気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患においては吸入療法が中心となっているが,内服薬とは異なり,薬物が呼吸器系へと送達されるためには適切な操作を必要とする.しかし,吸入薬の種類は多く,それぞれ使用方法が異なるため,高齢者ではとくに誤使用やアドヒアランス低下が報告されている.高齢者の指導においては,認知症をはじめとする併存疾患の存在や筋力,視力,聴力の低下などの特徴を理解しながら吸入指導をすることが重要であるが,薬局内の関わりのみでは指導の間隔が空いてしまい,誤った手技に陥り治療効果が低減してしまうケースがある.そのため,電話,来局,訪問,可能であればコミュニケーションツール等を利用し服薬状況を継続的にフォローする体制を構築することが必要である.
現在,本邦では諸外国に例をみないスピードで高齢化が進行している.2018年10月1日現在,65歳以上の人口は3,558万人,総人口に占める割合は28.1%となっており2025年には30%になると推計されている1).また,同年には約700万人,65歳以上の5人に1人は認知症になると見込まれており2),気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患を抱える患者の高齢化や認知症を併存する割合も増加していくことが予想される.
高齢者は,視力の低下により指導箋の文字が見えにくい,聴力の低下により指導者の声がしっかり聞こえていない,理解していても思い通りに操作ができない,自分の吸入手技が正しいと誤解していることなど問題点を認めることが多く3),初回指導において正しい手技を取得するまでに30分以上かかることもある.会話のやり取りが他の患者に聞こえないようにパーテンション等で区切られ独立したカウンターを用意する薬局も増えてきたが,高齢者は併存疾患から,多剤併用になりやすく,吸入薬以外にも確認することは多い.一方,在宅において指導する場合は周囲の目を気にすることもなく,患者のペースでやりとりが可能であり,また,サービス担当者会議やケアマネージャーから得られる情報は指導する上で参考になることが多い.
訪問薬剤管理指導(居宅療養管理指導)開始に至るには4つのパターンがある(図1).在宅医療における薬剤師の主な役割は「医薬品・衛生材料の供給」「患者の状態に応じた調剤」「薬剤服用歴管理」「服薬指導・支援」「服薬状況と副作用のモニタリング」「残薬の管理」「医療用麻薬の管理」「在宅担当医への処方提案等」「ケアマネージャー等の医療福祉関係者との連携・情報共有」などである.全国的に「居宅療養管理指導」に係る算定回数が伸びており4),薬剤師による在宅における薬剤管理が進んでいるが,その役割がしっかりと周知されておらず,どの薬局が在宅医療に対応できるのかがわかりにくいといった課題もある.2007年より薬局機能情報提供制度(図2)が始まり,2019年の「薬局機能に関する情報の報告及び公表」の改正により,在宅の実施件数や患者の服薬状況等を医療機関に提供した回数などの実績が公表され,以前と比べて薬局の特徴がわかりやすくなっている.
訪問薬剤管理指導(居宅療養管理指導)開始に至る4つのパターン
介護の負担から,家族の希望で在宅訪問を開始した.訪問時は吸入手技を撮影し,その動画を拡大しながら一緒に閲覧し,正しい手技になるまで繰り返した.その後,アドヒアランスは高く,吸入が習慣付いていたが,パルミコートタービュヘイラー®のカウンターが見えにくいと相談があったため,「視力の低下」によるピットフォールが起きないようにデバイスに色をつけ使用期間を紙に記して対応した.介入して約1年,これまでできていた操作に誤りが見られたため,キーパーソンである家族にコミュニケーションツールであるMedicalCareSTATION(MCS)を紹介し,チャットや動画のやり取りができるようにした.訪問時以外でも,吸入している様子を動画で撮影してもらい,また,他の薬剤に関しても相談ができるようにして,介護の負担を軽減することにつながっている.
(2) 多職種提案型.80代,女性,要介護2,サービス付き高齢者住宅多剤服用中であり,薬の管理をしてほしいとケアマネージャーから紹介があり訪問を開始した.所持している薬品を整理したところ,先発医薬品,後発医薬品など同成分も含めて30種類以上あり,アドヒアランスは低い状態であった.アドエアディスカス®とツロブテロールテープを使用していたが,練習器具で吸気流量を確認したところ,音が鳴らず,また実薬においては吸入口をくわえたまま吸入,息吐きを繰り返しており,これまでは吸入薬の効果を引き出せていない恐れがあった.手技を撮影していたため誤った箇所を繰り返し閲覧しながら,正しい手技を取得した.これまでは正しく吸入できていなかったことと今後はβ刺激薬の重複による副作用の可能性があることを医師に報告し,ツロブテロールテープは処方削除となった.吸入手技をフォローし残薬を整理したところ,アドヒアランスが向上し,その後もツロブテロールテープの再処方はなかった.
