2023 年 31 巻 2 号 p. 268-272
Chronic obstructive pulmonary disease(COPD)患者は,呼吸リハビリテーション(呼吸リハ)の継続が重要とされ,身体活動性の向上や再入院抑制が期待される.しかし,本邦の呼吸不全者に対する訪問リハビリテーション(訪問リハ)の実施率は3.8%と低い.当院の理学療法士が入院中から退院後も自宅で呼吸リハを継続し,その後訪問看護ステーションに引き継ぐことで,地域における呼吸リハの普及を目指している.今回,我々は約2年間に9回の入退院を繰り返していた慢性II型呼吸不全合併のCOPD患者に対し,退院後訪問リハを導入することで,不安が軽減し,生活範囲が広がり,再入院を抑制できた症例を経験した.退院時Hospital Anxiety and Depression Scaleは 8/7点,Life-Space Assessmentは4点だったが,3ヵ月後には2/3点と22点に改善した.以降,訪問看護ステーションに引き継ぎ20ヵ月間再入院することなく自宅療養できた.退院後の訪問リハ継続とその後の呼吸リハの引き継ぎが有効であった事例を,ここに報告する.
身体活動性の低下はchronic obstructive pulmonary disease(COPD)患者の独立した予後規定因子である1).身体活動性の改善には,呼吸リハビリテーション(呼吸リハ)の継続が有用であると考えられている2).呼吸リハは,COPD患者の呼吸困難を軽減し,運動耐容能とquality of life(QOL)を改善することが証明されており,再入院防止に有用である3).そのため,身体活動性を早期に評価し,呼吸リハを在宅生活で継続することが重要である4).しかしながら呼吸不全者に対する訪問リハビリテーション(訪問リハ)実施率は3.4%と低く5),今後,社会的に在宅医療の推進6)が行われる中で在宅領域における呼吸リハの普及が急務である4).
当院は2018年度に訪問リハ事業を開始した.その特徴は訪問リハ導入予定者に対し,院内リハビリ担当者と訪問リハ担当者の2名担当で関与できること,訪問看護ステーション等へ呼吸リハ普及活動を実施していることである.今回,増悪・入退院を繰り返す慢性II型呼吸不全合併のCOPD患者に対し,訪問リハを導入し,退院後3ヵ月で不安の軽減ならびに生活範囲の拡大を認め,その後,訪問看護ステーションと連携することで再入院を予防できた症例を報告する.報告に際し,症例および家族へ同意を頂き,当院倫理委員会の承認(承認番号:2102003)を得た.
症例はCOPDと診断された72歳男性,Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease IV期,modified Medical Research Council dyspnea scale 4であった.合併症は気管支喘息と高血圧症であった.主訴は労作時呼吸困難に対する不安感であった.住居は集合住宅7階で妻と2人暮らし,外出は車椅子で月1度の通院のみであった.
【病歴】訪問リハ開始までの病歴を表1に記す.20XX+12年,細菌性肺炎で入院され,胸部CTでは両肺野に高度気腫性変化を認め,左下葉に新規炎症所見を認めた(図1).抗菌薬投与等により改善を認め,退院後「院内の呼吸リハが継続できるのであれば」と翻意され,訪問リハ開始となった.
