日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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肺高血圧症の診断からリハビリテーションまで
―2022 ESC/ERSガイドラインをふまえて―
西山 理
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2024 年 32 巻 2 号 p. 180-184

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要旨

肺高血圧症(pulmonary hypertension: PH)は何らかの原因で肺動脈圧が上昇する疾患であるが,なかでも肺動脈性肺高血圧症(pulmonary artery hypertension; PAH)が中心的な病態である.2022年に肺高血圧の診断と治療に関するEuropean Society of Cardiology/European Respiratory Society(ESC/ERS)ガイドラインが出され,新たな診断基準,リスク分類に基づいた初期併用療法の重要性,併存症を有するPAH(フェノタイプ分類)などが提唱された.リハビリテーションについては,「薬物療法下のPAH患者に対し監視下でのリハビリテーションは推奨される」とされ推奨度が高くなった.本項では,肺高血圧症について診断,薬物治療,リハビリテーションについて,新たなガイドラインを踏まえて概説したい.

はじめに

肺高血圧症(pulmonary hypertension: PH)は何らかの原因で肺動脈圧が上昇する疾患であるが,その病態によって第1群~第5群に分類されている(表11.なかでも第1群は肺動脈性肺高血圧症(pulmonary artery hypertension; PAH)と呼ばれ,肺動脈壁のリモデリングと内腔狭窄によって肺動脈圧が上昇することがその病態である.本項ではPAHを中心に,2022年にEuropean Society of Cardiology/European Respiratory Society(ESC/ERS)から発表された肺高血圧症ガイドライン1を踏まえて,診断,治療,リハビリテーションについて概説したい.

表1 肺高血圧症の臨床分類

第1群 PAH
1.1 特発性
1.1.1 血管反応性試験陰性
1.1.2 急性血管反応性試験陽性
1.2 遺伝性
1.3 薬物および毒物誘発性a
1.4 各種の疾患に伴うもの
1.4.1 結合組織病
1.4.2 HIV感染症
1.4.3 門脈圧亢進症
1.4.4 先天性心疾患
1.4.5 住血吸虫症
1.5 肺静脈閉塞症(PVOD)/肺毛細血管腫症(PCH)
1.6 新生児遷延性PH
第2群 左心疾患に伴うPH
2.1 心不全
2.1.1 駆出率の保たれた心不全
2.1.2 駆出率の低下または軽度低下した心不全b
2.2 弁膜疾患
2.3 後毛細血管性PHに至る先天性/後天性心血管疾患
第3群 肺疾患および/または低酸素症に伴うPH
3.1 閉塞性肺疾患または肺気腫
3.2 拘束性肺疾患
3.3 拘束性と閉塞性の混合障害を伴う肺疾患
3.4 低換気症候群
3.5 肺疾患を伴わない低酸素症(高所低酸素症など)
3.6 発育障害
第4群 肺動脈閉塞に伴うPH
4.1 慢性血栓塞栓性PH(CTEPH)
4.2 その他の肺動脈閉塞c
第5群 詳細不明および/または多因子機序に伴うPH
5.1 血液疾患d
5.2 全身性疾患e
5.3 代謝性疾患f
5.4 慢性腎不全(透析有/無)
5.5 肺腫瘍血栓性微小血管腫症(PTTM)
5.6 線維性縦隔炎

a 遺伝性PAHまたは薬剤および毒素に関連したPAH患者は急性反応試験陽性である可能性がある.

b 左室駆出率が低下しているHFの左室駆出率は≤40%:左室駆出率が軽度低下しているHFの左室駆出率は41-49%.

c 肺動脈閉塞のその他の原因には,肉腫(高または中悪性度,血管肉腫),その他の悪性腫瘍(腎がん,子宮がん,精巣の胚細胞腫瘍など),非悪性腫瘍(子宮平滑筋腫など),結合組織疾患を伴わない動脈炎,先天性肺動脈狭窄症,包虫症などがある.

d 遺伝性および後天性慢性溶血性貧血および慢性骨髄増殖性疾患を含む.

e サルコイドーシス,肺ランゲルハンス細胞組織球症,神経線維腫症1型を含む.

f 糖原病,ゴーシェ病を含む.

