2024 年 33 巻 1-3 号 p. 76-80
【目的・方法】在宅酸素療法患者への災害時支援体制を構築するために,全国の保健所に調査を実施した.
【結果】469か所に配布し,158枚の回答を得た.小児慢性特定疾患と特定難病のみ把握しているという回答が42%であった.支援計画があると答えたのは26%で,人工呼吸器を使用している患者のみが多かった.HOTセンターを設置する計画がないと答えたのは89%であった.HOT患者が避難したことがあると答えたのは10%であった.行政独自の取り組みがあるのは24%で,名簿の作成や停電時の安否確認,関係機関との連携の確認などであった.関係機関と連携した取り組みは5%があると答えた.酸素業者との取り組みの有無は,12%があると答え,災害時の協定や酸素供給体制の構築をしていた.
【考察】今後の課題は,HOT患者全体の把握ができていないこと,安否確認方法,避難所までの移動手段がないこと,災害時の電源の確保,関係機関との事前の連携体制の構築などが明らかになった.
在宅酸素療法(Home Oxygen Therapy; HOT)患者は,現在全国で推計18万人と言われ,急速な高齢化社会の到来により在宅療養患者は年々増加し,高齢者が大半を占める.近年,東日本大震災(2011年)や北海道胆振東部地震(2018年)など未曽有の災害が連続して国内で発生しており,災害弱者である在宅療養中の慢性疾患患者における災害時支援体制の構築は喫緊の課題である.その支援体制の中でも,関係自治体,種々の医療従事者等多岐にわたる関係者間の連携が必須である.HOT患者の災害脆弱性について,東日本大震災以降,患者会が中心となって電源や酸素供給が絶たれることによる重大性の声をあげてきた経緯がある.先行研究では,患者・家族が「停電・災害が不安」と回答していた1,2).また,呼吸器疾患患者は,災害時は酸素供給の問題のみならず,震災後の衛生面や居住環境の悪化や,粉塵による大気汚染の呼吸器への悪影響,薬の供給停止による肺炎の悪化,ストレスや前述のような原因による呼吸不全の悪化などの問題がある3,4,5).災害に向けた備えとして,患者自身の自助として,①緊急時の対応について知る,②避難所を確認する,③酸素供給がない場合の呼吸リハビリテーションについて知る,④自身の医療情報の保持,が重要であり,共助として,⑤地域の助け合い,⑥自治体の早期対応,が重要と示されている5,6).一方,行政の対応について先行研究結果の全国の自治体への調査6)や松本市の調査7)から,HOT患者が災害時要支援者になっていない自治体が多く,患者の存在は把握しても患者への行政の理解が乏しいことを示す結果があった.一方で,医師会への調査結果8,9)では,HOT患者と緊急時の連絡方法は構築されていないところが多かった.HOT患者の災害時の課題として,①電源消失時に酸素供給が断たれると体調が悪化する危険性がある,②避難所では酸素供給の支援体制が未整備である,③医療機関では,多数のHOT患者を受け入れる体制がない(場所の確保が困難),④行政関係者にHOT患者についての知識が乏しく,災害時の避難所運営に想定されていない,ことが挙げられる.そこで,本研究では,災害時に要支援者となることが想定されるHOT患者の災害時の支援体制の構築を目指して,災害時に地域住民の健康管理を担う役割がある保健所へ災害時のHOT患者への災害対策の有無や課題について調査し,今後の災害対策への基礎資料とすることを目的とした.
厚生労働省と総務省消防庁のホームページより,令和3年4月時点日本国内にある保健所(本所)469か所を対象とし,令和3年12月~令和4年1月に各保健所長へ,依頼文と調査用紙,返送用封筒を送付し,同意された場合に返送を依頼した.質問紙は以下の内容で構成した.
①管轄地域内のHOT患者について行政として把握しているか,②HOT患者の災害時対応についてマニュアル等で決めているか,③マニュアルに記載がある場合,どのように対応するか,④実際の災害時にHOT患者の避難があったか,⑤避難において困ったことがあったか,⑥HOT患者の避難における課題や備えておいたほうがよいことがあるか,⑦今後の災害時にHOTセンターの設置の予定があるか,⑧医療機関や酸素業者との災害時の連携システムはあるか.返送された調査票をエクセルシートへデータ入力し,数値化できるものは数値化して集計し,自由記載部分は内容が同じものはまとめて集計を行った.調査に先立って,山梨県立大学看護学部および大学院看護学研究科研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号 2021-21).
全国の保健所(本所)469か所の保健所長あてに依頼文と調査票を郵送し,158枚の調査票が返信された(回収率33%).HOT患者を把握しているかという質問には42%がしていると答え,人数の平均値は72人(最小値2-最大値1,570)であった.また,把握している対象者は,HOT患者の一部のみ(7件),小児慢性特定疾病患者,特定医療費(指定難病),人工呼吸器患者のみ(25件),酸素濃縮器使用助成患者のみ(4件)であった.
