2022 年 31 巻 1 号 p. 141-144
吸気筋訓練(inspiratory muscle training: IMT)は慢性閉塞性肺疾患患者や心血管術後の横隔神経麻痺に対し呼吸機能や労作時呼吸困難感の改善に有用であるとされるが,帯状疱疹罹患後の横隔神経麻痺に対するIMTの有効性の報告は未だない.今回,我々は帯状疱疹罹患後の横隔神経麻痺が疑われた症例に対してIMTを実施した.その結果,吸気・呼気時の横隔膜移動距離,呼吸機能,労作時呼吸困難感が改善し,IMTの有効性が考えられた症例を経験したため報告する.
帯状疱疹は水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化により片側性の知覚神経に一致した有痛性の水疱や浮腫性紅斑を生じる病態である1,2).帯状疱疹の合併症は神経障害性疼痛が有名であるが,稀に運動麻痺を来す場合がある2,3,4).帯状疱疹に伴う体幹や四肢の運動麻痺の頻度は0.5%から5%と低く5,6,7),横隔神経麻痺の頻度はさらに稀で症例報告レベルにとどまる8,9,10,11,12,13).1949年から2019年までに報告された帯状疱疹罹患後の横隔神経麻痺26例中の61.5%(16例)で横隔神経麻痺の改善はなく11),死亡例も認められている12).薬剤治療では高用量の抗ウイルス薬の投与や8,9)ステロイドパルス療法11)などが行われているが,治療法は未だ確立されておらず,呼吸リハビリテーション(呼吸リハ)での改善効果も乏しいと報告がある13).
吸気筋訓練(Inspiratory muscle training: IMT)は,米国胸部学会/欧州呼吸器学会のステートメントで著明な吸気筋力の低下や全身の運動トレーニングが困難な慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)の患者で吸気筋力向上や労作時呼吸困難感の軽減に効果的であるとしている14).また心血管術後に横隔神経麻痺を来した69例に対し,IMTの効果を調べたランダム化比較試験15)では,1年後解析できた52例のうちIMT介入群77.8%,対照群で12.5%とIMT介入群で有意に横隔神経麻痺の改善を認めた.さらにIMT介入群では対照群と比較し最大吸気圧(maximal inspiratory pressure: MIP)の有意な低下と肺活量(vital capacity: VC)の有意な増加を認め,労作時呼吸困難感も有意に軽減している.我々が検索した範囲では帯状疱疹に伴う横隔神経麻痺に対してIMTを導入した報告は認められなかった.今回我々は帯状疱疹罹患後の横隔神経麻痺が疑われた症例に対してIMTが有用である可能性が示唆された症例を報告する.
70歳代女性.身長 146.3 cm,体重 63.4 kg.主訴は労作時呼吸困難感,修正MRC 息切れスケール(modified Medical Research Council dyspnea scale: mMRC)グレード2である.既往歴に高血圧症,脂質異常症があり,喫煙歴はない.X年1月に左肩から左背部に発疹が生じ,前医で帯状疱疹と診断され,アメナビル 400 mg/日と背部の神経障害性疼痛に対してミロガバリン 10 mg/日による加療を1週間受けた.帯状疱疹に伴う発疹や疼痛は消失したが,X年3月の健診の胸部X線で左横隔膜挙上とVCの低下を指摘され,X年6月に当院を紹介受診した.胸部X線では左横隔膜の呼吸性移動に乏しく,吸気・呼気での横隔膜移動距離を肺尖部から横隔膜直上までの距離の差として画像解析ソフトVINCENT®で計測したところ,横隔膜移動距離は左で 21.8 mm,右で 34.2 mmであった.呼吸機能検査ではVC 1.82 L,%VC (% predicted vital capacity)は82%と低下傾向で,努力性肺活量 1.77 L,1秒量 1.47 L,1秒率83.05%であった.悪性腫瘍等を疑う所見を認めず,帯状疱疹罹患後の左横隔神経麻痺が強く疑われたため,神経保護作用目的にメコバラミンの内服を開始し,呼吸機能・労作時呼吸困難改善のためIMTを中心とした呼吸リハを開始した.
