2022 年 30 巻 3 号 p. 280-284
厚生労働省は2025年に向けた在宅医療推進のために,医師または歯科医師の判断を待たずして特定の医療行為ができる看護師の研修(特定行為に係わる看護師の研修制度)を2015年より施行している.これをうけて日本看護協会は,現行の認定看護師教育課程を,特定行為研修を組み込んだ新認定看護師課程に変更することを発表しており,すでに14分野の新認定看護師教育課程基準カリキュラムが発表されている.呼吸器分野の新分野名は【呼吸器疾患看護】となる予定で,慢性疾患のみならず急性期から慢性期まで連続性をもった視点でケアを提供できる看護師の養成を行う予定となっている.特定行為を行う上では高い臨床推論力と病態判断力が求められており,臨床病態生理学や臨床推論,フィジカルアセスメント,臨床薬理論などの教育がいっそう強化されている.
日本看護協会では,1995年より特定の看護分野において,熟練した看護技術および知識を用いて,水準の高い看護実践ができ,かつ看護師に指導,相談対応ができる認定看護師(Certified Nurse: CN)を養成してきている1).日本呼吸ケア・リハビリテーション学会の後押しを得て,2010年に慢性呼吸器疾患看護分野(Chronic Respiratory Nursing: CRN)が認定された後,教育が開始され,2019年7月現在でCRN-CNとして登録されている認定看護師は291名となった.
CRN-CNの主な対象者の疾患は,慢性閉塞性肺疾患(COPD),気管支喘息,気管支拡張症等の慢性疾患が主であるが,安定期にある患者のみならず,急性増悪期や,人生の最終段階にある患者も対象としケアを提供している.この分野の看護師には,病態の的確なアセスメント力,身体活動性を高める能力,病態・症状に応じた薬物療法等の知識と技術,包括的リハビリテーションを提供する能力,患者・家族ができるだけ安定した療養生活が送れるための自己管理ができるように指導する能力などが求められている.
一方,厚生労働省は2025年に向けた在宅医療推進のために,医師または歯科医師の判断を待たずして特定の医療行為ができる看護師の研修(特定行為に係わる看護師の研修制度)を2015年より施行している2).これをうけて日本看護協会は,現行の認定看護師教育課程を,特定行為研修を組み込んだ新認定看護師課程に変更することを発表しており,すでに14分野の新認定看護師教育課程基準カリキュラムが発表されている.呼吸器分野の新分野名は【呼吸器疾患看護】となる予定で,慢性疾患のみならず急性期から慢性期まで連続性をもった視点でケアを提供できる看護師の養成を行う予定となっている.特定行為を行う上では高い臨床推論力と病態判断力が求められており,臨床病態生理学や臨床推論,フィジカルアセスメント,臨床薬理論などの教科の教育がいっそう強化されている.本文では,特定行為研修が組み込まれた新しい呼吸期看護認定医看護師の教育課程を紹介する.
我が国の少子化は40年前から始まっており,平成の時代に入ると少子化と高齢者人口の増加が加速し続けた3).そしていよいよ多死社会に入り,人口減少の到来となる.団塊の世代が後期高齢者となる2025年に予測されることは,慢性疾患や併存疾患を多く抱える人の増加や,治癒力が低下している高齢者の増加などで,長期のリハビリテーションや負担の多い介護が必要な人が増える.このような状況を目前として,国が打ち出した方策が地域包括ケアシステム4)であり,生活上の安全・安心・健康を確保するため,医療や介護,予防のみならず,福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常生活圏域)で適切に提供できるような地域での体制である5).これを可能にするためには,高度急性期から在宅医療まで,患者の状態に応じた適切な医療を,地域において効果的かつ効率的に提供する体制が必要で,その具体的方策として,チーム医療が推進されている2).チーム医療において各医療従事者が高い専門性を発揮しながら,業務を分担し互いに連携するためには,医療従事者の業務の見直しと業務範囲および実施体制の見直しが必要で,その一環として特定の医療行為を診療の補助として看護師が行えるようになるための「特定行為研修制度」に関する省令が制定された6).「特定行為」とは,看護師が行う診療の補助21区分38行為(表1)であり,対象患者に合わせて医師が作成した手順書に従って看護師が行う場合には,実践的な理解力,思考力および判断力ならびに高度かつ専門的な知識と技術が必要とされる6).
