日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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原著
高齢肺炎患者の咳嗽時最大呼気流量に影響を及ぼす要因
垣内 優芳 筧 哲也田中 利明海老名 葵桜井 稔泰
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2022 年 30 巻 2 号 p. 223-227

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要旨

【目的】高齢の肺炎入院患者のCPFに影響を及ぼす要因を検討した.

【方法】対象は65歳以上の肺炎入院患者44名である.基本情報の調査とともにCough Peak Flow(CPF),Life-Space Assessment(LSA),Functional Independence Measure(FIM),Food Intake LEVEL Scale(FILS)をリハビリテーション開始後に評価した.CPFとの関係や影響度を検討するために相関分析,重回帰分析を行った.

【結果】CPFは200 L/minで低値を示した.CPFと年齢,性別,BMI,誤嚥性肺炎有無,LSA,FIM,FILSは有意な相関を示し,CPFに影響する要因にはLSA,FILS,年齢が選択された.

【結論】LSAが高いほど入院時のCPFが高く保持され,LSAの影響度は入院時のFILSや年齢よりも大きいことが明らかとなった.

緒言

咳嗽は,気道内に貯留した気道内分泌物や異物を気道外に排出するための生態防御反応である1.咳嗽機能には反射と随意の両面の要素が存在し,随意的な咳嗽力を評価するための指標には,咳嗽時最大呼気流量(Cough Peak Flow: CPF)がある2,3.咳嗽力は,排痰能力と関係し,誤嚥や肺炎,肺合併症などの予測因子であることが報告されている4,5,6,7.咳嗽力の低下は,誤嚥や肺炎発症,自己排痰困難となるリスクを高めることになり,肺炎患者のCPFに影響を及ぼす要因を検討することは今後の肺炎対策を検討する上で重要である.現在,咳嗽力の関連要因には,中高齢者や脳卒中患者において,年齢,呼吸機能,呼吸筋力,声門閉鎖能力,身体活動,日常生活動作能力,栄養状態,摂食・嚥下状況などが示されている8,9,10,11,12,13.咳嗽力にとって呼吸機能や呼吸筋力,声門閉鎖能力が重要であることは疑いの余地はない14.一方,死亡率が高い高齢肺炎患者において,入院前の身体活動の程度や入院時の日常生活動作能力,栄養状態,摂食・嚥下状況などがCPFにそれぞれどの程度影響を及ぼすのかは明らかでない.よって,今回は肺炎により入院した高齢肺炎患者のCPFに影響を及ぼす要因を検討した.

対象と方法

方法

1. 対象

対象は新型コロナウイルス発生前の2016年10月~2019年4月の間に当院に肺炎の診断で入院した患者44名である.平均年齢は82.1±8.0歳,男性25名,女性19名であった.対象者の選択基準は,65歳以上の肺炎入院患者で理学療法を開始し,認知症や高次脳機能障害で意思疎通が困難である者,気胸の既往またはそのリスクのある者,循環動態が不安定,人工呼吸器管理,低流量による鼻カヌラ以外の酸素療法を受けている者,評価項目が未測定の者,同意の得られなかった者は除外した.

2. 倫理的配慮

本報告は神戸市立西神戸医療センター倫理審査委員会の承認(2016-05)後に実施した.全ての対象者には紙面と口頭で研究内容の趣旨と目的等の説明を行い,本研究への参加について本人の自由意思による同意を取得した.

3. 研究デザインおよび評価項目

研究デザインは横断研究である.CPFの測定は,入院後のリハビリテーション開始後かつ座位が可能となった段階以降とした.その他の各評価項目は,CPFの測定と同時期に調査,測定を行った.血液検査所見については,入院時の血液データとした.

基本属性は年齢,性別,Body Mass Index,疾患情報は市中肺炎の重症度を示すA-DROPシステム15,誤嚥性肺炎,間質性肺炎の診断有無,過去1年間の呼吸器疾患による入院歴,入院前の生活環境,血液検査所見は白血球,C反応性蛋白,アルブミン値を診療録より調査した.

CPFは,フェイスマスクにアセスピークフローメータを接続したものを用いて座位で理学療法士が測定した4.測定時には空気漏れを防ぐためフェイスマスクを顔面に密着させ,最大吸気位からの随意的かつ最大努力で咳嗽を行うよう指示した.測定のデモンストレーション後に2~3回測定して最大値を採用した.なお,酸素療法中で鼻カヌラ使用患者については,酸素化に大きな問題が生じない場合は測定中のみ室内気とし,室内気では酸素化に問題が生じる場合は酸素カヌラ使用のままで空気漏れが極力ないことを確認の上で測定した.