【リハビリプログラムと評価】外来での呼吸リハはIMTを中心とし,下肢筋力増強訓練・胸郭可動域訓練を併用し週1回,40分間実施した.IMTには吸気量の測定が医療者・患者ともに視覚評価が可能であるトライボールTMZ(Medtronic社製)(図2)を使用し,各吸気量のボールを筒最上部で1-2秒保持させる動作を 600 mL/秒から開始し,2か月目 900 mL/秒,3か月目 1,200 mL/秒と吸気量を増量した.IMTは外来で20回から30回,自宅でも1日20回行うよう指導した.外来受診時にトライボールTMZによる吸気量,呼吸機能検査・胸部X線撮影による横隔膜移動距離,6分間歩行距離(six-minute walk distance: 6MWD)による評価を行った.
トライボールTMZ
各筒内にボールが入っており,最大吸気によるボールの挙上数で吸気量を測定する.吸気量の目安は1個 600 mL/秒,2個 900 mL/秒,3個 1,200 mL/秒である.1,200 mL/秒が吸気量の目安の測定限界,最高値である.
図1に胸部X線画像の推移,図3に臨床経過を示す.IMT介入から1か月後には両側横隔膜移動距離が増加し,3か月後からは左横隔膜移動距離の増加,VC,%VCともに改善を認めた.6MWDも初診時 300 mから4か月後に 390 mに増加し,mMRCはグレード0に改善した.外来でのIMTは4か月後に終了とし,自宅でのIMTは6か月後まで継続した.初診から16か月後の現在も改善後の状態を維持できている(図1,3).
胸部X線画像の推移
初診時,3,6,16か月後の吸気・呼気時の胸部X線を示す.IMT介入から3か月後には左横隔膜の呼吸性移動の改善を認め,初診から16か月後も改善後の状態を維持している.
臨床経過
VC(vital capacity),%VC(% predicted vital capacity),横隔膜移動距離を示す.IMT(Inspiratory muscle training)は外来で4か月間,自宅で6か月間実施した.初診から16か月後も横隔膜移動距離およびVC,%VCは改善した状況を維持している.
IMT: Inspiratory muscle training, M: month, VC: vital capacity, %VC: % predicted vital capacity.
論文化に際して患者に十分な説明行い承諾を得るとともに当院の倫理委員会で承認を得た(承認番号: 2021-64).
本症例は帯状疱疹罹患後の横隔神経麻痺が疑われた1例である.帯状疱疹発症から初診まで5か月が経過しており,高用量の抗ウイルス薬の投与やステロイドパルス療法などに対する反応性は乏しいと考えられた.片側横隔膜麻痺は,吸気時の横隔膜の収縮不全により腹腔内圧と横隔膜圧が低下し,1回換気量の減少と呼吸数の増加のため呼吸困難を呈す病態とされる16).近年,COPDや心血管術後に横隔膜機能不全を呈した患者に対するIMTの有用性が報告されている14,15).COPD患者に吸気抵抗負荷法によるIMTを実施し,横隔膜と胸鎖乳突筋の活動を筋電図で評価した研究では,横隔膜の活動性に関わらず胸鎖乳突筋の活動性が増加することが示されている17).IMT導入・実施にあたり本症例ではsniff nasal inspiratory pressureやMIPが測定できていなかったが,横隔膜の機能改善を目的としたIMTのMIPに対する適正負荷量は報告により異なり一定の見解がない15,18).一方で高負荷では呼吸補助筋に対する過剰な負荷や横隔膜疲労が生じる可能性が報告されていることから18),高負荷を避けるために,インセンティブ・スパイロメトリー(トライボールTMZ)で最低吸気量(600 ml/秒)からIMTを開始し徐々に吸気量を漸増した.図3に示すように,横隔膜移動距離はIMT介入から1か月後には両側で軽度増加し,VC,%VCも軽度改善した.IMT介入から1か月後までの変化は帯状疱疹罹患後に胸郭の動きが一時的に制限された可能性等が考えられるが,推論にとどまる.IMT介入から3か月後からは左横隔膜移動距離は増大しVC,%VCともに改善を認め,IMTの効果があったと考え得る.一方でIMT介入から1―3か月後までの期間は変化に乏しく,自然軽快した可能性も残り,吸気負荷方法や負荷量について検討する余地があったと思われる.針筋電図や最大吸気圧の測定が実施できていなかった点は本症例の課題である.
帯状疱疹罹患後の横隔神経麻痺が疑われた症例に対し,IMTが有効である可能性が示唆された症例を経験した.帯状疱疹罹患後の横隔神経麻痺には改善が乏しく確立された治療法もないが,IMTを併用した呼吸リハの介入が有用な治療の選択肢となる可能性がある.
本症例の要旨は第7回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会中国・四国支部学術集会(2021年6月,web開催)で発表した.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.