日常診療で携わる肺炎の大半は誤嚥性肺炎であると言っても過言ではない.また,呼吸器疾患を含む種々の疾病や治療に伴い嚥下機能が低下するため,例えばCOPDや間質性肺炎の診療においても,嚥下への配慮が求められるようになってきている.
一方で,誤嚥性肺炎についてはガイドラインも確立しておらず,日々の診療に疑問や不安を抱える医療者は少なくない.食べさせてあげたい,でも誤嚥をさせたらどうしよう.患者さんとご家族,医療者の思いがうまくかみ合わない.こうした葛藤も多い分野である.
これらの不安や葛藤の多くは,多職種で専門性を発揮し合うことが解決への糸口になる.急性期から回復期,慢性期,在宅と,環境に応じてケアを臨機応変に形作り,情報を伝達しあうためには,基盤となる理解が必要である.本教育講演では,医療者間でのすれ違いの原因になりやすい,誤嚥性肺炎に関する誤解を紐解くことで,明日からの診療の一助になればと思う.
入院する高齢者の肺炎の7割は誤嚥性肺炎であるとされる1).日常診療で携わる肺炎の大半は誤嚥性肺炎であると言っても過言ではない.しかし,誤嚥性肺炎については診断や治療方針が統一されづらく,誤解や葛藤の多い分野となっている.本講演では誤嚥性肺炎の診断,治療,予防,ケアについて,各職種ができることを考える機会としたい.
高齢者の肺炎のほとんどは誤嚥性肺炎とされている.そこで,肺炎をみたときには,誤嚥性肺炎であるかどうかを必ず考えることを習慣化することが推奨される.しかし,誤嚥性肺炎の定義や診断法は,各ガイドラインや国・地域で見解が異なっている.この理由は,日本呼吸器学会による成人肺炎診療ガイドライン2)で分かりやすく解説されている.「嚥下機能障害を来しやすい病態,あるいは誤嚥のリスク因子をもつ宿主が,直接的に誤嚥性肺炎のリスクであるとは言いがたいことに大きな問題点が存在している.すなわち,同程度の誤嚥が生じたとしても,咳反射や気道のクリアランス能が低下している場合は低下していない場合と比べ,肺炎に至る危険性が高いと考えられるため,誤嚥によって引き起こされる肺炎(誤嚥性肺炎)のリスク因子は,単純な誤嚥のリスク因子だけでは測れない」としたうえで,「誤嚥のリスク因子」(表1)と「誤嚥による肺炎のリスク因子」(表2)が列挙されている.
病態 | 自覚的,他覚的症状 | 疾患 |
---|---|---|
嚥下機能低下 | むせ 頻回の口腔内分泌の吸引 ※嚥下機能評価にてある一定の予測は可能 | 意識障害 全身衰弱,長期臥床 急性の脳血管障害 慢性神経疾患 認知症 脳梗塞後遺症 パーキンソン病等 医原性 気管切開チューブ留置 経管栄養(経鼻栄養) 咽頭にかかわる頭頸部手術 鎮静薬,睡眠薬 抗コリン薬など口内乾燥を来す薬剤 |
胃食道機能不全 | 胸やけ,逆流感 | 胃食道逆流 食道機能不全または狭窄 医原性 経管栄養(経鼻栄養および経腸管栄養) 胃切除(全摘,亜全摘) |
(文献2 p. 39 表4より引用改変)
病態 | 自覚的,他覚的症状 | 疾患 |
---|---|---|
喀出能低下 | 咳反射低下 呼吸筋力低下 | 全身衰弱,長期臥床 |
気道クリアランス能低下 | 喀痰の粘稠性上昇 | 慢性気道炎症性疾患 |
免疫能低下 | 全身衰弱,長期臥床 急性脳血管障害 低栄養 |
(文献2 p. 39 表4より引用改変)
つまり,現段階では誤嚥性肺炎であるかどうかを判断するには,誤嚥のリスク因子と(誤嚥による)肺炎のリスク因子の二つを伴う肺炎ととらえるのが妥当と考える.例えば脳卒中後遺症による嚥下障害のある患者が長期臥床となった場合や,咽頭がん術後の症例が低栄養状態になった場合などである.
