日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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症例報告
肺切除術時に広背筋弁を用いた肺アスペルギルス症患者へのリハビリ介入経験
輿石 勇也 伊藤 輝山﨑 丞一稲村 真治中川 隆行野中 水薄井 真悟大石 修司齋藤 武文
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2023 年 31 巻 2 号 p. 256-259

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要旨

肺アスペルギルス症である本症例は,外科的治療の適応と判断され,気管支断端瘻のリスクを考慮して,右肺葉部分切除+広背筋弁による気管支断端被覆術が施行された.リハビリテーション(以下;リハ)は,医師の指導のもと肩関節の運動制限に配慮の上,術前から介入し,術後38日に退院となった.入院中は合併症なく経過したが,術後50日目の外来時のCT所見にて右上葉断端中央にわずかな気管支断端瘻が見られた.肺葉切除施行時に広背筋弁を用いた患者に対するリハは,術前では患者へ術後に想定されるリスクの指導を行い,術後は医師と連携を図りながら肩関節に配慮した運動療法を実施することが有効と考えられるが,退院時の日常生活指導および外来移行時の適切なフォローが必要と思われた.

緒言

肺アスペルギルス症に対して,手術可能な場合は外科的治療が優先される1.その際,術後合併症である気管支断端瘻を防ぐため,大きさ,厚さ,及び血流に富んでいる広背筋にて被覆を行うことが知られている2,3.術式に関する文献はいくつか散見されるが,リハビリテーション(以下;リハ)に関する報告は検索する限り見受けられない.

今回,肺アスペルギルス症のために,広背筋弁を用いた肺葉切除術の適応となった症例へのリハ介入を通して,必要になると推測される要素を報告する.

なお症例報告に当たり,患者には研究内容の説明を実施し,十分に理解を頂いた上で同意を頂き,協力を得た.

症例

【症例】

50代男性,身長167.0 cm 体重57.4 kg,BMI:20.5.

現病歴:201X年10月,血痰を主訴に当院受診.同月CT所見(図1a)・抗体検査にて臨床的に肺アスペルギルス症と診断された.

図1

胸部CT画像

a.入院時(水平面)b.術後50日目(水平面) c.術後50日目(前額面)

既往歴:糖尿病,緑膿菌感染症,肺結核(201X-1年3月).

喫煙歴:20本/日 34年(20~54歳)(34 pack year 201X-1年より禁煙).

呼吸機能(術前):

・VC(L)…2.97(%予測値:75.2%)

・FEV1(L)…2.55(%予測値:78.2%)

・DLCO(mL/min/mmHg)…19.18(%予測値:96.6%)

入院後,内科的治療に抵抗性の喀血のため外科的治療の適応と判断され,右上葉・中葉切除,そして広背筋弁による気管支断端被覆術が予定され,術前よりリハ介入した.同年12月,手術が施行され,広背筋は後側方より中枢へ剥離され,肋間より挿入.上葉気管支から肺動脈本幹,残下葉を広く覆うように断端を被覆された(図2).広背筋停止部は切離せず付着している.この術式から,肩関節の過度な屈曲にて被覆部が大きく伸張されると,術後早期は断端を被覆した筋弁が剥離してしまう恐れがある.そのために運動制限が必要になることと,それに伴い広背筋だけでなく,周囲筋の筋ディコンディショニングを起こす可能性が危惧され,担当医より術後3週間は右肩関節の屈曲角度を90°までとの指示を受けた.

図2

広背筋弁の作成方法

【経過】

リハの経過を図3aに示す.リハは術前から開始し38日後に退院となった.術前は術後に生じる肩関節の運動制限についての注意点の説明・教育等を中心に実施し,術後は定期的に肩関節可動域の測定を行った.リハプログラムは術創部に影響が出ないよう低負荷にて開始し,経過に合わせて負荷を徐々に上げた.肩関節の可動域訓練で生じた疼痛に関しては,部位,NRSなど詳細に確認を行った.上肢の筋力トレーニングは,広背筋に影響する肩関節周囲筋は避け,肘・手指を自動運動やハンドグリップ等を使用し実施した.退院後の生活に備え,術後21日目にはエルゴメーターなどの運動耐容能向上目的のプログラムも併せて実施した.退院時には,術部の過負荷を予防できるように,高い場所にある物に手を伸ばす際や,重い物を持つ時は気を付ける等の生活指導を実施した.

図3

経過

a.リハビリ b.右肩関節屈曲角度

なお,担当医にはリハ経過について報告し,プログラムの変更時には,変更後の運動内容が適切であるかどうかを相談した.加えて看護師にも,普段の病棟での生活において患者が注意しなければいけない項目(術部の過負荷)を説明し,患者の生活指導に協力を得た.週1回の病棟カンファレンスでは,看護師・コメディカルの前でリハ経過を報告し,多職種でチームとなり,退院準備を進めた.

肩関節屈曲角度の経過を図3bに示す.可動域は術後一過性に低下した.その後3週間は担当医からの制限範囲内にて運動を進めた.途中,右前胸部の疼痛の出現により,一旦可動域低下が見られたが,疼痛コントロールにより回復し,退院時は術前程度に改善した.

右上肢筋力の指標である握力は,術前 36.2 kgと比べて術後は 29.9 kgと一過性に低下したが,術後36日目には 34.3 kgと術前近くまで回復した.

入院中は合併症なく経過した.しかし,術後50日目の外来時のCT所見(図1b図1c)にて右上葉断端中央にわずかな気管支断端瘻がみられた.最終的には,断端瘻は保存療法にて閉鎖し改善.

考察

運動機能は,術後一過性な低下が見られたが,術後36日目には術前と同等レベルに改善した.特に肩関節可動域に関しては,広背筋弁の剥離を生じることなく改善した(図3b).これは術前術後を通してのリハ介入により,広背筋弁の過度な伸張を抑えつつ,肩関節可動域の回復が得られたものと考えられる.

【術前】

本症例において,術後の患者の自動運動による過伸張に関しては,術前に実施していた患者への動作指導によって予防できたと考えられる.田中4も,術前より患者に対して,術前評価にて術後合併症のリスクを明らかにすること,合併症予防のため呼吸理学療法・早期離床の訓練内容を理解させ,患者自身の協力が必用であることの理解を指導する,と報告し,術前リハの必要性を強調している.

【術後】

本症例において,肩関節ROM-ex等のリハを行う際に療法士が他動的に動かすことによる過伸展の予防に関しては,担当医との運動範囲,及びプログラム内容の確認・連携が寄与したと思われる.多職種との連携について,玉田ら5も周術期における理学療法士の役割は,術後に合併症を起す可能性が高い患者を術前より察知し,術後早期に離床していくことにあり,そのことを実践していくためには理学療法士が積極的に主治医・看護師・コメディカルと連携を深め,率先してチーム医療を構築していくことが術後の合併症の発生を予防すると報告している.

入院中は合併症なく経過したが,退院後の経過にて気管支断端瘻がみられた.一因として,自宅での過度な関節運動が影響したと考えられる.本人も留意して生活していたとは思うが,退院前の動作指導をより入念に説明できていたら回避できていたかもしれない.しかし本症例の条件にあてはまる退院後の生活指導内容に関する文献は検索する限り見られず,外来受診時等に機能評価を実施し,日常生活の中のリスク動作のリスト化など,明確化していくことが課題であり,その結果・経過を本人に報告し,自己管理できるように指導する必要があると思われた.

備考

本論文の要旨は,第29回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2019年11月,愛知)で発表し,座長推薦を受けた.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
 
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