2023 年 31 巻 2 号 p. 239-244
【目的】本研究では,消化器外科手術患者における術前フレイルの存在と周術期の身体機能経過との関連について検討した.
【方法】対象は65歳以上の消化器外科手術患者93例(平均76歳)とした.それらを術前フレイル群,非フレイル群の2群に分類し,身体機能経過を比較した.なお,身体機能は術前と退院時に測定した握力,等尺性膝伸展筋力,片足立位時間,6分間歩行距離とし,その術前比を算出した.加えて,術後経過として,術後合併症併発率と入院期間についても比較検討した.
【結果】身体機能経過のうち等尺性膝伸展筋力(%)の術前比は,フレイル群,非フレイル群の順に,85±18%,94±17%と2群間で有意差を認めた(p<0.05).同様に,術後経過のうち合併症併発率は順に60.0%,26.5%と2群間で有意差を認めた(p<0.05).
【結論】術前フレイルは,周術期の身体機能を始めとする術後経過に影響を与える可能性があるため,フレイルに対する包括的な介入の必要性が示唆された.
消化器外科手術患者において,術後呼吸器合併症の併発や術後日常生活動作(activity of daily living: ADL)の低下は,入院期間の長期化や死亡率の上昇,退院時の転帰不良など様々な影響を及ぼすことが報告されている1,2).そのため,周術期におけるこれらの予防,改善の重要性は高く,手術の低侵襲化や術後鎮痛管理の改善などに加え,周術期リハビリテーション(リハビリ)の実施は標準的治療として広く実践されている3,4).
その一方で,近年では手術症例の高齢化に加え,サルコペニアやフレイルを始めとする多様な併存疾患を有し術後経過に難渋することが予測される対象が増加している現状がある5).その中でも,術前フレイルは,合併症や術後入院期間と関連する周術期管理における重要なリスク因子である6,7).加えて,フレイル患者は身体的予備能が低いため,術後経過における身体機能やADLの回復と関連する可能性が考えられる.しかしながら,術前フレイルと術後の身体機能やADLに関連する詳細な報告は少なく,その関連性を明らかにすることは周術期リハビリにおいて重要と考えられる.
そこで,本研究では消化器外科手術患者を対象に,術前フレイルの存在と周術期の身体機能経過との関連について明らかにすることを目的とした.
研究デザインは,2016年6月~2019年6月の期間に,川崎市立多摩病院消化器一般外科に悪性腫瘍の手術目的で入院し,術前からリハビリ依頼があった65歳以上の患者を対象とした後方視的観察研究とした.日本語版Cardiovascular Health Study基準8)を用いて,5つの項目のうち3つ以上該当する症例をフレイル群,該当項目が2つ以下の症例を非フレイル群に分類し,後述する調査・測定項目に関して診療録より後方視的に調査した.なお,ADLや身体機能評価に影響を及ぼしうる運動器疾患や中枢神経疾患,認知機能低下を有するもの,術前移動能力が非自立のもの(歩行Functional Independence Measureが5以下),人工肛門造設術もしくは姑息的な手術を施行したものは本研究の解析から除外した.
2. 調査・測定項目調査・測定項目のうち,基本属性として年齢,性別,手術部位,身長,体重を,術前呼吸機能として%努力性肺活量(forced vital capacity, FVC),%1秒量(forced expiratory volume in 1 second, FEV1),cough peak flow(CPF)を,手術情報として手術術式,手術時間,出血量をそれぞれ診療録より調査した.また,身体機能経過および術後経過について後述する指標を調査した.
1) 身体機能(図1)当院では身体機能評価として,筋力指標(握力,等尺性膝伸展筋力),バランス能力指標(片脚立位時間),運動耐容能指標(6分間歩行距離)を手術前と退院時に測定している.本研究では,各指標の退院時評価値を術前評価値で除することで求められる術前比(%)を算出し,身体機能経過として診療録より調査した.
