抄録
本稿は、今日までほとんど省みられることがなかった韓国における「針仕事:パジヌル」文化を支えていた女性の姿と、その文化を創出した社会的状況を、古文献を通して明らかにしようとしたものである。厳格な儒教倫理が生活の隅々にまで貫徹された朝鮮時代後期は、女性にとって抑圧・束縛の時代そのものであった。支配階級の両班にあっても、また、庶民にあっても、男性上位の観念が絶対的で揺るぐことがないなかで、「針仕事」に精出すことが女性にとっての大切な徳目とされた。女性は内房(アンバン)に閉じこもり、糸紡ぎから裁縫・刺繍に至るまでの労働を行った。針・尺・鋏・鏝・アイロン・糸・指貫の7つを「友」とし、女性は、家族の衣生活のすべてを賄った。1本の針を大切にし、それが折れたときには心から嘆き働哭した。朝鮮時代後期の女性による「針仕事」が今日の私たちを驚愕させるほどに昇華された美的世界をなしているのは、それらに、抑圧・束縛の時代のなかで生きた当時の女性の慎ましやかな自己表現が表出されているからである。その行為と作品には、当時の女性たちのまさにアイデンティティが見て取れる。