2025 年 34 巻 1 号 p. 91-94
COPD患者は労作時の呼吸困難を訴えることが多く80%以上の患者は呼吸困難を経験している.呼吸困難に対する対処は病期と関係なく個人によって異なるため,適切なアセスメントを行い,呼吸リハビリテーション介入を行う必要がある.今回は呼吸困難が増強したCOPD症例に対して,呼吸困難へのアセスメントとしてThe Breathing, Thinking, Functioning clinical model(BTFモデル)を活用し介入を行った.本症例では,呼吸困難の主因をBTFモデルの3つのドメイン「呼吸」「思考」「機能」のうち「思考」に焦点を当て,入院直後は精神状態が落ち着くことを優先した介入を行った.その後,呼吸法指導や運動療法を再開した結果,呼吸困難の軽減からADLが向上し,自宅退院に至ったため事例をここに報告する.
慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease; COPD)患者は労作時の呼吸困難が特徴であり,COPD患者の80%以上は呼吸困難を経験している1).呼吸困難は痛みと同様に身体の苦痛を表す代表的な自覚症状であり,慢性呼吸器疾患患者の日常生活を制限し,生活の質をも低下させる症状である2).さらに,呼吸困難は主観的な感覚であり3),個人によってその訴え方や程度は異なる.実際に呼吸困難は,呼吸器疾患の重症度や動脈血液ガス値などとは必ずしも相関しない2)と言われており,客観的に把握することは容易ではない.そのため,呼吸困難は単に身体的な側面だけでなく,精神的・社会的・スピリチュアルな側面を併せもった,「Total Dyspnea」として捉えられる4).薬物療法での改善が難しい呼吸困難に対しては,呼吸困難増強の症状を,「呼吸」「思考」「機能」の3側面に概念化したThe Breathing, Thinking, Functioning clinical model(BTFモデル)を参考に非薬物療法によるアプローチを考えることが推奨されている3).
今回,妻の死別を契機に,呼吸困難の悪循環をきたしたCOPD症例に対して,BTFモデルを用いて介入を行ったため報告する.報告に際し,症例へ同意を頂き,当院倫理委員会の承認を得た(承認番号:2023-003).
今回使用したBTFモデルは,医療従事者向けに呼吸困難増強のメカニズムを説明し,プライマリケアの選択を容易にするために開発された5).BTFモデルは,3つの主要な呼吸困難に対する認識や行動に基づいており,「呼吸」「思考」「機能」の悪循環が進むことで呼吸困難症状の持続や増強を引き起こす.以下に各ドメインの概要を示す.
呼吸:呼吸困難が生じた患者は,呼吸数や1回換気量を増やし,疲弊しやすい呼吸補助筋を使用し,効率的な呼吸が行えず,呼吸仕事量の増大から呼吸困難が悪化する.
思考:呼吸困難によって引き起こされる不安は,誤った認識を与え,パニックを助長させてしまう.また,不安は,呼吸数の増加や全身の筋肉の緊張を引き起こし,さらに呼吸困難が増強する.
機能:呼吸困難が生じると,呼吸困難から逃れるため,活動量を減らす患者が多い.しかし,活動量が低下することで,運動耐容能の低下や筋繊維の萎縮が進み,さらに呼吸困難が増強する.
【症例】COPD患者(GOLD: E)70歳代男性.COPD診断から2年経過しており,その間にCOPD増悪や気胸を発症し入退院を繰り返している.長男と2人暮らしで,調理などの一部の家事を担っていた.心配性で一度不安に感じたことに固執してしまう性格であり,労作時には過去の呼吸困難の体験を想起してしまい不安を訴えていた.外来リハビリテーションに通院中であったが,施設入所中の妻の死別をきっかけに気落ちし,自宅での活動性が低下する.感染徴候は認められないものの労作時の呼吸困難が増強し,在宅生活が困難なため入院となった.
【経過・リハビリテーション介入】外来リハビリテーションでは,10 m程度の歩行後SpO2 97%と安静時と変化なかったが,入院時には同程度の歩行においてSpO2 90%の低下あり,苦顔を示すほどの呼吸困難を訴えていた.また,妻の死別から2週間しか経過しておらず,終始本人の表情は暗く,精神状態が不安定なことが呼吸困難増強の大きな要因になっていると考えた.入院時評価を表1に示す.
