日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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症例報告
COVID-19発症後の肺切除例における周術期リハビリテーションの経験
吉川 友洋 渡邉 亮本間 直健
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2023 年 31 巻 2 号 p. 260-263

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要旨

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発症から12週後に肺区域切除術を施行した症例に対する周術期リハビリテーション(リハビリ)の経験について報告する.症例は77歳男性.右下葉原発性肺癌と診断後に,中等症IIのCOVID-19を発症した.7週後に室内気吸入下で自宅退院となったが,労作時の息切れが残存した.術前には抑うつを認め,術後は在宅酸素療法が必要になることへの不安から,酸素投与下での歩行練習に積極的ではなかった.酸素投与下での離床の重要性について理解を深めてもらい,運動療法の効果を実感できるように酸素需要の少ない動作指導を行った.その後は自主的に歩行練習を行うようになり,合併症なく術後14日目に室内気吸入下で自宅退院となった.COVID-19発症後の患者に対する肺切除術の周術期リハビリでは,呼吸機能低下による心理面への影響に配慮しながら患者教育や動作指導を行うことが重要と考えられた.

緒言

新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)は本邦で初めて確認されてから2年が経過した現在も広がりを見せている1.本邦からの報告でCOVID-19発症患者は120日後も息切れ(11.1%)や倦怠感(9.5%)などの身体症状を自覚しているとされる2.一方で,COVID-19発症から12か月経過後も26%の症例で不安や抑うつを自覚していたという心理的影響についても報告されている3

COVID-19診断後に施行された手術の周術期成績に関する報告によると,COVID-19発症から手術までの期間が短い症例や,COVID-19の症状が残存している症例では,術後合併症や術後死亡リスクが高いとされている4.COVID-19発症患者に対する呼吸リハビリ介入は,呼吸機能や運動耐容能,さらには不安症状の改善にも効果を示すことが明らかにされており5,肺切除を控えた症例では特に重要であると考えられる.

本症例は,原発性肺癌と診断後にCOVID-19を発症し,発症から12週後に胸腔鏡下肺区域切除術が施行された.COVID-19発症後の周術期リハビリにおいては,運動療法に加え,心理面に配慮しながら動作指導や患者教育が重要であると考えられたので報告する.本報告はヘルシンキ宣言に則り本人に説明し同意を得た.

症例

77歳男性,身長 167.4 cm,体重 66.9 kg,BMI 23.9.

既往歴:狭心症,高血圧症,痛風,前立腺肥大症.

喫煙歴:6本/日,18-77歳(Brinkman Index: 354).

現病歴:X-12日,原発性肺癌,adenocarcinoma, Rt, S6, 1.5 cm,cT1bN0M0 cStageIA2と診断され,手術が予定されていた.X日に38.4°Cの発熱を認め,SARS-CoV-2核酸増幅検査でCOVID-19と診断された.

【COVID-19発症日検査所見】CRP 12.23 mg/dL,白血球数 5,500/μm,LDH 448 IU/Lであった.

【胸部CT検査所見(図1上段)】右S6に径 1.5 cmの肺腫瘍と,右肺優位に網状影およびすりガラス影を認めた.

図1

胸部CT所見(肺野条件)

上段:COVID-19発症時.右肺優位に胸膜直下を主体とした網状影,すりガラス影を認めた.右S6に腫瘍を認めた(黒矢印).下段:術前.びまん性のすりガラス影が残存していた.原発性肺癌の病期進行は見られなかった.

臨床経過:入院時は 6 L/minの酸素吸入を要したが,シクレソニド吸入,デキサメタゾン内服,ファビピラビル内服開始後,症状は改善傾向であった.リハビリでは自覚症状や呼吸循環動態に合わせて呼吸練習等のコンディショニング,段階的な離床練習を行った.動作速度を落とした歩行や階段昇降など,2~3 Metabolic equivalents(METs)の日常生活動作では経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)≧90%を維持できていたため,X+49日に室内気吸入下で自宅退院となった.退院にあたり,手術を見据え自宅で実施可能な 2-3 METsの運動の内容について細かく指導した.

