2024 年 32 巻 2 号 p. 105-110
アドバンス・ケア・プランニング(ACP; Advance Care Planning)は,医療に価値観を反映させるプロセスであり,「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(2018年改訂)」に概念が盛り込まれている.死は自ら体験し得ない現象であり,ACPは死にゆく過程への緩和ケアといえる.
急性増悪により間質性肺炎療養者の命にかかわる時,事前に意思表示の機会がなければ,医療に価値観を反映させることの保障ができず,その判断は家族に委ねられる.意思決定は,欧米では本人の自律が主流であるが,わが国では療養者と家族,医療者との関係性の中で意思決定を行う自律(relational autonomy)が一般的である.価値観を医療に反映させることは自律の原則への支援であり,ACPは重要である.
看護師は生活援助の際,療養者の生活習慣を確認し価値観をケアに反映させており,日頃からACPを実践している.Kalluri et al(2021)は,早期からACPの介入を提示しており,ACPは,Good deathへの援助といえる.
死は,生きている人間にとって不可避であり,自らで体験し得ない.筆者は,コロナ禍の最中に間質性肺炎(interstitial pneumonia; IP)の在宅療養者の話を聴く機会があった.そこでの共通した語りとは,「(主治医から急性増悪や予後の説明を常々受けており)頭では死をわかっていたつもりでいたが,自分の問題として死を考えていなかったことに気づいた.」というものであった.また,IPにより家族を亡くした人は,息苦しそうにしている姿をそばで見続けることや,延命治療の判断などの辛い体験が今も反芻することがある,と語っていた.命あるものは終わりを迎えるが,死を自分の問題として捉えることは,簡単なこととはいえない.そして,家族がどのように亡くなったのかは,遺された家族の今後の人生に深く影響を及ぼしていると思われる.
アドバンス・ケア・プランニング(ACP; Advance Care Planning),ならびに緩和ケアは,死を取り扱い,死を前提としたケアである.緩和ケアモデル1)(図1)は時代と共に変遷し,現在では死と死別後の遺族ケアを見通したものに変容している.療養者自身が死にゆく途上にある,という事実に向き合うことにより抑うつ状態になることがあり,事実を受け止めることが非常に難しい場合がある2).医療者は,急変の可能性や予後を話題にすると療養者の生きる希望を失わせるのではないかと考え,これらの話題を慎重に取り扱う.ACPは,死にゆく過程における生活の質の維持・向上を目標とした緩和ケアのひとつと考えられる.
わが国のACPの定義は,「人生の節目で,人生の最終段階における医療・ケアの在り方等について本人・家族・医療者等が十分話し合うプロセス」3)とされ,人生会議の愛称のもと「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(2018年改訂)4)にその概念が盛り込まれた.ACPの定義は複数存在しているが,療養者の価値観に言及しているのはSudoreら5)の定義である.Sudoreらは,「将来の医療に関しての個人の価値観,人生のゴール,治療選好を理解し共有することで,全ての年齢層の成人,全ての健康ステージを支えるプロセス」と定義し,わが国におけるACPの定義の土台となっている.
他には,「ACPは将来の変化に備え将来の医療及びケアについて,本人を主体にそのご家族や近しい人,医療・ケアチームが繰り返し話し合いを行い,本人による意思決定を支援するプロセス」6),「ACPは将来の医療・ケアについて,本人を人として尊重した意思決定の実現を支援するプロセス」7)などの定義がある.このようにACPの定義は複数存在し,概念の共通理解が難しいといえ,個々の様々な解釈により,ACPは何を支援するのかを正確に理解することが難しいと考えられる.
ACPによる支援は,二つの側面がある.それは,その人が重篤な慢性疾患に罹患した時に,価値観,目標や治療選好に一致した医療が受けられることが確実になるようにサポートすること,もう一つは,自分では意思決定ができない事態において,代わりに意思決定をしてくれる信頼できる人を選び,準備すること5)である.したがって,ACPは個別性の高いナラティブに基づく医療であり,事前指示書の作成が目的ではなく,療養者の意向を把握し,価値観を医療に反映させるためのコミュニケーションを土台とするプロセスである.プロセスとは,表現し難く,関わりの実態や実践の成果がみえにくいため,援助者側に「何も援助できていないのではないか」との葛藤が生じやすいと考えられる.
