2017 年 135 巻 p. 9-23
本稿では,主に 2011 年の東京電力福島第一原子力発電所事故後 5 年間に得られた新たな知見に基づき,1986 年のチェルノブイリ事故後に欧州で得られた知見と比較しながら,農業環境中における放射性セシウム(Cs)の挙動を概説する.特に,土壌から作物への放射性 Cs 移行係数(TF)を低下させるための最も効果的な対策であるカリウム(K)施用,数 µm サイズの粒子状放射性 Cs 沈着物の発見とその実体把握,環境中での実効的な固液分配係数(Kd)の変動を説明するための Kd の定式化,日本だけでなく欧州においても土壌中の放射性 Cs 移動速度が既往の知見から予測される以上に速いこと,土壌の放射性 Cs インベントリーを長期モニタリングすることの重要性,等の話題に焦点を当てる.今後,汚染土壌及び除染後の土壌において安全な作物生産を長期的に持続する上で必要と考えられる研究課題としては,Kd データベースの整備と Kd の定式化,短期 ∼ 長期的な TF 予測モデルを用いた適切な K 施用シナリオの提示,2011 年における水溶性及び粒子状の放射性 Cs 沈着マップの再構築および農業環境中での安定 Cs の物質循環と関連付けた放射性 Cs の物質循環の理解が挙げられる.