特定行為区分の名称 | 特定行為 |
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1.呼吸器(気道確保に係わるもの)関連 | 経口用気管チューブまたは経鼻用気管チューブの位置の調整 |
2.呼吸器(人工呼吸療法に係わるもの)関連 | 侵襲的陽圧換気の設定の変更 |
非侵襲的陽圧換気の設定の変更 | |
人工呼吸管理がなされている者に対する鎮静薬の投与量の調整 | |
人工呼吸器からの離脱 | |
3.呼吸器(長期呼吸療法に係わるもの)関連 | 気管カニューレの交換 |
4.循環器関連 | 一時的ペースメーカの操作および管理 |
一時的ペースメーカリードの抜去 | |
経皮的心肺補助装置の操作および管理 | |
大動脈内バルーンパンピングからの離脱を行うときの補助の頻度の調整 | |
5.心嚢ドレーン管理関連 | 心嚢ドレーンの抜去 |
6.胸腔ドレーン管理関連 | 低圧胸腔内持続吸引器の吸引圧の設定及びその変更 |
胸腔ドレーンの抜去 | |
7.腹腔ドレーン管理関連 | 腹腔ドレーンの抜去(腹腔内に留置された穿刺針の抜針を含む. ) |
8.ろう孔管理関連 | 胃ろうカテーテル若しくは腸ろうカテーテル又は胃ろうボタンの交換 |
膀胱ろうカテーテルの交換 | |
9.栄養に係るカテーテル管理(中心静脈カテーテル管理)関連 | 中心静脈カテーテルの抜去 |
10.栄養に係るカテーテル管理(末梢留置型中心静脈注射用カテーテル管理)関連 | 末梢留置型中心静脈注射用カテーテルの挿入 |
11.創傷管理関連 | 褥瘡又は慢性創傷の治療における血流のない壊死組織の除去 |
創傷に対する陰圧閉鎖療法 | |
12.創部ドレーン管理関連 | 創部ドレーンの抜去 |
13.動脈血液ガス分析関連 | 直接動脈穿刺法による採血 |
橈骨動脈ラインの確保 | |
14.透析管理関連 | 急性血液浄化療法における血液透析器又は血液透析濾過器の操作及び管理 |
15.栄養及び水分管理に係る薬剤投与関連 | 持続点滴中の高カロリー輸液の投与量の調整 |
脱水症状に対する輸液による補正 | |
16.感染に係る薬剤投与関連 | 感染徴候がある者に対する薬剤の臨時の投与 |
17.血糖コントロールに係る薬剤投与関連 | インスリンの投与量の調整 |
18.術後疼痛管理関連 | 硬膜外カテーテルによる鎮痛剤の投与及び投与量の調整 |
19.循環動態に係る薬剤投与関連 | 持続点滴中のカテコラミンの投与量の調整 |
持続点滴中のナトリウム,カリウム又はクロールの投与量の調整 | |
持続点滴中の降圧剤の投与量の調整 | |
持続点滴中の糖質輸液又は電解質輸液の投与量の調整 | |
持続点滴中の利尿剤の投与量の調整 | |
20.精神及び神経症状に係る薬剤投与関連 | 抗けいれん剤の臨時の投与 |
抗精神病薬の臨時の投与 | |
抗不安薬の臨時の投与 | |
21.皮膚損傷に係る薬剤投与関連 | 抗癌剤その他の薬剤が血管外に漏出したときのステロイド薬の局所注射及び投与量の調整 |
厚生労働省:保健師助産師看護師法第37条の2第2項第1号に規定する特定行為及び 同項第4号に規定する特定行為研修に関する省令の施行等について(令和2年3月27日一部改正)
日本看護協会が1995年から行っている専門性を高める認定看護師教育制度は20年以上を経過し,2019年現在約2万人の認定看護師が全国で活躍している1).その役割は,実践・指導・相談であり,これらは今後とも重要な役割であるが,超高齢化する人口が在宅にて質の高い医療をその人に合った形で受けられるようするには,看護師の実践範囲をもっと拡大していく必要があるだろう.その様な時代の変化を受けて,日本看護協会は2019年に新たな認定看護師制度にすることを決定し,その目的を「特定の看護分野において,熟練した看護技術および知識を用いて,あらゆる場で看護を必要とする対象者に,水準の高い看護実践のできる認定看護師を社会に送り出すことにより,看護ケアの広がりと看護の質の向上を図ること」とした7).新たな認定看護師教育課程では,その看護分野において必要性の高い特定の診療の補助ができるようになるため,特定行為研修が組み込まれ,高い臨床推論力と病態判断力の知識と技術が育成されるプログラムとなっている.
