日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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シンポジウム
大規模災害時における在宅酸素療法患者の避難行動と思い
田神 由香
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2024 年 32 巻 2 号 p. 147-150

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要旨

南海トラフ巨大地震は,今後30年以内にマグニチュード8~9の巨大地震が70~80%の確立で発生すると予測されている.大規模災害に備え,避難行動要支援者である在宅酸素療法患者の避難行動と思いに着目し,避難行動を妨げる要因を抽出することでより実行可能な避難行動について方策を見出すことができるのではないかと考えた.避難行動に影響する因子を身体面,環境面,心理社会面の3つのカテゴリーに分けアンケート調査を実施した.大規模災害が起きた場合,避難行動を起こすと答えたのは2人,起こさないと答えたのは7人,わからないと答えたのは5人だった.互助と避難行動の関係では,67%の方が近隣との交流があるものの避難しないと答え,同居家族が居る方では50%の方が避難しないと答えた.近隣との交流があっても,病状は知られたくない,他者に迷惑をかけたくないという思いが避難行動を妨げる要因となっていることも示された.

緒言

南海トラフ沿いを震源とする南海トラフ巨大地震は,今後30年以内にマグニチュード8~9クラスの巨大地震が70~80%の確立で発生すると予測されている.国の被害想定では,最悪で死者32万3,000人,建物倒壊・焼失は約240万棟,経済被害220兆円と,東日本大震災の17倍とされており1,県南部に位置している徳島県阿南市も甚大な津波被害が予測される.第一波の到達速度は速い地域で10分以内,高さは最大で 17.5 mとされている.また,徳島県においては75年前の1946年に起きた昭和南海地震以来,多くの県民が命の危険を感じるほどの大きな地震を経験していない.

災害時自ら避難することが著しく困難で,避難確保に特に支援を要する者を避難行動要支援者といい2在宅酸素療法(以下HOT)患者もこれに該当する.HOT患者は日常的に呼吸調整を行いながら生活しているが,有事の際には防災バッグや予備酸素ボンベを持ち,徒歩でより早くより高く避難することが求められる.今回HOT患者の避難行動に着目し,その思いから避難行動を妨げる要因を抽出することにより実行可能な避難行動について方策を見出すことができるのではないかと考え取り組んだ.

対象と方法

1. 対象

HOT外来を受診している14名(男性11名,女性3名,平均年齢77.4歳).

2. 方法

1)避難行動に対する思いについて質問紙を作成,HOT外来時に対面式で聴取し質問紙の結果を記述統計し分析した.

2)身体面・環境面・心理社会面(1)は有・無の2段階評価,心理社会面の(2)は,はい・いいえ・わからないの3段階評価,心理社会面(3)~(11)は,とても思う・少し思う・どちらでもない・あまり思わない・思わないの5段階評価とした.

3)ADLはバーセル指数,息切れは修正MRC息切れスケールを用いて評価し,ADLおよび息切れの強さと避難行動に対する思いを,スピアマン順位相関係数を用いて検討した.

本研究は,阿南医療センターの倫理審査委員会の承認を得たうえで研究対象者には調査の目的,プライバシー保護,無記名,回答の有無は自由であることを書面で説明し同意を得て実施した(承認番号202106).

結果

避難行動に影響する因子を身体面,環境面,心理社会面の3つのカテゴリーに分け避難行動に対する思いについて聴取した(表1, 表2, 表3).南海トラフ巨大地震が起きた場合,避難行動を起こすと答えたのは2人,起こさないと答えたのは7人,わからないと答えたのは5人だった.

