抄録
「閨房歌辭」は、朝鮮時代後期の女性たちが日々の暮らしを綴つたものである。本稿では、「閨房歌辭」にみられる「針仕事:バヌジル」の観察を通して朝鮮時代後期の「針仕事文化」の特性を考察し、次の諸点を明らかにした。(1)「針仕事」は、女性が16歳までに習得しなければならない大切な徳目として位置づけられていた。そして、一着の衣服をつくれることが一人前の成人女性としての証そのものとされた。(2)「針仕事」を通して、母と娘は、技術伝承だけでなく、女性に対する厳しい社会環境を共に越えようとする連帯性を培った。(3)「針仕事」は、女性自身の存在を表現する手段のひとつであった。また、「針仕事」の仕上がり具合が、女性の存在を社会的に認証する礎となっていた。(4)結婚生活は辛い家事労働の集積そのものであった。女性は、夜を徹して、「針仕事」を中心とする家事労働を貫徹した。(5)女性は、「針」と自分自身とを同等化することによって、辛い家事労働を乗り越えようとした。また、このような志向は、針仕事が韓国女性の生活そのものであったことを示している。