新たな認定医看護師課程の基準カリキュラムは分野ごと随時見直しが行われ,2020年よりその教育が始まるが,慢性呼吸器疾患看護認定看護師においては,新たに「呼吸器看護認定看護師」として2021年より教育が開始される.新たな認定看護師教育課程基準カリキュラム作成概要では,看護現場がますます地域に広がることを踏まえ,看護師像が,「あらゆる場で看護を必要とする対象に,高い臨床推論力と病態判断力に基づく水準の高い看護を実践できる認定看護師」とされた8).また期待される能力として,「多職種連携」「役割モデル」「高い臨床推論力・病態判断力」そして「倫理」が加えられた8).それらを踏まえ,慢性呼吸器疾患看護分野では,急性と慢性が連続性を持った病態であるため区別せず専門的なケアを提供するという意味合いを込め,名称を「呼吸器疾患看護」とした.また,目指すべき呼吸器疾患認定看護師像は,あらゆる療養の場で,呼吸障害のある人とその家族に対して,高い臨床推論力と病態判断力に基づいた急性増悪・重症化回避のための支援,症状緩和とQOLを高めるための療養生活支援を実践できる者となった.組み込む特定行為区分は,対象の多くが高齢で呼吸器管理を必要とすることから「栄養及び水分管理に係る薬剤投与関連」「呼吸器(人工呼吸療法に係る行為)関連」とした9).目的・期待される能力・コアとなる知識と技術を表2に記した.
(目的) 1.呼吸器疾患看護分野において,個人,家族及び集団に対して,高い臨床推論力と病態判断力に基づき,熟練した看護技術及び知識を用いて水準の高い看護を実践できる能力を育成する. 2.呼吸器疾患看護分野において,看護実践を通して看護職に対し指導を行える能力を育成する. 3.呼吸器疾患看護分野において,看護職等に対しコンサルテーションを行える能力を育成する. 4.呼吸器疾患看護分野において,多職種と協働しチーム医療のキーパーソンとしての役割を果たせる能力を育成する. |
(期待される能力) 1.呼吸障害に対して高い臨床推論力と病態判断力に基づき,身体的・心理的・社会的・スピリチュアルな側面の的確なアセスメントができる. 2.呼吸障害に対して高い臨床推論力と病態判断力に基づき,呼吸症状のモニタリングと評価ができる. 3.呼吸障害のある対象者に対して症状緩和のためのマネジメントを行い,QOLを高めるための療養生活行動を支援することができる. 4.呼吸障害のある対象者の身体的・心理的・社会的な対象特性に応じて地域へつなぐ生活調整ができる. 5.呼吸器疾患看護分野において,役割モデルを示し,看護職への指導を行うことができる. 6.呼吸器疾患看護分野において,看護職等に対し相談対応・支援を行うことができる. 7.呼吸器疾患看護分野において,多職種と協働しチーム医療のキーパーソンとして,役割を果たすことができる. 8.呼吸器疾患看護分野において,患者・家族の権利を擁護し,自己決定を尊重した看護を実践できる. |
(コアとなる知識・技術) 1.呼吸障害のある対象者の身体及び精神・社会的,スピリチュアルな側面を的確にアセスメントする知識・技術 2.呼吸症状のモニタリングと評価,重症化予防を行う知識・技術 3.呼吸障害のある対象者の療養生活行動支援のための知識・技術 4.呼吸障害のある対象者の特性に応じて地域へつなぐための生活調整ができる知識・技術 5.呼吸障害の症状緩和のためのマネジメントを行う知識・技術 6.身体所見から病態を判断し,侵襲的陽圧換気・非侵襲的陽圧換気の設定の変更,人工呼吸管理がなされている者に対する鎮静薬の投与量の調整,人工呼吸器からの離脱ができる知識・技術 |
※ここでいう呼吸器疾患は,COPD,間質性肺炎,肺がん,気管支喘息,気管支拡張症,肺結核後遺症,非結核性抗酸菌症,肺繊維症,睡眠呼吸障害等,神経・筋疾患による呼吸障害を含む. |
呼吸器疾患看護認定看護師基準カリキュラム
