日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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呼吸不全の管理のポイント
―急性呼吸不全―
西村 直樹
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2023 年 31 巻 2 号 p. 166-170

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要旨

動脈血酸素分圧 60 mmHg以下が呼吸不全であり,比較的短い期間で急速に起こった場合を急性呼吸不全という.呼吸不全には動脈血酸素化不全,換気不全,組織への酸素運搬の不全,組織での酸素利用の不全の四要素があるといわれ,狭義には前二者が呼吸不全である.動脈血酸素化不全は通常は高炭酸ガス血症を伴わないI型呼吸不全になり,換気不全は 45 mmHgを超える高炭酸ガス血症を伴うII型呼吸不全になるので,動脈血血液ガス分析で鑑別する.酸素療法では低流量系デバイスと吸入酸素濃度を一定に保つ高流量系デバイスの使い分けをする.高流量鼻カニュラ(HFNC)の普及が著しく,最近高炭酸ガス血症を伴うCOPD増悪において標準的酸素療法より治療失敗率が低いことが示された.非侵襲的陽圧換気(NPPV)は呼吸器領域ではCOPD増悪,拘束性胸郭疾患を中心に使用され,動脈血pH 7.25~7.35が最も良い適応になる.

緒言

わが国では,呼吸不全とは室内気呼吸時の動脈血酸素分圧(PaO2)60 mmHg以下と定義されており,動脈血炭酸ガス分圧(PaCO2)45 mmHg以下をI型呼吸不全,PaCO2 45 mmHgを超えるものをII型呼吸不全と分類する1.呼吸不全の定義は各国で少しずつ異なるが,わが国の定義は行政的定義(在宅酸素療法の健康保険適用基準)との整合性もとられている.

さらに時間軸で分類すると呼吸不全が1ヵ月以上続いた場合を慢性呼吸不全とよび2,比較的短い期間で急速に起こった場合を急性呼吸不全という.急性呼吸不全と慢性呼吸不全では自ずと鑑別疾患が異なってくる.さらに呼吸器救急の現場で問題になるのは急性呼吸不全なのか,慢性呼吸不全の急性増悪なのか,ということになる.

本項では,急性呼吸不全について理解するために,救急の現場で「呼吸が苦しい」と訴える患者をどのように診断したらいいのかをより広い視点から概説し,急性呼吸不全の病態と治療について詳細を述べる.

呼吸不全の四要素と病態

1) 呼吸不全の四要素

救急の現場で患者が呼吸困難を訴えるときには急性~慢性の時間軸にかかわりなく,表1の四要素を思いうかべると鑑別診断を挙げやすい.

表1 呼吸不全の四要素
動脈血酸素化不全(肺でO2が取り込めない)
  肺炎,COPD/肺気腫,間質性肺炎,気管支喘息,肺梗塞,肝肺症候群
換気不全(CO2が吐き出せず,O2が吸えない)
  脊髄損傷,ALS,重症筋無力症,緊張性気胸,COPD/肺気腫,肺結核後遺症,気管支喘息,薬物
組織への酸素運搬の不全(O2をうまく末梢組織まで運べない)
  重症心不全,重度の貧血,Raynaud現象
組織での酸素利用の不全(末梢組織まで届いたO2をうまく使えない)
  敗血症,シアン中毒

狭義には動脈血酸素化不全と換気不全が呼吸不全であり,動脈血酸素化不全はI型呼吸不全(hypoxemic respiratory failure)になり,換気不全はII型呼吸不全(hypercapnic respiratory failure)になる.ただしこれら四要素はいずれか一つと割り切れるものではなく,しばしば複数の病態が種々の程度で重なり合う.

動脈血酸素化不全は肺胞気動脈血酸素分圧較差(A-aDO2)が開大する.大気圧が 760 mmHgで37°Cの水蒸気圧が 47 mmHgの場合A-aDO2=(760-47)・FiO2-PaCO2/0.8-PaO2 で求められる.室内気ではFiO2は0.21なので,A-aDO2=150-PaCO2/0.8-PaO2 になる.動脈血酸素化不全を起こす病態には, V ˙ A/ Q ˙ ミスマッチ(換気血流比不均等),拡散障害,肺外右-左シャント(体循環どうしの短絡)などがある.A-aDO2の正常値は 10 mmHg未満であり,20 mmHg以上は明らかに開大している. V ˙ A/ Q ˙ ミスマッチは呼吸器救急の現場で最もよく遭遇する呼吸不全の病態であり,肺炎,無気肺,急性呼吸窮迫症候群(ARDS),肺動静脈瘻,肺血栓塞栓症(肺梗塞)などが含まれる.慢性呼吸不全の急性増悪においてもこれらの病態が加わっていることはごく普通にある話であるので,必ず動脈血血液ガス分析を行い,呼吸不全がI型なのかII型なのか,またA-aDO2の開大があるかどうかを確認して,病態を推定していく.