Life-Space Assessment(LSA)は,個人の生活の空間的な広がりを評価する指標であり,入院前の1か月間における身体活動の状況を患者,家族からの聴取,診療録から総合的に調査した.生活空間の広がりのレベルは,住居内,居住空間のごく近くの空間,自宅近隣,町内,町外に区分され,寝室からの移動した距離,頻度,自立の程度によって点数化した.LSA scoreの合計点数は120点であり,得点が高いほど活動性が高い日常生活を営んでいることを意味する16

機能的自立度評価表(Functional Independence Measure: FIM)は,日常生活動作の評価法であり,運動項目13項目(セルフケア6項目,排泄コントロール2項目,移乗3項目,移動2項目)と認知項目5項目(コミュニケーション2項目,社会的認知3項目)の全18項目から構成される.FIMの合計点数は126点であり,得点が高いほど日常生活動作の能力が高いことを意味する12

Food Intake LEVEL Scale(FILS)は,摂食嚥下障害者における摂食状況の評価法である.Level 1~9は摂食・嚥下障害を示唆する何らかの問題があり,Level 1~3は経口摂取なし,Level 4~6は経口摂取と代替栄養,Level 7~9は経口摂取のみ,Level 10は摂食嚥下障害に関する問題のない正常を意味し,摂食状況を1~10段階で示してある17

4. 統計解析

CPFと各項目との関係,各項目間の関係はSpearmanの順位相関を用いた.各指標のCPFへの影響を検討するため,有意な相関を認めた項目を独立変数とし,ステップワイズ法による重回帰分析を実施した.その際,各変数間の多重共線性は,分散拡大要因(Variance Inflation Factor: VIF)で確認した.なお,各項目や重回帰分析の残差の正規性検定にはShapiro-Wilk検定を用いた.

統計解析はRコマンダー2.7-0(R4.0.2: CRAN, freeware)を使用し,有意水準は5%とした.

結果

対象者の基本属性,疾患情報,検査所見,評価項目の結果は表1に示した.入院した高齢肺炎患者のCPFは,入院から平均して第9病日に測定され,200(145-290)L/minで低値を示した.CPFと各項目との関係で有意な相関を示したのは,年齢(rs=-0.34,p=0.02),性別(rs=0.33,p=0.03),BMI(rs=0.55,p<0.01),誤嚥性肺炎有無(rs=-0.39,p<0.01),LSA score(rs=0.54,p<0.01),FIM(rs=0.56,p<0.01),FILS(rs=0.62,p<0.01)であった(表2).各変数間での相関関係においては,相関係数が0.8以上の高い相関を認めた項目はなかった.

表1 対象者の基本属性,疾患情報,検査所見,評価項目(n=44)
基本属性
 年齢(歳)82.1±8.0
 男性25(56.8)
 BMI(kg/m220.8±3.6
疾患情報
 A-DROP2(2-3)
 誤嚥性肺炎13(29.5)
 間質性肺炎7(15.9)
血液検査所見
 白血球(/μL)11,200(8,275-14,025)
 C反応性蛋白(mg/dL)11.2(4.4-17.3)
 アルブミン(g/dL)3.1±0.5
評価項目
 CPF(L/min)200(145-290)
 LSA score(点)30.0(20.8-62.6)
 FIM(点)65.5(42.5-83.3)
 FILS8(6-10)
その他
 過去1年間の呼吸器疾患による入院歴(回)0(0-1)
 入院前の生活環境が自宅38(86.4)

平均値±標準偏差,n(%),中央値(四分位範囲)

BMI: Body Mass Index

LSA: Life-Space Assessment

FIM: Functional Independence Measure

FILS: Food Intake LEVEL Scale

表2 Cough Peak Flowと各項目との関係(n=44)
相関係数rsp値
年齢-0.340.02
性別0.330.03
BMI0.55<0.01
A-DROP-0.160.31
誤嚥性肺炎-0.39<0.01
間質性肺炎0.270.08
白血球-0.080.62
C反応性蛋白0.260.09
アルブミン0.050.76
過去1年間の呼吸器疾患による入院回数-0.210.18
LSA score0.54<0.01
FIM0.56<0.01
FILS0.62<0.01

BMI: Body Mass Index

LSA: Life-Space Assessment

FIM: Functional Independence Measure

FILS: Food Intake LEVEL Scale

CPFと各項目との関係で有意な相関を認めた全ての項目を独立変数とし,CPFを従属変数としたステップワイズ法による重回帰分析の結果は表3に示した.分散分析表の結果は有意で,自由度調整済みR2は0.58であることから寄与率58%であり,適合度は高いと判断した.CPFに影響する要因としては,LSA score(標準化偏回帰係数:0.423,p<0.01),FILS(標準化偏回帰係数:0.352,p<0.01),年齢(標準化偏回帰係数:-0.254,p=0.02)が選択された.VIFは全て2未満であり,独立変数間の多重共線性は存在しないことを確認した.

