2022 年 30 巻 3 号 p. 355-359
【目的】肺ランゲルハンス細胞組織球症(PLCH)は難治性希少疾患のため,治療法やリハビリテーションの効果は確立されていない.今回,肺高血圧症を合併したPLCH患者に対して高流量鼻カニュラ酸素療法(HFNCOT)を併用した運動療法を実施し,良好な成績が得られたため報告する.
【症例紹介】肺高血圧増悪,心不全にて入院し,第4病日より理学療法開始した.運動時低酸素血症が顕著であり,運動負荷の調整に難渋した.経鼻カニュラとHFNCOTでの運動負荷試験の結果から,運動療法中にHFNCOTを用いることとした.
【経過】HFNCOTにより低酸素血症は抑制され,十分な強度での運動療法が可能となり,独歩にて退院となった.
【まとめ】HFNCOTはPLCH患者の運動時低酸素血症の抑制に有効であり,運動療法を安全かつ効果的に実践する一助となると考えられた.
肺ランゲルハンス細胞組織球症(Pulmonary Langerhans cell histiocytosis: PLCH)はランゲルハンス細胞の非腫瘍性増殖と好酸球浸潤による肉芽腫形成を特徴とする原因不明の疾患であり,喫煙との関連が示唆される稀な疾患である1).臨床症状は,乾性咳嗽や呼吸困難,易疲労感,体重減少などをきたし2),拘束性換気障害や拡散障害などの間質性肺病変を呈する疾患である3).進行したPLCHではしばしば肺高血圧症(Pulmonary hypertension: PH)を合併することが知られている4).PHは,肺動脈圧(Pulmonary arterial pressure: PAP)の平均値が 25 mmHg 以上に上昇する病態の総称であり,PLCHに併発するPHはニース分類の第5群に該当する極めて稀なPHとされている5).
今回,PHを合併したPLCH患者に対して,運動療法にHigh flow nasal cannula oxygen therapy (HFNCOT)を併用することで運動時低酸素血症(Exercise induced hypoxemia: EIH)を抑制し,効果的な運動療法を実施できた症例を経験したため報告する.
症例:58歳,女性.BMI 23.3(kg/m2).
診断名:肺ランゲルハンス細胞組織球症(PLCH).
既往歴:頚椎症(47歳),尿崩症,アナフィラクトイド紫斑(52歳).
喫煙歴:30本/日×31年(6年前より禁煙).
2. 現病歴6年前より労作時の呼吸困難感が出現して他院を受診し,レントゲン,CTにて右気胸・両側びまん性の気腫病変を指摘され,同院に入院加療となった.酸素療法,利尿剤を投与し,気胸は安静加療にて改善したため,在宅酸素療法(Home oxygen therapy: HOT)を導入し退院となった.退院時に前医より当院紹介され,疾患精査のため同年8月に入院した.肺生検にてPLCH,右心カテーテル検査(平均肺動脈圧 37 mmHg)でPHと診断された.PLCHに対して,肺移植の待機リストに登録することを勧められたが,患者本人が希望されなかった.薬物療法としてマシテンタン錠,2年前よりセレキシパグ錠を追加し,入院前は,セレキシパグ錠 2 mg/日,マシテンタン錠 10 mg/日,HOTは安静時 2 L/労作時 3 Lにて外来治療していた.今回,PH・右心不全の増悪による呼吸困難感を訴え,加療目的で入院となった.入院第4病日に身体機能の改善,日常生活動作の改善を目的に理学療法が処方された.
3. 入院時所見血液ガス分析は経鼻カニュラ 4 LでpH 7.32,PaCO2 61.5 mmHg,PaO2 44.7 mmHg,HCO3- 31.6 mmol/Lと2型呼吸不全を呈し,血液検査はCRP 0.31 mg/dL,WBC 11.22×103/µLとWBCの上昇を認めた.また,BNP 456.6 U/mLと上昇しており,労作時の呼吸困難の増悪と喘鳴,下腿浮腫があり,心不全増悪所見を認めた.胸部レントゲンでは,両側に結節陰影とすりガラス影があり,肺門陰影の増大がみられ,胸部CTでは両側に少量胸水及び嚢胞と結節陰影の多発を認めた(図1).入院前日に測定した肺機能検査では,肺活量 1.1 L(対標準値 38.3%),一秒量 0.8 L(対標準値 36.0%),一秒率 71.4%と拘束性換気障害を認めた.
入院時画像所見
A)胸部レントゲン画像:両側に,結節陰影とすりガラス影があり,肺門陰影の増大がみられる.
