2022 年 30 巻 3 号 p. 311-315
【目的】背臥位(P0),45°ギャッジアップ臥位(P45),端坐位(PS)間における呼吸機能,咳嗽能力の変化に着目し,若年者と高齢者で比較することを目的とした.
【対象と方法】対象者は,若年者22名と高齢者17名とした.呼吸機能と咳嗽能力を測定した.測定時の姿勢条件は,P0,P45およびPSの計3条件とした.
【結果】若年者では肺活量や咳嗽時最大呼気流速において各姿勢間で有意差がみられ,1秒量やピークフロー(PEF)の項目でもP0とPSの比較で有意差があり,すべての項目でPSが最高値を示した.高齢者ではPEFにおいてP0とP45に有意差がみられ,P45が最高値を示した.
【結語】呼吸機能や咳嗽能力は,PSが最も高値を示すとする研究が多い.しかし高齢者では咳嗽に関係する指標はP45が最も高値を示した.これは体幹の安定性向上により,呼気筋をうまく使用できた可能性があるのではないかと考える.
本邦では肺炎が死因の第3位であり,肺炎による死亡者の97%が65歳以上の高齢者である1).その肺炎は咳嗽能力の低下からきている.咳嗽は気道の防御反応であり,咳嗽機能の低下は,呼吸器感染症と密接に関係している.
咳嗽は,気道内の異物の排除,貯留した分泌物を気道外に排出をするために必要不可欠な生体防御反応である2)といわれており,その機能は重要である.
入院していると,術後安静や重度障害のため,ベッド上での安静を強いられている患者は少なくない.しかし,ベッド上での姿勢は換気血流比の是正や,排痰だけでなく,呼吸機能や咳嗽能力にも影響を与えると考えられる.
そこで,本研究では,背臥位(P0),45°ギャッジアップ臥位と(P45),端坐位(PS)間における呼吸機能(肺活量[VC],1回換気量[TV],1秒量[FEV1]およびピークフロー[PEF]),咳嗽能力(咳嗽時最大呼気流速,Peak cough flow, PCF)の変化に着目し,若年者と高齢者で比較することを目的とした.
対象は,18歳以上の若年者22名(男:10人,女:12人)と地域在住の65歳以上の高齢者17名(男:8人,女:9人)とした.除外対象は①心疾患,呼吸器疾患を有しているもの.②整形外科疾患(特に胸郭)の障害を有している者.③理解力に問題があり,認知機能検査である改訂長谷川式簡易知能評価スケールにて20点以下とした.
2. 方法呼吸機能の測定には電子スパイロメータ(HI-801・呼吸筋力計:CHEST)を使用した.PCFの測定にはピークフローメータ(MY-0010S: Clement Clarke Int. Ltd)を使用した.
咳嗽能力はピークフローメータに呼気ガス分析用のフェイスマスクを接続したものを使用し測定した.空気漏れのないように測定器具を顔面にしっかりと密着させ,最大吸気位からの随意的な咳嗽を全力で行わせ,その数値を咳嗽能力として評価した.“できるだけ大きく息を吸い込んで,一番強い咳払いをしてください”と説明し,咳嗽は自由なタイミングで行わせた.測定の前には,測定方法のオリエンテーションとデモンストレーションを行い,2~3回練習を実施した.
呼吸機能と咳嗽能力は,各姿勢条件にて測定した.測定時の姿勢条件は,ベッド上P0,P45およびPSの計3条件とした(図1).
呼吸機能・咳嗽能力の評価姿勢
P0:背臥位姿勢
P45:45°ギャッチアップした臥位姿勢
PS:端座位姿勢
P0やP45は,電動ベッドのギャッジアップ機能を使用して角度を変更した.PSは背もたれのある椅子に端座位とした(深く座り,軽く背を付ける程度).測定は各ポジションで3分間の安静を保った後に行った.P0,P45およびPSの順序はランダムに計測した.各ポジションの測定間隔は1~3日空けた.
3. 統計解析呼吸機能は2回測定したもののうち最良のものを使用した(肺活量が最も良いもの).咳嗽能力は3回測定したもののうち最良のものを使用した.どちらの評価とも級内相関係数(intraclass correlation coefficients: ICC)であるICC(1,1)は0.86~0.97で高い信頼性を示した.
データの分析方法は,年齢要因別の各姿勢条件の評価項目の比較には,Friedman検定を行い,その後の多重比較法はWilcoxonの符号付順位和検定をBonferroniの不等式修正を用いて比較した.その後,年齢要因別の交互作用についての検討では,年齢要因(若年者×高齢者)と姿勢条件要因(P0×P45×PS)の2要因で二元配置分散分析を用いた.統計処理はSPSS version 17.0 Jを用い,有意水準は5%とした.
本研究は,関越中央病院倫理委員会の承認(承認番号20160516)を得て実施した.また本研究の参加に際し,対象者にはヘルシンキ宣言に則り,研究の目的,方法,期待される効果,危険性,個人情報の保護について口頭および書面にて説明し,研究参加の同意を得た.
表1に対象の背景と年齢要因別の各姿勢条件の測定値を示した.年齢要因別の各姿勢条件のFriedman検定の結果では,若年者ではVC(p=0.001),FEV1(p=0.001),PEF(p=0.007)およびPCF(p=0.0002)に有意差があり,高齢者ではVC(p=0.02)とPEF(p=0.002)とに有意差がみられた.その後の多重比較の結果(表1)からは,若年者ではVCとPCFとにおいて各姿勢間で有意差がみられ,PSにおいて最高値を示した.FEV1やPEFの項目でもP0とPSとの比較で有意差がありPSで最高値を示していた.一方,高齢者ではVCとPEFとにおいてP0とPSで有意差がみられ,PEFにおいてP0とP45とに有意差がみられた.しかし若年者のTV,高齢者のTV,FEV1およびPCFでは有意差はみられなかった.年齢要因(若年者×高齢者)と姿勢条件要因(P0×P45×PS)との二元配置分散分析ではPEFとPCFとの項目に交互作用がみられた(図2).
