2024 年 32 巻 2 号 p. 257-261
【背景と目的】吸入指導や肺機能検査におけるCOVID-19の感染リスクを推定するために微粒子可視化装置を用いて飛沫を測定した.
【対象と方法】呼吸器の基礎疾患がない非喫煙者の男性・女性1名.ピークフロー値の測定,エアロチャンバーを用いたpMDIの吸入,DPIの吸入,呼吸機能の測定での飛沫数を測定し,マスクなしの会話と比較した.
【結果】1)飛沫の数には個人差があった.2)ピークフロー値の測定では口元での飛沫はほとんどなく口元から30 cmで見られた.3)pMDI+エアロチャンバーでは口元での飛沫はやや多かったが口元から30 cmではほとんど見られなかった.4)エリプタトレーナーでは飛沫は少なかった.5)肺機能の測定では飛沫は少なかった.
【考察】いずれもマスク無しの会話に比べて飛沫は少なく,適切な感染対策を行えば吸入指導及び肺機能検査は可能と考えられる.
吸入薬は,治療の必要な病変部位に直接到達し,少ない投与量で治療効果を得る事ができるため,呼吸器疾患,特に喘息や慢性閉塞性肺疾患(以下COPD)における薬物療法は吸入療法が基本となる.しかし患者が良好なコントロールを得るためには,吸入薬を処方するだけでなく,正しい吸入手技を習得する必要がある1).また,その効果を客観的に判定するためには肺機能検査や気道抵抗検査なども必要である.これまで吸入指導は主に医師,薬剤師,看護師が対面で行ってきた.医療者が直接複数回実技指導することで患者の吸入方法の改善が得られることは,多くの研究で報告されている2).しかし,COVID-19流行下においては,吸入指導や肺機能検査に伴う飛沫感染やエアロゾル感染のリスクが懸念され,多くの施設で吸入指導や肺機能検査が中止となり長期間にわたって対面での実演を伴う服薬指導が行われない状況となった.現在でも保険薬局によっては店内での吸入指導を禁止しているところもある.2023年に入りCOVID-19の流行は次第に減少傾向となっている.しかし今後インフルエンザのような飛沫感染リスクの高い感染症や新たな感染症に備えて吸入指導を行う場合のリスクを評価することが必要である.また対面での実演を伴う吸入指導に代わるオンライン吸入指導,動画による吸入指導など安全な方法を考える必要もある.ただし,動画による吸入指導は必ずしも患者の満足度を高めず3),動画を見ただけでは吸入方法を十分に習得できていないこともある.また,高齢者においては対面での吸入指導を行わざるを得ない場面も多い.本研究では対面における吸入指導の場面と呼吸機能検査で発生する飛沫リスクを評価し,吸入指導ではどのような対応を行うことで,医療者や患者のリスクを最小限にすることが可能であるか検討した.
実験は微粒子可視化装置(カトウ光研,Particle Viewer PV2-II/L)により粒子が放出される様子を映像とし,粒子の光散乱による輝点の数を画像解析にて計測した(図1).このシステムでは粒子径10 μm以上のものが測定でき,ウイルス粒子そのものではなく人間が出す飛沫を測定している.飛沫の測定には環境の中の塵を除外する厳密な環境管理を必要とするため,慶應大学奥田研究室における測定用のブースを用いた.客観的な評価方法は確立していないが,マスクをしない場合の飛沫のカウントが既報と矛盾しない結果であったため,標準の飛沫量としてマスクをしない場合の飛沫カウントを用い,これより多いか少ないかで評価した.
微粒子可視化装置(カトウ光研,Particle Viewer PV2-II/L)により粒子が放出される様子を映像とし,粒子の光散乱による輝点の数を画像解析にて計測した.このシステムでは粒子径10 μm以上のものが測定でき,実際のウイルス粒子ではなく人間が出す飛沫を測定している.
今回の実験では基礎疾患のない男女1名ずつが被験者となり,ミニライトピークフローメーター®(英国クレメントクラーク社製)を用いた測定場面,吸入スペーサーを用いてゆっくりとした吸入を行う場面を想定したエアロチャンバー®(カナダトゥルーデルメディカル社製)による測定場面,ならびに,エリプタ練習用デバイスであるエリプタトレーナーにて吸入を行う場面,スパイロメータ(CHEST社製,電子スパイロメータHI-801)による肺機能測定の場面を再現した.エリプタ製剤は吸入薬として汎用されているデバイスの一つである.ドライパウダー製剤(dry powder inhaler: DPI)の吸入流量は各社のデータで20 ml/secから60 ml/secに分布しており,エリプタでは吸気流量が30 ml/secである.測定時のパウダーの混入を防ぐためエリプタトレーナーを使用して計測した.また加圧噴霧式定量吸入器(pressurized metered dose inhaler: pMDI)は吸入のタイミングが合わない場合に吸入補助具であるエアロチャンバーを用いて吸入することが推奨されており,ゆっくりと吸入を行う例として測定を行なった.
