日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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症例報告
筋萎縮性側索硬化症患者に対する排痰補助装置(MI-E)導入および退院後支援の経験
岡田 芳郎 金沢 英哲俵 祐一藤島 一郎
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2023 年 31 巻 3 号 p. 368-370

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要旨

人工呼吸回路の着脱や排痰補助装置(MI-E)に不安のある人工呼吸器装着下の筋萎縮性側索硬化症患者にMI-Eを導入し,自宅や施設でも使用できるよう,家族指導と地域啓発,訪問リハビリテーションを行った.MI-Eは二人体制で素早く回路を付け替えるなど患者の不安に配慮して行った.MI-E後は分泌物が多量に吸引され,患者は有効性を自覚できた.家族指導は入院初期から行った.退院前カンファレンスの際に,退院後の主治医・地域の医療スタッフに対しMI-Eの操作体験・指導を行い,訪問リハビリテーションで自宅・施設で継続して使用できていることを確認した.人的・物的環境の整った病院内でMI-Eを導入し成功体験を積み,主治医や地域の医療スタッフ,家族など直接使用者に指導を行う事,さらに退院後のフォロー体制を確立することで,円滑に導入と使用継続ができることが示唆された.

緒言

排痰補助装置(mechanical insufflation-exsufflation: MI-E)は,神経筋疾患患者において咳の最大呼気流量の大きな増加を生み出す1と言われており,脊髄損傷・神経筋疾患における呼吸ケアガイドラインで強く推奨されている2

片山は長期人工呼吸管理を含めた医療機器を必要とする患者が地域で普通に暮らすためには,効果的気道クリアランス手段は患者の日常活動すべてで必要であり,保険・医療・福祉など各関連分野の支援が切れ目なく提供されるシステムの充実が期待される3としている.しかし,MI-Eの具体的な導入方法やどのように地域で継続して使用していくのか詳細な報告は少なく,実態は不明である.

今回人工呼吸管理中の筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis: ALS)患者に対して,入院中にMI-Eを導入し,地域の医療スタッフおよび家族への指導,訪問リハビリテーション(以下訪問リハ)を行い,自宅・レスパイト先でも継続して使用できた症例を経験した.MI-E導入と地域で継続ができた要因を考察し報告する.

症例

【症例紹介】

60歳代,男性,介護保険 要介護度5.

診断名:ALS.

ADL:全介助.コミュニケーションは意思伝達装置を使用.

生活歴:妻と娘の3人暮らし.主介護者は妻.レスパイト入院を利用しており,自宅で過ごすのは月に2~3日.

現病歴:X-4年,総合病院神経内科受診にてALSと診断.X-3年,「人工呼吸器をつけて生きたい」との強い希望あり,当院にて声門閉鎖術,輪状咽頭筋起始部離断術,永久気管孔造設術施行し人工呼吸器導入し,自宅退院.X-1年,ファイティングを繰り返すため,人工呼吸器調整目的で当院入院.同時にMI-E導入を提案されたが,本人が人工呼吸回路の着脱操作に不安があったことと,必要性の理解が得られず導入は断念.X-2ヵ月,レスパイト入院先で気道分泌物による気道閉塞を生じ意識消失.X年,MI-E導入目的で当院入院.X+1ヵ月,MI-E導入し退院,同時に訪問リハを開始.X+4ヵ月,訪問リハ終了.

【倫理的配慮】

本報告に際し,本人・家族に書面と口頭にて趣旨を説明し同意を得た.また,浜松市リハビリテーション病院倫理委員会の承認を受けた(承認番号22-07).

【入院時評価】

人工呼吸器:トリロジーO2プラス(PHILIPS社製).

設定:AVAPS・S/Tモード,IPAP: 20 cmH2O EPAP: 4 cmH2O,FiO2: 0.21.

人工呼吸回路の着脱に恐怖心強く,事故抜去防止目的に回路と気管カニューレを輪ゴムで固定(患者自身が考案した方法を採用)(図1).

図1

患者が考案した気管カニューレと人工呼吸回路の輪ゴムによる固定法

人工呼吸器外れ防止具の提案をしたが,本人・家族は前回入院時より使用している輪ゴムによる固定を選択した.

呼吸状態:SpO2 97~99%.吸気トリガーされる自発呼吸は3~4回/分.

呼吸音;両背側にて減弱.

吸引;日中5~6回,夜間2~3回.黄色粘稠痰が吸引チューブ1本程度引けるが,本人は残留感を訴える.

妻の訴え:苦しい苦しいと言っている.何とかしてほしい.

本人の訴え:苦しい,元の生活に戻りたい.