2) 急性呼吸不全と慢性呼吸不全急性増悪の病態(COPDの場合)

頻度の多いCOPD増悪については病態を精細に解説する.COPD増悪は「息切れの増加,咳や痰の増加,胸部不快感・違和感の出現あるいは増強などを認め,安定期の治療の変更が必要となる状態をいう.ただし,他疾患(心不全,気胸,肺血栓塞栓症など)の先行の場合を除く.症状の出現は急激のみならず緩徐の場合もある」と定義されている3.その病態は図1のように理解できる.

図1

COPD増悪の病態と治療

実線は病態,点線は治療(西村原図)

COPDの病態は気道分泌の亢進や気道のリモデリングなど気道病変に伴う気道の狭小化と,肺弾性線維断裂(気腫化)に伴う肺弾性収縮力の低下ならびに気道開存力低下などが複合的に影響して発症する気流制限であり,換気不全(II型呼吸不全)を来たす.しばしば併存する肺気腫により,有効肺胞面積の低下による動脈血酸素化不全(I型呼吸不全)と死腔換気の増加による換気不全も重なり,複合的な呼吸不全を起こす.

COPD増悪時には,気流制限悪化により換気不全やエアトラッピングによる呼出障害から動的過膨張を来たし,さらなる換気不全の悪循環になる.さらに呼吸仕事量の増大や併存する感染が酸素需要の増大と炭酸ガス産生の増加を招き,これらが更なる換気ドライブを引き起こして換気不全とのギャップや酸素需給の解離を呼吸困難として感じる.

呼吸不全の症状と徴候

呼吸不全時の症状と徴候は表2のようにまとめられる1,2.慢性呼吸不全では代償の結果,労作時呼吸困難やチアノーゼ以外は無症状のことも多いが,慢性呼吸不全の急性増悪時には急性呼吸不全で見られる症状が出現しうるので注意深く問診と診察をする.頻呼吸は呼吸不全全般に見られることが多い所見なので救急の現場では呼吸回数を確認する習慣をつけてほしい.

表2 呼吸不全時の症状と徴候
急性呼吸不全
 低酸素血症による症状
  PaO2<60 mmHg:呼吸窮迫(頻呼吸),頻脈
  PaO2<40 mmHg:チアノーゼ,興奮,見当識障害
  PaO2<30 mmHg:意識消失
  PaO2<20 mmHg:昏睡,徐脈,ショック
 高炭酸ガス血症による症状
  PaCO2 基礎値+10 mmHg:発汗,血圧上昇,手のぬくもり
  PaCO2 基礎値+20 mmHg:傾眠,羽ばたき振戦
  PaCO2 基礎値+30 mmHg:昏睡,縮瞳
慢性呼吸不全
 低酸素血症による症状
  労作時呼吸困難,チアノーゼ以外はほとんど無症状
 高炭酸ガス血症による症状
  腎臓で代償された場合はほとんど無症状

(厚生省特定疾患呼吸不全調査研究班昭和56年度研究報告書,酸素療法マニュアル2017をもとに作成)

呼吸不全患者への対応と検査

救急の現場では患者が呼吸不全症状を訴えて受診した場合に,それが急性呼吸不全なのか,慢性呼吸不全なのか,慢性呼吸不全の急性増悪なのか,当初は分からないことも多い.病歴のはっきりしている患者が表2に挙げた呼吸不全症状を呈しているときには,カルテ記録で慢性呼吸不全を起こしうる基礎疾患の記載がカルテで把握できれば慢性呼吸不全の急性増悪の可能性として病態理解が早まるので,まずはカルテ情報を把握して診療にあたりたい.初診で救急受診した患者が表2に挙げた呼吸不全症状を呈している場合には,表1の呼吸不全の四要素を意識した病歴聴取と身体診察を行い,検査では動脈血血液ガス分析を第一に,胸部X線写真,心電図,緊急血液検査を実施して鑑別をすすめる.いかなる場合でも,呼吸不全症状を訴える患者の診療では,最初から呼吸器疾患と決めつけずに循環器疾患や神経疾患などの可能性も疑い呼吸不全の四要素に立ち返りながら鑑別診断をすすめる.

