2022 年 30 巻 3 号 p. 322-327
【目的】ベッド上の異なる姿勢が横隔膜運動と換気量に与える影響を検証すること.
【対象】健常成人男性30名を対象とした.
【方法】各姿勢はベッドアップ0°,30°,60°,ベッドアップ60°での仙骨支持および胸腰椎支持の5条件を設定した.横隔膜運動は超音波診断装置を用いて横隔膜筋厚差(以下ΔTdi)と,安静時の換気量で除した値(以下ΔTdi/TV)を算出し,信頼性の検証のため測定は2回行った.
【結果】ΔTdi,ΔTdi/TVの信頼性は保たれ,横隔膜運動はベッドアップ0°よりベッドアップ60°で有意に増加したが,仙骨支持および胸腰椎支持では横隔膜運動は有意に減少した.
【結語】健常成人男性におけるベッドアップ60°では横隔膜運動が高まるが,仙骨支持および胸腰椎支持は横隔膜運動を低下させることが示された.
ベッド上における座位保持能力が低下した高齢患者では,ずり下がり姿勢により褥瘡や誤嚥など二次的な弊害を引き起こしやすいだけでなく,肺活量や予備呼気量低下1),僧帽筋や腹直筋などの呼吸補助筋の過活動を生じるとされている2).呼吸の約70~80%の仕事量を担うといわれる横隔膜は,呼吸機能以外にも姿勢維持や脊柱への減圧,内臓機能の安定化などに関与し3),ずり下がり姿勢による影響を受ける可能性がある.近年,呼吸時の横隔膜運動の評価に,超音波画像診断装置を用いて計測された横隔膜筋厚(Thickness of Diaphragm:以下Tdi)の報告が散見され4),計測の信頼性も高い5).これらの指標は人工呼吸中の呼吸筋仕事量を反映し,抜管の成功や失敗の判断予測因子として注目されている6,7).呼吸リハビリテーションに関連した超音波画像診断装置を用いたTdiの研究は,臥位や坐位など良姿勢での研究が多く,仰臥位よりも端坐位や立位でTdiが大きくなる8)とされるが,ずり下がり姿勢等の不良姿勢におけるTdiの研究は見当たらない.様々な姿勢における横隔膜運動を非侵襲的かつリアルタイムで評価することは,呼吸介助やポジショニングを施行する上で重要であり,呼吸運動を考慮したベッド上での姿勢指導の一助になると考える.
本研究は,超音波画像診断装置とスパイロメトリーを用いて健常者におけるベッド上の異なる姿勢が横隔膜機能と換気量に与える変化を明らかにし,姿勢変化が横隔膜運動に与える影響を理解するための基礎資料とすることを目的とした.
20歳から30歳代の健常成人男性を対象とした.サンプルサイズはG*Power 3.1.9.2を用いて効果量の指標をr =0.3とし,算出結果から 30名を対象とした.年齢は26.1±4.3歳,身長は 172.0±4.6 cm,体重は 66.2±7.3 kg,体格指数(Body Mass Index: BMI)は 22.4±2.3 kg/m2であった.除外基準は①全身状態が不安定な者(バイタルサインなど),②測定姿勢が取れない者,③呼吸器疾患に罹患している者,④現在または過去に喫煙歴がある者,⑤横隔膜描出が困難な者とした.
2. 方法測定条件として,①ベッドアップ0°(足上げ0°),②ベッドアップ30°(足上げ20°),③ベッドアップ60°(足上げ20°)(図1),④仙骨支持(ベッドアップ60°,足上げ0°)にてずり下がり姿勢(図2),⑤胸腰椎支持(ベッドアップ60°,足上げ0°)(図3)の5つの姿勢を設定した.なお,仙骨支持は先行研究を参考に,矢状面上にて上前腸骨棘と下後腸骨棘を結ぶ垂線がベッドの水平面と直角をなすように設定し1),胸腰椎支持は胸腰椎移行部がベッドの屈曲点と一致する位置に設定した.各姿勢は上前腸骨棘と下後腸骨棘,第12胸椎棘突起,第1腰椎棘突起の骨ランドマークに印付し,矢状面上にて姿勢が保持されていることを確認した.
計測時の各姿勢
①ベッドアップ0°②ベッドアップ30°③ベッドアップ60°
④仙骨支持
矢状面上にて上前腸骨棘と下後腸骨棘を結ぶ垂線がベッドの水平面と直角をなすように設定
⑤胸腰椎支持
胸腰椎移行部がベッドの屈曲点と一致する位置に設定
各姿勢はくじ引きにてランダムに設定し,Tdiと換気量を測定した.
Tdiは超音波画像診断装置(キャノンメディカルシステムズ 株式会社:Aplio300)とリニア式プローブ(5~15 Hz)を用いて,1分間における呼吸数5回分の呼気Tdiおよび吸気Tdiを測定した(図4).測定部位は中腋窩線と第8肋間または第9肋間との交点にプローブを当て,Zone of appositionにおけるTdiをBモードにて描出した.
横隔膜エコー画像(左:呼気Tdi,右:吸気Tdi)
矢印:横隔膜筋厚(Thickness of diaphragm: Tdi)を示す.