評価項目 | 入院前 | 入院時 | 退院時 |
---|---|---|---|
体重(kg) | 47.3 | 45.2 | 48.0 |
BMI(kg/m2) | 18.4 | 16.2 | 18.7 |
握力(kg) | 未評価 | 24.8 | 24.6 |
SPPB(点) | 未評価 | 9 | 9 |
6MWD(m) | 285 | 159 | 198 |
歩行後SpO2(%) | 86 | 93 | 86 |
歩行後脈拍(回/分) | 97 | 81 | 87 |
歩行後修正Borgスケール(点) | 7 | 5 | 5 |
歩行後Borgスケール(点) | 13 | 12 | 13 |
CAT(点) | 15 | 21 | 16 |
NRADL(点) | 65 | 44 | 55 |
mMRC | 2 | 4 | 3 |
HADS(不安/抑うつ)(点) | 4/8 | 14/11 | 15/13 |
HDS-R(点) | 29 | 未評価 | 29 |
BMI: body mass index, SPPB: short physical performance battery, 6MWD: six-minute walk distance, COPDアセスメントテスト(CAT): COPD Assessment Test, NRADL: Nagasaki University respiratory ADL questionnaire, mMRC: modified Medical Research Council dyspnea scale, HADS: hospital anxiety and depression scale, HDS-R: Hasegawa dementia rating scale-revised
BTFモデルの各ドメインを図1に示す.死別による悲しみから「思考」への支援が必要であると判断し,「呼吸」や「機能」の影響は「思考」による影響が落ち着くことに伴って改善すると予想した.入院後は,妻との思い出を回顧し,孤独感を感じていたため,傾聴やリラクゼーションを中心とした介入を行い,本人の思いを肯定する時間を設けた. また,余暇時間には,1人で過ごすことへの不安が強く,机上課題を提供し,不安から意識を逸らす時間を設けた.
入院1週間後には,「心の整理がついてきた」と,リハビリテーションに対して前向きな発言が聞かれるようになり,表情にも余裕が生まれた.「思考」を優先した介入により精神状態は落ち着いたが,労作時の息こらえや,呼吸困難が生じている中動き続けていた.そこで,BTFモデルの「呼吸」「機能」に対する介入も開始し,口すぼめ呼吸等の呼吸法として,動作時の声掛けや動作後にフィードバックを行い,筋力トレーニングや有酸素運動中にはセルフモニタリングを促す指導を行った.
退院時における各評価を表1に示す.入院時と比較し,呼吸困難が生じない範囲で動けるようになった.しかし,徐々に退院への不安が強くなりHADS(hospital anxiety and depression scale; HADS)6)は上昇した.外来リハビリテーション継続の旨を伝え,本人も安心していた.また,同居の長男は家事の援助など協力的であったが,本人が呼吸困難を訴えた時の対処に不安があったため,COPDの病態や呼吸困難時の対応について家族指導を行った.
本症例は,妻の死別をきっかけに活動性が低下し,労作時の呼吸困難が増強したCOPD症例であり,BTFモデルを使用しアセスメントを行ったことにより入院早期より優先順位を付けた介入が行え,自宅退院へと至った1例である.
本症例は,外来リハビリテーション介入時よりHADS(不安/抑うつ)が4/8点とカットオフ値を上回っていた.そこへ老年期に最もストレスを感じるイベントである配偶者の死7)が重なったことにより入院時のHADSは14/11点と高値であった.COPD患者では,深刻なうつ状態を認めることが多く,抑うつや不安などの精神症状は治療に対する意欲へも影響を及ぼす8).さらに,精神症状を併発することで病態が複雑化し,治療に難渋することが多いと考えられている9).心配性である性格に加えCOPDという病態から,精神状態が悪化しやすい中で,妻の死別という大きなライフイベントが生じ,呼吸困難の増強に至ったと考える.
本症例では,複雑な問題を抱え呼吸困難が増強していた.呼吸困難に対するアセスメントの考え方の一つとしてBTFモデルを用い介入した.慢性呼吸器疾患患者におけるアプローチは包括的な介入が推奨されており10),呼吸リハビリテーションは,身体面のみならず,精神面の影響も考慮した介入が求められる.実際の臨床場面で,複雑な慢性呼吸器疾患患者の病態を即座に理解することは,若年セラピストであるほどアセスメントに難渋する.しかし,BTFモデルを用いたことにより呼吸困難の原因をアセスメントし,呼吸困難の悪循環を断ち切り,活動性が上がったことで自宅退院へ至った.実際に,BTFモデルは呼吸器疾患に携わることが少ない医療関係者でも容易に使用できたとの報告もあり11),時間が限られている臨床の場で,呼吸困難のアセスメントおよび介入につなげるために必要なツールと考える.
呼吸困難は,病期の分類に限らず併存疾患など様々な要因によって引き起こされる症状である.本症例では,呼吸困難が増強した要因が複数あり,BTFモデルの活用により優先順位をつけた介入を行うことができたと考えている.
本論文の要旨は,第33回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2023年12月,宮城)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.