2023 年 31 巻 2 号 p. 184-190
症例はIdiopathic pleuroparenchymal fibroelastosis(iPPFE:特発性上葉優位型肺線維症)と診断された65才女性.初診時に既に慢性呼吸不全状態であり同日外来でHOT導入,その1ヶ月後に在宅NPPVが導入された.約4年は比較的安定した経過であったが,その後病状が急速に進行し入退院を繰り返すようになった.それとともにADLが著明に低下し,「できること」や「したいこと」が「できないこと」に変わっていきQOLも著明に低下していった.「できないこと」を受け入れながら「できること」「したいこと」を患者・家族とともに考え,多職種チームで最期までサポートしたケースであった. 本症例検討会においては介入の評価を日本呼吸器学会・本学会合同「非がん性呼吸器疾患の緩和ケア指針2021」(以下「緩和ケア指針」1))に基づいて行った.
Idiopathic pleuroparenchymal fibroelastosis(iPPFE:特発性上葉優位型肺線維症)は肺尖部の胸膜肥厚・上葉の線維化が緩やかに進行し,るいそう・扁平胸郭を高率に合併する2,3).薬物治療は効果が乏しく,急速に進行する症例もあれば,緩やかに進行するものもある2,3).有症状となった場合にはすでに進行した状態であることも多く,呼吸不全状態となると治療・管理に非常に難渋する疾患の一つである.
本症例検討会ではiPPFEに罹患し初診時に既に慢性呼吸不全状態であった65才女性の死亡に至る約7年半の経過を示しながら,それぞれの治療フェーズで生じた問題点に主に対応した職種により「患者・家族のQOLを向上させるためにいかに関わったか?」を提示した.また,その「関わりが適切であったかどうか?」については「緩和ケア指針」1)と照合して検証した.
誌面の都合上,第31回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会(2021年11月12日~13日・高松.発表日は11月12日)で2時間にわたって提示・議論した本症例検討会の全てを示すことはできない.したがって要旨のみの記載となること,また全体を通してnarrativeな記載や考察となることについてご理解いただきたい.
①症例の経過をoverview
②経過を3つのフェーズに分けて提示(HOT/NPPV導入→ADL/QOLの急速な低下→終末期~最終末期)
③進行方法:時系列にそって,問題点に対して主として関わったスタッフが「緩和ケア指針」と照らし合わせながらそれに対する具体的解決策・反省点,また実際に「できたこと」「できなかったこと」の評価を講演.
④各ステージ終了時と全体の終了時にフロアの参加者と討論.
上記のような構成で行った.
【提示症例の全経過(図1)】フェーズ1:HOT/NPPV導入(初診~急性増悪を繰り返しながら緩やかな下り坂の経過を辿った約4年半)
症例は65才・女性.高血圧症で近医通院中であった.数年前から労作時呼吸困難を自覚していたが,放置していた.去痰困難ならびに安静時低酸素血症(SpO2<90%)を認めたため2014年12月に当科を紹介受診.胸部X線・CT(図2A,B)では両側肺尖部から上肺野にかけての著明な胸膜肥厚,両肺門部の挙上,肺容積の減少を認めた.当科初診時の動脈血ガス分析(ABG: Arterial blood gas analysis)は室内気吸入下でpH 7.369,PaO2 62.0 Torr,PaCO2 59.8 Torr,HCO3- 33.6 mmol/L,BE 6.8 mmol/Lであった.呼吸機能検査ではVC 0.68 L(27.4%),FVC 0.68 L(29.2%),FEV1 0.66 L(35.1%),FEV1/FVC 97.06%と著明な混合性換気障害を呈していた.また軽労作でSpO2<80%となるため入院の上,呼吸リハビリテーションや在宅酸素療法(HOT: Home oxygen therapy)導入を勧めたが,生活背景(夫が働きに出ていること,家事全般・障害者の娘の介護・猫の世話が患者の役割)から頑なに拒否した.そのためやむをえず初診日に外来でHOTを導入した.その1週後に再診,その後も短い期間での再診を重ねたが,HOT導入5週後にABG(0.5 L/分吸入下)でpH 7.318,PaO2 75.1 Torr,PaCO2 70.7 Torr,HCO3- 35.2 mmol/L,BE 7.0 mmol/Lであったため,NPPV導入目的で入院した.その後精査を経てiPPFEと診断された.その後肺炎や急性増悪・気胸イベントなどが認められた.