呼吸不全の治療

1) 呼吸不全時の呼吸管理

救急で呼吸不全を診断した際の呼吸管理フローチャートを図2に示す.重症患者,すなわち心肺停止,ショック,敗血症,重篤な外傷,溺水,アナフィラキシー,重篤な肺出血,てんかん重積状態,重篤な頭部外傷,CO中毒,などでは,心肺蘇生や気管挿管,バッグバルブマスクでの換気が優先される4.そうでない場合にはII型呼吸不全のリスクがあるかないかで初期酸素療法のSpO2目標値が変わってくる4.II型呼吸不全の主なリスク患者は中等症以上のCOPD患者や肺結核後遺症の患者である.これらの患者ではCO2ナルコーシス予防のためにSpO2の目標値を88~92%と低めに設定し,ベンチュリマスク24%もしくは28%や,鼻カニューレなら微量流量計を使用して 1~2 L/minの低流量で初期治療を開始する.容易にSpO2が92%を超える場合には 0.5 L/min前後の微量で調整する.II型呼吸不全のリスクがないと考えられるならSpO2目標値を94~98%に設定して酸素投与量を調整する.その上で,動脈血血液ガス分析結果が出たら直ちにその結果に基づいて目標値を変える必要がある.

図2

急性呼吸不全(慢性呼吸不全の急性増悪)の呼吸管理

BTS Guideline for oxygen use in healthcare and emergency settings,酸素療法マニュアル2017をもとに西村作図

動脈血血液ガス分析の結果,動脈血pH<7.35の場合は非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)や侵襲的人工呼吸の適応を考慮する.動脈血pH≧7.35かつPaCO2>45 mmHgの場合はベンチュリマスク24%もしくは28%や,鼻カニューレなら微量流量計を使用して 1~2 L/minの低流量で酸素投与を行う.容易にSpO2が92%を超える場合には 0.5 L/min前後の微量で調整する.PaCO2≦45 mmHgの場合はSpO2目標値を94~98%に設定して流量調整する.

酸素投与のデバイスには低流量系デバイスと高流量系デバイスがあり,I型呼吸不全ではCO2貯留リスクを考慮しなくていいので低流量系デバイスでよく,吸入酸素濃度の低いものから順に,酸素カニューレ,酸素マスク,リザーバー付き酸素マスクを選択する.II型呼吸不全ではCO2貯留リスクを考慮して吸入酸素濃度を一定に保つために高流量系デバイスを使用するのが望ましい.ベンチュリマスクが汎用されるが,気道の加湿を狙ったインスピロンマスクも高流量系である.

2) 高流量鼻カニュラ(High Flow Nasal Cannula; HFNC)

HFNCも高流量系デバイスの一つだが,酸素ブレンダーをもち吸入酸素濃度設定の精度が向上したこと,人工呼吸器で使用する高性能加温加湿器をセットにしてあり理想的な気道の加湿ができること,専用のプロング(鼻カニューレ)からの高流量ジェット流により解剖学的死腔(鼻腔)の洗い出し効果や若干のPEEP効果が期待できること,などの効果があり,I型とII型呼吸不全のいずれにおいても既存の酸素デバイスとNPPVの間を埋めるもの,時にNPPVの代替として急速に普及しつつある.

エビデンスレベルの高い臨床研究結果が不足していたが,最近,急性代償性高炭酸ガス性呼吸不全を呈するCOPD増悪(pH≧7.35,PaO2<60 mmHg,PaCO2>45 mmHg)患者を対象にした各群160例の大規模ランダム化試験の結果が発表され,標準的酸素療法(31例19.4%)に比べてHFNC群(16例10%)では有意に治療失敗率が低かった(p=0.026)5

今後はNPPVが得意とするpH 7.25~7.35のCOPD増悪患者を対象にしたHFNCの効果を示す臨床試験の結果が待たれるところである.