目標:4週間の入院でMI-Eを導入し元の生活に戻る.

【入院中の経過】

図2参照.入院当日にMI-Eを導入した.設定は自動モード,吸気・呼気圧:25 hPa,吸気・呼気時間:1.5 sec,休止時間 1.0 sec,カフトラック・オシレーションoffとした. MI-E導入時は二人体制で,一人が人工呼吸器とMI-Eを素早く切り替え,吸引はもう一人が行い,人工呼吸回路の着脱による不安が生じないようにした.拒否はきかれず,入院2週目から一人で回路操作・吸引を行うことができた.

図2

入院中の経過

MI-Eの操作は退院後の主治医,地域の医療スタッフとも未経験であった.

SpO2や血圧などバイタルサインには特段の変化を認めなかった.呼吸困難感の訴えは入院2日後から聞かれなくなった.

MI-Eは1日に複数回行い,その都度チューブ2~4本の黄色粘稠痰が吸引された.夜間は吸引回数・量ともに減少傾向であった.

家族指導は入院2週目から見学,3週目には機器の操作・吸引を指導した.退院前カンファレンスでは退院後の主治医からMI-Eの処方・使用継続を確認し,未経験の地域の医療スタッフに対してMI-Eに付属している取り扱い説明書を元に操作指導を行い,継続使用の確認を目的に訪問リハの提案を行った.

【退院時(入院4週後)評価】

人工呼吸回路の着脱に拒否はなく,不安は軽減した.夜間の吸引回数が減少しており,呼吸困難は軽減した.MI-Eの設定は夜間の吸引回数の減少や呼吸困難が軽減したことから初回設定を維持した.

妻からは「苦しいと言わなくなった.医療スタッフが家に来てもらえると安心」,本人からは「続けたい」との意思表示があり,退院後の訪問リハに本人・家族から同意を頂いた.

【訪問の経過】

訪問開始当初より妻のMI-E操作に問題はなく,本人自らMI-Eを希望するようになっていた.連絡ノートから,レスパイト先でもMI-Eを使用した排痰ケアが継続して実施出来ている事を確認した.さらに妻およびケアマネージャー(以下CM)からの情報では地域の医療スタッフが自ら勉強会を開催していた.3ヵ月後,CM・地域の医療スタッフにMI-Eの継続を再度依頼して訪問リハを終了した.

考察

本症例は,人工呼吸回路の着脱に不安を抱いており,当初人工呼吸回路操作と吸引は二人で行っていた.石川はMI-E 導入に必要な環境として,緊急時以外の初回導入は病院で行うべきと述べている4.今回,人的環境の整った病院内にて二人体制で関与できたことで,回路操作に対しての不安が軽減したこと,MI-Eにより分泌物の喀出が促され,呼吸困難が軽減したことが成功体験となり,導入が円滑にできたと考えられる.

さらに本症例では,妻および退院後の主治医を含めた地域の医療スタッフがMI-E未経験であった.MI-E導入後のフォロー体制についてWindischらは患者と看護・ケアサポート要員を詳細に教育することが必要であると述べている5.妻に対しては早期より指導する事ができ,経験を重ねることで操作に慣れることができたと考える.地域の医療スタッフに対しては,退院前カンファレンスにて直接操作指導した.これが地域の医療スタッフによる自主的勉強会開催につながり,MI-Eの操作が可能となったと考える.

また,訪問リハで自宅・施設での使用状況の確認ができ,訪問終了時に地域の医療スタッフにフォローを依頼できたことで,MI-E使用について妻や本人の安心感に繋げる事ができたと考える.

SiewersらはMI-Eの実装が成功する要因は,装置の使用に対する信頼,患者と介護者間の信頼,および十分な指示と実践的な訓練である6としている事からも,本症例の様な対策が導入と継続には有益であることが示唆された.

今回,本症例に関わる地域の医療スタッフはMI-Eの使用が初めてであった.気道分泌物の喀出に課題を抱える患者にとって,MI-Eが社会生活を送る上で重要なツールになると思われる.地域に広げていくために地域の医療スタッフに更なる啓発が必要であると考える.

結語

人的・物的環境の整った病院内でMI-Eを導入し成功体験を積み,主治医や地域の医療スタッフ,家族などに直接指導を行い,さらに退院後の使用状況を確認するなど退院後のフォロー体制を確立することが,円滑なMI-Eの導入と使用継続に繋がる可能性が示唆された.

備考

本論文の要旨は,第31回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2021年11月,香川)で発表し,座長推薦を受けた.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
 
© 2023 一般社団法人日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
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