B)胸部CT画像(上肺野):すりガラス陰影,気腫性変化と結節陰影多発.
理学的所見については,安静時より呼吸補助筋活動が顕著であった.胸式優位の呼吸様式であり,胸郭柔軟性は低下していた.聴診にて両肺野で捻髪音を聴取した.息切れは修正 MRC 息切れスケール grade 4であった.運動機能は握力,膝伸展筋力共に健常同年代より低い値であったが,基本動作は修正自立レベルであった.2分間歩行距離は 69 mで,終了時SpO2は76%であった.病棟内ADLではトイレ移動にてSpO2が78%まで低下しており,日常生活内でもEIHを引き起こしていた.
以上より,EIHとディコンディショニングによる廃用性の筋力低下,呼吸困難感を呈しており,生活範囲の狭小化を来していると考えられた.
評価項目(単位) | 初期評価 (第4病日) | 最終評価 (第26病日) |
---|---|---|
握力(kg)(右/左) | 20.1/18.4 | 24.0/22.9 |
最大膝伸展筋力(kgf) | 20.5 | 24.5 |
膝伸展筋力(kgf/kg)(右/左) | 0.35/0.31 | 0.42/0.44 |
NRADL(点) | 16 | 40 |
SGRQ | ||
Symptoms score | 55.85 | 19.41 |
Activity score | 79.67 | 79.52 |
Impacts score | 27.28 | 32.39 |
Total score | 47.90 | 44.52 |
基本方針はディコンディショニングの是正と運動機能の改善とし,呼吸練習,リラクセーション,胸郭可動域練習などのコンディショニングおよび運動療法は,重錘を用いた低負荷での下肢筋力訓練と歩行練習とした.また運動療法中はEIHの抑制のため,経鼻カニュラ 3 Lから酸素マスク 5 Lで酸素流量を調整することとした.
6. 経過1)経過1(第4~17病日)
第4病日よりベッドサイドにて理学療法を開始した.徐々に心不全症状が改善し安定してきたため,第10病日より訓練室へ移行し,自転車エルゴメーターによる持久力訓練を開始した.運動負荷は 0 w×10分から開始し,修正Borg Scaleによる自覚症状(呼吸困難感,下肢疲労感)の評価とSpO2は下限85%を基準として,徐々に負荷量を増加した.負荷量が 10 wattになると約5分でSpO2が85%,修正Borg Scaleは呼吸困難感8となり,それ以降の負荷量の調整に難渋したため,酸素吸入方法の検討が必要となった.
2)酸素吸入方法の検討(第18~19病日)※表2参照
経鼻カニュラ,酸素マスクではEIHを抑制できないため,経鼻カニュラとHFNCOT(F&P AIRVO™ 2,Fisher & Paykel Healthcare社)の2条件での運動負荷試験を実施し,HFNCOT によるEIHの抑制効果について検証した.経鼻カニュラはHOTで処方されている労作時 3 L/minとし,HFNCOTの設定は総流量 50 L/min,酸素 25 L/min,FIO2 60%とした.
まず経鼻カニュラで,自転車エルゴメーターを用いた漸増負荷試験 (ramp負荷 10 watt/min)を実施し,peak loadは 43 wattであった.同日中に80%peak load(34 watt)で定常負荷試験を行い,endurance time 145秒,終了時所見はSpO2 79%,HR 115 bpm,下肢疲労感 10,呼吸困難感 10であった.
翌日にHFNCOTにて漸増試験を実施し,peak loadは 57 wattであった.定常負荷試験はEIHの抑制効果の検証のため経鼻カニュラと同負荷 (34 watt)で実施し,endurance time 280秒,終了時所見はSpO2 88%,HR 118 bpm,下肢疲労感 10,呼吸困難感 10であった.以上の結果より,HFNCOTの方が明らかにEIHを抑制できていることから,運動療法中にHFNCOTを用いることとした.
評価項目(単位) | 経鼻カニュラ | HFNCOT |
---|---|---|
漸増負荷試験 | ||
peak load(watt) | 43 | 57 |
SpO2(%) | 92⇒79 | 99⇒88 |
HR(bpm) | 69⇒90 | 67⇒107 |
修正Borg Scale | ||
呼吸困難感 | 0⇒2 | 0⇒10 |
下肢疲労感 | 0⇒5 | 0⇒10 |
定常負荷試験 | ||
load(watt) | 34 | 34 |
endurance time(sec) | 145 | 280 |
SpO2(%) | 92⇒79 | 99⇒88 |
HR(bpm) | 67⇒115 | 68⇒118 |
修正Borg Scale | ||
呼吸困難感 | 0⇒10 | 0⇒10 |
下肢疲労感 | 0⇒10 | 0⇒10 |
3)経過2(第20~26病日)
HFNCOTを併用した持久力訓練を 23-29 w(40-50%peak load)×5分×2セットで実施した.運動中はSpO2 92%以上を維持することが可能となり,有害事象の発生なく運動負荷を強化したプログラムを実施することができた.