CTEPH, chronic thromboembolic pulmonary hypertension; HF, heart failure; PAH, pulmonary artery hypertension; PCH, pulmonary capillary haemangiomatosis; PH, pulmonary hypertension; PTTM, pulmonary tumor thrombotic microangiopathy; PVOD, pulmonary veno-occlusive disease

文献1)より引用して和訳

肺高血圧症の病態

PAHの中でも明らかな原因疾患を伴わない特発性PAHが肺高血圧症の中でも中心的に研究されており,治療開発も特発性PAHを中心に行われてきた.PAHには,特発性の他,遺伝性,薬物・毒物誘発性,各種疾患に伴うもの(結合組織病,HIV感染症,門脈圧亢進症,先天性心疾患,住血吸虫症)も含まれ,近年では肺静脈閉塞性疾患(pulmonary veno-occlusive disease; PVOD)および/または肺毛細血管腫症(pulmonary capillary haemangiomatosis; PCH),新生児遷延性肺高血圧症も第1群PAHに分類される.PAHは希少疾患であり,厚生労働省の指定難病となっている2.進行すると右心不全を呈するため,治療を行わない場合は予後不良である.しかし,近年多くの選択的肺血管拡張薬が使用可能となり(表2),その予後は劇的に改善している3

表2 本邦で使用可能な選択的肺血管拡張薬

エンドセリン受容体拮抗薬
アンブリセンタン
ボセンタン
マシテンタン
PDE5阻害薬
シルデナフィル
タダラフィル
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬
リオシグアト
PGI2アナログ
エポプロステノール
ベラプロスト
トレプロスチニル
選択的プロスタサイクリン受容体作動薬
セレキシパグ

エポプロステノールは注射薬,トレプロスチニルは注射薬と吸入薬

その他は経口薬

PDE5, phosphodiesterase-5; PGI2, prostaglandin I 2

特発性/遺伝性PAHの発症頻度は100万人に1~2人で,女性に多く(男女比1:1.7),発症年齢も若年である.無治療の場合,診断からの平均生存期間は2.8年とされる.しかし近年,高齢者での診断例も増えている4

肺高血圧症の診断

肺高血圧症の主要症状および主要臨床所見として,労作時息切れ,易疲労感,失神,肺高血圧症の存在を示唆する聴診所見(II音の肺動脈成分の亢進など)があるが,労作時胸痛,嗄声,喘鳴,咳嗽といった稀なものや非特異的なものも多いため,本疾患を疑わなければ診断に至らないことも多い(表34).主要症状と主要臨床所見に加えて,胸部X線での肺動脈の拡張や左第4弓の突出,心電図での肺性P,右軸偏位,右室肥大などからも肺高血圧症の存在を疑う.呼吸機能検査での肺拡散能力の低下,動脈血酸素分圧の低下も肺高血圧症を疑う助けとなる.心エコーで評価した三尖弁逆流のピーク血流速が肺高血圧症の有無の推定に有用である(>2.8 m/秒など)1.肺血流シンチグラムで,急性肺動脈血栓塞栓症や慢性血栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension: CTEPH)を除外する.換気シンチグラムとの併用が望ましい.肺高血圧症の確定診断には右心カテーテル検査が必要で,現在の本邦の診断基準では平均肺動脈圧≥25 mmHgが確認されると肺高血圧症の診断となる.PAHの診断にはさらに肺毛細血管楔入圧≤15 mmHg,肺血管抵抗>3 wood unitを確認する4,5.2022年ESC/ERS肺高血圧症ガイドラインでは,肺高血圧の診断基準が改訂されており(表51,今後本邦のガイドラインも改訂が見込まれる.

表3 肺高血圧症を疑う症状

主な症状
・労作時の呼吸困難
・疲労感,急激な疲れ
・前屈時の呼吸困難(屈曲性呼吸困難)
・動悸
・喀血
・運動誘発性の腹部膨満感および吐き気
・体液貯留による体重増加
・失神(運動中または運動直後)
肺動脈拡張による稀な症状
・労作時胸痛(左冠動脈の動的圧迫)
・嗄声(左喉頭反回神経の圧迫:心臓声帯または Ortner 症候群)
・喘鳴,咳,下気道感染,無気肺(気管支圧排)