X+79日,術前評価とリハビリ介入のため手術7日前に入院した.COVID-19発症前の呼吸機能検査では,%VC 103.3%,FEV1/FVC 64.58,%FEV1 89.7%,%DLco 80.8%であったが,COVID-19発症後の術前評価では%VC 75.2%,FEV1/FVC 80.99,%FEV1 81.3%,%DLco 54.9%であり,拘束性換気障害と拡散障害を認めた.室内気吸入下の6分間歩行試験(6MWT)6で,最低SpO2は87%,歩行距離は 397 m(対予測値7 88.1%)であった(図2).The Nagasaki University Respiratory ADL questionnaire(NRADL)は78点で特に息切れの項目で減点を認めた.Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS)は不安6点,抑うつ11点と抑うつを認めた.

図2

術前後の6分間歩行試験の比較

自宅療養中の活動量を聴取すると,息切れを自覚しながらも除雪などの高負荷動作も行っていたということから,低酸素血症になっていたと予想された.そのため,低酸素血症が全身臓器へ与える影響について説明し,SpO2の値を参考に酸素療法や動作練習など適切な対応をとることの必要性を伝えた.その際,活動量を維持していたことについては称賛し,リハビリの意欲を維持できるよう配慮した.運動療法はSpO2≧90%を維持できる負荷で下肢レジスタンストレーニング,歩行練習を実施した.

X+87日,胸腔鏡下右S6区域切除術が施行され,翌日より歩行練習を開始した.室内気吸入下の歩行中SpO2は85%以下になったため,90%以上を維持できるように酸素投与を再開した.ところが,症例は術後3日時点でトイレ移動およびリハビリ介入以外はベッド上で過ごしていた.その理由として,酸素投与下でリハビリを続けることで酸素療法を離脱できなくなるのではないかと誤解し,自主的な歩行練習を避けていた.この誤解に対し,術後1週間程度は呼吸機能が予測値より低下するため8,呼吸器合併症を予防するために早期離床が重要であることを説明した.さらに,術後3日目のリハビリでは動作時の酸素需要を軽減させるため,①動作速度調整,②動作と呼吸リズムの同調,③動作前後は休憩を入れる指導を行った.術後3,4日目に患者教育を行い,術後5日目には症例が自ら酸素流量とSpO2の変化を意識して,1日数回の歩行練習を行うようになった.歩行中の酸素投与量は,術後1日目に 2 L/min,3日目には歩行距離延長に伴い 3 L/minへ増量したが,本人の受け入れは良好であった.以後5日目に 2 L/min,6日目から 1 L/min,10日目以降は室内気吸入に変更した.術後12日目に6MWTを実施したところ,最低SpO281%,歩行距離 400 mであった(図2).日常生活動作ではSpO2≧90%を維持できたことから,術後14日目に室内気吸入下で退院となった.現在も酸素投与なく独歩で外来通院中である.

考察

COVID-19急性期治療後の患者に対し,3週間の包括的リハビリを行うことで運動耐容能,呼吸機能が改善することが示されている9.しかしながら,COVID-19治療後の患者は,自宅療養が可能になった時点で病床数確保のために退院を求められため,十分なリハビリの時間を設けることができなかった.そのため,本症例では退院時に自宅生活上の注意点とリハビリ内容について指導したが,実際には日常生活動作で息切れを感じている状態(NRADL 78点)で高負荷動作が行われていた.最近,COVID-19発症患者に対する遠隔リハビリの安全性と有効性が示された報告がある10.本症例でも遠隔リハビリなどによる定期的なフォローの必要性を検討する必要があった.

COVID-19発症患者のうち,不安や抑うつは40%以上で認められる11.また,肺癌患者は他の癌患者に比べ抑うつの有病率は高く12,術前に抑うつを呈した患者は術後も持続しやすい13.このような肺癌患者に対する運動療法や患者教育を含めた包括的リハビリ介入は心理的側面を改善させる効果が示されている14.本症例が術後離床に消極的であったのは,術前評価で抑うつを示していたことと,将来にわたって持続的酸素投与が必要になるかもしれないという不安と焦り,さらには離床練習に対する理解不足が関係していると考えた.特に本症例はCOVID-19治療後に息切れを自覚していたため,肺切除後にさらに呼吸機能が低下することに対する心理的負担も大きかったと予想される.呼吸リハビリは,評価に基づいて個別化した介入が重要であると言われている15.本症例では,術後離床の重要性を理解してもらったうえで,酸素需要を軽減した動作練習から始めることによって,酸素投与量の漸減と運動療法の効果を症例自身が実感できる術後リハビリ計画を建てたことが有用であったと考えている.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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