なお,入院する高齢者の肺炎は7割以上が誤嚥性肺炎であることから,(極論ではあるが)誤嚥が否定できるまでは誤嚥性肺炎と考えて対応するのが診療上は丁寧であると,筆者は考えている.なぜならば,誤嚥性肺炎と気づかれずに通常の肺炎として抗菌薬治療のみを行っていれば,誤嚥の原因疾患への治療が遅れるほか,肺炎を繰り返して予後やQOLに大きく関与するためである.
原因の診断こうした経緯から,誤嚥性肺炎の診断は,さらに誤嚥の原因および肺炎の原因を診断するところまで含めて,三段階から成る.日常診療では,脳梗塞の後遺症がある,などといった既往歴から原因が判断されることが多い.しかし,実際には新規の原因が潜んでいることも少なくない.当院のデータでは,原因のはっきりしない誤嚥性肺炎の約3割で,嚥下障害を来す原因疾患が,入院後に新たに見つかっている3).例えば原因不明の肺炎と一過性意識障害で入院となり後に延髄海綿状血管腫の出血が原因であると診断された症例や4),肺膿瘍の精査で咽頭がんと診断された症例5),頚椎に重度のびまん性特発性骨増殖症を来して誤嚥性肺炎と気道閉塞を来した症例6)などである.これらは珍しい疾患ではなく,日常的に出会う可能性がある.しかし,これらの症例はいずれも,肺炎の診療を行っていては気づきにくかった経過であった.誤嚥の原因と肺炎の原因を考えるという二つの軸は,予後を大きく左右する重要な段階である.
一般的に,嚥下障害の原因としては脳卒中や頭頚部癌が多い7).しかし,これらは「飲み込みにくい」ことを主訴に耳鼻咽喉科や内科などの外来を訪れた症例から集められたデータであることが多い.これは誤嚥性肺炎の症例を前にしたときに鑑別する疾患とは視点が違うことに注意したい.日常診療で見逃さないようにしたいのはむしろ,肺炎になるまで気づかれなかった基礎疾患である.つまり,気づかれにくかった理由として,症状の種類や経過,また患者背景(認知症や老々介護)などが潜んでいることを念頭に置く必要がある.前述の研究3)で,肺炎で入院後に診断された誤嚥の原因疾患の一覧を示す(図1).最多であったのは神経疾患である.とくに重度認知症や神経変性疾患,また急性期脳卒中が多くみられた.次いで,消化器疾患が原因として多く挙がる.とくに重度の逆流性食道炎や食道裂孔ヘルニアでは嘔吐に伴い誤嚥性肺炎(や誤嚥性肺臓炎)を来しやすい.また忘れてはいけないのが薬剤性である.鎮静薬,鎮咳薬,制吐薬,抗パーキンソン病薬などは嚥下や咳嗽反射を減弱させるほか,電解質異常を生じて意識障害や嚥下障害を来しうる薬剤にも注意が必要である.高齢者では服薬アドヒアランスや薬物代謝が想定通りではないことも多く,また多剤併用となりやすいためとくに気を付けたい.
誤嚥性肺炎で入院後に診断された誤嚥の原因
(文献3 Figure 2より作成)
これらに共通しているのは,頻度の多い疾患であるため軽視しがちなことや,高齢者では症状が分かりにくいことなどから,意識的に診察しなければ気づかれにくいという点である.原因疾患そのものの治療や予後はもちろんのこと,これらが誤嚥性肺炎の原因になると,さらにQOLや生命予後を大きく左右する.そこで,これらを診断するためには,多職種での連携が必須となる.