文献1)より引用して和訳

表4 肺高血圧症患者の臨床所見

PHの所見
・中心性,末梢性,混合性チアノーゼ
・II音肺動脈成分の亢進
・右室由来のIII音
・三尖弁逆流による収縮期雑音
・肺動脈弁逆流による拡張期雑音
RV前方不全の所見
・頸静脈怒張と拍動
・腹部膨満感
・肝腫大
・腹水
・末梢性浮腫
RV後方不全の所見
・末梢性チアノーゼ(青紫色の口唇や指先)
・浮動性めまい
・蒼白
・四肢冷感
・毛細血管再充填時間の延長
PHの原因となる基礎疾患を示唆する所見
・ばち指:チアノーゼ型先天性心疾患,線維性肺疾患,気管支拡張症,PVOD,または肝疾患
・ばち指/チアノーゼの鑑別:動脈管開存症/アイゼンメンジャー症候群
・聴診所見(crackle,喘鳴,雑音):肺または心疾患
・深部静脈血栓症の続発症,静脈不全:CTEPH
・毛細血管拡張症:遺伝性出血性末梢血管拡張症または強皮症
・手指硬化,レイノー現象,手指潰瘍,胃食道逆流症:強皮症

CTEPH, chronic thromboembolic pulmonary hypertension; PH, pulmonary hypertension; PVOD, pulmonary veno-occlusive disease; RV, right ventricular

表5 2022 ESC/ERS肺高血圧症ガイドラインにおける肺高血圧症の定義

定義血行動態的特徴
PHmPAP>20 mmHg
前毛細血管性PHmPAP>20 mmHg
PAWP≤15 mmHg
PVR>2 WU
孤立性後毛細血管性PH
(IpcPH)
mPAP>20 mmHg
PAWP>15 mmHg
PVR≤2 WU
後毛細血管性PHと
前毛細血管性PHの合併(CpcPH)
mPAP>20 mmHg
PAWP>15 mmHg
PVR>2 WU
運動時PH安静時と運動時の間の
mPAP/COスロープ>3 mmHg/L/分

CO, cardiac output; CpcPH, combined post- and pre-capillary pulmonary hypertension; ESC/ERS, European Society of Cardiology/European Respiratory Society; IpcPH, isolated post-capillary pulmonary hypertension; mPAP, mean pulmonary arterial pressure; PAWP, pulmonary arterial wedge pressure; PH, pulmonary hypertension; PVR, pulmonary vascular resistance; WU, Wood units.

初期治療方針

肺高血圧症のなかで,第1群PAHと診断された場合,まず重症度に基づいた予後リスク分類を考慮する(低リスク:WHO機能分類 I, II,CI≥2.5 L/分/m2,BNP<50 ng/L,中リスク:WHO機能分類 III,CI≥2.0~2.4 L/分/m2,BNP 50~300 ng/L,高リスク:WHO機能分類 IV,CI<2.0 L/分/m2,BNP>300 ng/Lなど)1,4,5.予後リスク分類に基づき選択的肺血管拡張薬による治療を行うが,本邦の指針では低リスク例には初期経口単剤治療,低リスク例の一部(平均肺動脈圧≥40 mmHgの例など)と中リスク例には初期経口2剤併用療法,高リスク例には静注プロスタサイクリン(PGI2)を含む初期2剤併用療法を行う4,5.選択的肺血管拡張薬は表2に示した薬剤を用い,併用療法では異なる系統から選択する(PDE5阻害薬と可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬は併用不可).予後リスク分類の改善がみられない場合はさらに薬剤追加を考慮する.しかし,高齢で左心不全のリスクを有する群,PVOD/PCHの要素が疑われる群,門脈圧亢進症を伴う群,肺疾患を合併する群などでは中リスク以上であっても単剤治療を優先する.効果判定を行い予後リスク改善効果が不十分な場合,薬物追加を考慮する.