20XX年 | 20XX+4年 | 20XX+8年 | 20XX+10年 | 20XX+12年 3月 | 同年 5月 | |
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経過 | COPD (肺気腫)診断 | COPD急性増悪で入院 | 急性増悪・感染により9回の入退院を繰り返す | 細菌性肺炎で入院 | 自宅退院 | |
薬物 療法 | ステロイド・β2刺激薬配合吸入薬 ―――――――――――――――――――――――→ | |||||
非薬物 療法 | 在宅酸素 療法導入 | 非侵襲的陽圧換気療法導入 ―――――――――→ | ||||
*FVC 2.74 L(73.1%) FEV1/FVC 23.36% FEV1 0.64 L(20.9%) | ||||||
入院中のみ 理学療法(PT)実施 ――――――――――――→ | 院内担当PT 訪問リハ担当 PT/2人担当 | 訪問リハ担当 PTによる訪問 リハ開始 | ||||
社会 資源 | 要支援2:車椅子レンタルのみ 訪問看護・通所リハなど提案があるも拒否される | 区分変更 要介護3 | 訪問リハ開始 週2回 (40分/回) |
*非侵襲的陽圧換気療法導入当初の肺機能検査
入院時胸部レントゲン画像ならびに入院時胸部CT画像(第6胸椎位)
過去に体調が悪化した際,自己判断で定期診察日まで受診されず,自宅で動けない期間が長期に渡った結果,activity of daily living(ADL)低下を認め入院となった経緯があった.そのため,医師に確認後,予定外受診基準(安静時修正ボルグスケール呼吸困難感6以上)を設け,本人と家族へADL低下が生じる前の早期受診行動計画を提案した.呼吸困難に対する不安から,寝室から出ない生活習慣であったため,訪問時は,コンディショニングを行ったうえで寝室外へ歩行練習を行い,修正ボルグスケール5を超えないよう負荷設定を実施し,不安なく室内で身体活動性を高められるよう支援した.訪問リハ時の歩行練習が習慣化した頃,寝室に配置していたリモコン機器やコップなどをリビングへ配置場所を変え,動く機会を日常生活の中で増やせるように日用品の配置場所の再設定を実施した.孫の来訪数日後に増悪入院していることが多かったため,孫と一緒に過ごす際の手洗い指導やタオル類を別々に使用するなど感染対策の具体的方法も指導した.介入3ヵ月目には訪問リハ担当者からケアマネージャー・医師・訪問看護師へこれまでの社会資源受け入れ状況や再入院の要因を共有した.また,訪問看護師と訪問リハ担当者の同時訪問を提案し,実際の呼吸リハ場面や生活状況の共有を行った.
【検査項目および評価方法】身体機能評価は握力,Short Physical Performance Battery(SPPB),連続歩行距離,精神評価はHospital Anxiety and Depression Scale(HADS),ADL評価はThe Nagasaki University Respiratory ADL questionnaire外来版(NRADL),QOL評価はCOPD assessment test(CAT)を使用し退院時・退院後3ヵ月時点で評価した.また身体活動性は,高齢者の身体活動性評価指標として有用とされるLife-Space Assessment(LSA)を使用し退院後1ヵ月と退院後3ヵ月時点で評価した7).
【経過】入院時から退院後3ヵ月のbody mass index(BMI),生化学検査,動脈血ガス分析および各評価結果の経時的変化を表2に示す.退院時HADS(不安/抑うつ)8/7点,退院後1ヵ月LSA 4点,主な生活範囲は寝室であった.退院後2ヵ月で2年ぶりに屋外歩行が可能となり,数年前から参加困難であった法事に参加できた.退院後3ヵ月にはHADS(不安/抑うつ)2/3点となり,不安の軽減,ADLおよびQOLの改善を認め,LSA 22点と生活範囲は自宅近所へ広がった.訪問看護ステーション引継ぎ後も訪問リハ担当者が訪問看護スタッフと月1回情報共有や相談を行い,退院後20ヵ月間再入院なく在宅生活を送ることができた.本人・家族から「安心して引継ぎしてもらえた.呼吸リハ続けている.」と発言があり,訪問看護師から「具体的な感染対策方法や呼吸リハの方法を共有でき,引き継ぎがスムーズであった」と意見があった.退院後21ヵ月目に消化管出血で入院となり永眠された.