フェーズ2:ADL/QOLの急速な低下,経口摂取不良・栄養状態増悪・るいそうの進行をきたした約1年の経過.
この頃(2019年4月)から急速に経口摂取が不良となり,体重減少が明らかとなった(図3).ADLも著しく低下し,入退院を繰り返すようになった.入院中にはBCV(Biphasic cuirass ventilation)を行ったり,様々な職種による介入の強度を増していく必要が生じた.また在宅医療移行へのサポートの強化も必要であり,患者・家族に関わる全職種がこのフェーズに登場してきた.
フェーズ3:終末期~最終末期.急速なADLの低下,治療の「引き算」とケアの「足し算」,患者・家族の希望を最優先した約1年3ヶ月の経過
さらにADLが低下し,経口摂取も困難となった.C-Vポート造設を行うか否かの意思決定支援をきっかけに緩和ケアの比重が高くなっていった.短期間の退院と長期間の入院を繰り返した.死亡数ヶ月前には,患者から自宅への一時退院の強い要望があったが,主治医からは不可と判断とされていた.在宅スタッフを含めてスタッフ総動員で一時退院を綿密に計画・実行した.このフェーズでは「できないこと」を受け入れながら「できること」「したいこと」を患者・家族とともに考え,死亡に至るまで多職種チームでサポートした.最終場面ではNPPVも苦痛のため装着困難となったため,本人・家族同意のもとにNPPVを中止し,既に投与していたモルヒネに追加してミダゾラムで鎮静を行った.
症例全経過(カッコ内は入院何回目かを示す)
初診時胸部X線
初診時胸部CT
体重の全経過
フェーズごとの問題点とその対応(表1)
フェーズ | 主な問題点 | 特に対応した職種 | 対応した内容 |
---|---|---|---|
1 | ①外来でのHOT導入 ②短期間での在宅NPPV導入 ③リークや非同調(NPPV) | ①慢性呼吸器疾患看護認定看護師・外来看護師 ②呼吸器内科医師・慢性呼吸器疾患看護認定看護師 ③臨床工学技士・慢性呼吸器疾患看護認定看護師・呼吸器内科医師 | ①酸素ボンベの使用法等の説明 ②RSTとして関連各職種と協働してNPPV導入・設定サポート ③ログデータ解析とそれに基づく再設定,マスクフィッティングの見直しやマスク変更 |
2 | ①胸郭コンプライアンスの低下 ②体重減少と嚥下機能低下 ③ADL低下による退院困難 | ①理学療法士・臨床工学技士 ②言語聴覚士 ③退院調整看護師・理学療法士 | ①呼吸リハビリ・BCV導入 ②食形態・嚥下方法・食事姿勢の指導 ③介護保険申請や在宅スタッフ,家族との調整,家屋環境調整における情報提供と提案 |
3 | ①ACPにおけるコミュニケーションエラー ②スピリチュアルペイン ③状態悪化による退院困難 ④最終末期の苦痛 | ①緩和ケア認定看護師 ②緩和ケア認定看護師・病棟看護師・老人看護専門看護師 ③退院調整看護師・病棟看護師・老人看護専門看護師 ④呼吸器内科医師 | ①患者の意思決定支援,主治医との橋渡し ②傾聴と希望を持てる目標設定 ③在宅スタッフ・家族との調整 ④ACPに基づく呼吸管理と症状緩和 |
このフェーズは初診時からのHOT導入とその約1ヶ月後に在宅NPPV導入を行い,その後急性増悪や肺炎を繰り返しながらも比較的安定した時期であった.入院した場合には呼吸ケアサポートチーム(RST:Respiratory care support team)が問題点の抽出と対応のサポートを行った.Table 1に記載した「特に対応した職種」はRSTのメンバーが中心であった.表2に高度るいそう患者のマスクフィッティングのコツについて示す.本症例ではNPPV開始当初はクアトロAIRマスク®(RESMED)のSサイズを使用していたが,図4Aに示すようにマスクリークが高度であり,調整が必要であった.下顎が小さいこと,義歯を使用しても下顎からのリークが起こること,小柄でもともと頭部・顔が小さく,本マスクではフィットしないと判断した.ミラージュクアトロマスク®(RESMED)のXSサイズにサイズダウンしてベルトを小児用に変更することで図4Bのごとくリーク制御ができた.フェーズ2以降でも入院のたびにRST回診で臨床工学技士を中心にログデータ解析を行い,それに基づく適切な設定変更やマスクフィッティングなどの介入を行った.