図2で示されている方法にて撮影された画像より,撮影領域に写しこまれた定規を参考に,口元と,口元から30 cmの領域を長方形に設定し,その領域内(解析画像上の横150×縦400ピクセル内)における個々の輝点のピクセル数および粒子輝度を解析した.
撮影した画像を撮影領域に写しこまれた定規を参考に,口元と,口元から30 cmの領域を長方形に設定し,その領域内における個々の輝点のピクセル数および粒子輝度を解析した.
図3は男性の被験者を用いて行なった不織布マスクの効果を見るための実験である.マスクをする場面は画像のみでカウントしていないが飛沫がほとんど見られなくなった.
男性の被験者を用いて行なった不織布マスクの効果を見るための実験である.
マスクをすることで著明に飛沫が減少している.
表1に示すようにマスク無しの男性の口元で553カウント,口元から30 cmのところで847カウント(以下553カウント:847カウントと記載)の飛沫が計測されているが,女性で破裂音を出した時には飛沫は(0カウント:0カウント)と全く計測されていない.
実験条件 | 飛沫数(カウント) | |
---|---|---|
口元 | 口元から30 cm | |
マスク無の会話(男性) | 553 | 847 |
破裂音パピプペポを強く発生(女性) | 0 | 0 |
ピークフローメーター測定一回目(女性) | 0 | 63 |
ピークフローメーター測定二回目(女性) | 0 | 156 |
ピークフローメーター測定(男性) | 0 | 6 |
ピークフローメーターのマウスピースのみで呼出(男性) | 322 | 622 |
エアロチャンバー・マウスピース付(女性) | 189 | 5 |
エアロチャンバー・小児用マスク付(女性) | 55 | 1 |
エリプタトレーナーでの吸入(女性) | 92 | 85 |
エリプタトレーナー吸入後むせる(女性) | 27 | 1 |
エリプタトレーナー吸入後むせて手を塞ぐ(女性) | 6 | 269 |
スパイロメータによる肺機能測定(男性) | 27 | 33 |
次に女性が1回目に行ったピークフローメータ測定では(0カウント:63カウント),2回目に行った測定では(0カウント:156カウント)の飛沫が見られた.男性では(0カウント:6カウント)と飛沫が少なかった.男性がマウスピースのみをくわえて呼出を行った時には(322カウント:622カウント)の飛沫が見られた.エアロチャンバー®を用いた吸入では(189カウント:5カウント)と口元から30 cmではほとんど飛沫は観察されなかった.
早い吸入が必要なエリプタトレーナーでは(92カウント:55カウント),むせた場合には(27カウント:1カウント),むせて手で塞いだ場合には(6カウント:269カウント)であった.スパイロメータによる肺機能測定では強制呼気を行なったが,飛沫数は(27カウント:33カウント)であった.
SARS-CoV-2は,感染者の鼻や口から放出される感染性ウイルスを含む粒子に,感受性者が曝露されることで感染する.その経路は主に3つあり,①空中に浮遊するウイルスを含むエアロゾルを吸い込むこと(エアロゾル感染),②ウイルスを含む飛沫が口,鼻,目などの露出した粘膜に付着すること(飛沫感染),③ウイルスを含む飛沫を直接触ったか,ウイルスが付着したものの表面を触った手指で露出した粘膜を触ること (接触感染) である4).この中で接触感染は環境整備をすることでかなり防ぐことができる.一方,エアロゾル感染は実際どの程度起こっているか推測することは難しい.今回の実験で推測されるのは飛沫感染についてのみであるが,今まで吸入指導におけるリスク評価がなかったため,様々な感染症において注意喚起を行うのに意義のある実験であると考える.