実際,原因の診断はほとんどの場合,病歴や身体所見が契機となっている3).例えば意識障害や嘔吐は,肺炎で入院時には(肺炎の症状として起こることもあるため)十分に精査が行えないことも多い.これらは肺炎の改善に伴って改善してくるようであればよいが,そうでなければ,別の原因としての精査が必要になる.また,慢性経過の歩行障害や振戦,認知機能の低下などが,肺炎で入院時に初めて発見されることもある.さらに,入院時の検査結果を,意識的に見直すと誤嚥の原因が見つかることがある.例えば骨粗鬆症治療薬に伴う高Ca血症や,食道がんに伴う貧血などである.またX線を見直すと大動脈瘤や食道裂孔ヘルニアが見つかることもある.これらは初見では気づきにくいこともある.そこで,高齢者の肺炎を見た際には誤嚥の原因を探すという視点で,すでに行っている検査結果ももう一度見直すようにしたい.さらに,入院後の経過を診ていくうえで,既往歴に合致しない症状がみられたり,発熱を繰り返したりするときなどは,惰性で治療を行うのではなく,原因を追究する姿勢を持ちたい.初診時に限らず,診断という視点を常に持っておくことが鍵になる.
忘れてはいけないのが社会的要因である.誤嚥には疾患や薬剤だけでなく,生活の変化も関与している.例えば食事内容や介助者,摂食環境の変化が一因となっていることもある.そこで,体調だけでなく生活に変化がなかったかも聞くことを忘れないようにしたい.例えばデイケアに通うようになって,周囲に合わせて慌てて食事を摂るために誤嚥をしやすくなっていたり,あるいは妻の入院に伴い食事を宅配食にしたために食欲が低下してサルコペニアが進行していたりといった具合である.
なおこれらの多くは,看護師や療法士の気づきが診断につながっている.例えば日常生活動作における認知機能や身体の不安定さ,振戦,筋強剛,患者や家族の何気ない発言が,診断につながることは往々にしてある.またケアマネージャーや訪問看護師,介護士など,患者をよく知る地域の担当者から重要な情報が得られることも多い.認知機能や日常生活動作が日ごろと比較してどうであるのかは病院では把握しづらい.そこで,病院では入院した患者さんについて,こうした情報を収集することを意識する.また職種や環境を問わず,患者の変化に気づいた際には担当者へ伝達する心がけが重要である.
原因別の治療・予防誤嚥性肺炎の原因診断が重要な理由は,診療内容が原因によって異なるためである.つまり,治療,予防,ケア,予後予測,面談など診療のあらゆる面が,原因によって異なってくる.例えば逆流性食道炎による誤嚥と,COPD終末期でサルコペニアを併発した場合に繰り返す肺炎とでは,同じ誤嚥性肺炎でも予後が異なるのが想像できる.原因がわからないままでは予後を推定できず,そのため訓練計画や療養の場,意思決定支援も定めにくくなる.
誤嚥の原因を考えるには,摂食嚥下の5期モデルに従って考えると,治療や予防策を想定しやすくなる(表3).食べ物を認知してから胃へ送るまでの流れは,5段階に分けられる.この5段階において,いずれが障害されているか,いずれを予防したいか,という視点で考えたい.
期 | 概要 |
---|---|
1.先行期 | 食物を見て,食べる物と認識して,口へ運ぶ |
2.口腔準備期 | 口唇や歯を用いて食物を口腔内へ取り込む |
3.口腔期 | 食物を咀嚼し,嚥下しやすい形にまとめて,咽頭へ運ぶ |
4.咽頭期 | 食塊を奥舌から咽頭を通って食道入口部まで運ぶ |
5.食道期 | 食塊が食道に送り込まれ,胃へ運ばれる |
(文献8 p. 31 図2-6より作成)
例えば逆流性食道炎や食道裂孔ヘルニアなど上部消化管疾患では,胃食道逆流に伴う誤嚥性肺炎を来しやすくなる.胃酸に伴う化学性の炎症(誤嚥性肺臓炎)だけであれば抗菌薬は不要であるが,口腔内環境や基礎疾患によっては感染を併発することも少なくない.また,胃切除後やイレウスに伴う嘔吐では胆汁なども含むため感染性が高くなる.そこで,嘔吐に伴う誤嚥性肺炎であれば一概に抗菌薬が不要とは言えず,基礎疾患や症状,全身状態に応じて検討したい.
