日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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シンポジウム
タバコに対する認識のギャップは埋まるのか?
吉井 千春
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2024 年 32 巻 2 号 p. 125-129

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要旨

【背景と目的】喫煙率は低下傾向にあるが,未だに喫煙を擁護する人達がおり,社会の禁煙推進の障害となっている.喫煙擁護側と禁煙推進側のタバコに対する認識のギャップを検証する目的で,加濃式社会的ニコチン依存度調査票(KTSND)による研究をレビューした.

【結果】KTSNDは10問30点満点で社会的ニコチン依存が高いほど高得点になる.喫煙状況別の得点は,非喫煙者<前喫煙者<喫煙者であった.敷地内禁煙に反対する人や,喫煙者に対して禁煙の指導や助言を行わない人では高得点を示した.受動喫煙を気にしない非喫煙者も高得点になった.一方喫煙しにくい職場では得点が低い傾向を示した.未成年者に対する防煙・禁煙教育は直後にはKTSNDが低下したが,長期的効果は不明であった.

【結語】このギャップを埋めるためには,吸いにくい環境を広げるなど社会的ニコチン依存を凌駕する対策を継続的に行う必要がある.

緒言

我が国の喫煙率は,男性の喫煙率が80%台だった1960年代をピークに,その後は緩やかに低下し,2019年には男性27.1%,女性7.6%になっている.しかし喫煙率が低下しても,未だに敷地内禁煙の場所に喫煙所を作りたがる喫煙者がいるし,喫煙者は肩身が狭くて可哀想だと擁護する非喫煙者もいる.われわれ医療従事者は,禁煙を推進する側の立場にあるが,こうした喫煙擁護側との認識のギャップを明確にしておく必要がある.

喫煙の本質は,ニコチン依存症という薬物依存症である.依存症は,①離脱や耐性からなる生理的症状,②害の過小評価や使用価値の増大といった認知的症状(認知の歪み),③渇望や使用制御困難による行動的症状,という3要素から成り立つ.実臨床では「身体的依存」と「心理的依存」という用語が使われているが,生理的症状は「身体的依存」に合致し,また認知的症状と行動的症状は「心理的依存」に含まれ,3つの要素は互いに影響を及ぼし合っている1.2000年代に加濃と吉井らは,社会的ニコチン依存という新しい概念を提唱した2.これは「喫煙を美化,正当化,合理化し,またその害を否定することにより,文化性を持つ嗜好として社会に根付いた行為と認知する心理状態」と定義される.社会的ニコチン依存は,喫煙者の心理的ニコチン依存の認知的症状(タバコの効用の過大評価や害の過小評価など)が,周囲の非喫煙者や子どもにも波及し,組織や社会がタバコの効用などを誤認識する状態である3.社会的ニコチン依存を生じる原因として,1)喫煙者では喫煙自体の心理的依存,2)喫煙を正当化するタバコ会社,マスメディア,喫煙者などからの各種メッセージによる社会的洗脳,3)成人男性の喫煙率が80%台だった1960年代からの喫煙者中心の社会習慣,4)未成年者では身近にいる家族や友人の影響,5)厚労省,医学会,医療従事者からの喫煙や受動喫煙の害に関する情報不足,などが考えられる.そして社会的ニコチン依存は,加濃式社会的ニコチン依存度調査票(Kano Test for Social Nicotine Dependence: KTSND)(表1)で定量化される.KTSNDは1問の配点が3点で,10問30点満点になる.回答の選択と配点は,思わない(0点),あまり思わない(1点),少しそう思う(2点),そう思う(3点)で,問1のみ配点が逆になっている.またKTSNDの質問票としての信頼性と妥当性は,Otaniら4による勤労者対象の研究,およびKitadaら5による大学生対象の研究により検証されている.