身体機能評価
①筋力指標:上肢筋力指標として握力,下肢筋力指標として等尺性膝伸展筋力を測定
②バランス指標:片脚立位時間を測定
③運動耐容能:6分間歩行距離を測定
a.握力
上肢筋力の指標は,握力を採用した.測定機器には,Jamar社製Hand Dynamometer-5030J1を用い,測定方法は井澤ら9)の先行研究に準じた.測定肢位は端座位とし,上肢下垂位,肘関節屈曲90度,前腕回内外中間位にて握力を左右2回ずつ測定し,その最大値の左右の平均値(kgf)を算出した.
b.等尺性膝伸展筋力
下肢筋力の指標は,等尺性膝伸展筋力を採用した.測定機器には,アニマ社製μTasMF-01を用いた.測定肢位は,両手で検査台の端を把持し両下腿を下垂した座位とし,体幹を垂直に保つように指示をした.センサーパッドは下腿遠位部に設置し,膝関節屈曲90度になるようにベルトの長さを調節し,支柱に固定した.その位置から膝伸展運動を最大努力で約5秒間行った10,11).測定は,左右2回ずつ測定し,その最大値の左右平均値(kgf)を体重(kg)で除した値を等尺性膝伸展筋力(kgf/kg)として算出した.
② バランス能力指標:片脚立位時間バランス能力指標として片脚立位時間を測定した.測定は,開眼にて上肢で手すりを保持した姿勢から一側の下肢を静かに挙上し,さらに両上肢を手すりから離し,検者は出来るだけ片脚で立ち続けるよう指示した.どちらかの上肢や骨盤が周囲に触れた場合,あるいは支持脚以外の下肢が床に触れるまでの時間を測定した.測定時の上限は60秒とし,左右2回ずつ測定し,その最大値(秒)を採用した.
③ 運動耐容能指標:6分間歩行距離(6 minutes walk distance: 6MWD)運動耐容能指標として6MWDを採用した.6MWDの測定は,米国胸部疾患学会ステートメントガイドラインに準じて行った12).検者は「6分間で出来るだけ長い距離を歩いてください」と指示し,6分間で可能な限りの歩行を実施し,その距離(m)を測定した.
2) 術前栄養指標術前栄養の指標としてprognostic nutritional index(PNI)を採用した13).PNIは,[10×血清アルブミン(g/dL)]+[0.005×総リンパ球数(/mm3)]の式から算出した.
3) 術後経過術後歩行開始日,術後歩行能力再獲得の指標として病棟内歩行自立再獲得までの日数,術後入院期間,経口摂取開始日を調査した.なお,約 100 mの病棟内歩行ならびに点滴棒操作やドレーン類の管理について自立できたものを病棟内歩行自立と定義した.術後合併症に関しては,併発の有無とその内容を調査した.
4. 周術期リハビリ内容本研究の対象は,全例で術前からリハビリを開始し,術翌日から退院までリハビリを継続して実施していた.当院における周術期リハビリの内容は,術前にハフィングや術創部痛に配慮した咳嗽方法の指導,離床に伴う疼痛管理や早期離床をはじめとする周術期リハビリの内容とその重要性についてのオリエンテーションを中心に実施した.
術後は,術翌日から介入し,全身状態や疼痛の程度,鎮痛剤の使用状況を把握しつつ,バイタルサインやドレーン管理などのリスク管理の下,ベッドサイドにおいて離床や必要に応じて肺拡張練習および排痰トレーニングを開始した.その後,病態が安定したと判断できれば,可及的にリハビリテーション室でのトレーニングへと移行し,呼吸トレーニング,上下肢筋力トレーニング,有酸素トレーニングについて症例毎に適宜負荷量を調整しながら退院まで継続した.加えて,退院後の生活指導や運動指導も入院中に並行して実施し,身体機能低下により早期歩行獲得に難渋した症例については,担当理学療法士が判断し,筋力トレーニングやバランストレーニング等を必要に応じて追加した.
5. 検討項目及び統計解析術前フレイルと身体機能経過について,術前フレイルの有無でフレイル群,非フレイル群の2群に分類し,χ2検定,対応のないt検定,Mann-WhitneyのU検定を用いて比較検討した.全ての検討は,危険率5%未満を有意差判定の基準とした.なお,結果は正規分布する指標は平均値±標準偏差,正規分布を示さない指標については中央値(四分位範囲)で表記した.
6. 倫理的配慮本研究は,聖マリアンナ医科大学病院生命倫理委員会(承認番号:第4063号)の承認を得て実施した.対象への説明と同意は,ポスター掲示による情報公開をもって同意に変えるオプトアウト方式を採用した.なお,本研究に際し各調査測定項目,患者情報に関しては,個人情報として厳重に管理し取り扱った.
消化器悪性腫瘍の手術を受けた93例(76.4±6.9歳)が解析対象となった.そのうち術前フレイル群は25例,非フレイル群は68例であり,疾患内訳は胃17例,胆肝膵21例,大腸55例であった.
