日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
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症例報告
Platypnea-orthodeoxia症候群の食道胃接合部癌症例に対する周術期リハビリテーション
岩﨑 円 韮澤 紀文穂苅 諭大嶋 康義髙橋 敦宣永井 明日香上路 拓美菊地 利明木村 慎二
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2024 年 32 巻 2 号 p. 251-256

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要旨

Platypnea-orthodeoxia症候群(POS)は,起座位で低酸素血症を来たして呼吸困難が増悪し,臥位では改善するという特徴を持つ稀な症候群である.本邦においてPOS症例の報告は少なく,かつ周術期呼吸リハビリテーション(周術期呼吸リハ)を実施した報告はほとんどない.今回,卵円孔開存による右→左シャントによりPOSを有する食道胃接合部癌患者に対し周術期呼吸リハを実施した.術前は仰臥位での理学療法を中心に行い,術後は仰臥位での理学療法に加え経皮的動脈血酸素飽和度に注意し離床を進めた.術後酸素療法期間は延長したが呼吸器合併症を予防することができ,歩行獲得に至った.POS症例に対しても,仰臥位での理学療法を中心に行い経皮的動脈血酸素飽和度に注意しながら離床を行うことで,術後呼吸器合併症を予防しactivities of daily livingの再獲得を図ることが可能であると考えられた.

緒言

Platypnea-orthodeoxia症候群(POS)は,起座位で低酸素血症を来たして呼吸困難が増悪し,臥位では改善するという特徴を持つ稀な症候群である.POSの要因として,卵円孔開存,心房中隔欠損症,心房中隔瘤などによる右→左シャントという解剖学的要素に,座位や立位の姿勢で心臓の圧排や心房中隔の変形によるシャントの増大という機能的要素が重なることや1,慢性閉塞性肺疾患や間質性肺炎などの肺疾患による換気血流比不均等2が考えられている.

POS症例の報告は少なく,かつPOSを有する患者に対して周術期呼吸リハビリテーション(周術期呼吸リハ)を実施した報告はほとんどない.今回,卵円孔開存による右→左シャントによりPOSを有する食道胃接合部癌患者に対し周術期呼吸リハを実施し,術後呼吸器合併症を予防し歩行獲得に至った症例を経験したので報告する.

症例

【症例】

症例は77歳男性.身長150.6 cm,体重56.7 kgであった.食道胃接合部癌(E=G, cT3N0M0, cStageIIB)の診断を受け,X年7月から当院消化器外科へ通院を開始された.併存疾患は慢性腎臓病,胸部・腹部大動脈瘤,異型狭心症で,既往に外傷による左下肢術後,第6,11胸椎~第1腰椎圧迫骨折がありX線写真では魚椎変形を認めた.入院前のactivities of daily living(ADL)は自立,屋外歩行時は杖を使用していた.介護度は要支援2で,週1回デイサービスを利用していた.

術前検査では仰臥位の血液ガスがpH 7.41,PaO2 69 Torr,PaCO2 34 Torrと呼吸不全はなく,呼吸機能検査は肺活量2.34 L,%肺活量84.9%,1秒量1.80 L,1秒率79.4%と換気障害を認めず,屋外杖歩行は可能であったが下肢術後や脊椎変形の影響で運動制限があり,緩やかな上り坂を歩く時に息切れがある程度であった.胸部画像(図1)では大きな異常がみられず,仰臥位での経胸壁心臓超音波検査でも心機能は良好であり,耐術能ありと判断されていた.同10月に手術目的に再入院され,周術期呼吸リハ目的に理学療法が処方された.

図1 術前胸部画像

(a)胸部X線写真

明らかな異常所見を認めない.

(b)胸部CT画像

肺野に明らかな異常所見を認めない.

理学療法初期評価では,軽度の円背があり,室内気において座位で経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)84%,仰臥位でSpO2 98%であった.筋力はMedical Research Council sum score(MRCスコア)で60点満点中56点であった.握力は右31.2 kg,左24.6 kgであった.60 mの杖歩行では,歩行終了直後はSpO2 96%であったが,座位で休憩するとSpO2 86%に低下し努力性呼吸を認めたものの,呼吸困難の訴えはなかった.体位によるSpO2の変動が大きいことを呼吸リハ担当医へ報告し,POSが疑われたため当院循環器内科に再検査を依頼した.経食道心臓超音波検査で卵円孔開存による右→左シャントを認め(図2),心臓超音波検査では仰臥位,45度ギャッジアップ位,座位,立位で卵円孔開存による右→左シャントを認めbubble test陽性となり,45度ギャッジアップ位,座位,立位で低酸素血症を認めたことからPOSと診断された.胸腹部造影CT画像では,食道胃接合部癌と胸部大動脈瘤により右室流入路の圧排を認めた(図3).当院循環器内科医師より,仰臥位から座位への姿勢変化で上行大動脈と食道胃接合部による右室流入路の圧排が増強され,右→左シャントが増大し低酸素血症が出現する可能性があると報告された.本症例は手術体位となる仰臥位では低酸素血症がないことから手術を実施する方針となった.術前は5日間周術期呼吸リハとして理学療法を行い,胸腔鏡下食道切除,2領域リンパ節郭清,胃管再建(胸骨後経路),腸瘻造設術を受けられた.手術時間は6時間28分,出血量は180 ml,輸液量は2,415 ml,輸血はなかった.