ACPは関わることに意義があり,また,ACPには意思決定が含まれる.看護師は日頃から療養者の生活習慣や好みなどを確認し日常生活援助を行うが,それは意思決定支援のひとつである.意思決定支援とは,倫理原則8)のうち最も重要視されている自律原則の尊重である9).意思決定は,欧米では本人の自律(autonomy)が主流である一方,わが国では,本人と家族,医療者・ケア従事者間の関係性の中で意思決定をしていく自律(relational autonomy)が一般的10)であり,文化的文脈が異なる.わが国のACPは,情感を伴うケアといえる.
IPにとって,ACPはなぜ重要か.IPの療養上の課題では,呼吸器症状によりADLが低下し,自立した生活活動が営めなくなっていく.加えて,不安や自分の価値が低下したと感じる,息苦しさにより安定した情緒が保ちにくいなど心身に影響が及ぶ11,12).IPは類型により予後が異なり,それらの多くは予後の予測が困難である.最も多い特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis; IPF)の死因は,急性増悪が4割を占める13).急性増悪や急変時の治療の意思決定を家族が本人に代わり担うことも多く,人工呼吸器から離脱できない場合,本人と家族の苦悩は想像に難くない14).事前に療養者の考えを知る機会がなければ,価値観を反映させた医療の提供を保障することは極めて難しい.
2. 緩和ケアのニーズと現状緩和ケアのニーズに関する米国のIPF療養者5人と家族8人を対象としたインタビュー調査では,4つのテーマが抽出されている15).療養者も家族もACPに躊躇しており,ACPに消極的な理由としてIPFに関する知識,理解が限られるためであった.また,わが国におけるIPFの緩和ケアの現状16)では,肺癌に比べ緩和ケアの提供が非常に難しいことが報告されている.エンド・オブ・ライフに関する話し合いの時期は,医師らの理想は在宅酸素療法導入時であったが,実際は急性増悪による入院時であり,7割で家族のみと話し合っていた.緩和ケアを提供する困難さと有意に関連していたのは,治療法が未確立で予後予測が困難,療養者と家族ならびに医療スタッフ間での理解とケア目標の不一致,ケア目標に関する不十分なコミュニケーション,の3項目であった.
3. ACPの必要性早期緩和ケアの体験をカナダのクリニックに通院中のIPF療養者の介護者(配偶者または子ども)8人を対象に調査した質的研究17)では,介護者らはACPの開始前,予後についてはほとんど理解しておらず,ACPにより療養者の希望がわかりサポートできたと報告されていた.また,ある介護者は医療者の情報提供により死の準備を行うことができ,医療者に支えられていると感じた体験が報告されていた.IPFにおけるACPの必要性に関し,療養者,介護者,在宅ケアの専門家,急性期医療の専門家のそれぞれ5人ずつを対象とした半構造化面接調査18)では,情報が不十分で対話の遅れがみられるため,早期にオープンな対話による詳細な情報提供を行い,エンド・オブ・ライフの計画を立てることが抽出されていた.療養者と介護者は正しい情報の入手が難しいことからACPに誠実さを望み,専門家らはACPの遅れによる療養者とその家族への影響を語っていた.
4. わが国におけるACPの実施状況ACPの実施状況について,呼吸器/慢性呼吸器疾患看護認定看護師,慢性疾患看護専門看護師(サブスペシャリティ:呼吸器疾患)を対象とした看護実践の実態調査19)では42.5%(有効回答数134件,回答率49.3%)が実施していると回答していた.ACPを実施している看護師の背景では,呼吸器看護外来の設置あり(χ2=5.50,p=0.019)と,所有資格が専門看護師(χ2=4.28,p=0.039)であった.ACPを実施している看護師は,他の看護実践項目も概ね実施している傾向がみられた.したがって,ACPの促進には,呼吸器看護外来の設置や看護師の配置場所などが課題と考えられる.
5. ACPの実施に向けて医療者が療養者と家族とともにACPのプロセスを歩むには,療養体験の理解が不可欠である.国内外のIPFの療養体験に関する質的研究のメタ統合20)では,抗線維化薬治療が主流になる前の報告も含まれるが,療養者の体験を理解する参考になる.共通した療養体験は,【診断までに時間を要する】,【症状の負担と自立の喪失】,【実存的な苦痛】,【病いの道行きへの苦悩】,【HOTの認容と生活制限】,【家族役割の変化】,【自立した生活維持への挑戦】であった.