表1 加濃式社会的ニコチン依存度調査票

質問回答(得点)
問1タバコを吸うこと自体が病気である思わない(3) あまり思わない(2)
少しそう思う(1) そう思う(0)
問2喫煙には文化がある思わない(0) あまり思わない(1)
少しそう思う(2) そう思う(3)
問3タバコは嗜好品である同上
問4喫煙する生活様式も尊重されてよい同上
問5喫煙によって人生が豊かになる人もいる同上
問6タバコには効用がある同上
問7タバコにはストレスを解消する作用がある同上
問8タバコは喫煙者の頭の働きを高める同上
問9医者はタバコの害を騒ぎすぎる同上
問10灰皿が置かれている場所は,喫煙できる場所である同上

(Kano Test for Social Nicotine Dependence: KTSND)

10問30点満点で点数が高いほど社会的ニコチン依存が高い

暫定規準(治療や指導における目標値)9点以下

こうしたKTSNDの特性をふまえ,KTSNDを用いれば喫煙擁護派と禁煙推進派の認識のギャップが可視化出来るようになり,さらにこのギャップが埋まるのかを検討出来るのではと考え,日本国内で行われたKTSNDを用いた研究のレビューを行った.

KTSNDを用いた諸研究

1. KTSNDの喫煙状況別総得点(表2

これまでの報告で,KTSNDの喫煙状況別の総得点は,非喫煙者(11~12点台)<前喫煙者(14~15点台)<喫煙者(17~18点台)の順で高くなった3.また喫煙者の場合には禁煙ステージ別に,準備期(1か月以内に禁煙するつもりである)<熟考期(6か月以内に禁煙するつもりである)<前熟考期(禁煙に関心はあるが6か月以内ではない)<無関心期(禁煙するつもりはない)となった2,6

表2 KTSNDの平均得点比較

報告者報告年対象(人数)非喫煙者前喫煙者喫煙者
Yoshii C2006Pharmaceutical company workers(344)12.114.218.4
吉井千春2007病院職員(269)12.212.218.0
栗岡成人2007女子大生(1,296)10.614.316.4
栗岡成人2007女子大生(1,326)11.016.318.1
吉井千春2008禁煙指導者(139)5.26.0
稲垣幸司2008歯学部4年生(130)11.614.917.4
栗岡成人2009女子大生(1,379)9.914.216.6
Otani T2009Industrial workers(666)8.610.713.9
稲垣幸司2009歯学生(767)11.115.215.9
稲垣幸司2009薬学生(656)11.016.418.5
瀬在 泉2009中高齢者(243)10.814.719.3
栗岡成人2010看護学生(435)12.415.617.4
吉井千春2010日本肺癌学会参加者(460)10.512.919.0
Amagai K2011Employees of a regional cancer center(600)11.314.016.5
Kitada M2011University students(923)11.715.817.2
佐藤恵子2011妊婦(750)9.612.514.3
今野美紀2012全国の小児科担当看護師(2,705)11.512.915.7
Yukawa K2014Dental patients hoping dental implants(1,159)14.315.617.7
水木 将2016病院職員(259)12.714.317.9
山下 健2019妊婦(615)10.311.314.5

2. 試し喫煙者や高得点非喫煙者の存在

大学生を対象とした研究において,非喫煙者を,これまで数回タバコを吸ったことがあるが現在は吸っていない「試し喫煙」と,これまで一度も吸ったことはない「喫煙未経験」とに分類して調査した報告がある.喫煙状況を4つに分類した場合,KTSNDの平均得点は,喫煙未経験者<試し喫煙者<前喫煙者<喫煙者になった6,7,8.加えて「高得点非喫煙者」が存在することが分かった.栗岡らは,女子大学生1,326名を対象とした調査で,喫煙者並みのKTSND 18点以上の者が104名(8.8%)存在することを報告した9.その理由として,①喫煙歴を正直に答えていない可能性,②気管支が弱いなどの理由で,意に反して非喫煙者になっている,③純然たる喫煙予備軍,④喫煙が当たり前の環境にいるなどが考えられた.高得点非喫煙者が喫煙予備軍になりえるのかは,北田らが興味深い報告をしている8.大学生396名中,初回調査で「喫煙未経験群」だった267名を対象に2年後に追跡調査を行ったところ,31.8%が喫煙行動(「試し喫煙」「前喫煙」「現在喫煙」)を選択した.喫煙行動の選択に影響を及ぼした要因は,①KTSNDのQ1(タバコを吸うこと自体が病気)を否定,②KTSNDのQ7(タバコにはストレスを解消する作用がある)を肯定,③喫煙規制に否定的な意識,④アルバイト先の喫煙者の存在であり,初回調査のKTSNDは必ずしも高くなかった.さらに「喫煙未経験」から「現在喫煙」へ移行した群では,KTSNDの増加幅が大きかったこともあり,喫煙行動を選択したことにより,認知の歪みが発生・増大した可能性が考えられた.