(3) 薬局提案型.80代,女性,要支援2,独居吸入指導連携で,医師より「スペーサーを外している」「一人暮らしであり家族の協力が見込めない」と記載があったため,医師に期間限定で訪問することを伝え,訪問指示を受けた.フルティフォーム®にフルプッシュとスペーサーを装着して吸入してもらったところ,1回量を押せていなかった.「スペーサーを使うと奥が見えにくく,また,エアゾールが喉に直接当たる感じがしないためスペーサーを外していた」と聞き取ったが,側面からの動画を閲覧してもらい,これまではそもそも押せていないことを理解してもらった.翌週,訪問し再度手技を確認したところ,フルプッシュ無しで吸入しており,1回量を押せていなかった.前回使用していたフルティフォーム®はフルプッシュを装着したまま廃棄していたためであり,今後はすべてフルプッシュを装着した状態でお渡しするようにした.その後はトラブルなく正しい手技を身につけたため訪問を終了し,薬局内のフォローで症状の悪化なく過ごせている.
ドライパウダー製剤の練習用で音が鳴るのを確認したが,次回来局時,息吐きをしっかりせず鳴らせない事例があった.デバイスの変更も考慮したが,吸入前の息吐きを理解してもらうために,インチェックを使用し,息吐きの有無で吸気流量が変わることを納得してもらった.今後も吸入前の息吐きを確認する必要があると医師に報告したところ,医師からも息吐きについて説明があり,薬局において毎回吸気流量の確認をしてほしいと本人から申し出があった.医師,薬剤師の連携が,アドヒアランス向上につながった.
(2) 吸入手技と呼吸を分けて伝えるブリーズヘラー®の操作で苦労をしているとのことで当薬局に紹介があった.練習用で吸入してもらったところ,最初から最後までどこか不自然な印象であったため,一度ブリーズヘラー®を手放して,深呼吸を一緒に行い,呼吸を整えた.息吐き,吸入,息止め,息吐きの手順を練習してから再度吸入したところカラカラ音もなり,吸入することができた.カラカラ音はこれまで聞いたことがなく,吸入に30分要することもあったとのことだった.
(3) エアゾール缶のトラブル吸入時にフルティフォーム®を誤って落としたところ,エアゾール缶が外れてしまったと連絡があり訪問した.噴霧自体は問題ないことを確認し,いつものように吸入してもらったところ,手を震わせながら押していたため,フルプッシュを装着してもらった.その後,押す力が楽になり,また,滑りにくくなったとのことで,トラブルなく使用できていた.
(4) 吸入薬追加による影響アドエアディスカス®を正しく使用できていたが,メプチンエアー®の追加処方後,しばらくしてアドエアディスカス®の使用実感がないと相談があった.吸入してもらったところ,アドエアディスカス®のレバーを操作後,吸入前に振りはじめたため,使用実感がなかったのは,ブリスター内の粉がこぼれ落ちたためであることがわかった.薬の追加や変更後は正しい手技を取得していても本事例のように手技を混同することがあるため,注意が必要である.
吸入指導においては,「やってみせて」「やってもらい」それらを「繰り返す」ことがアドヒアランス向上につながる.高齢者に指導する際はその特徴を理解し,「やってもらい」を注意深く観察する必要がある.動画撮影は,部分的に拡大することや繰り返し閲覧することが可能であるため,正しい手技の取得に有用である.吸入薬以外にも多剤服用している場合,残薬の整理や服用しやすい形の提案などで服薬全体の負担を軽減することもアドヒアランス向上につながる.近年,ICTを活用したコミュニケーションツールが浸透してきたが,高齢者には敷居が高く環境的に難しいときは,電話や来局,必要に応じて訪問するなど相手に合ったもの選択することが重要である.今後増加していくと思われる難渋例は,保険薬局のみでは対応が難しいこともあり,吸入指導連携や多職種連携など地域でのチーム医療が求められる.そして,成功事例を講習会などで共有していくことが,慢性呼吸器疾患を抱える患者の高齢化に伴う諸問題を地域で解決することにつながっていくであろう.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.