2025 年 40 巻 1 号 p. 127-140
イノベーションによる新事業の創出は重要ではあるが,一般には既存事業を重視しがちであり十分に新規事業へ投資されない可能性は高い。近年,既存事業の維持/拡大のための深化と,新規事業の創出のための探索を両立する両利きの経営が注目されている。本研究は,様々な条件下での企業パフォーマンスの推移をシミュレーションで可視化できるよう,両利きの経営の本質的な構造(探索活動と深化活動に対するリソース配分)をモデル化することを目的とする。両利きの経営の構造のモデル化に関する先行研究はいくつかある。しかし,既存事業から新規事業への遷移を表現できず,組織が両利きの経営を実現するアプローチの違いも考慮されていない。本研究では,企業内の顧客に対する知識と技術に対する知識を深化と探索の両面で表現するEEマトリクスを用い,既存事業から新規事業への移行過程を考慮してその構造をモデル化した。また,有識者へのインタビューで本構造モデルが有効であることを確認した。本研究の理論的貢献は,両利きの経営の文脈的アプローチと構造的アプローチの企業パフォーマンスへの影響と,両アプローチの相補的運用が企業パフォーマンスを向上させることをシミュレーションで示すことができたことである。本研究の実務的貢献は,両利きの経営の構造が明らかになることで,経営現場におけるイノベーション課題の議論に対する洞察を提供できることである。