疾患の軌道(経過)ならびに病みの軌跡は,いずれもIllness trajectoryを邦訳したものであるが,意味が異なっている.疾患の軌道では,IPは増悪を繰り返しながら悪化する機能不全の経過にあたる21)が,病みの軌跡では,illnessは疾患と共に生きる体験であり,疾患のみならず療養体験全体へのケアを指す.病みの軌跡22)は,社会学者のStraussとGlaserが1960年代に報告した死にゆく人と家族,医療者の相互関係を調査した死のアウェアネス理論23)が土台である.療養者と家族,そして医療者が,療養者の予後や死を含む医学的病状判定についてどのような情報を持っているのか,また,療養者は周りがどこまで知っていると思っているのか,という「認識文脈」に焦点をあてている.認識文脈には4種類あり,閉鎖認識(事実を療養者以外が知り本人は知らない),疑念認識(療養者は,周囲の医療者が自分の病状について何か知っているのではないかと疑念を抱き,彼らを試してくる),相互虚偽認識(療養者も周囲の人々も事実を知っているにも関わらず,双方が知らないふりを演じ合う),オープン認識(双方が事実を認め合い,その前提で行動する)の4種類がある.ACPでは,オープン認識へと向かわせる援助が重要であるが,IPは悪性腫瘍に比べ情報が少なく,情報提供や理解の程度,正しい情報を取得するための援助が重要である.
ACPに伴う感情面への援助では,「配偶者の死」を体験する時のストレスを100とした場合24),「自分の怪我・病気」は53,「家族の健康状態の変化」は44とされ,健康状態の変化はストレスが高い.病状説明の理解に乏しく,伝わりにくい場合,精神発達遅滞による理解力などの低下,認知症による記憶障害などを除外した上で,防衛機制(コーピング)の働きを検討する必要がある.人間は防衛機制(否認,退行,置き換え,反動形成,分離など)を用い,無意識に自分の心を守る働きをしている.否認のコーピングが働き,病状説明の理解を妨げることにより心を保つ場合があり,病いが療養者にとって大きなストレス,かつストレスに晒されている状況が理解できる.今必要とする援助は何かの見極めが重要であり,この場合はストレスの緩和や,心の傷つきなどへの援助が優先される.
また,人間は誕生から死まで8つの発達段階を経て,生きている限り発達し続けている.発達課題(ライフ・タスク)には,青年期のアイディンティティの確立対同一性拡散や,老年期の統合対絶望などがある.各年代の発達課題が未達成の場合,病気などの大きなストレスに晒された時,問題が顕在化することがある25).発達課題の達成は心の健康の条件であり,IP療養者の行動や意思決定に影響を及ぼし,価値観の理解に役立つ.
6. ACPのフレームワークIPF療養者へのACPの必要性に関する質的記述研究をもとに開発されたACPのフレームワーク26)には,経過のどの時点で,誰がどこで何をどのようにケアするのかが示されている.ACPは診断時からの開始を推奨しており,疾患に関する情報提供,不確実性の管理,ならびに感情への対処をしながら話し合い,共有意思決定支援により意思を示す書類の作成を提示している.また,価値観を引き出すことや,家族をシステムとしてとらえることなどを提示している.特に,疾患のとるコースを正確に予測できない不確実性の管理とケアが重要と考えられる.
看護師は日頃から日常生活援助の際,お湯の温度の好みなど生活状況を必ず確認し援助を行うが,この援助により価値観をケアに反映させている.医療者による日頃の関わりは,療養者と家族との信頼関係を構築するプロセスであり,これもACPのひとつである.病みの軌跡をたどり,療養者の意向を傾聴することは,生活上の困難さを軽減する可能性があるが,死の話題を嫌う人,言霊を大切にしている人(言葉にすれば現実になるという価値観),ならびにライフレビューや回想に向かない人(忘れることも防衛機制による心を守る働きである)も存在する(図2).したがって,チーム医療によるリレーショナル・オートノミーを軸とした療養者の価値観と意向を共有することが重要である.また,ACPは医療者との共通体験を重ねていく点で,家族の予期悲嘆へのケアにもなりうるのではないだろうか.
IP療養者へのケアの評価指標は,未だ見あたらない.呼吸困難感を抱えるIP療養者への援助の評価には,終末期がん療養者のQOL望ましい死の達成の尺度:GDI27)(Good Death Inventory)が参考になる.尺度を構成している10項目のコア・ドメインは,①からだや心のつらさが和らげられていること,②望んだ場所で過ごすこと,③希望や楽しみをもって過ごすこと,④医師や看護師を信頼できること,⑤家族や他人の負担にならないこと,⑥ご家族やご友人とよい関係でいること,⑦自分のことが自分でできること,⑧落ち着いた環境で過ごすこと,⑨ひととして大切にされること,⑩人生をまっとうしたと感じられること,である.これらの項目がどの程度達成されているのか,日頃の対話や意思決定の状況などから把握し,ケアの評価と今後のケアに活かすことができる.