カリキュラムにおける時間数は615時間から新たなカリキュラムでは786時間と約130時間増えることになったが,新たな認定看護師教育課程で組み込まれた特定行為研修の時間数がかなり増えたためである.特に,看護師が特定行為を行う上で必要とされる臨床推論力を向上させるための「臨床病態生理学」「臨床推論:医療面接」「フィジカルアセスメント基礎・応用」と,病態判断力を向上させるための「臨床薬理学:薬物動態・薬理作用・薬物治療と管理」「疾病・臨床病態概論:概論・状況別」「医療安全学:医療倫理・医療安全管理」「チーム医療論」「特定行為実践」が共通科目の中で強化されたカリキュラムとなった.なお,「指導」「相談」「看護管理」は,認定看護師として必要な能力であるため共通科目として組み込まれている.福井大学では,本分野が立ち上がったことから継続して教育を提供しており,新認定看護師教育も2021年から開講する予定となっている.多くの教育機関が実施しているように,福井大学でも特定行為研修の座学の部分の多くをe-Learningを活用する予定となっているため,開講期間が約1年と延びることになっても,自宅あるいは自施設での自己学習が可能となっている.
特定行為研修が組み込まれたことにより,認定看護分野の専門科目も整理された.まず,「慢性呼吸器疾患における薬物療法」「慢性呼吸器疾患患者の酸素療法と人工呼吸療法におけるケア」は特定行為研修に組み込まれるため削除された.また,「呼吸器疾患論」と「呼吸障害のヘルスアセスメント」の内容が特定行為研修と一部重複するため,時間数が短縮された.ただ,削除された科目にあった内容である〔危機理論〕,〔災害・非常時の対応〕は「呼吸器疾患看護概論」に組み込まれた.加えて,「慢性呼吸器疾患患者の身体活動性向上に向けたアセスメントとケア」は複数の他科目と重複するため削除され,「呼吸リハビリテーション」のねらいに,身体活動性を向上するためのケアの実践と,多職種連携とチーム医療についての理解が追加された.「慢性呼吸器疾患の予防活動」も削除された代わりに,「自己管理のための患者教育」に〔一次,二次,三次予防〕,〔嚥下と口腔ケア〕が加えられるとともに,〔呼吸器疾患看護認定看護師の役割と活動(演習)〕が追加された.
加えられた科目として,看護実践能力を強化する目的で「包括的看護実践」が新設され,演習を含む看護実践の単元となった.また,「慢性呼吸器疾患患者の人生の最終段階におけるケア」が「意思決定支援と人生の最終段階におけるケア」となり,〔ACP: Advance Care Planningと意思決定支援〕が加えられた.演習については,特定行為研修の時間数が多いため,ケースレポートのみ(15時間相当)となり,臨地実習も180時間から150時間(受け持ち患者1事例以上)と短縮された.
特定行為研修として実施することになる医療行為は,呼吸器関連の「侵襲的陽圧換気の設定の変更」「非侵襲的陽圧換気の設定の変更」「人工呼吸管理がされている者に対する鎮静薬の投与量の調整」「人工呼吸器からの離脱」と,栄養・水分管理関連の「持続点滴中の高カロリー輸液の投与量の調整」および「脱水症状に対する輸液による補正」である.つまり,新認定看護師は,今まで通り質の高い看護実践を行いながら,これらの医療技術を必要時すぐに実施することができるため,患者にとっては医師の指示を待つことなく医療処置を受けることができる.なお,カリキュラムの詳細は看護協会HPを参照して欲しい9).
すでに特定行為研修を受け,実際に医療行為を実践している慢性呼吸器疾患看護認定看護師に話しを聞くと,日頃患者と密に接しており,患者の生活状況を理解している看護師だからこそできる,決めの細かい医療処置が実践できており,患者・家族にも高く評価されていると言うことであった.これからは,医療と看護の境界がどんどん重なることで,多職種でのワーク・シェアリングの実現が期待できる.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.