ログデータでリークの確認 | |
▶ | リークの原因を分析する |
▶ | リークの量・時間帯など患者個々にリークにも特徴あり |
数種類のマスク・サイズを準備 | |
▶ | マスクごとに特徴や利点・欠点があるため,患者個々に合うものを吟味する |
状況の変化ごとに定期的にフィッティングの評価を | |
▶ | 定期的なログデータの確認によりマスクからのリークを把握する |
▶ | 急性増悪や体重の変化などもマスクフィッティングに影響する |
▶ | 設定圧によってリークも変わるため,設定変更時も必ずフィティングが必要 |
マスク変更前ログデータ
マスク変更後ログデータ
急速に経口摂取量が低下してるいそうがより高度となり,さらにADLの低下に拍車がかかる時期であり,これまでのRSTメンバーによる呼吸管理に軸をおいたサポートから食事形態や摂取の調整,またリハビリが介入の中心となり,ADL低下による退院困難に対する多職種による調整も必要となってきた(表1).呼吸管理としては日中の酸素療法と夜間のNPPVを継続して行った.PaCO2の上昇の対策としてIPAPを上げていったが,空気嚥下により腹部膨満感が増強することで食欲低下を来すイベントも認めるようになった.PaCO2の上昇は胸郭コンプライアンス低下による肺胞低換気が主因と考えられたため,入院の際にはBCVを導入した.BCVはコントロールモードで使用し,1日30-40分施行した.陰圧換気によるPaCO2の著明な低下は認められなかったものの,呼吸困難の改善を認め,リハビリテーション効果4,5,6)もあったものと考えられた.
【フェーズ3】この時期の問題点として表1に示すようにACPにおけるコミュニケーションエラーやスピリチュアルペインが重要であった.患者にとって精神的苦痛を伴う可能性のある「悪い知らせ」をいかに苦痛少なく伝えるかが重要であるが,配慮に欠けてしまう場面があった.それについて主に看護師が対応し,患者に寄り添いサポートした.
また死亡約3ヶ月前に強い退院希望があったが,全身状態不良であることから主治医から許可が出なかった.この時期に主治医交代となり,改めて厳しい予後について,また最期を迎えるにあたって「したいこと」の相談などを含むACPを患者・家族に対して十分な配慮のもと行った.「自宅での看取りはできないが,できるだけ家に帰りたい(帰してやりたい)」という患者・家族(夫)の希望が強くこれをできるだけ汲み取る方針となった.退院調整看護師を中心に関係各所との協議を重ね,数日間の短期退院(帰宅)が可能となった.それにより図5のごとくスピリチュアルペインが軽減することにより意欲や希望・自尊心の回復,QOLの向上がはかれた.