理学療法プログラム・経過
初期評価時と比較し,握力は約 4 kgf,最大膝伸展筋力は 4 kgf(体重比:約 0.1 kgf/kg),2分間歩行距離は 33 m増加した.最大膝伸展筋力6)と2分間歩行距離7)はMinimal Clinically Important Differenceを超える改善であった.NRADLは16点⇒40点,SGRQは47.90点⇒44.52点と共に改善傾向を示した.また定常負荷試験ではHFNCOT開始時と比較してendurance time は96秒延長した.酸素吸入量は入院前の安定期と変更なく,第27病日に独歩にて自宅退院となった.
【倫理的配慮】症例報告するにあたり,匿名性の保障,自由意志であること,不利益性を生じさせないこと,個人情報の厳重な管理を行うことを対象者に説明し同意を得た.
これまで,PLCH患者に対するリハビリテーションの報告は少なく,PHを合併したPLCH患者の運動療法に関する知見は乏しい.特発性PH患者の呼吸困難感は,肺血管抵抗の上昇や肺血管床の減少が原因とされている.これらは,換気/血流のミスマッチを引き起こし換気応答の促進から,呼吸困難感を引き起こす8).また,酸素運搬能力の低下により末梢組織の循環不全となり,労作時に著明な低酸素血症を引き起こす9).これらPHの病態に加えて,PLCHによるものと思われる拘束性換気障害や胸郭可動性低下の所見もあることから,PHとPLCHの複合病態によるEIHや呼吸困難感が引き起こされていると考えられた.
HFNCOTは加湿・加温した高濃度酸素を経鼻カニュラで供給できる機器である. 高流量酸素投与による死腔換気率の減少,PEEP効果,換気量の増減による影響を受けず一定のFIO2が供給できるため,下肢疲労感や呼吸困難感を軽減すると考えられている.COPD患者を対象とした先行研究では,HFNCOTを併用することで,定常負荷試験の運動時間を延長し,SpO2の低下や呼吸困難感を軽減することが報告されている10,11).本症例においても,経鼻カニュラとHFNCOTの条件で行った運動負荷試験では,HFNCOTの方がEIHを抑制して,endurance timeが延長していたことから,高濃度の酸素供給によりCOPD患者と同様の効果が得られたと考える.さらに,HFNCOTを併用した運動療法後に実施した最終評価時の定常負荷試験では,endurance timeが延長していた.従ってHFNCOTを併用することで,EIHを来すことなく負荷量を強化した運動療法が実施できたものと考えられた.
近年,PH患者に対するリハビリテーションのRCTが報告されており,運動療法の重要性が高まっている12).しかし,適切な運動の様式や頻度,強度,持続時間はいまだ確立していないため,適応症例の選択や運動方法・強度の検討は重要であると考える.我々は,日本循環器学会の運動療法中止基準13)を基にして,心拍数やSpO2などのバイタルサインや自覚症状を観察しながら,低強度の運動療法から設定している.そして,運動中の循環動態や低酸素血症に応じて,慎重に運動強度を調整している.また,本症例にように低強度の負荷でもバイタルサインや自覚症状に変化がある場合は,インターバルトレーニングも考慮すべきと考える.
PH患者の運動療法中のリスクとして,失神,前失神,上室性頻拍などが報告されている14).EIHは低酸素性血管攣縮を引き起こし,右心負荷の増大による相対的心拍出量の低下から失神や心不全の増悪,突然死の恐れがある.これを回避する点においても,HFNCOTを併用した運動療法は有用であると考える.
今回,PHを合併するPLCH患者に対してHFNCOTを併用した運動療法を実施した.HFNCOTはPLCH患者のEIH抑制に有効であり,運動療法を安全かつ効果的に実践する一助となると考えられた.
今回実施した2条件による運動負荷試験ではFIO2を統一した比較は行っていない.そのため,臨床研究においてHFNCOTの有効性を検証すためには,FIO2を統一した比較が必要であると考える.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.