これらは食道期の病態であるため,誤嚥の予防にはとろみや嚥下訓練といった口腔期や咽頭期に焦点を当てた対策を講じても効果が期待できない.食道期に着目した生活指導(非薬物療法)が中心になる.例えば食事を一度に多量に摂取しないこと(腹八分),逆流を悪化させやすい刺激物を避けること(飲酒,喫煙,コーヒー,香辛料,チョコレート),食後すぐに臥床しないこと,就寝時は左側臥位あるいは頭部を少し挙上させること,衣服やコルセットなどによる締め付けを避けること,肥満者は減量すること,などである.また,上部消化管の蠕動運動を促進して逆流を防ぐための薬物療法として六君子湯9)やモサプリド,制酸薬も考慮する.
一方で,神経疾患では認知機能や手指の運動障害,また咽喉頭の感覚低下や協調性障害などから,先行期から口腔準備期や口腔期,咽頭期が広く障害され得る.そこで,対策は上部消化管疾患とは異なる.原疾患の治療が可能な場合には,摂食嚥下を意識して調整する.例えば抗パーキンソン病薬が食事の時間に効果を発揮するよう服薬のタイミングを検討する,あるいは効果が最善のときに食事をとるようにする,といった具合である.姿勢の保持や摂食動作が困難になりやすいため,ポジショニング,補助具などを理学療法士,作業療法士と検討することも重要になる.さらに,自律神経失調症に伴い食事性に血圧が低下しやすく,食事前後の変化には注意する.また,神経疾患の患者が肺炎で入院すると,原疾患の影響で仕方がないと考えがちであるが,実際には神経疾患は軽度でサルコペニアや逆流性食道炎など可逆性の病態が肺炎の原因になっていることも多いため,その都度,評価を行うようにしたい.
誤嚥の原因として気づかれにくいのが,呼吸器疾患である.通常,嚥下時には喉頭が挙上して閉鎖し,気道防御を行いながら,食道入口部が開いて食塊が通過する.呼吸器疾患では呼吸様式が変化するため,この気道防御のタイミングが合いにくくなり,誤嚥をしやすくなる10,11).また,息切れがあると食事時の姿勢保持や咀嚼にも疲労感を伴い,食欲を失いやすい.さらに,COPDなどでは逆流性食道炎を高率に合併する.つまり呼吸器疾患においては,先行期から食道期まで幅広い障害が生じ得る.そこで,まずは原疾患の治療を強化し,呼吸を整えることが重要である.吸入療法は手技を有効に行えていないことも多いため,薬剤師や看護師で確認と指導をできるようにしたい.とくに食事中の息切れを軽減できるよう,重度の症例では食前に酸素投与量を増量する,短時間作動型の気管支拡張役を使うなどといった工夫も検討する.食事中には疲労をしにくい姿勢を保持できるようクッションなどを活用し,食事の終盤で疲労を伴ってきた際には介助を行う.また腹部が膨満すると肺を圧排して息切れが悪化しやすいため,一度に多量に摂取するのではなく,分割食が推奨される.食間に熱量,蛋白量の多い間食を提案できるとよい.さらに,呼吸器疾患患者では口呼吸や吸入薬(抗コリン作用),酸素療法などにより口渇を来しやすく,菌の繁殖や口腔期の摂食嚥下障害に加担しやすい.そこで,口腔内の観察やケアにも注力したい.呼吸理学療法や,サルコペニアを意識した栄養療法が重要なのは言うまでもない.
このように,原因が診断されることで,治療や予防法への道が開かれる.また,原疾患の経過によって,予後を推定し,暮らしを検討することも可能になる.
誤嚥性肺炎ではきちんと原因を診断し,それに基づいて適切な治療や予防,ケアを行うことが重要である.これには,患者さんの生活や身体をよく知る多職種の気づきが欠かせない.患者さんが生活の場から急性期病院,回復期,慢性期,そしてまた在宅や施設へと移動するなかで,安心して暮らしていけるように,自施設内のみならず施設を超えて地域で連携することで,よい診療が生み出される.
本論文は第31回学術集会で講演した.講演時の所属は飯塚病院 呼吸器内科.
吉松由貴;研究費・助成金(日本呼吸器学会海外留学助成金)