最終末期における一時退院で回復したスピリチュアルペイン
本症例では死亡約4ヶ月前から呼吸困難緩和目的で塩酸モルヒネの持続静注(10 mg/日)を開始した.一時退院をきっかけに塩酸モルヒネ内服(20 mg/日)を行っていた.また死亡約1週間前からNPPV装着が苦痛となっており,希望時には装着せず酸素投与としていた.死亡2日前には上記のような短期退院を計画していたが,その時点では呼吸状態が悪化しており傾眠状態であった.退院中止も検討したが,自宅に帰れる最後のチャンスと判断し,退院調整看護師・病棟看護師同行のもと退院した.自宅で過ごせた時間は数時間であったが,愛猫や娘と会えて充実した時間であったことを再入院後に患者自ら語っていた.再入院後はNPPV装着していたが,非同調が明らかであった.患者と意思疎通ができていた頃に「最終場面でNPPVが苦痛であれば中止もあり得る」と説明し同意を得ていたため,同席の夫と確認し,NPPVを中止し酸素投与とした.中止4時間後には患者は覚醒し,一時的に短時間家族と会話ができる状態となった.その際に強い呼吸困難を訴えたため,患者・同席の家族に説明し同意を得た上でミダゾラムによる鎮静を開始した.ミダゾラム開始数時間後に死亡した.
本症例検討会では各フェーズにおいて特に関わった職種が「緩和ケア指針」1)の相当箇所を参考にし,実際にそれぞれが行った介入の評価をプレゼンテーションした.本稿では紙面の都合上全てを提示することができないため,評価に用いた「緩和ケア指針」1)の相当箇所について表2にまとめた.表1とともに参照されたい.
どの呼吸器疾患においてもQOLを維持・向上させるためには多職種によるチーム医療が重要であることは言うまでもない.「緩和ケア指針」1)でも示されているように非がん性呼吸器疾患はchronic respiratory diseases trajectoryを辿る1,7)が,iPPFEは画像所見はあるが,臨床症状がない期間が長いと想定されており2,3,8),本症例のように呼吸器専門医が初見の際に進行した状態も多く経験する.気胸や感染増悪で段階的に増悪し,本症例のようにるいそうが著明に進行したり・呼吸不全を伴うが胸郭コンプライアンス低下などにより呼吸管理・サポートが奏効せず低ADL状態が比較的長期間続くという図6の赤線で示したような疾患軌道を辿るケースも多い.長い期間続く低ADL状態に多職種がチームとして様々な問題点を抽出し,それぞれ得意とする職種が有機的に関わることが本疾患では特に重要と考えられた.
Disease trajectory(iPPFE)
フェーズ | 評価項目 | 評価を行った職種 | 参考・評価に用いた箇所 |
---|---|---|---|
1 | ①HOT導入期や急性増悪時のセルフマネジメント ②緩和ケアに対するチーム医療・多職種連携 | ①慢性呼吸器疾患看護認定看護師 ②慢性呼吸器疾患看護認定看護師 | ①P. 91-95 ②P. 102-106 |
2 | ①栄養・経口摂取 ②呼吸リハビリテーション | ①言語聴覚士 ②理学療法士 | ①P. 81-88 ②P. 70-80 |
3 | ①意思決定支援・ACP ②看護ケア ③退院における地域との連携 ④在宅における緩和ケア ⑤最終末期の苦痛緩和 | ①緩和ケア認定看護師 ②緩和ケア認定看護師・老人看護専門看護師 ③退院調整看護師 ④退院調整看護師 ⑤呼吸器内科医師 | ①P. 120-126 ②P. 127-134 ③P. 107-110 ④P. 111-117 ⑤P. 52-59,P. 135-140 |
本症例検討会では当院で経験したiPPFE症例の全経過を多職種でサポートした経過を振り返った.日々の業務に忙殺され,なかなか自らが行った医療や看護,ケアを振り返る機会は少ない.本症例は呼吸不全の進行・全身状態の悪化に伴いADLが低下して「できること」や「したいこと」が「できないこと」に変わっていき,QOLも低下していったケースであった.それでも「できること」「したいこと」を患者・家族と共に考え多職種チームでサポートした.もちろん反省点も多々あるが,このケースの関わり方は一つの「答え」と考えている.
本症例検討会の準備を通じて「緩和ケア指針」1)は極めて有用であった.一つ一つ「答え」が違うからこそこういう「軸」は極めて重要と考える.本症例検討会で提示した内容が参加された聴衆・読者の皆さんにとってお役に立てることを心から願う.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.