3. ナラティブ・メディスンACPは,ナラティブ,すなわちその人の生きてきた物語を基盤とする実践である.ナラティブとは,療養者の主観である語りを医療者が傾聴し,援助を検討するものであり,個人の価値観を知る有益な方法である.ナラティブ・メディスン28)は内科医のCharonが提唱し,療養者の気持ちを正確に聞き取り,ケアに活かす方策である.
ナラティブ・メディスンは,その人の物語を①読むこと,②書くこと,③省察すること,④解読すること,の4点により内容をつかむことができるとしている.ナラティブ・メディスンの3つの概念は,配慮,表現,参入である.配慮とは,相手のためにその場に存在することである.表現とは,臨床場面を描写的に記述することであり,Sデータだけではなく,その時の表情など知覚したことを記録すること(知覚の具象化)である.参入とは,療養者が語る場面の記述(記録)を,その人に携わる人が読む(共有する)ことにより,読み手の個々がケアチームへ参入することの橋渡しをすることである.実践方法は,①相手の言葉に耳を傾けその人の病いの体験を傾聴し,物語を再構成しながら記述(記録)を行う,②療養者の視点から,療養者が苦境にあることを想像し共有する,③複雑な物語の把握により療養者の体験を理解することで,病いの体験を療養者にとって意味あるものとする,を行う.ナラティブ・メディスンは,語りの傾聴とそれらを記述するプロセスであり,ACPのプロセスにおける療養者の価値観の抽出,体験の理解に役立つと考えられている.
4. 面談の種類と方法面談の方法には,構造化面接法と半構造化面接法がある.構造化面接法は,問診のように,あらかじめ決められた問いに対し回答を得る面接である.質問以外の話は聴取しないため,回答も構造化した内容になる.半構造化面接法は,準備した質問をし,その回答で気になる部分をさらに掘り下げ,自由に対話する面接である.ACPは価値観の表出を要し,半構造化面接法が役立つ.
5. 死の人称性という考え方ACPに関わる療養者,家族,ならびに医療者の年齢や個人の体験は,実に様々である.浅見29)は背景の異なる人々が関わるACPにおいて,哲学者ジャンケレヴィッチによる「死の人称性」を提示している.死の人称性とは,人間の死を一人称,二人称,三人称に区別したものである.一人称の死とは私の死,すなわち「自分(療養者本人)の死」である.死は自ら体験し得ないため,自分はどのような死を望むのか,事前の意思表示が重要である.次に,二人称の死とはあなたの死,すなわち「家族らによる死」であり,人生と生活を分かち合った人が死にゆく時,どのように対応するのかを指す.そして,三人称の死とは彼や彼女の死,ここでは「医療者らによる死」であり,第三者の立場から冷静に見ることのできる死といえる.
医療者は,ACPに関わる人々はそれぞれ立ち位置が異なることを認識する必要があり,また,医療者は三人称の死の立場でACPに関わり,その上で二人称の死に近づいた援助を行うことが療養者とその家族へのケアになると考えられる.ただし,医療者が二人称の死に近づく際は,医療者の燃え尽きを防ぐためにも,療養者や家族との境界を保ち,状況を客観的かつ俯瞰して臨む必要がある.
6. ACPにおける医療者の姿勢死を見据えた人への関わりには,場を共有すること,病棟であれば「一歩足を止める」,「ベッドサイドにとどまる」ことがケアになる.このような関わりが必要と考えられる理由は,市井に生きる人々の体験に学ぶことができる.幾度となく病に倒れた宮沢賢治は,「雨ニモマケズ30)」の中で「東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ 看病シテヤリ」,と「行ッテ」を繰り返し4回述べている.その場に出向き時間を共有することが,辛い体験の最中にある人への支援に最も重要であることを示していると考えられる.
また,水俣病患者の壮絶な生活を「苦海浄土」に綴った石牟礼道子は,日常生活を営めなくなった人々の支えになったのは,「もだえ神(苦しむ人に寄り添い苦しみを共にする精神を指す)の資質をもつ人31)であった」と述べている.死を見据えた対話を行うACPは,医療者の「ともに在ろう」とする姿勢が問われるのではないだろうか.
IPにおけるACPは,療養者,家族のナラティブを基盤とし,医療者のともに在るという姿勢で価値観を共有しながらGood Deathへの援助を行うプロセスである.また,死にゆく過程への緩和ケアと考えられ,IPにおけるACPは重要である.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.