と共生して健康生活を維持できている期間も含まれている.一般的には,健康寿命が長いほど,また寿命に対する健康寿命の割合が高いほど,寿命の質が高いと評価される.現在,日本人の健康寿命,平均寿命は,ともに世界で1位,2位を争っているところである.世界トップクラスであれば,日本における超高齢社会では特別な問題がなく,うまくいっているように捉えられるのかもしれない.しかし,想定していた以上に長寿が進んだことによって,要介護の期間もまた予想以上に長くなってきているという問題が起きてきている.

平均寿命が男女とも60歳代の時代は,青壮年期の患者を主な対象とした「病院完結型」医療が行われていたが,現代は男女とも平均寿命が80歳を超え,COPDなどの慢性疾患を複数持つ老齢期の患者が中心の社会となり,「地域完結型」のケアが必要とされる時代へと変化してきている.すなわち,現在は病気と共存しながら健康寿命を延伸し,QOLの維持・向上を目指す時代に入ったと言えるであろう.われわれは,患者一人ひとりの価値観を尊重しながら,ケ-スによって医学的・社会的な環境・状況が異なることを理解したうえで,全人間的にアプローチし,生活全般にわたり支援していくことが,これまで以上に求められると考える.

2025年問題を見据えると,われわれが延伸を求めて取り組みが進む健康寿命の主な対象は,要介護の手前にあるCOPDなどの病気を持った高齢者になると予想される.健康寿命の期間にあるCOPD患者などが要介護に移行するのをできるだけ食い止め,可能な限り介護を受けることを回避させなければならない.病気に罹った場合の結果を考えてみると,①完全治癒,②不完全治癒,③死亡に分けることができる.リハビリテーションは②の不完全治癒の場合に本領を発揮する分野であると捉えることもできる.今後我々には,COPDなどの病気を持った高齢者一人ひとりの価値観を尊重しながら,急性期病院から在宅まで,介護予防の視点をもって,生活の場にリハビリテーション医療を提供し,生活全般にわたり支援し,健康寿命を延伸していくことが求められる.呼吸リハビリテーションの実践そのものが,健康寿命の延伸に繋がると考えている.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
  • 1)  島尾忠男:第6章 スウェーデン留学紀行.新企画出版社編,結核と歩んで五十年,財団法人結核予防会,東京,2003,81-125.
  • 2)  島尾忠男:60年の結核研究歴を振り返って—回顧と将来への展望—.Kekkaku 87: 669-679, 2012.
  • 3)  津田稔,原武郎,高山宏世,他:慢性肺気腫のリハビリテーションの実際.日胸 24: 241-252, 1965.
  • 4)  室井廣一:日本リハビリテーション発祥地記念館 設置趣旨 九州リハビリテーション大学校記念館 今,二十一世紀にスタート ここは日本リハビリテーション発祥地・まほろば,千代丸信一編,日本リハビリテーション発祥地記念館 九州リハビリテーション大学記念館 開設記念誌,九州栄養福祉大学,九州,2017,2-7.
  • 5)  厚生省監修:厚生白書.1965.
  • 6)  厚生省監修:厚生白書.1981.
  • 7)  植木純,神津玲,大平徹郎,他:呼吸リハビリテーションに関するステートメント.日呼ケアリハ学誌 27: 95-114, 2018.
  • 8)  厚生労働省:第3章 健康寿命の延伸に向けた最近の取組み.平成26年度版厚生労働白書.https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/14/dl/1-03.pdf. Accessed: 2 June 2019.
 
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