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* p<0.05 ** p<0.01
VC:肺活量(vital capacity)
TV:1回換気量(tidal volume)
FEV1:1秒量(forced expiratory volume in one second)
PEF:最大呼気流速(peak expiratory flow)
PCF:咳嗽能力(Peak cough flow)*咳嗽時の最大呼気流速を咳嗽能力として評価
若年者・高齢者別 姿勢による測定値の変化パターン
年齢要因(若年者×高齢者)と姿勢条件要因(P0×P45×PS)の2要因で二元配置分散分析を行いPEFとPCFの項目に交互作用がみられた.
今回,P0,P45およびPSの姿勢間における呼吸機能や咳嗽能力の変化に着目し,若年者と高齢者で比較した.
先行研究でも臥位よりも座位の方が,より良い呼吸機能を示すとされており3),同様に座位と比較して,背臥位では呼吸努力が増加し,呼吸機能が減少すること4,5)や,FEV1はP0よりも坐位で高いことも報告されている6,7).健康な被験者では体位が呼吸機能に影響を及ぼさないことを示す者もいれば8),Tsubaki9)やTalwar10)はP0,側臥位,PSを比較し,Tsubakiは横隔膜の位置が変化すること,Talwarは内臓脂肪の影響をうけるためPSが良いとしている.他にも,P0は胸腔内血液量が増加することで,よりPEF値の減少をもたらす11)との報告もある.また,Badr12)やElkins13)は,体位によって最大呼気量とPEF値が変化し,座位,立位よりもP0の咳嗽力が低下するとしている.これら先行研究をから,呼吸機能は臥位よりも座位で高値を示し,その理由は,横隔膜の位置が変化すること,横隔膜の動きが内臓脂肪の影響を受けること,胸腔内血液量が増加すること,など考えられ,今回の研究でも,若年者ではほぼ同様の結果となった.若年者においてP0からP45やPSへと変化するにつれ数値が増加した要因として,先行研究の考え方の他に,ベッドの背もたれによる胸郭運動への影響も考えられる.呼吸時,肋骨は肋横突関節と肋椎関節を結んだ線を軸にして,降下・挙上する.この運動により肋骨の下方に傾斜した骨体は上外方へ拡充し,前径と横径,そして後径の胸郭内容量を増加させている.P0やP45は,この後径の胸郭内容量を増加させる動きがベッド面によって制限されている.これらのことからベッド面の影響を受けないPSで呼吸機能,咳嗽能力が増加したと考えられる.
高齢者ではポジションにおける測定値の変化において,VCは若年者と同様の傾向があったが,FEV1やPCFという咳嗽に関係する評価項目では各ポジションで有意差がみられなかった.しかしPCFに有意差はみられなかったがPSよりもP45の方が高値を示していた.そしてPEFはP0とP45,P0とPSにおいて有意差が見られP45が最も高値を示していた.これは体幹の不安定性がある高齢者では,背もたれがあることで体幹の安定性が増し,呼気筋をうまく使用できたことと,体幹が崩れないため吸気をしっかりと行えたことに起因すると考えられる.臨床では円背の高齢者において,ベッドアップ坐位から,車椅子のPSになった途端に咳嗽がうまく行えなくなることなど経験するが,このような機序によるものと考える.
若年者と高齢者の姿勢による変化のパターンの比較において,二元配置分散分析の結果からPEFやPCFにおいて交互作用がみられた.高齢者では体幹の不安定性(座位で円背になってしまう)からか,体幹の安定性の確保できるP45においてPEFとPCFとも最高値を示している.円背の評価を行っていないためこちらも推測の域を出ないが,若年者と高齢者のポジショニングは一様に考えられない可能性があると考える.
今回使用したピークフローメータによるPCFの測定については,喘息患者が十分努力をして行う条件で,気道閉塞の程度とよく相関するため,喘息の治療効果や症状を把握するための有効な指標として用いられている14).神経筋疾患患者におけるPCFは,排痰の評価に重要であると報告される15,16)など,様々な疾患や状況下でPCFは測定されている.集中治療室などで,気管挿管を回避するため,窒息や呼吸不全を予防するためには通常 270 L/minのPCFが必要であるとされている17,18).また,なんらかの原因でPCFが 160 L/min以下となると排痰が困難となり,咳嗽時に徒手的介助や機械的な補助が必要となるとの報告もある19).よって,今回計測した高齢者も先行研究の結果から判断するとベッド上P0の期間を持つことはリスクがあると考える.
本研究は,健常若年者・高齢者を対象に研究を行い,P0,P45とPSにおける呼吸機能と咳嗽能力の変化の基礎的な指標を得た.体の位置は呼吸ケア・理学療法では重要である.患者は,P0,セミファーラー位,側臥位,およびPSを含むいくつかの体位で治療される.体位のコントロールによる呼吸機能の最適化は,理学療法士にとって極めて重要な仕事の一つである.本研究が,若年者と高齢者のポジションによる影響の大きさを考慮し,呼吸効率の良いポジショニングを再考する機会になれば幸いである.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.