換気指標はスパイロメーター(Chest株式会社:HI-801)およびフェイスマスクを用いて1回換気量(tidal volume:以下TV),分時換気量(minute volume:以下MV),呼吸数(respiratory rate:以下RR)を計測し,測定前にキャリブレーションを行い誤差が±3%以内となるように設定した.測定は姿勢保持後,呼吸が安定するまでに1分程度待機し,呼吸が安定した状態から1分間の計測を行った.1回の測定で2分間の姿勢保持を行い,各項目は2回計測した.検査者は超音波画像診断装置とスパイロメーターを操作する2名を配置することで横隔膜運動と換気指標を同時に測定した.姿勢間では5分間の休憩を設定した.
横隔膜運動として,吸気Tdiから呼気Tdiを引いた値である横隔膜筋厚差(以下ΔTdi)を算出し,換気量の影響を考慮するために,ΔTdiを1回換気量で除した値(以下ΔTdi/TV)を算出した.本研究は国際医療福祉大学大学院の倫理審査委員会の承認(承認番号:19-Ig-143)を受けたのち,対象者へ研究の目的を書面で説明し,同意書への署名をもって同意を得た.
3. 統計解析ベッドアップ0°,ベッドアップ30°,ベッドアップ60°の各ベッド間およびベッドアップ60°と仙骨支持,胸腰椎支持における横隔膜運動と換気指標の変化を検討した.各種データの正規性をShapiro-wilk検定にて確認した後,調査項目の比較検討および信頼性の検討を行った.なお,統計学的処理はIBM SPSS Statistics 26を使用し,各検定の有意水準は5%とした.各姿勢における調査項目に正規性が認められない場合は,ノンパラメトリック検定であるFriedmann検定および多重比較はWilcoxonの符号順位検定(Holm法)を用いた.信頼性の検定として,Bland-Altman分析にて最小可検変化量(Minimal Detectable Change: MDC)を算出し,さらに級内相関係数(Intraclass Correlation Coefficient :以下ICC)(1,1)とICC(1,2)を算出した.
測定項目である呼気Tdiおよび吸気Tdiの結果を表1に示し,換気指標(TV,MV,RR)の結果を表2,表3,表4に示す.各項目において級内相関係数は0.7以上であり,高い信頼性を示した.MDCはTdiで 0.27~0.73 mm,TVで 0.18~0.30 L,MVで 2.37~3.25 L/min,RRで2.97~4.67回/minであった.各姿勢において,換気指標に大きな変化はみられなかった.
Tdi(mm) | ICC | MDC(mm) | |||
---|---|---|---|---|---|
(1,1) | (1,2) | ||||
ベッドアップ0° | 呼気 | 1.95±0.41 | 0.95* | 0.97* | 0.27 |
吸気 | 2.16±0.44 | 0.94* | 0.97* | 0.29 | |
ベッドアップ30° | 呼気 | 2.07±0.49 | 0.94* | 0.97* | 0.33 |
吸気 | 2.32±0.50 | 0.89* | 0.94* | 0.48 | |
ベッドアップ60° | 呼気 | 2.26±0.60 | 0.88* | 0.94* | 0.59 |
吸気 | 2.61±0.65 | 0.86* | 0.92* | 0.70 | |
仙骨支持 | 呼気 | 1.99±0.48 | 0.81* | 0.89* | 0.60 |
吸気 | 2.20±0.52 | 0.84* | 0.91* | 0.55 | |
胸腰椎支持 | 呼気 | 1.94±0.45 | 0.77* | 0.87* | 0.62 |
吸気 | 2.16±0.51 | 0.74* | 0.85* | 0.73 |
平均±標準偏差.ICC:級内相関係数,MDC:最小可検変化量.
TV(L) | ICC | MDC(L) | ||
---|---|---|---|---|
(1,1) | (1,2) | |||
ベッドアップ0° | 0.40±0.18 | 0.72* | 0.84* | 0.27 |
ベッドアップ30° | 0.40±0.18 | 0.81* | 0.90* | 0.21 |
ベッドアップ60° | 0.41±0.19 | 0.87* | 0.93* | 0.19 |
仙骨支持 | 0.43±0.18 | 0.87* | 0.93* | 0.18 |
胸腰椎支持 | 0.43±0.20 | 0.71* | 0.83* | 0.30 |
平均±標準偏差.TV:1回換気量,ICC:級内相関係数,MDC:最小可検変化量.
MV(L/min) | ICC | MDC(L/min) | ||
---|---|---|---|---|
(1,1) | (1,2) | |||
ベッドアップ0° | 5.71±2.28 | 0.78* | 0.88* | 3.05 |
ベッドアップ30° | 5.37±2.12 | 0.73* | 0.84* | 3.07 |
ベッドアップ60° | 5.79±2.33 | 0.83* | 0.91* | 2.67 |
仙骨支持 | 6.06±2.39 | 0.88* | 0.94* | 2.37 |
胸腰椎支持 | 6.01±2.41 | 0.77* | 0.87* | 3.25 |
平均±標準偏差.MV:分時換気量,ICC:級内相関係数,MDC:最小可検変化量.
