災害による呼吸器慢性疾患への影響は大きく,個人レベルの対応とシステムとしての対応が必要である.
(1)超急性期には患者自身が一週間分程度の薬剤をお薬手帳とともに持ち出せるように準備をしておく.
(2)亜急性期の薬剤の準備は卸ルートが最も有用であり都道府県レベルでは災害に備えた医薬品供給体制の連携体制の構築も進んでいる.医薬品卸から救護所・避難所への医薬品供給体制の合理化や広域災害発生時には国や複数の地方自治体との連携が不可欠である.
(3)COPDや喘息などの呼吸器疾患の治療では吸入薬が中心で感染にも配慮した備蓄やスペーサーの工夫が必要である.
(5)医療機器に関しては機器の準備と補助電源の確保が重要である.
(6)患者と主治医によりアクションプランを作成し理解すること必要である.
(7)2019年年末から新型コロナウイルス感染症が全世界で大きな犠牲を出しており,ハイリスクの呼吸器疾患ではこの対策も重要である.
2019年に「災害と呼吸器疾患」のシンポジウムが行われてからわずかな期間に新型コロナウイルス感染症が世界を席巻した.まさに災害と呼吸器疾患であるが,気管支喘息での罹患率や死亡率が非常に低い一方で,COPDや間質性肺疾患,肺がんでは多くの患者さんが犠牲となった.第一波での罹患状況や重症化の状況が日本呼吸器学会より発表された1).自然災害だけでなく,大きな災害として感染症の流行も今後考えていかなければならない問題であると今回の出来事から感じた医療従事者も多いのではないであろうか?COVID-19流行時の問題としては,特にCOPD患者では外出の機会が減ることによるADLの低下や合併の頻度が高い肺がんの診断の遅れも指摘されている2).一方オンライン診療が進んだことやマスク生活により二次感染が大きく減少したことは今回の流行の特徴である.自然災害と感染では大きな違いがあると同時に,重なる点も少なくない.本稿では2019年に第29回日本呼吸ケアリハビリテーション学会学術集会で発表したことを中心に,感染症流行時における注意点や問題点も合わせて考察する.
日本は災害の多い国である.「自然災害」とは,暴風,豪雨,豪雪,洪水,高潮,地震,津波,噴火その他の異常な自然現象により生ずる被害を言い,日本に自然災害が多い理由としては1)日本列島が4つのプレートによって形成され,地震活動,火山活動が活発である.2)急峻な地形を有し,河川の流程が短く急流である.3)アジアモンスーン地域に位置し,梅雨と台風の時期にしばしば集中豪雨が起きる.4)土地利用が稠密で,河川や海岸,火山に接して都市や農地が位置している.などがあげられる. WORLDRISKREPORTでも一貫して日本は先進国の中で自然災害の多い国として報告されている(図1)3).しかし災害には自然災害だけでなく,人為災害も起こりうる.人為災害の分類を表1に示す.
World Risk Index 2021
事故原因・リスクファクターに基づく分類 | 作為の関与に基づく分類 |
---|---|
・火災 ・建造物倒壊・崩落・爆発 ・交通災害(自動車・列車・航空機・船舶事故) ・産業災害(化学物質・原子力施設関連事故など) ・マスギャザリング(特定の期間・場所に同一の目的で1,000人以上の人が集まること)関連事故災害 | ・テロ災害(化学・生物・核兵器・爆弾・車両) ・銃器乱射・刃物乱用による多数傷害社発生事故 ・その他(放火など) 1)不作為的災害:安全策不備認識下の事故災害 2)非作為的災害:偶発的事故災害 |
災害時には通常の救急医療の需給均衡と比べて,1)需要に比べて供給が大きく不足し,地域の保健医療が提供できない.2)時にインフラの損壊を伴い,供給力がさらに低下する.また,災害は時間外が多く,行政の境界内では完結せず,絶対的また相対的に被害が大きくなるという特徴を有する.呼吸器疾患は慢性疾患が多いが,災害による影響はさまざまである.代表的なものとしては医療システムの崩壊による患者への薬剤供給の停止や感染症の蔓延,寒冷暴露,大気汚染などによる疾患の悪化,災害による精神的ストレスが挙げられる.東日本大震災の際には季節が冬であったこともあり,地震の被害に加え大津波,その後の寒さ,粉塵による大気汚染が加わり呼吸器疾患 の入院が増えたと言われる.高齢者肺炎,慢性閉塞性肺疾患(COPD)の増悪,気管支喘息発作などが主な疾患であった4).さらに最近ではレジオネラ肺炎のリスクも高まったことが指摘されている5).災害時には,特殊性や専門性の高い「災害医療」ではなく「災害時の医療」を継続することが求められる.また院内の体制維持が難しい場合も一定程度平常時に行われているサービスの継続が求められる.