表3 Cough Peak Flowを従属変数とした重回帰分析の結果(n=44)
偏回帰係数標準化偏回帰係数p値VIF自由度調整済みR2
(定数)362.9930.58
LSA score1.8750.423<0.011.328
FILS17.3930.352<0.011.249
年齢-4.184-0.2540.021.134

独立変数:年齢,性別,BMI,誤嚥性肺炎有無,LSA,FIM,FILS

分散分析表の検定:p<0.01,残差の正規性検定:p=0.654

BMI: Body Mass Index

LSA: Life-Space Assessment

FIM: Functional Independence Measure

FILS: Food Intake LEVEL Scale

また,対象者44名中14名が入院中のCPF測定時点にステロイドの投与または服用をしていたが,ステロイドパルス療法中の者はいなかった.

考察

本研究では肺炎により入院した高齢肺炎患者におけるCPFの関連要因を検討した.CPFと各項目との関係で有意な相関を示したのは,年齢,性別,BMI,誤嚥性肺炎有無,LSA score,FIM,FILSであり,重回帰分析の結果は,LSA score,FILS,年齢がCPFに影響を及ぼす要因として選択された.また,高齢肺炎患者のCPFは,200(145-290)L/minで低値であった.

第1にCPFにはLSA score,FILS,年齢が影響し,その影響度はLSA scoreが最も強かった.そして,LSA scoreが高値で生活の空間的な広がりが大きい対象者ほど咳嗽力が強かった.Freitasらは60歳以上の健康な高齢者において,活動的な生活スタイルは呼吸筋力や咳嗽力に正の影響を及ぼし10,ChengやLuzakらは,身体活動量は心血管および呼吸機能の維持18や肺機能19に関係していると報告している.このように日常生活において活動性が高い高齢者は,咳嗽力の構成要素である呼吸機能や呼吸筋力などが高く保持されていると推測される.また,CPFには摂食状況を示すFILSも関係しており,嚥下障害や絶食によってFILSが低いスコアである場合は咳嗽力が低かった.対象者のうち約30%は誤嚥性肺炎患者を含んでいたため,嚥下障害者は咳嗽機能低下を合併していた可能性がある7,20.咳嗽機能には圧縮相において声門閉鎖能力が関与しており13,14,21,声門閉鎖能力は発声や嚥下,咳嗽などに総合的に関与すると考えられる.加齢と咳嗽力については,先行研究でも関係が複数報告されており,加齢が呼吸機能や呼吸筋力,嚥下能力に影響している可能性が高い8,10,11,21,22

第2に入院した高齢肺炎患者のCPFは,200(145-290)L/minで低値であった.この数値は中高齢患者における自己排痰可能な水準である240 L/min4や嚥下障害者の肺炎発症リスクの水準である242 L/min5を下回っている.介護老人保健施設入所者におけるCPFと肺炎罹患との関係を検討した研究においても,CPF 240 L/min以下で肺炎罹患が多かったと報告されている23.肺炎患者における自己排痰が可能な水準は明らかでないものの,今回のCPFの値では入院中は喉頭侵入,誤嚥,排痰困難,窒息などのリスクがあり,適宜吸引が必要な場合も多いと予測される.咳嗽直前の声門閉鎖(エアースタッキング)の有無で判断された随意咳嗽の可否は後期高齢者の肺炎再入院に影響しないとされるが24,肺炎患者のうち退院後30日以内に5人に1人は再入院の可能性があるため25,入院中からCPFの改善を図る必要があると考える.咳嗽力の低下を防ぎ,改善を図るためには,従来の呼吸機能,呼吸筋力,声門閉鎖能力の向上に加えて,肺炎発症前,肺炎治療中,肺炎治療を終えた退院後の生活環境において身体活動量向上を促進する取り組みが重要であると思われた.ただし,今回は入院中の肺炎罹患による身体機能の一過性の低下から回復しきれていない段階でのCPFを検討しており,CPFの測定が肺炎治療を終えた退院時や退院後の場合は異なる結果が得られる可能性がある.

本研究の限界は,対象者数が少なく,単施設による患者であり,選択バイアスを考慮しなければならない.方法に関しては,市中肺炎と医療・介護関連肺炎の両者が混在していた点15,CPFの測定では鼻カヌラ使用している患者では一部カヌラ装着のままで測定を行い,測定時にフェイスマスクから空気漏れが極力生じないことを確認はしたものの,対象者全例で測定方法が同様でなかった点に注意しなければならない.また,間質性肺疾患患者への長期ステロイドは筋力を低下させる可能性があり26,ステロイドを投与または服用していた14名において,ステロイドがCPFに関連する筋群に影響を及ぼしていたかどうかが不明である点である.

今後,高齢の肺炎入院患者において,市中肺炎と医療・介護関連肺炎でCPFに影響する要因に違いがあるのか,CPF低値群と高値群では予後や転帰に差が生じるのかなどを検討する必要がある.

結論

高齢肺炎患者において,入院前の日常生活における個人の生活の空間的な広がりが大きく身体活動量が高いことを意味するLSA scoreが高値であるほど,入院時のCPFが高く保持されていることが示唆された.そして,LSAの影響度は入院時のFILSや年齢よりも大きく,高齢肺炎患者のCPFは低値であることが明らかになった.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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