表1に対象の基本属性や手術情報,栄養指標,呼吸機能,身体機能を示した.性別や術前体重に加え,術前栄養指標のPNI,術前呼吸機能のCPFで2群間に有意差を認めた(p<0.05).また術前身体機能は,フレイル群,非フレイル群の順に,握力で21.3±5.7,29.1±7.1 kgf,等尺性膝伸展筋力で43.3±11.4,52.1±13.2%,片脚立位時間で10.3(5.5-52.5),30.3(11.9-60.0)秒,6MWDで325.0(268.8-405.0),400.0(350.0-450.0)mと全ての項目で2群間に有意差を認めた(各p<0.05).
フレイル群(n=25) | 非フレイル群(n=68) | p値 | |
---|---|---|---|
基本属性 | |||
年齢(歳) | 78.4±5.5 | 75.7±7.3 | 0.106 |
性別(男性/女性,例) | 11/14 | 48/20 | 0.018 |
身長(cm) | 155.3±6.7 | 158.7±7.8 | 0.059 |
術前体重(kg) | 49.6±9.5 | 58.3±9.6 | p<0.001 |
疾病内訳(例) | 胃8,胆肝膵5,大腸12 | 胃9,胆肝膵16,大腸43 | 0.114 |
手術情報 | |||
手術方法(開腹/腹腔鏡,例) | 17/8 | 32/35 | 0.067 |
手術時間(分) | 293.0(241.5-385.5) | 305.0(256.0-394.0) | 0.696 |
出血量(ml) | 335.0(57.4-572.5) | 136.0(29.3-431.8) | 0.058 |
術前栄養指標 | |||
PNI | 44.1±7.9 | 49.4±5.6 | 0.011 |
術前呼吸機能 | |||
%FVC | 105.3±15.8 | 107.8±17.8 | 0.548 |
%FEV1 | 75.3(71.2-79.2) | 74.2(69.6-79.3) | 0.389 |
Cough Peak Flow(L/分) | 300(255-350) | 380(270-480) | 0.007 |
術前身体機能 | |||
握力(kgf) | 21.3±5.7 | 29.1±7.1 | p<0.001 |
等尺性膝伸展筋力(%) | 43.3±11.4 | 52.1±13.2 | 0.003 |
片脚立位時間(秒) | 10.3(5.5-52.6) | 30.3(11.9-60.0) | 0.039 |
6分間歩行距離(m) | 325.0(268.8-405.0) | 400.0(350.0-450.0) | 0.005 |
PNI: prognostic nutritional index
%FVC: forced vital capacity
FEV1: forced expiratory volume in 1 second
各項目の比較には,χ2検定,対応のないt検定,Mann-WhitneyのU検定を使用.
表2にはフレイル群,非フレイル群における身体機能経過の比較を示した.
フレイル群(n=25) | 非フレイル群(n=68) | p値 | |
---|---|---|---|
握力術前比(%) | 96.3±10.9 | 100.4±10.6 | 0.136 |
等尺性膝伸展筋力術前比(%) | 85.3±17.6 | 94.2±16.8 | 0.035 |
片脚立位時間術前比(%) | 68.9(54.2-131.0) | 100.0(69.6-120.8) | 0.277 |
6分間歩行距離術前比(%) | 93.8(81.2-115.8) | 100.0(87.5-100.0) | 0.872 |
平均値±標準偏差
中央値[四分位範囲]
各項目の比較には,対応のないt検定,Mann-WhitneyのU検定を使用.
握力術前比は,フレイル群,非フレイル群の順に96.3±10.9,100.4±10.6%と2群間に有意差を認めなかった.一方,等尺性膝伸展筋力の術前比は,フレイル群,非フレイル群の順に85.3±17.6,94.2±16.8%であり,2群間に有意差を認めた(p=0.035).
2) バランス能力指標片脚立位時間術前比(%)は,フレイル群,非フレイル群の順に68.9(54.2-131.0),100.0(69.6-120.8)と2群間に有意差を認めなかった(p=0.277).
3) 運動耐容能指標6MWDの術前比は,フレイル群,非フレイル群の順に93.8(81.2-115.8),100.0(87.5-100.0)%と2群間に有意差を認めなかった(p=0.872).
3. 術後経過の比較(表3)術後歩行開始日は,両群ともに1.0(1.0-1.0)日であり,2群間に有意差を認めなかった(p=0.578).一方,術後病棟内歩行自立までの日数は,フレイル群,非フレイル群の順に4.0(2.0-8.0),2.0(1.0-3.0)日,同様に術後入院期間については21.0(13.5-25.5),11.0(10.0-17.0)日とそれぞれ2群間に有意差を認めた(p<0.05).また,合併症併発率はフレイル群,非フレイル群の順に60.0,26.5%であり2群間に有意差を認めたが(p<0.05),合併症の内容に関しては,2群間に有意差を認めなかった(p≧0.05).