咳で起こる飛沫の推定総数は,interferometric Mie imaging(IMI)で947~2,085個の範囲であり,マスク無の会話では112~6,720個という報告がある5).本実験結果でのマスク無しの会話では飛沫数553~847カウントと既報とほぼ同様であった.今回のデータは男性女性の1名ずつのみしか計測できなかった.ピークフロー値の測定,DPIおよびpMDI+エアロチャンバー,スパイロメータによる肺機能測定では,マスクなしに比べて飛沫数が少なかった.なお,男性被験者に比べ女性では破裂音の強い発声を行なっても飛沫数はゼロで,個人差があることが証明され,既報と一致している6).スパイロメータ測定で男性の方が逆に飛沫が少なかった理由としては,マウスピースのくわえ方など他の因子も加わっていると考えられる.一方,エリプタ吸入でむせる場面では通常のエリプタ吸入より飛沫が少なかった.むせた際に吐き出された呼気の場所,口腔内の分泌物の量など様々な要因がからんでいる可能性がある.
吸入指導の場と呼吸機能検査における飛沫リスクとしては,(1)ピークフローメーター測定では,飛沫リスクは比較的低いが,マウスピースのみをくわえて一気に呼出した際には多量の飛沫が見られることから,飛沫の多くがピークフローメーター内部に付着すると考えられた.ピークフローメーターにはフィルターがないため洗浄および滅菌消毒することなく使い回しを行わないように注意が必要である.(2)エリプタトレーナーでは,飛沫数は少ないが,速い吸気が必要で,咳き込みが誘発されやすい.咳き込んだ場合の飛沫リスクは,呼出の状況や口腔内分泌物の量に起因する可能性がある.(3)スパイロメータによる肺機能測定では唇をしっかりと閉じて行うため飛沫数は少なく,フィルターがあるため,機械内部への飛沫の付着も低いと考えられる.ただし,患者が咳込んだ場合に,機械外部への付着など生じる可能性はある.室内の換気,環境清掃,使用後のマウスピース処理などの器具の廃棄方法などは検査技師の感染予防として重要である.
先に述べたように,今回測定をした飛沫はウイルスそのものではない.飛沫が少ないという結果を得たことでこれらの医療行為がすなわち安全であると証明ができたわけではなく,エアロゾル感染が起こる可能性は残る.既報では,ピークフロー値を測定する場合に直径0.02~1 μmのultrafine particleが検出されるが環境中の濃度は低いことが示された.サージカルマスクと目の保護で十分にコントロールができるが,患者が急性呼吸器症状を持つ場合や地域でCOVID-19が流行している場合には慎重に測定を行うべきであると結論づけている7).2023年現在,医療者,患者ともにワクチン接種が進みCOVID-19感染のハイリスク群対象者が減ったため,肺機能検査や吸入指導が原因で感染を起こすリスクは低くなっているかもしれない.COVID-19のみではなく,他にも飛沫感染を起こすウイルス,細菌は少なくない.吸入指導やスパイロメーター施行の際には既知未知含む様々な感染対策を行っていくことが今後望まれる.吸入指導およびスパイロメータによる肺機能測定の際の感染予防策として下記の7点を考慮する必要がある.①吸入指導の際には被験者は不織布マスクをしていない.むせこみ時の感染リスクを下げるためには,医療者側はマスクとフェースシールドまたはゴーグルをつけ室内の換気はサーキュレーターを医療者側から患者側に向けるなどの対応を行う.②患者が無症候や軽症の感染者である可能性を考え主治医との連携を密にし,感染症に関する情報提供を行う.③ピークフローメーターはフィルターがないため今回の結果より,内部に飛沫が沈着している可能性が高い.洗浄および滅菌消毒をしないで放置しない.④スパイロメータによる肺機能測定では口元でも30 cmの場所でもほとんど飛沫数に差がなく,飛沫はフィルターに付着したと考えられる.感染のリスクを避けるために検査にあたって医療者はマスクとフェイスシールドまたはゴーグルをつけ,流行状況を鑑みて検査の可否を判断する.⑤吸入指導,ピークフローメーター測定後は医療者の感染予防のために汚染面に触れないようにマスクとフェイスシールドまたはゴーグルを外し,手指衛生や環境整備を行う.⑥昨今,気管支鏡検査時にて飛沫を防ぐマスクが開発されている8).飛沫暴露を防ぐためこのようなマスクを利用するか,あるいは不織布マスクに切り込みをいれ被験者が須着するなどの方法も考慮する.⑦使用後の用具は早急に廃棄あるいは消毒を行う.以上を日常臨床に取り込むことで,医療者患者双方に,より安全な検査や吸入指導を行えると期待している.
奥田知明;研究費・助成金(株式会社ROKI,一般社団法人クリーンエア,花王株式会社,公益社団法人全国ビルメンテナンス協会,国立研究開発法人産業技術総合研究所)