表1 身体的症状の有無【身体面】

【身体面】
息切れがある122
咳・痰がある104
徒歩で長距離移動ができない140
難聴がある59
認知症がある014

表2 居住環境について【環境面】

居住環境【環境面】
同居家族がいる104
近隣との交流95
ハザードマップの周知86
居住地ハザードマップの周知59
避難所の周知104
防災バックの準備212
徒歩圏内の避難所の周知59
3階建て以上の建物68
ペットの飼育113
身体が不自由な家族113
携帯電話113
テレビ・ラジオの視聴140

表3 避難行動への思い【心理社会面】とADL・息切れの関係

n=14 ※P≦0.05
項目BImMRC
相関係数相関係数
Q1 過去に命の危険を感じるほどの大きな地震を体験したことがありますか0.54-0.5
Q2 南海トラフ巨大地震が起きた場合避難行動を起こしますか0.39-0.3
Q3 Q2でいいえ・わからないと答えた方の避難行動への思いとADL・息切れの関係
n=12 ※P≦0.05
Q3 ①家への愛着があるから-0.70.54
Q3 ②ここで最期を迎える覚悟を持っているから-0.50.26
Q3 ③長期療養にくたびれて心が折れたから(諦め)0.18-0.2
Q3 ④避難場所より自宅避難が安全だと思うから-0.1-0.1
Q3 ⑤避難途中で大きな余震が来ると思うと怖いから-0.10
Q3 ⑥津波が押し寄せてくるまでに避難できそうにないから(逃げ遅れ)0.63-0.5
Q3 ⑦息切れが強くなり避難所へ辿り着けるかどうか不安だから0.260.04
Q3 ⑧避難途中に道が寸断されていたり危険な状態になっているかもしれないから0.120.05
Q3 ⑨自分が居るがために人に迷惑をかけるから(遠慮)-0.20.11
Q3 ⑩避難したいが身体状況を考えると無理だと思うから0.25-0.2
Q3 ⑪自分は避難したいが,独りでは連れていけない家族やペットがいる0.29-0.4

BI: Bathel Index

mMRC: modified Medical Research Council息切れスケール

息切れの強さと避難行動に対する思いとの間には相関関係はなかった(表3).互助,同居家族,遠慮,浸水被害の有無で避難行動を起こすか否かに差がみられるのかを単純集計し比較した.互助の有無と避難行動の関係では,普段から近隣との交流があるが避難しないと答えたのは6人(67%)だった.同居家族の有無と避難行動の関係では,同居家族は居るが避難しないと答えたのは5人(50%)だった.浸水被害の有無と避難行動の関係では,浸水被害がある地域に居住しているが避難しないと答えたのは3人(43%)だった.遠慮と避難行動の関係では,人に迷惑をかけるから避難しないと答えたのは5人(67%)だった(図1, 2, 3, 4).

図1 浸水被害が予測されている方の避難行動

図2 近隣との交流がある方の避難行動

図3 同居家族がいる方の避難行動

図4 遠慮を感じている方の避難行動

考察

1. 避難行動に対するHOT患者の思い

避難するという行動には,テレビやラジオ,スマートフォン等で災害情報を得る能力,避難方法や避難の必要性判断能力,避難行動に必要な身体能力が影響する.避難行動には息切れの強さが大きく影響すると思われたが,息切れの強さと避難行動に対する思いとの間には相関関係はなかった.これは,労作に伴う強い息切れとは関係なく,強い意思と覚悟を持って逃げないことを選択する方が少なからずいることが示された.

今回の調査では互助,同居家族,遠慮,浸水被害の有無と避難行動を起こすか否かの関係性にも着目し比較を行った.互助と避難行動の関係では,67%の方が近隣との交流があるものの避難しないと答え,同居家族と避難行動の関係では,50%の方が同居家族は居るが避難しないと答えた.近隣住民との繫がりがあっても,個人情報である病状は知られたくない,人に迷惑をかけたくないという思いが避難行動を妨げる要因になっていることも示された.また,浸水被害と避難行動の関係では,43%の方が浸水被害エリアであるにも関わらず避難しないと答えた.これは,家で最期を迎える覚悟,近くに高い建物がなく垂直避難が容易にできないこと,互助を形成するための病状の共有には抵抗が強いことなどが影響していると考える.遠慮と避難行動の関係では,67%が他者に迷惑をかけるから避難しないと答えた.先行研究でも,高齢者が避難援助を求めない要因として遠慮などといった高齢者特有の意識特性が考えられる3と述べられている.多くの高齢者が生きたかつての日本は,農業をこなしていくために我慢と忍耐という強い信念を持ち生活していた.自分のことで他者に迷惑をかけることは恥ずかしい,このような信念がある中で助けを求めることは勇気が要ることであり,遠慮は避難行動を妨げる要因のひとつであると考えられた.避難行動に対する思いでは,近くに避難場所がない,逃げることを選択すればそれだけで酸素が尽きる,だから自宅避難を選択するという声が多かった.今の状況では逃げるという行動が現実的ではないと考える方も多く,逃げないのではなく逃げたくても逃げられないという思いの中に,歩んできた人生への満足感や覚悟,酸素が尽きる不安,諦めなど様々な思いが交錯していることが示された.