一方,2022年のESC/ERS肺高血圧症ガイドラインでは,低リスク群,中リスク群ともに,エンドセリン受容体拮抗薬およびPDE5阻害薬との初期併用療法を推奨しており,高リスク群ではさらに静脈または皮下注射のPGI2を追加した3剤治療が推奨されている.心臓や肺合併症を有する症例では経口の初期単剤療法を推奨している.心臓や肺合併症を有する症例については,フェノタイプ分類が提唱され,Left heart phenotype(高齢,HFpEFのリスクを有する女性),Cardiopulmonary phenotype(高齢,男性,DLco<45%,低酸素血症,重喫煙歴,左心疾患のリスク因子あり)では,選択的肺血管拡張薬による治療反応が乏しいことが多く,予後も不良であることが記載された1,6,7.経過観察中の評価には,4段階のリスク分類(Low, Intermediate-low, Intermediate-high, High)を用いることが提唱された点も新たな改訂点である1

右心カテーテル検査時に一酸化窒素(NO)吸入もしくはエポプロステノール静注法を用いた急性肺血管反応性試験を行った場合は,陽性例に対しCa拮抗薬による治療を行う1,6,7.また,右心不全による水分貯留を認める場合,利尿薬を併用する.安静時低酸素血症を有する場合は,一般にPaO2を60 Torr以上に保つよう在宅酸素療法を行う1.労作時の酸素量は増量設定するが,労作時の低酸素血症を完全に防止することは難しい場合が多く,日常生活動作とのバランスを考え流量を設定する.

リハビリテーション

PAH患者に対するリハビリテーションについて,本邦の心臓リハビリテーションに関するガイドラインでは「症状を伴う過剰な身体活動は行うべきではない」と記載され,有害であり非推奨(エビデンスクラスIII, Harm,エビデンスレベルC)とされている8.2015年ESC/ERS肺高血圧症ガイドラインにおいては,「薬物療法下においても身体活動の低下したPAH患者に対し監視下でのリハビリテーションは考慮されるべき」(エビデンスクラスIIa,エビデンスレベルB)と記載されていたが9,2022年ESC/ERA肺高血圧症ガイドラインでは「薬物療法下のPAH患者に対し監視下でのリハビリテーションは推奨される」(エビデンスクラスI,エビデンスレベルB)と推奨レベルが上がった1.PAHやCTEPH症例を対象とした試験において,監視下の運動療法が有意に運動耐容能,WHO機能分類,健康関連QOL(quality of life)を改善させるとした報告があいついだためで10,11,最近のメタ解析においてもその有用性が示されている12.アウトカムとして,6分間歩行距離で 229.24 m,最大酸素摂取量で 2.96 mL/kg/分の効果が示されている12.さらにPAH患者に対するリハビリテーションは,運動能力のみならず筋機能,そしておそらくは右室機能と肺血流動態の有意な改善につながる可能性も示唆されている13.ちなみに,ごく最近発表されたATSガイドラインでは,PAHに対するリハビリテーションは暫定的推奨(low-quality evidence)となった14

リハビリテーションの内容は,運動療法が中心となるが,ダンベル等によるレジスタンストレーニングも加えられている報告が多い15.PAH患者では,過度な強度でリハビリテーションを行うと,肺動脈圧の上昇,循環不全,右心不全,運動時低酸素,不整脈,肺動脈解離,左冠動脈虚脱,突然死などが起きる可能性がある15.リハビリテーション開始前にはPAHを十分評価し,適切な薬物治療で病態が安定していることを確認することが必要である.運動療法自体は専門の医師または理学療法士の監視下で最大運動耐容能の40-60%程度の低強度の運動で開始し11,15,運動中は十分なモニタリングが必須である.このように注意深くリハビリテーションを行った場合の有害事象は,低酸素血症が<3%,めまい,不整脈,低血圧,失神,疲労などが<2%の頻度で見られたとされる報告が多く15,比較的安全に施行可能と考えられる.

PAH患者に対する運動療法を主体としたリハビリテーションにより運動耐容能の改善が期待できることが示され,薬物療法によって病状が安定しているPAH患者ではリハビリテーションは推奨される治療となった.しかし,未だPAH患者に対するリハビリテーションは広く行われているとはいいがたく,今後さらなる普及が望まれる.さらに,有効性のメカニズム,生存期間やリスク分類への効果,合併症を有するPAHや第1群以外のPH患者に対する有効性など未解決の問題は多く,今後このような問題を解決するための研究が必要である.PH患者に特化したリハビリテーションプログラムの開発も望まれる.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

西山 理;講演料など(日本新薬株式会社,ヤンセンファーマ株式会社)

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