2. HOT患者への災害時の支援計画について支援計画の有無については,ありが26%であった(図1).支援計画の内容は,難病患者支援ガイドラインに対象者として記載されている,町村の防災計画の福祉避難所の整備にHOT患者受け入れに備えて電源確保の記載がある,難病や要配慮者としての支援計画がある,災害時セルフプランがある,難病患者用の要援護者台帳がある,保健師向けの災害時保健師向けガイドラインに記載がある,などであった.一方で,人工呼吸器患者の支援計画はある,市町村の支援計画があるため保健所は関与しない,という回答もあり,保健所は難病や人工呼吸器,小児特定疾患の把握や対応は想定しているが,要配慮者支援は市町村業務のため把握はしていないということであった.市町村がどのような支援計画を立てているか保健所は把握していないという回答もあった.
災害時にHOTセンターを設置する予定があるかという質問では,ありが1%であった(図2).なしの回答では,避難生活が長期化した場合に医療機関や業者と連携しボンベ提供は行う,災害時救護マニュアルに記載されている支援を行う,患者会が独自に策定している(行政は関与していない),保健所は対象者把握・医療情報提供・医療機器の確保・受診先の確保が業務である(後方支援),ボンベの備蓄や停電対策,発電機購入補助を行う,個別支援計画の作成を進めている,などの回答があった.保健所は安否確認を行うが,直接的な支援は難病や小児特定疾患・人工呼吸器のみとなり,市町村が避難所開設と運営のため,直接対応は市町村であるという回答もあった.
これまでの災害時や災害訓練時にHOT患者の避難があったか,という質問にありが10%であった(図3).内容は,北海道胆振東部地震でブラックアウトがあった際に「関係機関が各々どんな対応をしているか分からず安否確認が重複した」「各市町村がHOT患者の人数把握・対応に課題があった」という回答があった.また,実際の訓練では,「人工呼吸器装着者の避難では人手が多数必要だった」ということもあり,機器を使用しながらの避難には課題があった.また,「水害時は病院へ避難するよう指導していたが,避難所へ避難し,対応が困難だったケースもあった」という回答もあり,患者も含めた関係者の事前の避難場所の確認が必要であった.医療機関では受け入れの想定がない場合もあり,東日本大震災ではHOT患者が電源を求めて多数医療機関に来て,救急医療体制に影響が出たという回答もあり,医療機関がHOT患者を受け入れできないことも想定に必要であると言える.
HOT患者への災害時対応で行政が取り組んでいることはあるか,という質問では,ありが24%であった(図4,図5).難病,小児特定疾患,人工呼吸器患者への避難支援ありが多かった.表1に取り組み内容を示した.
関係機関との連携 | 医療機関・訪問看護ステーション・医療機器業者と連携した迅速な対応の検討 |
県と医療ガス協会が災害時における医療ガス等の供給に係る協定を結ぶとともに,県医師会や業者と連携して取り組んでいる | |
電力会社へ患者情報提供を同意を得て行い,停電時に対応してもらっている | |
市・医療機関・酸素業者・医師会等と連携した支援体制運用マニュアルを策定し避難所運営訓練を実施する | |
大雨や台風時に訪問看護ステーションと連携した支援 | |
医療機関に災害時にHOT患者を受け入れてもらう仕組みを作成 | |
酸素ステーションの設置契約をしている | |
市町村の支援計画への保健所の支援 | |
啓蒙・啓発 | 地域の支援者への学習会の実施 |
災害時対策のチラシやガイドブック作成や配布 | |
平時の備え | 防災カードを作成し平時に訓練をしている |
レスキューマップの作成と災害時の記録作成 | |
発電機や器具を福祉避難所へ設置 | |
非常用電源貸し出しサービス | |
名簿の整備 | HOT患者一覧の作成や要支援者の家のマップ作成 |
安否確認用名簿の作成 | |
市とは別に保健所独自の支援リストの作成 | |
患者リストを本人から同意があった場合に酸素業者から保健所に提供してもらい,市町村へ情報提供している | |
停電経験の有無を確認し名簿へ反映 |
医療機関との連携については,大規模災害が発生した際にはHOTセンターを開設し,連携協力して症状に応じた医療及び酸素の供給を受けられる支援システムを運用するなど回答があった.
酸素業者と連携した取り組みには,12%がありと答えた.業者を通じて,予備の酸素ボンベを常備するよう対象者へ指導している,都道府県単位で業者と災害時の協定がある,平常時から災害時個別支援計画の作成にあたり災害発生時や発生後の業者の対応について確認・情報共有をしている,医療用酸素業者と協定(災害時,医療用酸素の優先供給に関するもの)を締結している,医療機関や医療機器販売業者と連携を図り,酸素ボンベを提供する等調整をしている,などであった.