2. 自助を高める支援

医療依存度が高いHOT患者のような避難行動要支援者は,自助をはじめとして互助,共助での地域支援の強化が重要となる.しかし,地域で助け合う文化が定着していた時代と比べるとコミュニティが希薄になっていることに加えて,大規模災害となると公助支援は当面届かないことも予測できる.

要支援者自身の役割として,近隣住民や支援者との関係づくり,必要な支援情報の伝達,避難経路の確認,備蓄品の準備などがある.HOT外来では自助を高める支援として自己管理能力の維持向上,呼吸リハビリテーションの継続に加え,災害支援手帳作成,停電を想定したボンベ切り替え練習の習慣化,在宅避難を選択する場合の安全確保の方法を話し合った.また,氏名や連絡先,災害時酸素流量などを記載した防水の患者カードを作成し,酸素ボンベとともに常時携帯するよう防災減災に備え新たなツールを取り入れた.これまで災害対策について話し合う機会やハザードマップ,避難所を知らなかった患者家族も多く,今回の調査が防災意識を高めるきっかけとなった.HOT患者の避難所への避難は,労作に伴う息切れの増強,酸素消費に加え感染症罹患リスクも高くなる.津波による浸水被害や土砂災害の危険性が少ない地域においては,在宅避難の方法や備蓄品準備等,居住地域の環境に合わせた防災対策の話し合いを重ねていく必要がある.

3. 避難行動要支援者を支える街づくり

大規模災害では高齢者や身体的制約がある者が犠牲になることが多い.各自治体において避難行動要支援者に対する支援体制の整備が進められているが,その支援体制には課題が多いことも指摘されている.

要支援者避難行動計画が進まない要因のひとつとして,自治体,病院,HOT業者,個々での災害対策はある程度できていてもその情報を共有するシステムがなく,阿南市における要支援者数,避難場所,避難行動サポーター数,個々の役割などを互いに理解できていない点である.茂木4は「共助・公助の提供においては,酸素が必要な患者の実態,さらに酸素業者の役割について社会的認知が遅れており,これが支援・連携体制にも影響している」と述べている.令和3年5月に災害対策基本法が一部改正され,要支援者名簿作成に続き,個別避難計画の作成も努力義務化された.しかし,個別避難計画は顔の見える信頼関係の構築や,具体的な話し合いが必須であり思うように進んでいないのが現状である.また,市において身障や難病等の手帳交付対象外のHOT患者の存在把握はなされておらず,全ての要支援者が名簿に載っているとは限らない.加えて個別避難計画の作成は多くの医療機器を使用する医療ケア児からの介入であり,HOT患者は未介入である.HOT患者は発災後,酸素が尽きること,息切れが増強することにとても不安と恐怖感を持っているが,HOTセンター開設などの計画はない.県南では津波による浸水被害が拡大し在宅避難での酸素吸入の継続が困難となることが考えられる.災害によって引き起こされる酸素吸入の中断や酸素量の減量等による増悪の危険性を回避するためにもHOTセンター開設に向けて,各団体の災害支援ネットワークを強化し支援の手が円滑に届くようなシステム構築が急務であると考える.個別避難計画作成においても実効性に欠け要支援者の存在把握が不十分であると,逃げ遅れから命を落とす危険性も高くなる.被害を最小限に抑えるためにも各支援団体間で情報共有できる災害支援ネットワークの構築,小規模地域コミュニティの再生が今後の課題である.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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