RR(回/min) | ICC | MDC(回/min) | ||
---|---|---|---|---|
(1,1) | (1,2) | |||
ベッドアップ0° | 15.02±3.65 | 0.87* | 0.93* | 3.11 |
ベッドアップ30° | 14.03±2.97 | 0.87* | 0.93* | 2.97 |
ベッドアップ60° | 14.60±3.36 | 0.82* | 0.90* | 4.05 |
仙骨支持 | 14.92±3.71 | 0.84* | 0.91* | 4.11 |
胸腰椎支持 | 14.87±3.94 | 0.81* | 0.89* | 4.67 |
平均±標準偏差.RR:呼吸数,ICC:級内相関係数,MDC:最小可検変化量.
ΔTdiおよびΔTdi/TV(mm/L)の結果を図5,6に示す.ICC(1,1)とICC(1,2)の結果から,各項目の測定結果は2回の平均値を用いて分析した.ベッドアップ0°から30°,60°とベッド角度が増加するにつれて,ΔTdiおよびΔTdi/TVは増加し,仙骨支持および胸腰椎支持では低下した.多重比較にてΔTdiおよびΔTdi/TVともに,ベッドアップ60°とベッドアップ0°,ベッドアップ30°の間に,ベッドアップ60°と仙骨支持,胸腰椎支持の間で有意差がみられた.
ベッドアップ60°とベッドアップ0°,ベッドアップ30°におけるΔTdiおよびΔTdi/TVの比較
ΔTdi:横隔膜筋厚差,ΔTdi/TV:ΔTdiを1回換気量で除した値.*:p<0.01
ベッドアップ60°と仙骨支持,胸腰椎支持におけるΔTdiおよびΔTdi/TVの比較
ΔTdi:横隔膜筋厚差,ΔTdi/TV:ΔTdiを1回換気量で除した値.*:p<0.01
Tdiを超音波画像診断装置で描出した際の信頼性に関する研究は散見され,高い信頼性が報告されている9,10).本研究では,吸気Tdiおよび呼気TdiのICCは0.74~0.97と高い信頼性を示し,先行研究と同等の結果となった.
ベッドアップ角度の違いによる比較では,角度の増加とともにΔTdiおよびΔTdi/TVは増加した結果となった.姿勢別におけるTdiの変化を比較した研究では,背臥位よりも端座位にてTdiが増大したと報告されている11).これは,腹腔内臓器が重力の影響により下降し,横隔膜を動員しやすくなったことが推測され,本研究結果においてもベッド角度の増加に伴い同様の現象が起きたためにΔTdiが増加したと考えられる.また,稙田ら12)はギャッチアップに伴い腰椎後弯は増強し,正保ら13)は骨盤後傾の座位にて上部胸郭の運動は減少すると述べている.このことから,ベッドアップ60°では下部胸郭運動および腹式呼吸が優位となり横隔膜運動が効率よく行われたことで,ΔTdiが増加した可能性が考えられる.
換気指標に関して,本研究ではベッドアップ角度の増加に伴うTV,MV,RRの有意な増加はみられなかった.これは,ベッドアップ座位と端坐位を比較した高橋ら14)の研究と同様の結果であり,ベッド角度の増加に伴い肺の拡張制限は軽減したものの,呼吸器疾患に罹患していない健常成人が対象者であったことから,TV,MV,RRに有意な変化がみられなかったと考えられる.また,Waitら15)はTdiと肺活量に直線的な関係があることを報告している.ΔTdiは換気量に比例した変化を示すことを考えると,ベッドアップ角度の増加に伴い横隔膜をより動員した呼吸パターンへと変化したことで換気量を維持していると解釈でき,ΔTdi/TVの有意な増大につながったと考えられる.
仙骨支持および胸腰椎支持においてΔTdiおよびΔTdi/TVが有意に低下した.先行研究では疑似的な円背姿勢による胸郭運動の制限は呼吸補助筋の活動を増大させた報告2)があることから,仙骨支持や胸腰椎支持は呼吸補助筋の活動を増大させたことが推測される.しかし,本研究の結果からは呼吸補助筋の活動を実証できないため,今後は異なる姿勢における横隔膜運動と呼吸補助筋の活動の関連性を研究していく必要がある.
本研究における対象者は健常成人男性であり,呼吸器疾患や喫煙歴のある者は除外したため,疾患等の関連は言及することはできない.また,仙骨支持および胸腰椎支持をとることで横隔膜運動は制限されたものの,換気量に明らかな変化はみられなかった.各条件を保持した時間が短時間であったことから,短時間の持続姿勢が呼吸機能へ及ぼす影響は限定的であったと考えられる.今後は,長時間の姿勢保持における変化や呼吸器疾患を対象とした検討,さらに呼吸補助筋の活動を計測する必要があり,高齢者や呼吸器疾患患者におけるベッドアップ姿勢が呼吸機能に与える影響を明らかにすることで,ベッド上での適切なポジショニングを行うことの意義を呼吸機能の観点から示すことが必要であると考える.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.