3) 慢性疾患治療薬と災害対応慢性呼吸器疾患では二次感染や二次感染による現疾患の悪化が多く,特に避難生活において増えていたことも指摘されている.悪化した場合にも呼吸器専門医以外が対応することが多く,それ以外医師の関与が少なくなりがちである.災害医療では特に超急性期(2~3日),急性期(一週間),亜急性期(2~3週間),慢性期(数ヶ月から数年)にわけてそれぞれの対応を考える必要がある.
①超急性期:この時期はトリアージ,搬送,瓦礫の下の医療が主体となる.
②急性期:災害派遣医療チーム(DMAT)から後続隊へ,DMATから従来の医療機関へと撤退と引き継ぎが行われるため医療支援が一時的に低下する時期である.この時期にはボランティアや支援物資が送られてきて管理が重要になる時期である.
③亜急性期:発災から2~3週間で新たな外傷患者は減少するが薬が切れる,衛生環境の悪化などの要因により慢性疾患の悪化が起こる.感染症の流行やストレス障害も増加する.
4) 個人での対応東日本大震災の体験から,患者個人として一週間程度の備蓄を準備しておくことが必要であり,東日本大震災後多くの患者がそのように対応している.薬剤には使用期限があるため,古い方から順次使用していくことが必要である.
5) 備蓄 ① 超急性期の薬剤の準備この段階では,DMATが患者に不足している薬剤を供給することになる.患者さんはあらかじめお薬手帳,電子媒体によるお薬手帳を準備する.
平成24年に薬剤師のための災害対応マニュアルが出版された6).この中に記載されている呼吸器疾患治療薬はテオドール®,サルタノールインヘラー®,ベネトリン吸入薬®,ホクナリンテープ®,ネオフィリン注®である.
また日本災害医学会のホームページに記載されている呼吸器疾患治療薬は鎮咳剤(メジコン®),去痰剤(ムコソルバン錠®),鎮咳去痰剤(アスベリン錠®),気管支拡張薬(ユニフィルLA錠 200 mg®),抗喘息薬(β刺激性)(サルタノールインヘラー®),抗喘息薬(β刺激性)(ホクナリンテープ® 0.5 mg),抗喘息薬(β刺激性)(ホクナリンテープ® 2 mg),抗喘息薬(ステロイド剤+β刺激剤)(シムビコートタービュヘイラー®),ステロイド薬(プレドニゾロン錠® 5 mg),ステロイド薬(ソル・コーテフ静注用® 100 mg) の10種類である.抗菌薬としてはクラリスロマイシン®,ビクシリンS錠®,クラビット錠®の3種類である.このリストでは非発作時の薬剤や非増悪時の薬剤が不十分である,また喘息やCOPDの治療薬である吸入薬は多くのデバイスがあり,他のデバイスを吸入することが思ったよりも難しいこと,共用することによる感染の問題もあるため一つのデバイスで多くの患者が共用して吸入することは好ましくない.患者は自分に必要な薬剤を自分で準備する必要がある.また薬を持ち出すことができなかった患者に対して効率よく吸入薬を提供するためには,1)簡便に操作できる吸入薬を多く備える,2)一回ごと個別包装となったドライパウダー製剤(ブリーズヘラー)もあるため備蓄用として検討する.3)MDI(metered dose inhalers)製剤を使う場合,スペーサーを個人持ちとして使用するなどの対応が考えられる.DMATの医療職では細かな対応が難しいため,薬剤師会などの協力を得て吸入指導をある程度担保することが望ましい.今回新型コロナウイルスが流行したことからも,感染対策を考えた吸入薬の備蓄が必要である.現在スペーサーは値段が高くスペースをとるため,より値段が安く収納性の良いスペーサーの開発や,使い捨ての紙コップを用いた吸入なども検討することが望ましい.また災害医療学会のホームページに記載されているシムビコートタービュヘイラー®は非発作時と発作時の両方に用いることが可能で大きさも小さめであり非常に有用な薬剤であるが,製薬の構造上有効期間は2年であるが開封後は2ヶ月と保管期間が短いため注意が必要であり,今後どの吸入器を在庫として保管するかを再検討する必要がある.
② 亜急性期の薬剤の準備亜急性期には薬剤の供給が問題となる.この時期は被災地区外より薬剤が入ってくる時期である.図2に日本における医薬品の流通状況を示す,製薬会社から直接病院に販売されるものと卸会社を通して販売されるものがあり,東日本大震災の経験から救護所や避難所へのスムーズで効率的な薬剤の供給がのぞまれる,医薬品卸業者ではガイドラインを作成して対応を検討している7).また,調剤薬局が車に薬品を積んで被災地に出張するモバイルファーマシー(災害対応移動薬局車両)が東日本大震災以降,大分県や宮城県をはじめとする多くの組織で稼働している.一方横浜市薬剤師会では災害対応として医薬品の備蓄を会員薬局で行い,薬剤師により常時管理が行えるようにした8).実際に発災した時には会員薬局から災害現場に運ばれるシステムである.薬剤の日常的な管理が可能になると同時に救急救命センター,医師会と協力して災害拠点病院に限らず,被災を免れた病院が,いち早く診療体制を整え,負傷者等を受け入れていくのに協力できる体制を整えた.