3. 喫煙対策とKTSND

稲垣ら6は,大学の敷地内禁煙に関する賛否を問う調査を行ったところ,大学生の喫煙者150名におけるKTSND値は,大賛成(16.4±8.0),賛成(15.5±5.7),反対(19.6±3.1),大反対(25.3±4.2)と反対の考えが強いほど高値を示した.また同じ調査を喫煙する大学職員80名にも行っているが10,大賛成(15.4±6.8),賛成(18.4±5.2),反対(22.9±3.8),大反対(27.5±3.5)と同様の傾向を示した.さらにこれらの調査では強く反対する側の回答者ほど,喫煙本数も多い傾向を示した6,10

吉井ら3は,日本肺癌学会学術総会の参加者を対象に,回答者が所属する職場の喫煙対策とKTSNDの関係を調べた.456名からの回答で,敷地内禁煙(11.1±6.2)<建物内禁煙(12.2±5.6)<建物内分煙(13.8±5.8)と,喫煙対策が遅れているほどKTSNDは高値を示した.また谷口ら11は,人間ドックを受診した教職員のうち男性非喫煙者155名を対象とした調査を行ったが,敷地内禁煙(10.8±6.2),建物内禁煙(9.9±5.3)<建物内分煙(14.2±5.7)と同様の結果であった.

4. 受動喫煙による影響

谷口ら12は,人間ドックを受診した教職員のうち非喫煙者と前喫煙者452名を対象に,受動喫煙による健康影響が気になるかの調査を行った.その結果KTSND値は,感じる(10.5±5.7)<少し感じる(12.3±6.0)<あまり気にしない(14.7±5.8)<全く気にしない(18.4±4.9)と4群で有意差がみられ,健康被害を気にしない教職員は喫煙を容認する傾向がみられた.さらに受動喫煙の有無とKTSNDを調べた調査では,受動喫煙がある人でKTSNDが高い傾向を示した6,13,14

5. 禁煙指導と助言

吉井ら3は,肺癌治療を日常的に行っている肺癌学会会員353名を対象に,喫煙中の肺癌患者への禁煙指導と治療に関する調査を行った.選択肢は,A:(患者が)禁煙を達成してから治療を行う,B:(患者に)禁煙指導はするが,禁煙の成否にかかわらず治療を行う,C:喫煙と肺癌の関係は説明するが,禁煙指導は行わない,D:喫煙のことには特に触れない,の4択で,回答者のKTSNDはA(10.3±6.6)<B(10.9±5.6)<C(14.5±5.9)<D(17.4±8.0)の順で高くなった.また松浪ら15は,福祉事務所現業員1,583名を対象に,生活保護者に対する禁煙の助言について調査を行った.その結果,中央値の比較で,頻回にある(13.0)<時々ある(15.0)=あまりない(15.0)<全くない(16.0)の順で高くなった.

6. 防煙・禁煙教育の効果

小学校5,6年生をターゲットにしたKTSNDとして,平易な言葉で表現した小学校高学年版(KTSND-youth)がある.これを用いた小学校5年生から中学生を対象とした8つの研究(表3)において,いずれもKTSNDの得点は,授業前と比較して授業後に有意に低下した.ただしこのうち2つの研究(今野論文,野口論文)では,それぞれ3か月後,2年後にKTSNDが上昇することが示された.

表3 防煙教育の効果(KTSND-youth)

報告者報告年対象(人数)授業前得点授業後得点
遠藤 明2007小学5,6年生(221)5.331.97
星野啓一2007小学生と中学生(770)7.77(小5)4.29(小5)等,全ての学年で低下
今野美紀2012小学6年生(134)4.0(中央値)3.0(中央値)(3か月後に3.5に上昇)
生井エリナ2013小学5,6年生(635)5.63.6
原 めぐみ2013小学6年生(7,585)4.853.00
後藤美和2015中学1年生(93)4.412.98
野口 愛2020小学5,6年生(514)6.115.59(効果は1年半後まで,2年後に上昇)
増田麻里2020小学5,6年生(496)3.0(中央値)1.0(中央値)

授業の直後にKTSNDは有意に低下するが,長期的効果は疑問

またKTSNDを用いた中学生から大学生,ないし若年社会人を対象とした10の研究(表4)においても,KTSNDは授業後に有意に低下した.しかし2つの研究(竹内論文,浅利論文)において,KTSNDの低下持続期間は,それぞれ2回の講義で13か月,1回の講義で3か月と報告された.