図2 術前経食道心臓超音波画像

矢印は卵円孔開存を示す.

図3 胸腹部造影CT画像(矢状断)

(a)術前 食道胃接合部癌による圧排部位

矢印は食道胃接合部癌を示す.食道胃接合部癌による右室流入路の圧排を認める.

(b)術前 胸部大動脈瘤による圧排部位

矢印は胸部大動脈瘤を示す.大動脈瘤による右室流入路の圧排を認める.

(c)術後1年 食道胃接合部癌切除による圧排の軽減

【理学療法経過】

図4に理学療法経過を示す.術前は仰臥位で腹式呼吸,口すぼめ呼吸,ハッフィングなどの呼吸練習と上下肢の筋力トレーニングを実施し,仰臥位ではSpO2の低下を認めなかった.術後は集中治療室管理となり,術後1日に看護師と専任理学療法士がギャッジアップ座位から離床を開始した.術前に病棟看護師および担当理学療法士から集中治療室の各職種へ,座位や立位によるSpO2低下について報告しており,座位時には酸素投与量を増量したがSpO2の低下のため短時間の実施となっていた.また,術後は胸腔ドレーン,腹部ドレーンが挿入されており,体位管理は仰臥位,半側臥位,ギャッジアップ位としていた.術後1日に集中治療室を退室し,病棟看護師が術後2日に座位練習,術後3日から歩行練習を実施した.休日を挟んだため術後5日より理学療法を再開し,医師からは安静時SpO2 90%,労作時SpO2 85%以上を目標に8 L/分までの酸素投与量増量の指示を受け,呼吸状態に合わせて歩行距離延長の許可を得た.理学療法再開時,胸部X線写真(図5)にて胸水,肺水腫を認め,仰臥位でSpO2 88-92%(経鼻カニュラ3 L/分),両側下葉に水泡音を聴取した.歩行時には酸素マスク8 L/分を使用しても20 mの歩行でSpO2 76%まで低下した.SpO2の低下しない仰臥位で呼吸練習と上下肢の筋力トレーニングを行い,歩行練習はSpO2 85%以上になるよう歩行距離を調整し継続した.理学療法実施後は看護師に歩行状況を報告し,理学療法以外にも看護師介助で歩行練習を行った.また本症例は仰臥位からギャッジアップ45度まではSpO2の著明な低下がなかったため,看護師と協働し日中はギャッジアップ座位で過ごすよう働きかけた.重篤な術後呼吸器合併症はなく,術後11日には安静時労作時ともに室内気管理となった.術後35日の退院前評価では,座位ではSpO2 86%,筋力はMRCスコア59点,握力は右27.4 kg,左28.1 kgであった.術前同様に杖歩行が60 m自立となったが,歩行中,歩行直後はSpO2 89-90%と術前よりも低値となり,座位で休憩するとSpO2 86%と術前と同程度に低下し,努力性呼吸を認めたが呼吸困難の訴えは乏しかった.歩行器歩行は連続120 m可能となり,歩行中,歩行直後はSpO2 96%であったが,座位で休憩するとSpO2 86%に低下した.病棟では杖歩行自立,トイレ動作自立,シャワー浴が見守りで可能となり,経管栄養手技は声掛けで実施可能となった.術後36日に経管栄養手技獲得,リハビリテーション継続目的に転院となった.術後1年のCT画像では食道胃接合部癌切除により右室流入路の圧排が軽減され(図3),仰臥位のSpO2 97%,座位のSpO2 93%に改善を認めた.

図4 理学療法経過

図5 術後5日の胸部X線写真

胸水,肺水腫を認めたが,その他重篤な呼吸器合併症はなかった.

【倫理的配慮】

症例を報告するにあたり,匿名性の保証,自由意志であること,不同意による不利益を生じさせないこと,個人情報の厳重な管理を行うことを,書面を用いて対象者に説明し,署名にて同意を得た.