日本における医薬品流通のしくみ
近年では重症喘息に対する抗体製剤の投与が普及し,重症患者のコントロールが飛躍的に改善した.抗体製剤を用いることでなんとかコントロールできている重症喘息の患者も少なくない.このような患者では治療が長期間中断すると喘息の悪化をきたす可能性がある.一部の患者は自己注射をしており,吸入ステロイド薬のように毎日使用しなければならない薬剤ではないが,亜急性期に必要な薬剤として調達ができるようにシステムを構築する必要がある.また間質性肺疾患に対する抗線維化薬や肺がんに対する抗がん剤,抗体製剤など,中止することで患者の状態を悪化させ,最悪の場合には死亡に至る薬剤もあるため今後の対応を考えることが重要である.このような患者では薬剤を自分で準備すると同時に,準備できなかった場合は被災地域でないところに搬送することを検討する.
このように災害時の医薬品不足に対応するためには,平時から患者と主治医が薬剤の準備やアクションプランを作成しておくこと,増悪時の薬剤の搬送経路を検討しておくことが必要であるが,現段階での備蓄薬品としてこのような薬剤の準備は極めて困難である.特に喘息におけるコントローラーがほとんど準備されておらず薬剤の検討を学会レベルで行うことが必要である9).
呼吸器疾患に使われる医療機器としては人工呼吸器,在宅酸素濃縮機,痰の吸引機,輸液ポンプなどがあげられる.またそれらの機器を動かすための電源も必要である.人工呼吸器や在宅酸素濃縮器に関しては各メーカーが対応して,東日本大震災の時にも病院に酸素ステーションの設置などを行なった.また目的は異なるが今回の新型コロナウイルス第5波でも酸素濃縮器を在宅酸素業者から集めて設置された.現在患者さんの要望に応じて避難所に機器やボンベを設置する対策は計画されている.また災害直後に患者の安否確認をすることは多くの業者で行われており,実際震度3程度の地震であっても患者の確認や機器の状態の確認を行ったという報告がくるようになった.
一方電源の確保に関しては在宅人工呼吸器の非常電源購入に対しては発電機が5~20万円程度,蓄電池が5~6万円であり,多くの自治体で補助金が出ているが,全く補助金がない都市から十分な補助金がある自治体までさまざまであることが問題であると報道されている.
参考:日常生活用具給付等事業とは:市区町村が障害者の日常生活用具の購入を助成または貸与する.財源は原則,国が2分の1,都道府県と市区町村が4分の1ずつ負担.対象となる用具や対象者,上限額は市区町村が決める.ただし国は「用具」について(1)障害者が安全かつ容易に使用できる(2)障害者の日常生活上の困難を改善し,自立を支援する(3)障害者向けに作られ,日常生活品として一般に普及していないもの-の3要件を示しており,原則全て満たさなければならない.
災害の種類にはあらかじめ予測される豪雨のような災害から,突然発生する地震のような災害まである.ここ2年間の経験から,感染症流行下における災害対応は困難を伴うことが予想された.最近では体育館に多くの人が集まって避難をするというお馴染みの光景から,段ボールなどによる間仕切りシステムやテントの活用など避難所そのものに対する考え方もこれから変わっていくと思われる.それでも大規模災害では災害弱者である呼吸器障害者に対する医療資源がどうしても確保できない場合も多いと予測されるため,豪雨などのあらかじめ予測できる災害については患者自身が早めの避難を心がけること,予測できない災害で被災した場合には医療資源が少しでも多い地域へ災害弱者を早めに移送することなどを検討すべきと思われる.
主治医はあらかじめ患者と対応が十分であるかどうか,予測できる範囲で良いので,治療薬を余分に準備したりアクションプランを作成しておくことが望ましい.さらに避難所では不活発になることや食事の供給が十分ではないことが予測されるため,フレイル,サルコペニア対策も必要であると思われる.
また医薬品の供給などについて,マニュアルが多く作成されたが,東日本大震災から時間が経ち,新型コロナウイルス感染症の流行も相まってマニュアルの見直しがされていない部分もあると思われる.今後早急に見直しを進めて欲しいと考えている.
「災害は忘れた頃にやってくる」ということで,およそ10年ごとに大きな災害がやってくることは指摘されている.我々も身を持って対応したいと考えている.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.