表4 防煙・禁煙教育の効果(KTSND)

報告者報告年対象(人数)授業前得点授業後得点
稲垣幸司2008短大生(171)12.67.7
稲垣幸司2008妊婦(95)9.54.6
竹内あゆ美2008歯科衛生士(26)8.63.5(2回の講義で13か月後まで効果あり)
遠藤 明2008高校生(423)12.0(中央値)3.0(中央値)
遠藤 明2008中学生(607)9.0(中央値)3.0(中央値)
浅利剛史2012中高校生(815)10.0(中1の中央値)6.0(中1の中央値)等,全ての学年で低下(3か月後に上昇)
冨田和秀2013理学療法士(74)13.58.4
松本幸大2014中学2年(204)9.75.5
M. Iizuka2015中学1年(149)9.97.5
正木克宣2019大学生・看護学生(245)13.08.2

授業の直後にKTSNDは有意に低下するが,長期的効果は疑問

7. 喫煙防止教育の長期効果

齋藤ら16は,大学薬学部の1年生と4年生を対象に,過去の禁煙教育の有無とKTSNDの関係を調査した.その結果,受けたことがある(428名)と受けたことがない(157名)で,それぞれ11.0±5.4と11.8±5.8で有意な差異はなく,禁煙教育の回数(1~8回)も関係がなかった.

また山口ら17は,大学生6,497名を対象に,過去の喫煙防止教育の受講回数(0回,1回,2-4回,5-8回,9回以上)とKTSNDの関係を調査したが,非喫煙者・前喫煙者・喫煙者のいずれにおいても,関連はなかった.

認識のギャップは埋まるのか?

今回KTSNDを用いた研究をレビューすることにより,喫煙者の心理的ニコチン依存の認知的症状が,社会に拡散している現象を垣間見ることができた.ただ喫煙者の中でも,禁煙に対する準備性が高まるにつれKTSNDは低くなり,一方で喫煙規制への反対が強いほどKTSNDは高くなり,喫煙本数も多かった.非喫煙者に目を向けると,受動喫煙を気にしないか,日頃から受動喫煙を受けている人では高くなった.また喫煙対策が進んだ職場環境では,KTSNDが低くなることも確認できた.

認識のギャップは埋まるのか?という問いに対しては,禁煙推進側と喫煙擁護側の双方が歩み寄ってギャップを埋めるのではなく,喫煙者も非喫煙者も社会的ニコチン依存の低減を目指す必要がある.KTSNDは9点以下を暫定規準,すなわち治療や指導における目標値と定めており18,まずは個人も集団も9点以下を目指す必要がある.

喫煙率が低下している現在では,非喫煙者の社会的ニコチン依存を高めないために,喫煙対策の推進による受動喫煙の防止が重要である.また喫煙未経験者が喫煙行動に走らないための教育も重要である.禁煙・防煙教育は少なくとも短期的な効果は確認されており,喫煙に関するコアな知識を確実に伝える必要がある.それは喫煙がニコチン依存症という薬物依存症であること,そしてタバコによるストレス解消は,単にニコチン切れの離脱症状(イライラ)に対してニコチンを補給しているに過ぎないということである.喫煙規制に強く反対する重喫煙者は厄介な存在であるが,彼らを取り巻く人々の社会的ニコチン依存が低下することにより,時間はかかるが,いずれ解決する問題のようにも思われる.近年,紙巻きタバコから加熱式タバコへの置き換わりが進んでいるが19,タバコ会社の巧妙な作戦は続いており,加熱式タバコの真実や有害性についても,社会に向けて啓発していく必要がある.

今回,色々とレビューはしてみたものの,認識のギャップを埋めるためには,社会的ニコチン依存を凌駕する対策をパワフルにかつ持続的に行うという結論に達した.さらに加熱式タバコの情報収集を行い,タバコ会社からのメッセージを1つずつ否定し,新たな社会的ニコチン依存を破壊していく必要性を強く感じた.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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