考察

POSは稀な症候群であり,原因不明の低酸素血症があるものの診断までに時間を要することが多い.脇坂ら3は,2000年以降の主なPOSの症例報告をまとめ,多くは70歳以上の高齢者であったと報告している.また,POS症例には加齢等による脊椎変形を呈している患者の報告が多い3,4,5.清水ら5は,原因不明の低酸素血症があり精査目的に入院した高齢患者に対して,体位によるSpO2の変動からPOSを疑い,経食道心臓超音波検査により卵円孔開存を確認したと報告している.本症例においても,原因不明の低酸素血症があったが,食道胃接合部癌,胸部・腹部大動脈瘤,胸腰椎圧迫骨折の既往があること,体位によるSpO2の変動があることからPOSが疑われ,経食道心臓超音波検査にて卵円孔開存によるPOSと診断された.低酸素血症の原因が不明な場合は,脊椎変形などの既往歴等を考慮し,体位によるSpO2評価を行うことでPOSを発見できる可能性が考えられた.

POSは座位や立位で呼吸困難や低酸素血症を生じるという特徴があり,本症例においても座位において著明にSpO2が低下した.術後理学療法再開時には仰臥位でもSpO2が低下していたが,胸水,肺水腫の影響が考えられた.また,POSの一時的な悪化を認めたが,手術侵襲の影響により右室流入路の圧排が増加した可能性が考えられた.通常の術後理学療法では離床時間の延長を図ることが推奨されるが,本症例は座位でもSpO2の低下が著明だったため,呼吸練習,関節可動域練習や筋力練習は仰臥位で行った.また,座位や立位でSpO2の低下があってもSpO2をモニタリングしながら歩行練習を行ったことで,術後呼吸器合併症を予防し杖歩行獲得に至ることができたと考えられた.

右→左シャントによるPOS症例に対する理学療法の報告は見当たらなかったが,松宮ら6は,間質性肺炎に伴う換気血流比不均等によるPOSを合併した症例に対する理学療法において,仰臥位での運動療法を積極的に行うことが筋肉量や筋力低下の予防に有効であったと報告している.ベッドレスト研究では,安静臥床により筋力や筋持久力の低下をきたすが,臥位での筋力トレーニングや有酸素運動により筋力や筋持久力を維持できたと報告されている7.本症例のようなPOSを有する周術期患者に対しても,仰臥位での呼吸練習や筋力トレーニングを行うなど,体位に配慮しSpO2をモニタリングすることで安全に周術期呼吸リハを実施できる可能性が考えられた.一方で,松宮ら6の症例はPOSによる呼吸困難が強く,間質性肺炎の改善に伴うPOSの改善に合わせて離床を進めたと報告している.本症例はPOSによる呼吸困難に乏しく,座位や立位では低酸素血症を認めたが歩行中にはSpO2 90%以上を維持していた.SpO2測定には時差があるが,本症例は歩行開始前の座位でSpO2 86%であったこと,歩行器歩行で歩行距離が120 mに延長した際にも歩行中のSpO2は96%であったことから,歩行中はSpO2が変化していると考えられた.町田ら8は,後弯変形患者では歩行時は静止立位時と比較し脊椎後弯の増強,骨盤の前傾あるいは後傾,股関節・膝関節が屈曲位になると報告している.本症例においても,胸腰椎圧迫骨折による脊椎変形があり歩行時は立位時と比較し脊椎後弯が増強したが,歩行時の姿勢は右室流入路の圧排が軽減された可能性が考えられた.今後は座位,立位,歩行時の姿勢の変化を詳細に評価する必要がある.本症例のような解剖学的要素によるPOS症例に対しては,座位や立位だけでなく,歩行などの様々な姿勢でSpO2測定を行い,個々の患者に合わせたリハビリテーション内容を検討する必要があると考えらえた.

本症例は卵円孔開存に対しては無治療であり,転院時はPOSが残存していたが,呼吸困難が乏しくADLへの影響が小さいことから経過観察の方針となった.そのため,長時間座位になる場合はリクライニング座位をとること,筋力トレーニングは仰臥位で実施するよう指導した.また,歩行中はSpO2の著明な低下がなかったことから歩行の制限は行わなかった.術後1年のCT画像では食道胃接合部癌切除による右室流入路の圧排の軽減を認め,座位のSpO2も改善した.これは手術侵襲の影響の解除により徐々にPOSが改善されたと考えられた.今後はPOS症例に対する運動療法の種類や負荷等,さらなる検討が必要と考えられる.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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