6. 今後の課題について市町村との患者把握の在り方や関係部署と連携した取り組みへの課題が多く記載されていた.また,停電時の電源確保や停電が長期に及んだ場合,蓄電,予備電源がない,災害時の備えに個人差があるため発災時に支援が入るまでの数日間生命の維持が可能か心配,本人や支援者が代替手段の確保(酸素ボンベなど)ができているかどうかが不安であるとの回答があった.福祉避難所については機能するか見通しが不明であることや,山間部では他地域との相互協力が難しいため,独立した支援対策を構築する必要があるとの回答もあった.酸素の設備のない場所へ酸素ボンベを持参して避難した患者のボンベ補充や移送先,自宅待機となった方への電力供給についての対応も課題であった.酸素事業者のサポートがある想定だが,大規模災害で被害が甚大となった場合に業者が対応できるまでの間の支援体制が整っていない現状も課題がある.患者側の要因として,高齢者自身で対応できないことも多いことやボンベが重く,複数本持っていくことが難しい,車で避難できない,避難後の酸素の確保(対応できる避難先の調整等)に課題があった.関係機関の連携が充分でなく,災害対策への意識にも差があるので,どのように取り組んでよいかという悩みや,対応する部署がない,個人情報保護の観点から,提供に不同意の人への対応や関係機関内での情報共有,必要な関係部署への情報提供が進まないなどの課題もあった.
保健所における災害時の課題は,実際の災害時に安否確認が重複したことや関係機関での情報共有がなかったこと,電源確保できる避難所がわからなかったことであった.また,2018年のブラックアウト(全電源消失)の際は,事前に災害予測や備えができる大雨や水害とは緊急の対応が異なることがわかった10).これらの回答から,安否確認や電源確保の重要性など先行研究にはない課題も明らかになった.令和元年7月に札幌市障がい福祉課が行った「呼吸器機能障がい者(児)を対象とした災害時の電源確保に関するアンケート」の結果では,681人が回答し,電源が必要な医療機器(人工呼吸器)を使用している人が7割以上おり,予備バッテリーや蓄電池を用意していた割合は9.4%であった.ブラックアウト時の避難場所は自宅と答えた割合が7割を超え,使用デバイスの酸素濃縮器が大きく,運搬に困難さがあったことや避難所に電源が確保できないことへの不安などがあった.業者へ連絡しても酸素ボンベの本数制限やエレベータが停電で使用できなかったなどの問題もあり,電源確保の必要性や災害時の移動の困難さについても伺えた.
東日本大震災後の災害時の要援護者支援については,市町村が担うとした方向性が内閣府から示されているが11),市町村だけでなく,要援護者自身,地域,都道府県や国,福祉事業者など多くの部署が関わる必要があるということも一方では示されている.高橋らのHOT患者を対象とした調査7)では,ほとんどの患者が災害の経験がなく,困ったことが予想できておらず,災害時の説明も聞いていないという結果であった.宮城県登米市や長野県松本市では,HOT患者への災害時の対応について,行政や関係機関,酸素業者との連携した取り組みが報告されている12,13,14).しかしながら,全国的には他に同様の取り組みはなく,本調査結果からも,関連部署との連携の必要性は理解しているが,どのように取り組んだらよいのかわからない,という課題も明らかになった.また,大規模災害の場合は,酸素業者だけの対応には限界が生じることが予想され,行政も交えた避難所における酸素供給や医療機関と連携したHOTセンターの設置についての検討も必要であると考える.以前に山梨県内の医療機関と行政の危機管理課へ同様のアンケートを実施した際にも,行政側の問題としてHOT患者の把握ができていないことや災害時の対応部署が決まっていないという課題がみられ,今回の全国調査結果も同様の結果を示した15).
以上から,本研究結果から明らかになったHOT患者の災害時支援における今後の課題は,先行研究で示されてきた課題に加えて,保健所は人工呼吸器使用者や要支援者登録のある者以外のHOT患者の把握がないため,HOT患者の全数把握や安否確認の方法,福祉避難所の整備,電源が確保できる避難所への患者の移動手段の確立,避難所や自宅避難における非常用電源の確保,市町村や医療機関や酸素業者も含めた関係機関との連携体制の構築を早期に実現することである.
震度6を超える地震は日本の各地で起こっており,ブラックアウトを防ぐために電力会社による突然の広域停電が実施されたこともあった.深夜の地震,それに続く大規模停電(計画停電)も今後も起こりうるため,改めて災害時の対応の早急な構築が急務である.
本研究の限界は,調査期間がコロナ禍と重なり,被災経験のある自治体の保健所の取り組みについての現地ヒアリングができなかった点であり,今後の課題である.被災経験のある自治体の保健所が災害の種別(地震,水害,停電等)に応じてどのような対策を構築したかをヒアリングし,今後の実践的な対策につなげるための基礎データを収集したいと考える.
本研究は,公益財団法人勇美記念財団 研究助成を受けて実施したものである.
本論文の要旨は,第32回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2022年10月,千葉)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.