フレイル群(n=25) | 非フレイル群(n=68) | p値 | |
---|---|---|---|
術後歩行開始日(日) | 1.0(1.0-1.0) | 1.0(1.0-1.0) | 0.578 |
術後棟内歩行自立までの日数(日) | 4.0(2.0-8.0) | 2.0(1.0-3.0) | 0.001 |
術後入院期間(日) | 21.0(13.5-25.5) | 11.0(10.0-17.0) | 0.001 |
合併症併発率(%) | 60.0(15/25例) | 26.5(18/65例) | 0.003 |
合併症の内容(例) | 縫合不全5 イレウス4 肺炎1 その他5 | 縫合不全8 イレウス6 肺炎1 その他3 | 0.714 |
中央値[四分位範囲]
各項目の比較には,χ2検定,対応のないt検定, Mann-WhitneyのU検定を使用.
高齢消化器外科手術患者において,術後呼吸器合併症の予防や術前ADLへの早期回復は周術期管理において重要な管理目標となる.その中でも,近年増加傾向にある術前フレイルの存在は,術後合併症の併発と関連するリスク因子でありその特性を明らかにすることはより良い周術期管理のために重要な情報となる.本研究では,高齢消化器外科患者に着目し,術前フレイルの存在と周術期における身体機能の推移や術後経過との関連について明らかにすることを目的に検討を行った.
はじめに,2群間における術後経過を比較した結果,フレイル群は合併症併発率が高値であり,術後歩行能力再獲得までの日数が遅延し,入院期間も長期化していた.フレイル群で合併症併発率が高い結果は多くの先行研究と同様であったが,その要因に関しては明確な回答が得られていないのが現状である.Makaryら6)はフレイル患者では免疫機能の低下をはじめとした複数の生理的システムの調節障害が生じることを報告しており,何らかの影響を受けた可能性が考えられた.加えて,本研究ではフレイル群で術前栄養指標が低値であったことも,術後合併症の発症に関連していたことが考えられた.
次に,術後の身体機能経過について検討した結果,フレイル群では等尺性膝伸展筋力術前比において有意差を認めた.術前身体機能は全項目においてフレイル群で有意に低値であり,術前等尺性膝伸展筋力は歩行自立水準14)と近似し,術前握力および6MWDは合併症予測因子として報告された水準15,16)と近似していたことから,フレイル群の術前身体機能は予備力としても低値であった.今回,術翌日からの早期離床を開始し入院中リハビリを継続したが,等尺性膝伸展筋力術前比のみ有意に低値であり,回復が不十分であった.その要因について,フレイル群では合併症併発率が高値であり,それに伴うドレーン留置期間の長期化や発熱,起立性低血圧などの影響で棟内歩行自立に時間を要し身体活動量が低下したことが考えられる.それに加えて,フレイル群では開腹手術症例が多く出血量が多い傾向を示していることから,手術侵襲が大きかった.手術侵襲の大きさは蛋白異化亢進と比例し17),身体活動量と関連することが報告されている18).そのため,身体活動量の確保に難渋したことが,移動能力と強く関連する下肢筋力14)の回復に難渋したと考えられた.なお,本研究では周術期のリハビリテーションプロトコルに加え回復が不十分な症例に対し,筋力トレーニングやバランストレーニングなどを患者の状態や機能に合わせて追加している.それにも関わらず,フレイル群で下肢筋力の回復に難渋していることから,フレイルを有する患者では入院期の周術期リハビリのみでは介入が十分ではない可能性を示唆しているとも考えられた.フレイルの是正のためには,術前の運動療法や栄養療法,薬物療法の強化,術後には水分バランスや栄養投与,離床が重要であることが示唆されている6,19).また,合併症の併発についても,身体機能15,16)や低栄養20)が関係することが報告されている.以上より,本研究においてもフレイルの是正および合併症の併発予防のため,特に術前から多職種による介入の必要性が示唆された.
本研究における研究限界として,術後合併症の併発や性差の影響を除外することができておらず,また栄養摂取状況などを加味することができていないことが挙げられる.それに加えて,今回は2群間比較による検討のみであり,今後は前向きに多変量解析を実施することで,フレイルと身体機能の関連を検討する必要がある.
本論文の要旨は,第28回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2018年11月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.