入院時 | 退院時 | 退院後3ヵ月 | |
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BMI(kg/m2) | 15.6 | 15.5 | 16.3 |
生化学検査 | |||
総蛋白(g/dL) | 5.3 | 6.0 | 6.6 |
アルブミン(g/dL) | 3.3 | 3.9 | 4.4 |
CRP(mg/dL) | 5.11 | 3.59 | 0.09 |
動脈血ガス分析 | |||
pH | 7.403 | 7.408 | 7.414 |
PaCO2(mmHg) | 60.4 | 59.6 | 56.3 |
PaO2(mmHg) | 61.2 | 69.6 | 60.4 |
HCO3-(mmol/L) | 34.3 | 36.8 | 35.3 |
評価項目 | 入院時 | 退院時 | 退院後3ヵ月 |
握力(kg) | 右18.6/左17.8 | 右20.6/左19.4 | 右21.5/左20.4 |
SPPB(点) | ― | 6 | 7 |
タンデム(秒) | ― | 5.6 | 8.4 |
立ち上がり(秒) | ― | 13.8 | 11.6 |
4 m歩行(秒) | ― | 6.12 | 6.32 |
連続歩行距離(m) | 10 | 50 | 70 |
歩行後修正Borgスケール | 6 | 5 | 3 |
歩行後脈拍(回/分) | 116 | 120 | 100 |
歩行後SpO2(%) | 88 | 89 | 93 |
歩行後呼吸数(回/分) | 34 | 32 | 24 |
HADS(点) | ― | 不安8/抑うつ7 | 不安2/抑うつ3 |
LSA(点) | ― | 4 | 22 |
NRADL(点) | ― | 21 | 30 |
CAT(点) | 32 | 28 | 23 |
本症例は,増悪・入退院を繰り返していた慢性II型呼吸不全合併のCOPD患者であり,訪問リハ導入により長期間再入院を防ぐことができた1例である.在宅での呼吸リハの継続が退院後の呼吸困難に対する不安を軽減させ,安心した日常生活の獲得や生活範囲の拡大に寄与し,さらに,訪問看護ステーションへ引き継いで自宅生活の継続ができた.
本症例は,入院前から労作時呼吸困難への不安が強く,退院時HADS(不安/抑うつ)は8/7点であった.不安はCOPD患者の6.8%~58%に認め,COPD増悪因子の1つとされている8).また,労作時呼吸困難への不安は生活範囲を狭める可能性があり,本症例でも,退院後1ヵ月のLSAが4点であった.LSA低得点は日常生活に介助が必要となり,身体活動時間が短く9),SPPBと最も強い関連を示すとされている10).本症例のSPPB得点はカットオフ値(7点以下;ADL障害発生予測値)を下回りLSA低得点の要因を満たしていた11).以上より,本症例の労作時呼吸困難への不安が退院後の生活範囲を狭小化させ,身体機能のさらなる低下に繋がっていると考えた.呼吸状態に合わせた運動習慣の獲得が不安・抑うつの軽減に関係する12).本症例では,SPPBの得点からLSA低得点の要因を満たしていたが,労作時呼吸困難への不安が増強されないように,実際の生活空間で負荷設定を行いながら呼吸状態に合わせた歩行練習を継続できた.その結果,室内で運動の習慣化が可能となり,HADSの改善や連続歩行距離の延長,さらには呼吸困難感の軽減を認め,LSAの改善に繋がった可能性がある.また,家庭環境に合わせた日常生活指導も加わり,COPD増悪入院を抑止できたと考えられる.
在宅呼吸ケアでは慢性呼吸不全の病態生理,呼吸リハ,在宅酸素療法ならびに酸素機器取り扱い方法などの知識を要する13).本来,訪問リハは呼吸リハ習熟者による継続が望ましいが,本邦の呼吸不全者に対する訪問リハ実施率の低さが示すように5),在宅領域では呼吸リハが浸透していない.その要因は,地域の医療・介護スタッフの呼吸ケアに必要な知識が不十分であること,個々の技量が不足していること,経験が乏しいこと,病院と地域事業者の情報共有方法や連携体制の問題などがある13,14,15).本症例では,訪問リハ担当者が在宅スタッフに対して呼吸リハの必要性を説明し,訪問看護師と実際の呼吸リハ場面を共有できるように同時訪問を実施した.また,訪問看護ステーションへ引き継ぎ後も,呼吸リハの状況が共有できるように訪問看護師との情報交換会を定期的に行った.このような病院と在宅スタッフとの連携体制により,本症例は在宅療養生活の継続が可能となったと考える.呼吸リハの習熟者が限られる在宅医療において,効率的に呼吸リハを地域に根付かせるためには,病院在籍の理学療法士が,在宅スタッフと患者宅を訪問し,問題点抽出と目標を共有しながら,呼吸リハの教育を繰り返していくことが重要である.
我々は,院内と在宅を繋ぐ呼吸リハにより,再入院予防ができた1例を経験した,在宅でも呼吸リハが継続的に患者や家族に提供できるように,症例を重ねながら,地域における多職種連携を深めていきたい.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.