3) 非侵襲的陽圧換気療法(Non-invasive Positive Pressure Ventilation; NPPV)

NPPVはその生理学的特性として陽圧呼吸,換気補助,高濃度酸素投与ができるため,低酸素血症の改善,高炭酸ガス血症の改善,呼吸仕事量の軽減,内因性PEEP の解除,前負荷・後負荷の軽減による心原性肺水腫の改善,などの効果が期待できる.

気管挿管による侵襲的人工呼吸と標準的酸素療法の間を埋めるものとして非常に有力な呼吸管理法である.本邦のNPPV(非侵襲的陽圧換気療法)ガイドライン6ではCOPD増悪や心原性肺水腫などに対し,エビデンスレベルI,推奨度AでNPPV使用を勧めている.他に呼吸器疾患に該当するところでは,拘束性胸郭疾患(肺結核後遺症など)に対してもエビデンスレベルはIVなれど,推奨度AでNPPVを勧めている.

慢性呼吸不全の急性増悪でもっとも頻度の多いCOPD増悪においては,NPPVは気道の狭小化の結果生じるエアトラッピングによる内因性PEEPに対するカウンターPEEPと,気流制限の増大による換気不全に対する換気補助と,酸素化の低下に対する酸素補充の効果を同時に達成することができる強力な治療法になる.

COPD増悪における12試験959名のメタアナリシスで,平均年齢67歳,平均動脈血pH 7.31,平均PaCO2 68 mmHg,NPPVは多くは二相性陽圧,一日平均8.5(6-14)時間使用し,平均4.3(3-10)日使用した場合,気管挿管リスクは65%減少することが分かった7.さらにこのうち11試験940名のメタアナリシスで,それまでの標準的治療に比べ在院死亡リスクを55%減少させることも分かった7.引用した各臨床試験に組み入れられた患者群の平均動脈血pHを横軸に,挿管率を縦軸に,各群のn数のインパクトを円の大きさで示し,NPPV群と標準的酸素療法群の動脈血pHと挿管率との関係を回帰グラフで示すと図3のようになる7.例えばpH 7.26では標準的酸素療法は60%の挿管率になるが,NPPV群では20%の挿管率である.同じpHならNPPVの挿管回避力は強力だが,pH 7.26を下回ると挿管率は20%を超えてくるし,そもそもこれらのランダム化試験に組み入れられた患者のpHは低い試験でも平均7.25程度から上,もしくはpH 7.25以上を組み入れ基準にしていることが多い.したがってpH 7.25を大幅に下回る場合はNPPV実施のエビデンスが乏しい,もしくは失敗する潜在的リスクが高いと考えるべきであり,侵襲的人工呼吸の適応を意識する.

図3

COPD増悪においてNPPV治療群と標準的酸素療法群のベースライン動脈血pHと挿管率の関係

標準的酸素療法群はR2=0.53,p=0.005;NPPV群はR2=0.36,p=0.029;両群の傾きの違いp=0.047.

原図7を一部改変.

その他NPPVを断念し侵襲的人工呼吸に移行すべき状態として,患者の協力が得られない,心肺停止,意識レベル低下,不穏,大量誤嚥,嘔吐,気道クリアランス不良,循環動態不安定,重度の不整脈,などが挙げられている6

まとめ

呼吸不全の鑑別では,常に呼吸困難の四要素を思い浮かべ,さらに急性呼吸不全,慢性呼吸不全の急性増悪,慢性呼吸不全,という時間軸を見抜くことで,原因と病態を正確に把握することができる.そのためには,病歴と症状ならびに徴候(身体所見)の正確な聴取と,動脈血血液ガス分析を行う必要がある.標準的酸素療法には低流量系デバイスとと高流量系デバイスがあり,II型呼吸不全でCO2ナルコーシス発症のリスクがある患者では吸入酸素濃度を一定に保つために高流量系デバイスを使用する.NPPVはCOPD増悪,心原性肺水腫,拘束性胸郭疾患(肺結核後遺症など),などで使用が推奨されており,急性II型呼吸不全においては動脈血pH 7.25~7.35がよい適応になる.HFNCはNPPVと標準的酸素療法の間を埋めるもの,時にNPPVに置き換わるものとして,今後のエビデンスの更なる蓄積が待たれる.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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